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六人いる!

 高天ヶ原女子高等学校 茶道部日記

 

   第五話 六人いる!

 ファ~ン、ファ~ン、ファファア~、ドンドンドンドンドンドンドン……

 ファ~ン、ファ~ン、ファファア~、ドンドンドンドンドンドンドン……

 ファ~ン、ファ~ン、ファファア~、ファファファア~ン、ファファファフアファ、ファファア~ン、ファ~ン、ファ~ン、ファ~~~ン (ツァラトゥストラは、


かく語りき より)

 平成二十四年四月十四日 土曜日 晴 茶道部部長 二条琴音記録

 新生茶道部の、始まりに相応しいファンファーレが鳴り響き、どれだけの人が読むのを止めてしまった事だろう……

 新入部員の、久遠寺翔子と毛利遥の努力により、高倉弥生を部員として迎える事が出来き、これで念願の五人となった。

 そして、今日は土曜日。 

 土曜日と言えば、午後からの授業は無く、少し心躍るものがある。

 土曜日が休みの高校もあるらしいが、特に羨ましいとは思わない。

 土曜日こそが、部活をゆっくりと楽しめるのだから。

 

 土曜日の放課後、翔子達3人が茶道部の部室で、おかずを交換したり今日有った他愛も無い出来事を話題に、楽しくお昼ご飯を食べていた。

 委員長は、正面に座る翔子を見ながら、二人だけの甘い世界を思い描き妄想を広げ、湧き出す唾液だけで、ご飯が進んでいたが、

「遥、お茶」

「はいはい……」コップを差し出す翔子の隣に座って、世話女房の如く、ペットボトルのお茶を注いでいる遥に、少し嫉妬を抱いた。

「ありがとう……あら?」

 お茶を注いで貰って振り返った時、座敷机に置いてある、委員長の携帯電話に気が付いて、

「高倉さん、そのストラップ……」と、言いながら翔子が身を乗り出す。

「えっ?」

 遥も、そのストラップに目をやり、

「あら、綺麗ぃ……」と、感心した。

 携帯を二人の前に差し出して、

「私が作ったの」と、ストラップを揺らした。

「これってぇ……」

「鞠?」

「うん」

 ストラップの先には、直径一cmに満たない、色取り取りの繊細な糸で規則正しい幾何学模様を描く様に巻かれた、小さな手毬が二つ付いていた。

「凄く綺麗……これ、高倉さんが作ったの?」

 翔子が、驚いた様な目で尋ねると、

「ええ……これも……」と、委員長はハンカチを取り出し、二人に広げて見せた。

「あ、綺麗……」

 鮮やかな藍色で絞り染めされたハンカチを見て、

「高倉さんが染めたの?」と、翔子が尋ねた。

「ええ」

 遥が身を乗り出し、

「綺麗ねぇ……縁の刺繍も高倉さんがしたのぉ?」と、ハンカチを見ながら尋ねた。

「ええ、あの、自分で作るの、好きなの」

 恥ずかしそうに話す委員長を、皆は感心しながら見て、

「料理にぃ手芸……大和撫子のぉ、鏡だねぇ……」

「凄い……尊敬するわ」と、感心した。

「私なんか、家じゃスクランブルエッグ程度だもんね……」

「へへへ、私もぉ、家庭科の授業以外ぃ、家ではしないもんねぇ……」

 二人が関心する中、委員長は恥ずかしそうに俯いていた。

「あっ、じゃぁ、悪かったかな……茶道部に誘って」

「えっ?」

 翔子が申し訳無さそうに、

「あの、手芸とか好きだったら、手芸部の方が……」と、問い掛けると、

「いえ!茶道部が良いんです!」と、委員長は、拳を握り締めて力強く、きっぱりと答えた。

 日頃の委員長からは、想像出来ない大きな声を聞いて、

「あっ、そう……それなら、良いんだけど……」と、翔子は少し戸惑った。

