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会議は踊る

 高天ヶ原女子高等学校 茶道部日記


   第二話 会議は踊る

宇宙世紀00(ダブルオー)……いや、違う……

何も、脈絡の無い間違を、無理やりする必要も無いのだが……

 平成二十四年四月十日 火曜日 晴 茶道部部長 二条琴音記録。

 人類が増え過ぎた……いや、茶道部は、新入部員を2名向かえ4名に増えた。

 まだまだ増え過ぎたとは、とても言いがたい現状だが、多少の余裕は出来た。

 余裕が出来たとは言うものの、来月1日に開催される生徒会の予算委員会まで3週間を切り、まだまだ予断が許されない現状に、我々は恐怖した……いや、おかしい


だろ、この文章……

 何にせよ、部として認定される規定の五人まで、後、一人。

 我々は、この期間を効率的に活用するために、第一回の対策会議を開く事にした。


「こっちで良いのぉ?」

「お昼休みに部長から貰った地図だと……実習棟の裏だから、こっちで合ってるはずよ」

 放課後、翔子と遥が手書きの地図を片手に、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いている。

「ええっと……こっちにクラブ棟があって、そこの裏に廻って、と……」

「なんか、辺鄙(へんぴ)な所ねぇ……」

「高等部の敷地の端っこだね……」

「あの竹やぶの向こうは大学でしょ?」

「あっ、たぶんそうね」

 教室がある校舎から、たっぷり五分近く歩いて、翔子と遥は茶道部の部室を探している。

「なんで、こんなに広いのよぉ……」

「田舎だからねぇ……あっ、池」

 山の斜面が迫る敷地の外れ付近に、小さな池があった。

「へぇ、小川から水が流れ込んでいるんだ」

「結構、綺麗な池ね」

「あれ?あそこ……あれかな?」

 翔子が指差した先には、池より一段高い台地に木々が茂り、その枝の間から瓦屋根が見えていた。

「あっ、凄ぉい、一軒屋?」

「みたいね……」

「なんか、贅沢ねぇ……他のクラブはプレハブの連棟なのに」

「植木に囲まれて……日本庭園にしてあるんだ……」

 池を周って石段を昇り見回すと、木々に囲まれた敷地に小さな東屋があり、それに隣接して数奇屋が見えた。

「へぇ、こう言うのも、かっこ良いね」

「そうねぇ……」

 田舎に住んではいるものの、普段、あまり接しない純和風の風景に、二人は新鮮なものを感じていた。

 二人は、目に付いた戸を開けて、

「お邪魔します……」と、遠慮気味に入って行った。

 古い作りの土間には(かまど)が有り、小さな炊事場となっていた。

 外から見たより、以外に広く感じる中を、好奇心たっぷりに見回していると、

「あらぁ、ごきげんよう」と、声がして、二人は声の方を向いた。

「ぶっ!」

「えっ!」

 振り向いた瞬間、翔子は脱力してその場に崩れ落ち、遥は目を大きく開けて立ち竦んだ。

「ほ、蛍ちゃん……な、なにやってんの……」

 土間に手を付き、震える声で翔子が尋ねると、

「えっ?何が?」と、黒い下着姿の蛍が、とぼけた様子で尋ね返した。

 明らかにDカップ以上は有ると推定される胸が、大きくはみ出しているブラジャー。

 ウエストの(くびれ)れから遙か遠い位置で食い込んでいるスキャンティー。

 蛍は、レースで飾られたセクシーな姿で、一段高くなった座敷の部屋に立っていた。

「な、何がって、そ、その格好は、何よ……」

「えっ、これ?これは下着よ」

 土間に手を付いていた翔子が、いきなり立ち上がって、

「そんなこと、見たら分かるわ!」と、怒鳴ると、

「な、なによ……」と、蛍はたじろいだ。

「何故、勉学を励むべく高校の校内で、年不相応な破廉恥な下着姿のまま、恥ずかしげも無く立っているのよ、と、そこまで聞かないと分からないの!あんたは!」

「ほんと、日本語ってむずかしい……」

