マリア様が、みて見ない振りしてる
高天ヶ原女子高等学校 茶道部日記
第四話 マリア様が、みて見ない振りしてる
平成二十四年四月十三日 金曜日 曇 茶道部部長 二条琴音記録。
おっと、今日は十三日の金曜日ではないか。
縁起の悪い日は、わくわくする。
飛び散る臓物!吹き上げる血飛沫!砕ける頭骨、そして、壁に張り付く脳髄……ふふふふふ……あっはっはっはっ!……はっ!
い、いかん、私の人格が疑われる……
でも、チェーンソーを振り回す、ジェイソン様の勇士を思い浮かべると、わくわくが止まらない所は、私も普通の女子高生なんだと素直に自覚出来る。
わくわくすると言えば、久遠寺翔子が確保したと言う、新入部員に会うのも楽しみだ。
「はぁ……」
私鉄ローカル線を走る、各停列車の椅子に座っている翔子が、大きな溜息をついた隣に座る遥の顔を覗き込んで、
「ん?遥、どうしたの?溜息なんかついて……」と、苦笑いを浮かべながら尋ねた。
「なんかねぇ、こうして見ると、ほぉっんと、うちの学校って地味ねぇ……」
「地味?」
「制服よ、せ、い、ふ、く」
遥が、人差指を振りながら訴えると、
「まぁ、制服なんて、何処も地味な物でしょ」と、翔子が周りの生徒達を見回しながら答えた。
「そんな事無いわよぉ、斑鳩のセーラーカラーなんて可愛いしぃ、春日のチェック柄もお洒落じゃなぁい」
「そうかなぁ……」
「そうよ!」
おしゃれに疎い翔子が頭をかきながら、
「私は、特に不満は持ってないけど……」と、控えめに言った。
「どうぉしてよぉ」
「えっと……グレーの服って、汚れが目立たないし……」
「それが、十五才の女の子の台詞なの!」
「あっ、もう直ぐ十六……」
「知ってるわよ!」
会話の噛合わない翔子に苛付きながら、
「だいたい『灰』色ぉ、『鼠』色ぉ……なに、この汚らしい表現……ぜんぜん可愛く無い!」と、力強く主張した。
「じゃ、パステルグレー……」
「やめて、かえって痛いから」
「あ、にびいろって言い方もあるのよ」
「えっ、にびいろ?どんな字?」
「鈍い色って、かく……」
「最低ぇっ!」
唇を尖らせ腕を組んでいる遥が、
「やっぱり、私達の年頃ってぇ、お洒落したいじゃない」と、翔子に言った。
「そうかな……」
「そうよ!ほんと、翔子ちゃんみたいにぃ、お洒落に無頓着な女の子を見たら、日頃から努力してる私にすればぁ、無性に腹が立つ存在なの」
「ご、ごめん……」
「いい、お洒落ってぇ、眉毛を一本一本抜いて眉の形を整えたりぃ、額や首筋の生え際を処理したりぃ、爪の形を整えてるなんて、日頃の、地味いぃぃぃ……なっ、努力が必要なのよぉ、あっ、当然、洗顔は小まめにね」
「大変そうね……」
「そうよ!特に、体育の後とかはぁ、洗顔用のソープで綺麗にするのぉ、あっ、普通の石鹸は使っちゃ駄目よ」
「何で?」
「石鹸使って油分を取り過ぎるとぉ、その反動で余計に皮脂が出ちゃうの」
「そうなの……」
「専用のソープはぁ、お肌を傷めないしぃ、殺菌成分も有るからぁ、ニキビとかにも有効なのよぉ」
「ニキビに?」
「ニキビの原因は皮脂じゃ無いのよぉ、雑菌だったりとかぁ、あっ、後、体調だとかぁ、色々な原因があるからぁ、出来ない様に、日頃からケアするのが大切なのぉ」
「へぇ……」
「お風呂でもぉ、洗顔用と体用のソープは使い分ける」
「そう……」
「他にもぉ、シャンプーしたらお仕舞いじゃ無いのぉ、髪の状態に合わせてリンスやコンディショナーとぉ、トリートメントを使い分ける、そしてぇ、それからが大変なんだからぁ」
「……」
「そして、一番大切なのはぁ、普段からの食生活……」