「何を今更言ってるのよぉ……高倉さんはぁ、翔子ちゃんに誘われたから、二つ返事で茶道部に入ったのよぉ……」

「えっ?……」

 訳が分からず聞き返す翔子に構わず、

「翔子ちゃんに誘われたらぁ、柔道部にでも入ったわよ、ねぇぇ、高倉ぁさん……」と、遥が嫌味ポイ笑みを浮かべる。

「……」

 そして遥は、真っ赤になって俯いている委員長の方に身を乗り出して、

「分かってるんでしょぉ……私達、お互い、同じ匂いがするってぇ、でもねぇ、私の方が長いのよぅ……」と、翔子には聞こえないように、小声で自分の優位を訴えた


「……」

 委員長は、悔しそうに遥を睨んで、更に遥は、挑発する様に嫌味な笑みを浮かべる。

「えっ?何話してるの?……」

 薄笑みを浮かべる遥を見て、翔子が不思議そうに尋ねると、

「何でも無いわよぉ……」と、遥は食べ終えたお弁当箱を片付けながら、しれっと答えた。

 その時、玄関が開く音がして、

「ごきげんよう」と、琴音と蛍が入って来た。

「ごきげんよう」

 翔子達が立ち上がり、琴音達に挨拶をすると、琴音が上座に座り、向いに蛍が座った。

 そして、一年生達が座ると、

「あの、部長……」と、翔子が琴音に声を掛けた。

「何かしら?」

「えっと、私達、茶道の事は全然知らなくて……」

 遠慮がちに話す翔子を見て、

「あ、そうだったわね……」と、琴音が微笑んだ。

「茶道で一番大切な事は、御持て成しの心なの」

「はあ……」

「色々と流派に分かれているけど、基本は同じよ」

「はい」

「そうね、お作法に付いては追々説明するとして、今日は時間が有るから、新入部員の貴方達を歓迎する意味で、お茶を点てましょうね」

「はい、ありがとうございます」

「それじゃ、準備に掛かりましょうか、蛍ちゃん、お湯の方、お願いね」

 そう言って琴音が立ち上がると、

「はい」と、返事をして、蛍も立ち上がり、

「翔子ちゃん、一緒に手伝って」と、翔子を誘って、

「あ、はい」と、二人は土間へと下りて行った。

「貴方達は、私と一緒に、お道具の準備をしましょう」

「はい」

 遥と委員長は琴音の後に続き、準備に掛かった。

「へぇ、井戸って……こうなってんだ……」

 蛍が井戸の蓋を取って、屋根から滑車で吊ってある釣瓶(つるべ)を落とすと、

「こんなの、見るの初めて」と、翔子は好奇心いっぱいに辺りを見回す。

「山からの湧き水だから、とても綺麗な水よ」

 蛍の隣で、暗い井戸の底を見詰めて、

「でも……ちょっと怖いな……」と、翔子が呟いた。

「大丈夫よ、貞子は居ないから」

「やっ、やめてよ……」

「……でも……」

 顔を曇らせ釣瓶を引き上げる蛍を見て、

「ででで、でもって、な、なによ……」と、怯えながら翔子が一歩下がる。

「……この井戸ね、噂だと、戦国時代の頃からあるらしいの……」

「せ、戦国時代……」

「そう……」

 釣瓶で汲み上げた水を、ポリバケツに移しながら、

「元々は、この辺り一帯、橿原の今井町みたいな自治政府があってね」と、説明を始めた。

「土豪と呼ばれる、軍事力を持った人達が治めていたのよ」

 上目遣いで翔子を睨むように見ながら、静かに話す蛍に、

「……」翔子は、何の話かと警戒しながら、ただ黙って聞いていた。

「でも、織田信長が勢力を伸ばして来た時、此処も戦場になったの……」

「……」

「激しい戦いの末、織田の大軍に占領されて、土豪の首領が捕らえられ……」

「……」

「この井戸の場所で首を撥ねられたの」

「く、首……」

「そう……そしてこの井戸は、首を撥ねた刀に付いた血を洗い流し、切り取られた生首を洗った……」