「やかぁまあぁしいぃぃ!」

 蛍を怒鳴り付けると、

「はぁ、はぁ、はぁ、昨日と言い、今日と言い……」と、翔子は肩で息をして呼吸を整えた。

「だってぇ、翔子ちゃん、コスプレ禁止って言ったでしょぉ」

「ええ、言ったわよ……」

「だから、せめて下着だけでも気合入れて行こうと思ってさ」

「気合って……」

「まぁ、勝負下着ってやつね!」

「何と勝負する積りよ……」

 脱力感に翔子が頭を抱えている後ろから、

「あっ、でも先輩……」と、遥が、セクシーポーズを決めている蛍に声を掛けた。

「なに?」

「よく雑誌とかでぇ、デートの時の勝負下着って感じで、紹介してる記事が有るでしょ」

「うん」

「それって、派手な物とかぁ、セクシーな物が多いじゃないですかぁ」

「そうね、大切な夜の演出には欠かせないわよね」

「でもね、女が考える『可愛い』とぉ、男が感じる『可愛い』とはぁ、違うと思うんです」

「えっ?」

「まぁ、雑誌の紹介記事なんて、大体がスポンサー企業の広告なんですけどねぇ」

「そうなの?」

「どの雑誌も、広告料取ったり商品提供して貰ってますからぁ」

「へぇ……」

「まぁ、雑誌なんてぇ、それで食ってるようなものですからぁ」

「そうなんだ」

「ええ、新製品の紹介はともかく、何もぉ、本当に流行っている物とかぁ、性能の良い物が紹介されているわけじゃぁないんですよ」

「ほおぉ……」

「特に、ファッション雑誌とかぁ、家電製品なんかの雑誌はぁ、無防備に信用しない方が良いですよぉ」

「ふむふむ……」

「第一、セクシーな下着なんてぇ、経験豊富な大人の女性が、行き摺りの遊び人相手にならぁ、それもありかと思うんですがぁ……」

「うんうん」

「私達の年頃では……ちょっとねぇ……」

「ちょっと、なに?」

「私達ぐらいだとぉ、やっぱ、処女をアピールするのが一番だと思うんですぅ」

「ふむふむ」

「考えても見て下さい、彼との記念すべき始めての夜」

「うんうん」

「行き成り派手な下着だとぉ、どん引きですよぉ……特に、彼が童貞だったらぁ……」

「あっ、なるほど……」

「相手も、こっちが処女である事を期待してるんですよぉ」

「そうね……」

「だからぁ、演出としては、一見、地味ですけどぉ、白の綿パンが一番!」

「おお!確かに!」

「やめんかあぁ!」

 行き成り怒鳴り声を上げる翔子に、二人は肩を竦めた。

「大人しく聞いてりゃ、処女だとか童貞だとか……蛍ちゃん!ここ、茶道部よね!」

「ええ……そうだけど……」

「茶道部と、勝負下着と、なんの関係があるのよ!」

「関係は……無いけど……」

「それに、普段から、そんな下着着けてるの!体育とか、着換えの時、恥かしく無いの!」

「まっさかぁ!これは部室で着換えたの」

「着換えた?」

「うん、こっち来て」

 座敷の奥に行く蛍を、二人は座敷に上がり付いて行った。

「ほら、これ」

 蛍が箪笥の引き出しを引くと、中には色とりどりの下着が、整然と並んでいた。

「わぁお!」

「ぐっ……」

 下着売り場で、手に取るのも恥かしいセクシーな下着が、引き出しの中いっぱいに入っているのを見て、遥は感動の声を上げて、翔子は再びその場で崩れ落ちた。

「な、なんで、こんな物、部室に、持ち込んで、いるのよ……」

 震える声で翔子が尋ねると、

「趣味」と、蛍は一言で答えた。

「……もう、好きにして……」

「あら、来てたの、ごきげんよう」

 翔子達が入って来た入り口とは違う、玄関の引き戸を開けて琴音が入って来た。

「あっ、部長、ごきげんよう!」

 蛍が挨拶すると、

「あら、蛍ちゃん、気合入っているわね!」と、琴音が絶賛した。

「でしょぉ!気合入れまくりで、頑張りますから!」

「ええ、お互いに頑張りましょう!」

 二人が、手をがっしりと握り合い、決意を確認し合っている姿を見て、

「いい加減、服着ろよ……」と、翔子は冷めた目で二人を見ていた。