長々と続くお洒落講座を、遠い視線で聞いている翔子の顔を遥が覗き込んで、
「……聞いてる?」と、聞くと、
「あっ、えっ、いっ、うっ、きっ、聞いてるよ……」と、翔子は慌てて遥に視線を戻し、焦りながら答えた。
白々しい沈黙が二人の間に流れる。
「……でね、お肌の保水に気を付けてぇ、睡眠時間は十分に取ってぇ、ストレスをなくしてぇ……当然、カロリーの多い食べ物は控える」
「でも、遥、甘い物好きじゃ……」
「うるちゃい!」
話に水を差された遥が、
「まぁ、細かい事は置いといてぇ……」と、話を仕切りなおした。
「お洒落に無頓着な子はぁ、それはそれで、清潔にさえしていればぁ、素朴なイメージを作れるから、まだ許せるけどぉ」
「はぁ……」
「一番、腹が立つのはぁ、命短かし、恋せよ乙女、紅き唇、褪せぬ間にぃ、熱き血潮の冷えぬ間にぃの、私達の年頃でぇ、売春婦の格好している、馬鹿丸出しの子達よ!」
「ば、売春婦?」
「ティーンエイジにぃ、ルージュは不要」
「まぁ、そうね……」
「なのによ、茶髪でソフトクリーム見たいに髪の毛盛り上げてぇ、瞬きしたら風が来る様なまつ毛のぉ、けばけばしい下品で派手なババアの化粧してぇ、売春婦みたいにスカート、パッツパッツに短くしてぇ……ばっかじゃないのぉって、思うわけ」
「いや、人それぞれだし……」
「いいえ、異論は認めないわ」
腕を組んだまま、首を振って否定する遥は、
「車の車高の低さとぉ、スカートの丈の短さはぁ、そのまま知性の低さに比例しているのよ」と、持論をぶち立てた。
「とは言ってもぉ、この制服、スカート長過ぎぃ……」
「えっ?こんなもんでしょ?」
「なに言ってるのぉ!膝下十cmよ!十cm!しまむらで売ってるぅ、オバちゃんのスカートじゃない!」
「そ、そうかな……」
「馬鹿みたいに短いのも何だけどぉ、膝上ぐらいが、ちょうど可愛いんだけどなぁ……」
「遥、なんか今日、機嫌、悪そうね……」
おずおずと、遠慮気味に尋ねる翔子に、
「ええ、悪いですとも」と、遥はきっぱりと答えた。
「誰かさんのぉ、おかげでねぇ……」「誰かさん?」
「そう、鈍感な誰かさん……」
「えっ?だれ?」
「……」
「だれ?」
「……」
翔子が再び尋ねるが、遥は不機嫌な顔で目を閉じて黙ってしまった。
そうこうしているうちに、電車は目的の駅に着いて、中学校から大学までの生徒達が、列を成して改札を抜ける。
駅を出て、本屋や飲食店の店舗が数件並んでいるだけの、寂しい駅前ロータリーを、黙ったままの不機嫌な遥と歩いていると、止まっていたバスから委員長が降りて来るのが見えた。
「あっ、高倉さん!」
翔子が、反射的に声を掛けると、
「えっ?」と、委員長が振向いた。
「おはよう!」
「あ、おはよう……」
「高倉さんも、この時間なんだ?」
「ええ……」
「ははは、じゃ、毎朝会ってたかもね」
今日は、たまたまタイミングが悪かったが、中等部の頃からずっと、歩道に植えてある銀杏の陰から、毎朝、星飛馬の姉の如く、そっと……いや、むしろ、陰湿なストーカーの如く、ねっとりと、翔子の後姿を見詰めて、妄想を広げていた委員長が、
「そうね……」と、頬を少し染めて答えた。
会話の弾まない二人の横から、
「おはぁようおぉぉぉぉ……」と、遥が地獄の底から湧きあがる様な、重低音の不機嫌な声で挨拶をした。
「おっ……おはよう」
挨拶を返す委員長を、不満気に見詰めている遥に、
「どうかしたの?」と、翔子が尋ねると、
「ぶえぇつぅにぃ……」と、遥は目線を合わさず、振向き歩き出した。
「変な子ね……高倉さん、行きましょ」
翔子が声を掛けると、
「えっ、あっ、はい……」と、翔子に見とれていた委員長が慌てて返事をした。