「ごくっ……」

「首洗いの井戸……」

「ひっ!……」

 重苦しい沈黙が暫く続き、

「……それ以来……」と、蛍が再び話し始める。

「やっ、やめてよ……」

「首の無い落ち武者の霊が……」

「いっやあぁぁぁぁぁぁ!」

「夜な夜な、切り取られた自分の首を捜して……」

「だぁっめえぇっ!」

「がしゃりっ……がしゃりっ……と、鎧が擦れる音と共に……」

「やめてえぇぇぇぇ!」

 翔子が耳を塞いでしゃがみ込むと、蛍は翔子の背後に近付きしゃがみ、

「『返せえぇ……首は、何処じゃぁ……わしの首ぃぃ……』と、うめき声にも似た、恨みの篭った声で……」と、翔子の耳元で怪談を続けた。

「あぁあぁっ!あぁあぁっ!聞こえなあぁい!あぁあぁっ!聞きたくなあぁい!」

 必死で両手で耳を塞ぎ、大声で蛍の怪談を遮ろうとしている翔子に、

「……血曇(ちぐもり)のせいで、鈍く光る刀を、血だらけの手で握り締めて……」と、容赦無く蛍が怪談を続ける。

「はいっ!お仕舞いお仕舞いぃ!終わり終わりぃ!あぁあぁっ!終了おぉ!」

「この首洗いの井戸に、近付く人の首を切り落とそうと……」

「やめんかあぁ!」

 突然、翔子が立ち上がり、蛍の頭を拳で殴った。

「いったあぁい……翔子ちゃんが、ぶったぁ……」

 殴られた頭を両手で押さえ、涙目で見詰める蛍に、

「蛍ちゃん!私がその手の話、苦手だって知ってるでしょ!」と、怒鳴り付けた。

「だってぇ……」

「だってじゃない!」

「日本昔話で、和もうとしただけじゃ……」

「和むか!怪談で、どうやって和むのよ!」

 拳を握り締めて、今にも、もう一発殴ろうとしている翔子に、

「和むと言えば、翔子ちゃんが小学校三年生の時……」と、記憶を探りながら、蛍が話し始めた。

「……三年生の時?」

「ほら、遊園地で、二人でお化け屋敷入ろうって誘ったら、翔子ちゃんたら怖がって……」

「……あっ!」

「入り口に書いてあるお化けを見ただけでお漏らし……」

「しやゃぁらぁっぷ!」

「……いったあぁい……また、ぶったあぁ……」

 握り拳を握り締めながら、上から目線で蛍を睨み付けて、

「その、話の、何処が、和むと言うのよ……」と、殺意の篭った声で聞いた。

「子供の頃の、微笑ましいぃ、エピソードじゃないぃ」

「黙れ!封印されし、我の、おぞましい記憶をべらべらと……」

「あら、他人からしたら微笑ましいものよ」

「当人としては、忘却の彼方へと消し去りたいの!」

「無理ね、私が、永遠の時を越えて語り続けるから」

「語るな!」

「あの頃から、私より背が大きかったのに、翔子ちゃん怖がりで……」

「しょうがないでしょ!怖いものは怖いんだから!」

「そう言えば、PLの花火大会の帰りも……」

「その口を、災いと共に封じてくれようか……」

 翔子に両手で頬を抓られて、

「こっ、こへんにゃはい、もう、いいまひぇん……」と、蛍は涙目で謝った。

「……もう、早く、行くわよ」

 翔子はバケツを持つと、数奇屋の方へと入って行った。

 中に入って、竈に掛けてある大きなお釜に水を入れて、

「どうやって、お湯を沸かすの?」と、翔子が尋ねた。

「薪を燃やすのよ」

 蛍が竈の中に小枝を敷き詰め、新聞紙に火を着けて竈へと入れる。

「まず、こうして、火種を作って竈に熱を貯めて……」

「うん」

「そして次に、細い薪を入れて……」

 手際良く竈に薪を入れる蛍を見て、

「へぇ、結構、直ぐに火が着くのね……」と、新鮮な感覚を感じていた。

「うん、慣れると簡単よ」

「そうなんだ……」