「えっと、蛍ちゃんが服を着ている間に、部室の案内をするわね」

 そう言って、琴音は二人に手招きして、

「まず、こうやって独立で立っている茶室を草案茶室って言うの、それと、数寄屋とも言うわね」と、説明を始めた。

 やっと、茶道部らしい話が始まって、翔子と遥は琴音の話を真剣に聞いている。

「そして、玄関を入って右側が茶室、此処が部室兼用の控えの間で、こっちがお道具をしまってある納戸、その隣が水屋」

「水屋?」

「お勝手の事よ、お水は土間に下りて、勝手口を出て左に井戸があるの」

 自分達が入って来た扉の方を見て、

「井戸ですか?」と、翔子が尋ねた。

「ええ、あっ、そうそう、此処、クラブ棟から離れているから、電気も水道も無いのよ」

「えっ?」

「まぁ、特に不便は感じないけどね」

「ええぇ、でも、エアコンも無いんですか?」

「当然」

「えぇっとぉ……あの、お手洗いはぁ……」

「お手洗いは、ちょっと不便なんだけど、実習棟まで行かないと……」

 翔子と遥は、少し不安を感じて顔を見合わせた。

「慣れると、何でもないわよ」

 気楽に答える琴音の言葉に、翔子と遥は、慣れ切った生活とは違う環境に、不安を感じて顔を見合わせた。

「お待たせ」

 茶室で制服を着ていた蛍が控えの間に入ると、

「皆、座って」と、琴音が座敷机の前に座布団を配った。

 琴音と蛍の前に、翔子と遥が座ると、

「さて、今日は、大切な事を話し合うわよ」と、真剣な目で前の二人を見た。

 何としても、もう一人部員を入れなければ、同好会へと格下げされる瀬戸際。

「はい」

 翔子と遥も、真剣な表情で頷いた。

「まずは、誰が主役であるかを、はっきりとさせておきたいの」

「はあ?」

「えっ?」

 構えていた事とは、まったく関連の無い事を言われ、翔子と遥は意味が直ぐには理解出来なかった。

「当然、部長である私よね」

 自信たっぷりに訴える琴音に、

「えっ?えっ?私じゃないんですか?」と、翔子が戸惑いながら反論した。

「なんでよ」

 不機嫌そうに尋ねる部長に、

「あ、いえ、その、話の流れからすると、主役は私のような気がするんですけど……」と、自信無さそうに翔子が答えた。

「でも、タイトルの『茶道部日記』って、私が書いているのよ」

「単に、ナレーション代わりじゃないですか、ナレーターが主役ですか?」

「失礼ね!そう言う意味じゃなくて、私が話を引っ張っているって言いたいの!」

「そんなの進行役でしかありません!第一、役割を考えて下さい!」

「役割ってなによ」

「三人がボケ役で、私が突っ込みなんですよ」

「じゃ、なによ、ハルヒ達の中で、キョンが主役だと言うの?」

「……えぇっと……」

「ハルヒは主役じゃ無い訳!」

「そ、そりゃ、キョンは、め、目立ってないですけど、しゅ、主役です!」

 たじろぎながらも、自己主張する翔子に、

「あの、私が、一番個性的だってこと、お忘れじゃなくて」と、琴音の隣から蛍が主張した。

「なにが個性的よ、性的なだけでしょ」

「そうそう、メンヘラエロ女のユノが主役だって言ってるのと同じよ」

「ユノは主役です!彼女が話のバックボーンになっているんですよ!」

 琴音と蛍が睨み合うのを「どうせ私はぁ、マユシーみたいに脇役を運命付けられているものぉ……」と、遥は冷めた目で見ていた。

「まぁ、アニメネタは止めましょう……一室でアニメをネタにしてると、北海道の生徒会みたいになってしまいますよ」

 翔子の提案に、

「……たしかに……」と、蛍が同意して、

「そうね……あっちは『日記』じゃなくて『議事録』だけど……」と、琴音も同意した。

 皆が黙り込んでしまった時、

「あ、でもぉ、トラブルとかぁ、空の落とし物とかぁ、ISもそうだけどぉ、けっこう主役って人気ないわねぇ」と、遥が独り言を言った。

 それを聞いた三人は、互いに顔を見合わせて、