「遥、待ってよ」
声を掛けても、遥はすたすたと一人歩いて行き、翔子は訳が分からずに、其の後を追って歩き出した。
三人は教室に入り、翔子が机に鞄を置いて、
「ねぇ、遥、どうしちゃったの?」と、未だ不機嫌な遥に、声を掛ける。
「はぁ……別に良いんだけどねぇ……」
「何が?」
「私も、子供みたいなぁ、我がまま言う気は無いけどぉ……」
「我がまま?」
「二人っきりの方が良かったのになぁ、なんて……まぁ、仕方ないかぁ……」
「何が?」
「ここは一つ、大人に成って、幼馴染の余裕って奴を見せないとねぇ……」
「だから、何が?」
「あっ、チャイム……じゃ、また後でぇ」
「おい!」
話を逸らかされて、スッキリしない翔子だったが、先生が来たので仕方なく黙った。
ホームルームに続いて、授業が始まると、元々、能天気な……あっ、いや、あまり考え込まないタイプの翔子は、既に遥の話を気にはしていなかった。
「翔子ちゃん、何処に行くの?」
一時間目の授業が終わって、立ち上がった翔子に遥が声を掛けると、
「うん?トイレよ」と、答えた。
「まさか、翔子ちゃん、一人で行く気じゃないでしょうねぇ?」
「えっ?あ、一緒に行く?」
「もうぉ、そうじゃなくてぇ……」
「えっ、遥、トイレが近かったのに、大丈夫?」
「大きなお世話よ!」
顔を赤くして抗議する遥は、
「高倉さんをぉ、誘ってあげてって言いたいの!」と、翔子に迫って言った。
「えっ?高倉さん?」
「そうよ」
「……まぁ、別に良いけど……遥が誘えば?」
「ほんと、鈍感ねぇ……私が、誘っても意味が無いのぉ」
「……なんで?」
「さっ、早く行って」
遥の言葉の真意を測り切れない翔子は「誰が誘っても同じだろ……」と、思っていた。
「高倉さん」
「えっ?」翔子に呼ばれて、教科書を鞄に入れ替えていた委員長が振り向いた。
「お手洗い、一緒に行く?」
「……」翔子の申し出を、少し驚いた様に眼を開いて委員長は固まっている。
「あの……行く?」
再び尋ねた翔子に、
「う、うん」と、委員長は、妄想を広げる事を止めて大きく頷いた。
「遥、行くよ」
「あっ、ちょっと待ってぇ」
教室を出て行く二人を追って、遥も教室を出て行った。
二時間目の授業が終わり、
「遥、そう言えば、さっきの話だけど」と、翔子が声を掛けた。
「私、殺気なんて放ってませんけどぉ」
「その『さっき』じゃ無い!」
翔子が遥を怒鳴り付けた時、
「久遠寺さん……」と、後ろから声がした。
「えっ、あ、伊達さん……」
翔子が振り向くと、三人の少女が立っていて、それを見た遥は、
「……ふっ、やっぱりぃ、来たか……」と、小さく呟いた。
「あの、久遠寺さん、変な事、聞く様だけど……」
遠慮がちに尋ねるクラスメイトに、
「なに?」と、翔子は軽く答えた。
「あの、高倉さんと仲が良いみたいだけど……」
「えっ?あ、ああ、高倉さんね、私達、茶道部なのよ」
「茶道部?」
「ええ、私と遥と高倉さん」
「えっ、でも、茶道部なんて、あったの?」
「あったんだねぇ、これが……私のね、従姉妹のお姉ちゃんが……2年生なんだけど、茶道部に入っててね、私と遥が誘われたのよ、それから、私が高倉さんを誘ったの」
「久遠寺さんが、高倉さんを誘ったの?」
「そうだよ」
「……」
クラスメイト達は黙ってしまい、チラッと遥の方を見て、
「……そう……毛利さんも一緒なの……」と言って、三人は席へと帰って行った。
「えっ?えっ?それだけ……なんなの?」
「やっぱり、あの三人か……」
「何の事?」
「以前、言ったでしょぉ、高倉さんからはぁ、私と同じ匂いがするってぇ」