「だって、昔は皆、こうしていたのよ」

「あっ、そうか……」

「まぁ、後で灰の掃除とか面倒だけど」

「なるほど」

「灰の中から、生首が出て来たりして……」

「やめんか……」

 目に殺気を宿し、握り拳を構える翔子に、

「じょ、冗談よ……」と、蛍は引きつった笑顔で誤魔化した。

 湧き上がったお湯を茶釜に移し、竈で()こした炭を炉に入れて、其処に茶釜を置く。

「さぁ、皆さん、座って」

 準備が整い、皆が四畳半の茶室に入り、

「そちらが、お客様の座る所よ」と、琴音が一年生達に示した。

 少し緊張しながら、翔子達が正座すると、琴音が茶釜の前に座った。

「まずは、簡単に基本的な事を説明するわね」

「はい」

「まず、隣の私達が部室に使っているお部屋は、待合とか控えの間と言うの」

「はい」

「そして、茶室の畳には名前があってね、貴方達が座っている所が、貴人畳と客畳、翔子ちゃんが座っている所が、一番大切なお客様が座る所なの」

 一番上座に当たる貴人畳に座る翔子が少し驚いて、

「えっ、そうなんですか……」と、畳みを見た。

「そして、私が座っている所が点前たてまえ畳、蛍ちゃんが座っている所が、踏み込み畳よ」

「それと、其処に有るのが、お庭からお客様が入る所で躙り(にじりぐち)と言って、こっちがホストが出入りする茶道口に、こっちが給仕口」

「色々とあるんですね……」

 感心する翔子に、

「まぁ、自然と覚えるから、それと、歩く時は、畳の縁や敷居は踏まないでね、ちょっとしたお作法よ」と、蛍が説明した。

「では、始めましょうか……」

 そう言って、琴音がお茶を点て始めた。

 変態コスプレ娘の印象が強い琴音が、凛とした姿勢でお茶を点てるのを見て、

「ほぅ……」と、翔子は驚き、感動を受けた。

 琴音の、無駄の無い流れる様な動きは、合理的に洗練されていて、その姿を遥と委員長は、

「すてき……」と、うっとりとした目で見詰めていた。

「どうぞ……」

 琴音が翔子にお茶を勧めると、

「ありがとうございます」と言って、翔子が頭を下げる。

 琴音が姿勢を戻すと、

「お姉様と、呼ばせて下さい……」と、遥と委員長が、胸の前で両手を握り締めながら、目を輝かせていた。

「ええぇっと……」

 困った様に苦笑いを浮かべる琴音の隣で、

「むっ……」と、蛍は唇を尖らせた。 

 そして、一通りの説明を聞ながら、少し緊張気味にお茶を頂いた翔子達は、茶道具を片付けて、再び部室になっている待合に集まった。

「どうだった?」

 蛍が微笑みながら翔子に尋ねると、

「緊張しちゃったけど……素敵でした」と、ちょっと照れながら答えた。

「素敵でしたぁ……」

「ええ、とても……」

 遥と委員長が、うっとりとした目で琴音を見ているのを、

「むっ……」と、蛍は二人を見て睨んだ。

 その時、玄関が開いて、

「おっ、揃ってるな」と、桜木先生が入って来た。

「ごきげんよう、先生」

 先生が座敷に上がると、琴音達が立ち上がり礼をしたが、委員長は座ったままだった。

「えっ?子供……」

「わあぁっしょぉいっ!」

 委員長の言葉を遮り、蛍が座っている委員長に駆け寄り、

「こ、この方は、顧問の桜木先生よ!」と、華やかに紹介した。

「えっ?先生?でも……」

 どう見ても、可愛い小学生の女の子にしか見えない桜木先生を見て、戸惑っている委員長を引き寄せ耳元に顔を近づけ、

「デモもストも無いの、貴方の疑問は分かるけど、お願い、今は何も考えないで……」と、囁いた。

「……」

 上座に立って、怪しむ目で蛍を見ている桜木先生に、