「そ、そうね……やっぱり、普通に考えて、部長が主役よね」と、翔子が言うと、

「あっ、やっぱり、主役って、個性的じゃないと」と、琴音が躱し、

「とんでもない、やっぱり役割は重要よ」と、蛍が翔子を見た。

 互いに牽制しあう三人に、

「あ、あのぉ、そろそろ、部員の勧誘の話を……」と、遥が言いかけると、

「それどころじゃないでしょ!」と、三人がハモった。

「おっ、盛り上がってるな!」

 玄関の方から声がしたので、皆が一斉に振向くと、其処には小学生の女の子が立っていた。

「あっ、先生」

「えっ!先生?」

 小柄で幼い顔付きの、どう見ても小学生だろう思われる、白衣を着た少女が『先生』と呼ばれ、翔子と遥かは驚いている。

「紹介するわね、茶道部顧問の桜木香苗(さくらぎかなえ)先生、教科は物理よ」

「おう、よろしくな!」

 裾が床に摺れそうな白衣の、両肩をたくし上げ安全ピンで止めて、袖口を何重にも折っている桜木先生が、翔子達に向かってにこやかに挨拶した。

「部長……もう、アニメネタは止めましょうよ……」

 翔子が呆れながら言うと、

「誰が、アニメネタだ!」と、先生が翔子に食って掛った。

「だって『とあるなんとか』とか『はがない』とかみたいに、よくあるネタじゃないですか」

「ネタじゃねぇよ!」

「だって……こんなに小さいし、どう見ても小学生に……」

「小学生じゃねぇよ!おいっ、でっかいの!私は、これでも二十八才なんじゃあぁ!」

「えっ!」

 年を聞いて、翔子と遙かは驚いてハモった。

「こらあぁ!琴音!貴様、新米の教育がなっとらんぞ!」

「うっ、す、すみません!」

「だいたい貴様はだなぁ……」

 突然、豹変した先生に、琴音は慌てて土下座した。

「……ごめん、先生に対して風貌の事はタブーなの……」

 驚き戸惑っている二人の後ろから、蛍が説明して、

「せ、先生!ローソンのエクレア、食べます?」と、怒鳴っている先生に尋ねた。

「……エクレア?」

 琴音に怒鳴るのをやめて、蛍へと先生が振り向くと、

「はい、賞味期限切れてますけど……」と、蛍が立ち上がった。

「うむ……頂こう……」

 それを聞いて蛍は水屋へと走り、

「あっ、私、お茶、入れますね」と、琴音も水屋へとダッシュした。

「どうぞ!」

 二人がエクレアとお茶を差し出すと、

「えへへへ、ありがとう……」と、目を輝かせて、先生が礼を言った。

「はむっ……みあぁ……幸せ……」

 至福の時を堪能している先生に聞こえない様に、

「先生、甘い物には目が無いの……だから、凶暴になった時、甘い物をお供えして、お怒りを静めてもらうの……」と、蛍が説明するのを、

「はあ……」と、二人は呆れた。

「でもぉ、賞味期限切れてるってぇ……」

「大丈夫、大丈夫、先生、気にしないから」

 エクレアを食べ終えた先生が、お茶を飲んで、

「それで、お前達、名前は?」と、元の可愛らしい顔に戻り、笑顔を浮かべ二人に尋ねた。

「あ、はい、先程は失礼しました、一年橘組、久遠寺翔子です」

「えっ、久遠寺?あれ、蛍と同じ?」

「はい、蛍ちゃんとは、従姉妹なんです」

「へぇ、そうなの、よろしくな」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」

 緊張しながら翔子が礼をするのを見てから、

「お前は?」と、遥の方を見た。

「はい、私はぁ、一年橘組、毛利遥です、よろしくお願いしますぅ」

「うん、よろしく、翔子と同じクラスか?」

「はい」

 エクレアのチョコを口元に付けたままの先生は、蛍と翔子を見比べて、

「なるほど、言われて見れば似ているな」と、感心した。

「はい、両親共に兄弟なんです」

「えっ?両親共に?」

「ええ、父親同士、母親同士が兄弟なんです」

「へぇ、珍しいな……だけど」

「えっ?」

「蛍は翔子に比べると、色が白くて、胸が大きいし……」

「うっ……」