「……ええ、なんか、そんな事、言ってたわね」
「あの子達も同じなのぉ」
「はぁ?……」
「だからぁ、あの子達には気になるのよぉ」
「何が?」
「翔子ちゃんがぁ、高倉さんと仲良くしてると」
「仲良く?……したっけ?」
「もう、トイレに誘ったでしょ!」
「えっ?それだけで」
翔子の言葉を聞いて遥は、何を言っているんだと言わんばかりに首を振って、
「あのね、翔子ちゃん……」と、翔子の目を見た。
「トイレに誘ったらぁ、立派な友達よぉ」
「そっ、そうなの?」
「当然でしょ」
「……そう」
今ひとつ納得の行かない翔子だったが、授業開始のチャイムが鳴って、それ以上は聞かなかった。
三時間目の授業が終わり、
「じゃ、高倉さん、何時も一人でトイレに行ってたって事?」と、翔子が遥に尋ねた。
「そうよ、中学二年生の時もぉ、ずっと一人だったわ」
「そうだっけ……」
「あのね、こんな事……あまり言いたくないんだけどぉ……」
「何の事?」
「高天ってねぇ、目だった虐めは無いけどぉ、陰湿なのはあるからねぇ」
「虐め?」
「うん……まぁ、虐めって言えるかどうかぁ、分かんないけどぉ……」
「なによ、それ?」
「弱い者は群れを作る……でも、その中で更に弱い存在はぁ、自然の摂理で、排除されるの」
「排除……」
「弱いメダカの群れの中でもぉ、孤立した更に弱い固体はぁ突つき殺される……」
「……」
「平和会議かなんかでぇ、ピカソの書いた鳩の絵がきっかけで、平和の象徴みたいに思われている鳩だってぇ、集団で弱いものを突つき殺す……楽しむみたいにね」
「……それって……一人でいる大人しい高倉さんが、その餌食になるって事?……」
「そうね……」
「……」
何かを考え込んでいる翔子に顔を近づけ、
「だからね、翔子ちゃんにはぁ、しっかりと、自覚して欲しいのよぉ」と、遥が真剣な目で翔子を見詰める。
「何を?」
「乙女はぁ、か弱いのよ……」
「はぁ……」
「其の、か弱い乙女はぁ、寂しい時、悲しい時、辛い時に……そっと、優しく抱き締めて、慰めてくれる人がぁ、欲しいのぉ……心の支えと成ってくれる人がぁ、欲しいのぉ……」
「はぁ……」
「それが、貴方よ」
「私かい!」
「そんな、乙女の気持ちをぉ、翔子ちゃんは少しも分かってくれない……」
「もしもし、いや、私も、乙女なんですが」
「はぁ……もう、良いわ……」
「だから、何の話よ」
翔子が問い質しても、遥はほっぺを膨らませたまま、黙ってしまった。
不機嫌な遥を呆れて眺めていた翔子が、
「あっ、遥、だったら……」と、何かに気付いた。
「なぁによぅ?」
不機嫌なまま振向く遥に、
「さっきの話だと、伊達さん達が高倉さんを虐めていたって事?」と、尋ねた。
翔子の質問を聞いて、遥は顔を曇らせ、
「そうじゃ無いわよ……でも、結果としてはぁ、そうかなぁ」と、呟く様に言った。
「結果?」
「本人達もぉ、自覚は無いと思うのぉ」
「どう言う事?」
「伊達さんがぁ、意地悪な子だとは思わないでしょ」
「そうね、友達も多いし……」
「委員長を決める時にぃ、高倉さんを推薦した時だってねぇ」
「うん」
「本人はぁ、虐めなんて意識しないでぇ、軽い気持ちでぇ、押し付け安そうなぁ、高倉さんの名前を出しただけ」
「……」
「でもぉ、それを軽く受け流せない、大人しくって気の弱い高倉さんにとってはぁ、負担になる……そうなるとぉ、それは、虐めでしょ」
「そんな……」
「あの時ぃ、高倉さんがぁ気の弱い子だって、知ってて庇わなかった私達だってぇ、同罪だけどねぇ……」
「……だったら……高倉さん、茶道部に誘ったのも……」
心配そうに尋ねる翔子に、