「先生、この子は、まだ、ご存知ありませんよね」と、蛍が焦りながら尋ねた。

「……うむ、初めて見る顔だな」

 二人を睨んでいる桜木先生に、

「先生、この子が昨日報告しました、高倉弥生さんです」と、琴音が委員長に手を差し出して紹介した。

 委員長は、蛍に言われた通り、何も考えずに立ち上がり、

「一年橘組の高倉弥生です、よろしくお願いします」と、微笑みながら頭を下げた。

「うむ、顧問の桜木だ、宜しくな……」

 疑いの目を向け上座に座る先生の両袖に、琴音と蛍が座ると、

「貴方達も、座って」と、翔子達に言った。

 翔子達は、琴音に促されるままに、琴音達の下に並んで座った。

「琴音、良かったな、なんとか五人揃って」

「はい、先生」

 緊張混じりに微笑む琴音に、

「でも、五人じゃなぁ……」と、桜木先生の顔が曇る。

「あの、五人では、何か不都合でも?」

 琴音が不安そうに尋ねると、

「いや、去年は六人だっただろ」と、桜木先生は琴音を方を向いた。

「はい、六人でした」

「だったら、今年は人数が少ない分、部活費が削られるかも……」

「えっ?」

 驚き見詰める琴音と蛍に、

「実はな……」と、桜木先生は二人の顔を交互に見てから、

「学校の部活予算が、この不景気で、前年度の二百万円から、百五十万円に削られてな……」と、申し訳無さそうに説明した。

「えっ、それじゃ……前年度の三万円は……」

 不安そうに尋ねる琴音に、

「人数が減った分、難しいかも知れないな」と、苦い顔で答えた。

「えっ、でも、三万円くらいなら何とか成らないんですか?」

 翔子の質問に、

「……無理よ、今でも取り合いなのに……」と、琴音が顔を曇らせる。

「茶道部はな、実績が残しにくい部活なんだよ」

「実績?」

 桜木先生の方を向いている翔子に、

「茶道部って、試合とか発表会って無いでしょ」と、蛍が説明した。

「まあ、試合は無いでしょ……」

「だから、結果を残せない分、人数が重要になるの」

「では、対外的に何か活動して無いのですか?」

「イベントで開かれるお茶会とかには、参加してるけど……あと、文化祭で茶席を設けてるけど、それだけじゃぁねぇ……」

 蛍と翔子が話しているのを聞いて、

「それに、今年は柔道部に凄いのがいてな、インハイや国体に向けて、気合が入っているからなぁ」と、説明した。

「凄いのって……タミちゃんか……」

「だね……」

 苦い顔をする翔子と遥に、

「三年生の白鵬(はくほう)も凄いが、一年生にも凄い奴が入ってな」と、説明を続けた。

「先生、白鵬では無く、白峰(しらみね)さんです」

 苦笑いを浮かべる琴音に、

「良いじゃん、音読みは一緒だろ」と、しれっと言った。

「確かに、あの姿を見てから名前を見たら〝はくほう〟って読んじゃいますけど……」

 黙ったまま腕を組んで考えていた蛍が、

「となると……最低でも六人要る、って事ね……」と、呟いてから、

「前年度並みの予算を取るには、去年以上の人数が必要かも……」と、蛍が深刻な表情で皆に向って言った。

 やっと、部活として認めて貰える五人に成ったと喜んでいた部員達の間に、重苦しい沈黙が続いた。

「あのぉ、先生……」

「何だ、遥?」

「手段を選ばないとしたらぁ、後、何名かはぁゲット出来るかも知れません」

 遥の意見に、

「えっ?」

「なになに?」と、皆が注目した。

「何か、考えがあるのか?」

「はい」

「遥ちゃん、聞かせて」

 琴音が、遥の方に身を乗り出して尋ねると、

「色仕掛けです」と、真剣な目で答えた。

「へっ?」

「色仕掛け……」

 その場の全員の目が点となって遥を見ていると、