(くび)れがあって、胸が大きい」

「ぐっ……」

「それに比べて翔子は、背は高いけど、胸は無いし……」

「……」

「スリムだけど、胸が無い」

「復讐ですか……」 

「ええ、いやあぁ、ただの嫌味だ」

「ぐっ……」

 翔子は「お前だってペッチャンコじゃねぇか!」と、言いたかったが、拳を握り締めて我慢した。

「種と畑が兄弟でも、違いって出るもんだなぁ」

「ぐぬぬ……」

 歯を喰いしばって耐える翔子の肩を抱いて、

「我慢して、お願い、我慢してね……」と、琴音が懇願した。

「さぁ、先生も来られた事だし、新入部員勧誘の為の話し合いをしましょう」

 濁った空気を入れ換えるように、琴音が爽やかに提案すると、

「ええ、何と言っても、それが私達にとって一番重要なテーマよ」と、蛍が賛同した。

 今更感が拭いきれないが、翔子と遥は改めてテーブルに付いた。

「せっかく四人に増えたんだから、私と蛍ちゃんが校舎裏で、翔子ちゃんと遥ちゃんが校舎の表で、手分けして勧誘するってのはどうかしら?」

「……部長、私達の目の届かない校舎裏で、何を、なさる御積りですか?」

「えっ?か、勧誘に決まってるじゃない……」

「で、どの様に?」

「えっ、ど、どの様にって……」

 戸惑う琴音の目を睨み付け、

「まさか、また、コスプレ、ですか?」

「えっ、えっ、そ、そんな事……」

「目を逸らさないで下さい!蛍ちゃんも!」

 怒鳴り付ける翔子に、

「だって、あの衣装を作るのに、一週間も春休みを潰したのよ!」

「そうよ!お金だって部長と二人で出し合って……月初めだって言うのに、今月ピンチなのよ!」と、二人は涙を流しながら訴えた。

「その情熱を、正攻法へと向けられなかったんですか!」

 二人に怒鳴ってから翔子は先生へと向きを変えて、

「先生、聞いて下さい!」と、先生に詰め寄る。

「えっ?なんだ?」

「あっ、チョコ、口元に付いてますよ」

「えっ?あっ、すまん……」

「えっと……先生!部長と蛍ちゃん、花魁とバニーガールの格好で、新入部員の勧誘をやっていたんですよ!」

 翔子の訴えを聞いて、

「ほう、頑張ったな、大変だっただろう」と、先生は口元を拭きながら、部長と蛍に微笑んだ。

「えっ?」

 目が点になっている翔子をよそに、

「はい、特にかつらは凝っちゃって……」

「重くなっちゃっいましたけどねぇ」と、二人は顔を見合わせて笑った。

「あ、あの……」

 戸惑っている翔子に、

「あのね、私言ったわよね」と、琴音が落ち着いた口調で言った。

「えっ?何をですか?」

「昨日『追々、慣れてくれれば良い』って」

「……あ、ええ、仰いました……」

「あれってね、冗談じゃなくてね、本当に慣れて欲しかったのよ」

「えっ?」

「コスプレして新入部員を勧誘するのが、茶道部の伝統なの」

「はあぁ?」

「うん、代々、茶道部はコスプレして勧誘するのが伝統なのよ」

「つぅぶせえぇ!そんな伝統、潰してしまえぇ!」

 狂った様に叫んだ翔子は、

「先生!」と、再び先生に詰め寄った。

「な、なんだ?」

「良いんですか!校内で破廉恥な格好をして、新入部員の勧誘をするなんて、許されるんですかぁ!」

「まあ、まあ、破廉恥って、別に乳首や性器を晒して歩く訳じゃなし……」

「ろ、露骨に言わないで下さい……」

「それに、校則にも『校内でのコスプレは禁止』って、書いてないしなぁ」

「校則を作った人は、コスプレなんて知りません!」

「そう、硬い事言うな、別に誰にも迷惑掛けて無いだろ」

「い、いや、公序良俗と言うものを考えますと……」

 必死で訴える翔子に、

「やっぱ、伝統は守らないとねぇ」と、蛍が勝ち誇った様に言った。

「時代と共に、伝統の形も変て行くべきよ!」

「変えずに、後世に残すのが伝統でしょ!」

「いいえ!時代に合わせて変えて行かないと、何れは世間に受け入てもらえずに、消えてしまうのよ!」