「大丈夫よ」と、遥が微笑みながら答えた。
「高倉さんはぁ、翔子ちゃんに誘われてぇ、嬉しいはずよ」
「そうなの?」
「心配しなくてぇ良いわよ」
「なら、良いけど……」
暫くの沈黙が続き、
「集団の中でぇ友達を作れない、不器用な子ってぇ……何処にも居るものねぇ……」と、遥が窓の外を見た。
「一人で居る時よりぃ、大勢で居る時の方が寂しいぃ……」
「遥……」
「私だってぇ、孤立してたらぁ……どうなってたか……」
「でも、遥は、私やタミちゃん達と仲良くしてるし」
「今はね……」
暗い顔で、窓の外を見ている遥を見て、
「あっ……」と、翔子は何かを思い出した。
「小学校でぇ、翔子ちゃんと出会うまではぁ……」
「……」
翔子と遥は、黙ったまま窓の外を見ていた。
四時間目の終了を告げるチャイムが鳴った時、
「さあぁてぇ、お弁当ぉ、お弁当おぉ」と、楽しそうに遥は鞄を開いた。
「……」
遥の話を聞いてナーバスになっていた翔子が、世界史の授業で使っていたプロジェクターのスクリーンを、小柄な体で背伸びして片付けようとしている委員長の姿を見た。
「……なにやってるの?……」
翔子は立ち上がり、委員長に近付いて、
「どうしたの高倉さん、何やってるの?」と、尋ねた。
委員長は翔子に声を掛けられて手を止めて、
「あの、先生が、これを片付けて、視聴覚室まで運んでおいてくれって、仰って……」と、翔子に説明した。
「ちょっと、これって……プロジェクターとスクリーンの事?」
「ええ……」
「貴方に?」
「……ええ……」
頷く委員長を見て、
「なにが、ええ、よ!」と、怒鳴った。
「なんで受けたのよ!こんな重たい物!」
「……」
「隣の実習棟の四階よ、視聴覚室って……」
「……」
「先生はどうしたのよ」
「……あの、急ぐからって……」
「……それで、貴方は一人で片付けようとしてたわけ……」
「……ごめんなさい……」
項垂れて黙ってしまった委員長を見て、
「はあぁ……」と、大きな溜息をついてから、
「遥、手伝ってぇ」と、遥を手招きした。
「ごめんなさい……」
申し訳なさそうにしている委員長を無視して、
「遥、スクリーンとスタンドは私が片付けるから、高倉さんと一緒にプロジェクターをケースに入れて片付けて」と言うと、
「はぁい」と、遥は手を上げて返事をした。
「ごめんなさい……」
「……いいから、早く片付けて」
「はい……」
翔子が、スクリーンとスタンドをたたんで、
「遥、高倉さんと二人でプロジェクター運んで、私はスクリーンとスタンド運ぶから」と言って、重いスクリーン一式を肩に担いだ。
「じゃぁ、高倉さん、そっち持ってぇ」
「うん……」
三人は、それらを視聴覚室まで運び、視聴覚室の鍵を職員室まで返しに来た。
「先生!」
世界史の先生を見つけたとたん、翔子が駆け寄り、
「どう言う積もりですか!あんなに重い物を、高倉さんに押し付けて!」と、今にも掴みかかる勢いで迫った。
「あっ、すまん……重かったか?」
「男の人なら持てるかもしれませんけど、あんな旧式のプロジェクター、重いです!」
「あっ、そうか、すまん……で、どうした?」
「……私達3人で運んでおきました」
「そうか、すまん、すまん、プロジェクターに繋いでいたノートパソコンを、三谷先生に直ぐに返さないといけなかったから……申し訳ない!すまなかったな」
申し訳なさそうに手を合わせる先生に、
「以後、気を付けて下さいね!私達、か弱い乙女なんですからね!」と、上から目線で訴えた。
「あ?か弱い?」
「はい!か、よ、わ、い!」
「あっ、そうか……すまん、以後気を付ける」