「ええ、でもぉ……本人に自覚が無くてぇ……」と、遥は、考え込む様に腕を組んだ。

「本人って……誰よ……」

 隣に座る翔子が遥を見下ろす様に睨み付ける。

「誰ってぇ、翔子ちゃんよ」

「あのね、この間から色仕掛けとか何とか言ってるけど、何なのよそれ!」

 遥に迫る翔子を見て、

「あぁ、なるほど……」と、桜木先生が頷いた。

「えっ?な、何が、なるほど何ですか?」

 戸惑いながら尋ねる翔子を見ながら、

「そうだな、翔子に黒服着せて、気の利いた台詞で、その手の子を誘えば……」と、再び頷いた。

 皆が翔子を見ながら、うんうんと頷くのを見て、

「な、な、何の事ですか!」と、翔子は怯える様に尋ねた。

「ほらねぇ……本人に、その自覚が無くてぇ……」

「うむ、確かに残念だな……黒服ぐらいなら直ぐに用意出来るのに……」

 遥と桜木先生が、残念そうに首を振るのを見て、

「そうなると、やはり此処は部員全員でコスプレして……」と、蛍が提案した。

「えっ?コスプレって、何ですか?」

 何の事か分からない委員長が、小首を傾げて蛍に尋ねると、

「あっ!高倉さん!な、何でも無いのよ!」と、翔子が慌てて声を掛けた。

「えっ?」

「あら、聞いてなかったの?」

「えっ?」

「蛍ちゃん!いや、副部長!待って下さい!」

「えっ?」

 委員長が蛍と翔子を交互に見ながら戸惑っていると、

「弥生ちゃん、茶道部はね……」と、琴音が説明しかけたのを、

「ぶちょうおぉ!」と、翔子が叫んで言葉を遮った。

「何なのよ、翔子ちゃん……」

「いえ、あの、高倉さんには……」

 翔子が焦りながら部長に説明しようとしていた時、

「でね、コスプレをして勧誘するのが茶道部の伝統なの」と、翔子の隙を突いて蛍が委員長に説明した。

「ああぁ……」

 鳩が豆鉄砲を喰らった所を見た事は無いが、その言葉にしっくりと填った目をした委員長を見て、絶望感に襲われた翔子が、

「あ、あのね、高倉さん……」と、声を掛けた時、

「弥生ちゃんには、何が似合うかなぁ?」と、蛍が委員長を見回していた。

「副部長!勝手に話を進めないで下さい!」

 値踏みしている蛍に、

「その様な事は、順を追って、段階的に行うべきです」と、翔子が立ち上がり提案した。

「今は、そんな余裕の無い時よ」

「しかし、段階を踏まず、事を急げば、危険性を見逃す恐れが有ります!」

「多少のリスクは覚悟の上よ!」

「そのリスクが致命傷と成る時も有るんですよ!」

「それを恐れて、手遅れになったら意味無いわよ!」

「まぁ、待て」

 激論を交わす翔子と蛍を止めて、

「弥生は、メイドさんが似合うな」と、桜木先生が割って入った。

「だから、一気に結論付けないで下さい!」

「あっ、さすが先生!眼鏡っ子メイドですか」

「どうだ、ど真ん中だろ」

「何処の、ど真ん中ですか!」

 抗議する翔子を無視して、

「遥は、子兎バニーガールはどうだ?」と、桜木先生が続けた。

「ちょっと、無視しないで下さい!」

「子兎バニーガールってぇ何ですかぁ?」

「ちょ、ちょっと!遥!」

「蛍のバニーガールとは違って、そうだな、パステルピンクの衣装で、襟や肩の部分に白のファーを付けるなんてどうだ?」

「あらっ、可愛いですねぇ」

「おい!」

「良いですね、安易にアニメキャラには走りたくないし」

「こら!」

「だろう、後、ストッキングは、夏服の白のストッキングを流用すれば良いし」

「メイド服は、先輩達が残してくれた物があるし、バニー服も今有る白のスクール水着を染めれば何とかなる……いけますね先生!」