「変えてしまえば、伝統ではなくなるわ!」

「本当に守らなくてはいけないのは何よ!頑なになって本質を見失うなんて、本末転倒よ!」

「その優柔な事大主義こそが、伝統を潰してしまう根源だと気づかないの!」

 怒鳴りあう二人を見かねて、

「まあ、まあ……」と、先生が二人の間に入り宥める。

「お前達の熱い気持ちは十分に分った……」

「先生……」

「これからも、その、熱意を持って、茶道部の『伝統』は継承して行ってくれ」

「わかってねえぇ!」

「流石、先生!」

 両手を挙げて喜んでいる蛍の横から、

「な、何でですか!なんで、私が、コスプレしなきゃいけないんですか!」と、翔子が先生に訴える。

「なにも、今年からしろとは言わんよ」

「でも!」

「郷に入っては業に従えだ」

「そんなカルマ(業)は負いたくありません!」

「……分りにくいボケを、あっさりと返した……出来るな、お主……」

 感心している先生に、

「でしょ!私達の目には狂いはありませんよ!」と、琴音が自慢げに言った。

「な、なんの事ですか!」

 戸惑い尋ねる翔子に、

「ふふふ、分らないの……」と、蛍が薄気味悪い笑みを浮かべて言った。

「な、なによ……」

「普通の格好で、普通に新入部員を募集しても、普通に茶道部に入りたい子しか来ないわ」

「……それで、良いじゃない……」

「そんなの駄目よ!」

「なんでよ……」

 訳が分らずに見詰める翔子に、

「そんな奴、面白くない!」と、先生と琴音と翔子が、声を合わせてきっぱりと言った。

「……」

 返す言葉も無く、畳に崩れ落ちて手を付く翔子に、

「大丈夫よ、直ぐに慣れるわよ」と、蛍が優しく声を掛けた。

「私も最初は恥ずかしかったけど、努力して慣れたわ」

「嘘仰い、蛍ちゃんは明らかに楽しんでいたでしょ……」

 睨み付ける翔子から顔を逸らして蛍はぺロッと舌を出した。

「まあ、翔子ちゃんに、蛍ちゃんみたいにバニーガールをやれなんて言わないわよ」

「言われたくもありません……」

「そうね、貧弱な胸だと似合わないから」

「大きなお世話だ!」

「必ずしも、超ハイレグカットで、陰毛がはみ出す様なコスプレは、しなくても良いぞ」

「だから、露骨に言わないで下さい……」

「大丈夫よ、一年も経てば、茶道部に馴染むから」

「……馴染むのが怖い……」

 皆に説得されている翔子の姿を見て、

「やっぱり……私って脇役ねぇ……」と、遥が呟いた。

 

 戦場と化した部室に、閃光が走り衝撃で砂塵が舞い上がる。

 生存確率五%の絶体絶命、待っているのは、鬼さえ怯えるこの世の地獄。

 死を覚悟した我々が、新たに迎えたルーキー達……

 地獄の中で、心を閉ざすルーキーの背中に死神がまとい付く…… 

 夕方から降り出した横殴りの雨が、爆音と断末魔の叫びを遮り、硝煙の匂いと流れた血を消して行く。 

 雨音に固まった先の見えない空間で、この心の不安は、何が消してくれるのだろう……

 次回、装甲騎兵ボ……いや、次回の会議はどうしよう。

 今回の、新入部員に付いての会議は、顧問の桜木先生を交えて白熱したが、結局は結論を得るに至らなかった。

 やはり、前途多難を感じずには居られない。

 明確な手段が見えないままの議論は、蟷螂の斧の様な不安を抱く。

 花魁とバニーガールが間違っていたとは、決して思いたくない。

 しかし、久遠寺翔子の提案する『正攻法』と言うのも、検討すべきなのか。

 新入部員勧誘と言うものが、我等の前に立ちふさがる巨大な敵に思えて来た。

 キリコ、お前の……基、翔子、お前の閉ざした心に、雨は降るのか……

 以上、茶道部部長、二条琴音記録。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

一言頂けましたら幸いです。

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