自分より背の高い翔子に、聊か釈然としない物を感じている先生が謝るのを見て、
「では、失礼します」と、翔子も頭を下げた。
翔子達は職員室を後にして、教室へと向って歩いていた時、
「群れか……」と、翔子が小さく呟いた。
「ねぇ、高倉さん」
「えっ?」
翔子が歩きながら、
「貴方、お弁当?」と、前を向いたまま尋ねた。
「ええ……」
「じゃ、部室で一緒に食べましょうか」
「えっ、部室で?」
遥も、微笑みながら、
「あっ、良いわねぇ、一緒に食べましょうよぉ」と、誘った。
「でも……」
躊躇っている委員長を見て、
「……良いから、いらっしゃい」と、翔子は、少しきつい口調で言った。
翔子達は一旦教室に戻って、お弁当を持って茶道部の部室までやって来た。
勝手口に付いている、4桁のナンバーキーを外して中に入り、翔子達は座敷に上がってお弁当を広げた。
「えっ?高倉さんが作ったのぉ?このお弁当ぉ」
「ええ、お母さん、忙しいから」
「えっ、すご……だし巻き卵も?」
「ええ」
委員長の手作りのお弁当は、羨ましいぐらい、美味しそうだった。
「えっと、一つ貰っても良い?」
「あっ、私もぉ」
「ええ、どうぞ……」
三人は、おかずの交換をしながら、楽しくお弁当を食べ終えた。
食後のお茶を飲んでいた遥が、
「翔子ちゃん、やっぱり、お昼寝するのぉ?」と、尋ねた。
「お昼寝かぁ……それも、良いかもね……」
翔子が後ろに手を付いて、気だるそうに天井を見上げている姿を見て、
「翔子ちゃん、どうかしたの?」と、遥が再び尋ねた。
「……」
不機嫌そうな顔をして、暫く黙っていた翔子は、
「高倉さん……」と、委員長を呼んだ。
「はい」
「……はっきり言うけど、私、貴方みたいな子見てると、無性に腹が立って来るの」
「えっ?」
「……翔子ちゃん」
翔子の突然の言葉に、委員長も遥も戸惑った。
天上を見ていた翔子が、体を起こし、
「中学の時は、話す事も無かったから、気にもしなかったけど」と、委員長を睨み付けた。
「……」
「そうやって、一人で孤立して、人の言いなりになってる子を見ると、苛々するのよ」
「翔子ちゃん……」
「ほんと、ばっかじゃないの?さっきの事だって、出来もしない事を断りもしないで」
「……ごめんなさい……」
肩を竦めて俯いてしまった委員長に、
「貴方一人で、どうする積りだったのよ!何度も何度も視聴覚室と教室、重い荷物を持って往復する気だったの!第一、あのプロジェクター、貴方一人で持てるの!」と、翔子が怒鳴り付けた。
「……」
「そうやってね、気が弱いからって、人の言いなりになってると、何処までも自分を追い込む事になるのよ」
「……」
「孤立して、追い込まれて……ほんと、馬鹿よ、貴方は」
「翔子ちゃん、ちょっとぉ、言い過ぎよぉ……」
「遥、あんた、トイレに誘えだとか、乙女はか弱いだとか……私に高倉さんを助けてやれって、言いたかったんでしょ」
「……うん」
俯いてしまった遥を見て、
「冗談じゃ無いわ……」と、翔子が吐き捨てた。
翔子は苛付き、髪の毛をかいて、
「ああ、もう、そんな事だから、何時も一人で居なきゃならないのよ!」と、再び委員長を睨み付けた。
委員長は翔子から顔を逸らす様に俯いて、
「ごめんなさい……」と、微かな声で謝り、小さく震えていた。
「だからさ……」
翔子は体を乗り出して、委員長に近付き、
「もう、一人じゃ無いって、気付きなさいよ」と、優しく言った。
「えっ?」
俯いていた委員長が顔を上げ、翔子を見詰める。
「私達、同じ茶道部の仲間よ、だからね、一人じゃ無いでしょ」
「……久遠寺さん……」
大きな目で見詰める委員長に、