「無視すんなあぁ!」

 衣装の話で盛り上がっている所を、翔子が叫んで遮り、

「コスプレを、するとも言っていないのに、勝手に話を進めないで下さい!」と、力いっぱい抗議した。

「まぁ、翔子、落ち着け」

「落ち着いて、話が出来る環境を作って下さい!」

 宥める桜木先生を睨みながら、

「コンセンサスも取らずに、話を進めるのは、理不尽です」と、更に抗議した。

「それもそうだな……」

「ご理解頂き、ありがとうございます」

「じゃぁ、弥生、メイドさん、どう思う?」

「えっ?」

 突然、桜木先生に聞かれて、

「あ、あの……」と、委員長は戸惑った。

「眼鏡っ子メイドって、良い線行ってると思わないか?」

「……そ、そうですね、ちょっと、やって見たいかも……」

「えっ!」

「遥はどうだ?子兎バニーちゃん」

「……ちょっと恥かしいけどぉ……可愛いぃかなぁって……」

「えっ!」

 意外な反応に翔子が驚いていると、

「同意は取ったぞ」と、桜木先生が勝ち誇った様に言った。

「遥!あなた、旗持って立つのも嫌だって言ってたのに!」

「うん、でもぉ、大勢でやるんだったらぁ……まぁ、ちょっと良いかなぁって……」

「赤信号、皆で渡れば怖くない」

「意味が違います!」

 完全に孤立してしまった翔子が、

「高倉さん、本当に良いの?変な格好して、皆の前に出るのよ」と、委員長に迫った。

 普段なら、躊躇い無く無条件で、翔子に従う奴隷的なシチュエーションに憧れている委員長が、

「久遠寺さんが、嫌なら、私も……」と、今回は残念そうに翔子の味方に付いた。

「そうよね!嫌よね!」

「翔子は、そうだな……赤いビニールレザーのハイレグカット拘束衣に黒の網タイツ、鞭を持って真っ赤なピンヒールなんてどうだ?」

「なっ!」

「わぁお!ボンテージぃ!」

 目を丸くして感動している遥の前で、蛍が翔子の胸の辺りを眺め、

「胸の辺りが寂しそうですけど、イメージはバッチリですね」と、納得した。

「だろう」

「勝手にイメージ作るな!」

「陰毛は処理しとけよ」

「だから、露骨に言わないで下さい!」

 翔子が桜木先生と蛍に怒鳴っている横から、

「とても素敵だと思いますぅ……」と、翔子の女王様姿に妄想を広げた委員長が、夢見る目をして賛同した。

「高倉さん!」

「そんじゃ、多数決な」

「ちょっ!」

 再び翔子を無視して、

「今の案で良いと思う人」と、桜木先生が決を取ると、

「ハーイ」と、翔子以外の全員が手を挙げた。

「はい、決まりな」

「待ってください!」

 結論付ける桜木先生の前に、翔子が立ち塞がり、

「こんなの、認められません!」と、拳を握り締め強く抗議した。

「でもなぁ、多数決だぞ……」

「数の暴力です!」

「民主主義の基本だぞ」

「いいえ、民主主義の落とし穴です!」

「じゃ、どうしろと?」

「少数の意見に対しても、聞く耳を持つべきです!」

 抗議する翔子の姿を見て、

「確かに……一理有るな……」と、桜木先生が頷いた。

「じゃ、翔子の意見を聞こうじゃないか」

「えっ、私の意見?」

 いきなり聞かれ戸惑っている翔子に、

「うん、聞いてやるから、言ってみろ」と、桜木先生が微笑みながら尋ねた。

「ええと、私はコスプレに反対です」

「それは分かっている、だから、コスプレに代わる案を聞きたいんだ」

「えっ?」

「反対の為の反対なんて、不毛だぞ」

「はあ……」

「反対するなら、具体的な意見を持ってすべきではないか?」

「はあ……」

「翔子の持っている案を聞かせてくれ」

「それは……」

「どうした、色仕掛けでもいいぞ」

「それも嫌です……」

「あれも嫌、これも嫌じゃ話にならんな……」

「……」

「それが、お前の言う民主主義か?」

「……」

「それだと、ただの我がままだぞ」

「……」

「もう、高校生なんだから、いい加減大人に成れ」

「……なんか、論旨がずれている様に思えるのですが……」

「思い過ごしだ」

「……大切な、何かが違うような気がして……」

「気のせいだ」

 桜木先生の力技で、納得はいかないが、これと言って意見の持たない翔子は、理不尽な思いを拭い去れないまま、

「じゃ、色仕掛けで良いです……」と、譲歩した。

 選択肢としての色仕掛け自体、全然納得出来なかったが、何も提案しなければ、多数決が無条件で効力を持ってしまう。

 SMの女王様姿を晒し、校内で発生する自分に対しての風評被害を考えると「……それだけは、絶対に嫌……」と、翔子は譲歩せざる得なかった。

 翔子の案を聞いて、

「よし、わかった」と、桜木先生が立ち上がった。

「どうだろう、コスプレに一旦決まったが、翔子が、どうしても色仕掛けで部員を勧誘したいと……」

「言ってません!」

「いや、言っただろ」

「どうしても、とは言ってません!」

「細かい奴っちゃなぁ……」

「ぐっ……もう、良いです……」

「うん、と言う事なので、どうだろう、時間も無いが、どうせ、衣装の準備期間も必要だし、一週間だけ、翔子に執行猶予期間を与えてやらないか?」

 桜木先生の譲歩案を聞いて、

「そうですね、翔子ちゃんが、それで良いのなら……」と、琴音が皆を見回した。

 その時、蛍が不安そうに、

「でも、何か、確証となるものは無いのですか?」と、桜木先生に尋ねた。

「確証?」

「ええ、当然、衣装の準備する期間も必要ですが、獲物の当ても無いのに猶予期間を与えるのは無意味だと思います」

「確かに」

「確実に、一人でも落とせる目論見があるのなら、三日でも十分だと思います」 

「正論だな……どうだ、翔子、目当ては有るのか?」

「えっ?」

 色仕掛け事態、良く分かっていない翔子が戸惑っていると、

「大丈夫ですぅ、一名は当確ですからぁ」と、遥が自信たっぷりに答えた。

「本当か?」

 皆が遥に注目する中、

「任せてくださいぃ、私の目にはぁ狂いがありませんよぉ」と、Vサインを出した。

「えっ?だれ?」

 翔子が不安げに尋ねると、

「後でぇ、教えて、あ、げ、る」と、遥は悪戯っぽくウインクした。

「よかろう、じゃぁ翔子、月曜日から三日間な」

「……はい」

 渋々承諾する翔子の前で、

「どうだ、皆も異議は無いな?」と、先生が尋ねると、

「はいっ!」と、翔子以外の全員が明るい声で答えた。

 

 今日は、久しぶりに充実した部活が出来たと思う。

 新入部員達はみんな熱心で、可愛い妹達が出来たみたいで嬉しい。

 でも、あまり構い過ぎると、副部長の機嫌が悪くなるかな?

 予算確保の為に、更なる部員拡大が必要となって、議論も白熱した。

 この熱い感覚が私は大好きだ。

 如何にも、充実した青春を送っていると実感出来るではないか!

 久遠寺翔子の立案した色仕掛けが、どの様な結果を生むのか楽しみだ。

 さぁ、来週は忙しくなるぞ。

 新入部員達の為に、心を込めて衣装を準備しなくては。

 以上、茶道部部長 二条琴音記録。

 

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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