「何も、助けてあげるなんて傲慢な事は言わないわ、正義の味方なんて気取る気無いしね」と、翔子は静かに言った。
「だけど、助け合う事は出来ると思うの」
「翔子ちゃん」
「悩みがあれば、話し合う事も出来るわ」
「……」
「でもね、貴方にその気が無かったら、そのままで居れば良いわ……」
「……」
「何もせずに、自分の殻に篭ってるなんて……一人で孤立したいなら勝手にすれば良いわ」
「……」
「私は其処までお人好しじゃないし」
「……」
「だけど、お互いに声を掛け合い、お互いに半歩踏み出して、お互いに手を差し出せば、手を握り会う事は出来るの」
そう言って翔子は、委員長に右手を差し出し、
「で、どうする?」と、微笑みながら尋ねた。
差し出された手を見て、委員長の大きな目から、ぼろぼろと大粒の涙が零れ出した。
「辛かったと思うの、でもね、誰のせいでも無いの、だから、誰も恨まないでね」
「……はい……」
「今、やっと私達は出会えた……それで十分でしょ」
「……はい……」
委員長は泣きながら、翔子の差し出す手を両手で強く握った。
「さっ、涙、拭いて」
遥は委員長に寄り添うように座り、ハンカチで委員長の涙を拭いてやった。
「ありがとう……毛利さん……」
「うん、仲良くしようね」
「うん……」
「忘れないでね、私達、何時も一緒だって事」
微笑む翔子の目を見詰め、
「はい……」と、返事をして、委員長は翔子の手を更に強く握った。
キラキラと目を輝かせ見詰める委員長を見て、
「うっ……」と、翔子は委員長に、危険なものを感じて少し身を引いた。
「いい子ね、翔子ちゃん……」
勝手口を半分開けて、琴音と蛍が中の会話を聞いていた。
「そうですね、皆、良い子ですよ」
琴音に振向いた蛍の顔を見て、
「よかった……」と言って、琴音は、その場にしゃがみ込んでしまった。
「部長……」
肩を小さく震わせ、両手で顔を覆って泣いている琴音を見て、
「どうしました?」と、蛍もしゃがみ、琴音の肩を優しく抱いた。
「怖かったの……」
「えっ?」
「先輩方が卒業されて、私、不安で不安で……」
「……」
「私の代で、茶道部が無くなるんじゃないかって、怖くて……」
「でも、もう、心配無いですよ」
「そうね……」
静かな時間が優しく流れ、暫くして琴音と蛍が立ち上がり、
「蛍ちゃん、ありがとうね」と、琴音が微笑んだ。
「貴方には、どれだけ支えられた事か……」
「そんな、私なんか……私は、それなりに楽しんでただけで……」
「だからよ、貴方の笑顔に支えられたの」
「あ……」
蛍の頬に、そっと片手を添えて、
「私の前で、貴方は何時も、笑顔で居てくれた……」と、琴音が微笑む。
「お姉様……」
添えられた琴音の手に、自分の手を重ね、蛍は静かに目を閉じ、再び二人の間に静かな時間が優しく流れた。
「……私達は、このまま帰りましょうか」
「……そうですね」
二人が校舎へと向かいかけた時、
「あ、部長」と、蛍が思い出した様に声を掛けた。
「なに?」
「放課後、入部届けの用紙、忘れないで下さいね」
「ふふふ、分ってるわ」
今日はとても良い日だった。
もう何も言う事は無い。
放課後、新入部員達に入部届けを記入してもらい、私は直ぐに生徒会へと向かった。
其の足で、顧問の桜木先生に報告すると、恥かしい事だが、また泣いてしまった。
今夜はゆっくり眠むれそうだ。
また、明日からは、頑張って茶道部を盛り上げて行きたい。
以上、茶道部部長、二条琴音記録。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
感想など頂けますと嬉しいです。




