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愛、おぼれていますか?(下巻)

高天ヶ原女子高等学校 茶道部日記 第一部完結話下巻です。

軽~く読める百合っ子コメディです。

とは言っても、女子高生の日常をだらだらと書いいているだけなので、過度な期待はしないで下さい(^^;)>

 高天ヶ原女子高等学校 茶道部日記

 

    第十話 愛、おぼれていますか?(下巻)


 ホームルームが終わり、暫くの間、黙って遠くを見詰めていた翔子が、

「よしっ」と、気合を入れて立ち上がった。

 殆どの生徒達が出て行った教室で、

「絶対に新入部員を確保してやる!」と、翔子は握り拳を振り上げ熱く決意した。

「気合、入ってるねぇ……」

 遥が翔子の所にやって来て、

「その意気込みを、女王様にも向けないとぉ」と、嫌味っぽく言った。

「……絶対に向けませんから」

 翔子が遥を睨んだ時、教室の前の方で机が倒れる大きな音がした。

「えっ?」

 驚いて音源の方を見ると、生徒が一人倒れていた。

「あっ」

 それに気付いて翔子が倒れている生徒の方へと駆け寄った。

「伊達さん、大丈夫!」

 翔子が伊達の傍らにしゃがみ、声を掛けるが伊達は反応しなかった。

「ちょっと、どうしちゃったのよ……」

 翔子の周りに、教室に残っていた五人ぐらいの生徒達が集まって来た時、

「うう……」と、伊達が気付いて目を開けた。

「伊達さん、大丈夫?私が分かる?頭は打ってない?」

 伊達の肩を軽く叩きながら翔子が尋ねると、朦朧とした目を翔子に向けて、

「……ええ、大丈夫ですわ……」と、伊達は弱々しく答えた。

「頭は……打っていない見たいね」

 翔子は伊達の様子を見てから、

「よいしょっと」と、伊達をお姫様抱っこで抱き上げた。

「きゃっ!」

 突然の事に伊達が短い悲鳴を上げて、

「あ、あの、久遠寺さん、その、大丈夫ですから、降ろして下さい……」と、恥ずかしそうに言った。

「弥生ちゃん、私、伊達さんを保健室に連れて行くから、担任の斉藤先生に報告して」

「あ、はい」

 伊達の言葉を無視して翔子は弥生に指示すると、伊達を抱いたまま教室を出た。

「あ、あの、久遠寺さん、あの、軽い貧血ですから、あの、自分で歩けますから……」

 近過ぎる翔子の顔から目線を逸らして伊達が恥ずかしそうに訴えると、

「素人が自己診断しない」と、きっぱりと言って、下校途中の生徒達が見ている中、顔を真っ赤にした伊達を抱いたまま、翔子は足早に保健室へと向かった。

 保健室に着いて伊達を寝かせて居る所に、担任の先生がやって来て、保健室の先生が伊達の熱を測りながら聴診器を胸に当てた。

「どうです?救急車呼びます?」

「軽い貧血みたい……ですね、意識もはっきりしているし、脈も安定している……熱は、無し……まぁ、暫く休んでいれば大丈夫ですよ」

 心配そうにおろおろと尋ねる斉藤先生に、保健室の先生が落ち着いて答えた。

「念の為、血圧も測りますから、先生は家の方に迎えに来る様に連絡してください」

「はい、分かりました」

 斉藤先生が出て行った後、

「貴女も、もう良いわよ」と、保健室の先生が翔子に言った。

「あ、はい……」

 翔子は寝ている伊達に、

「じゃ、私、部活があるから……」と、お昼休みに言い合いした事が気に掛かり、少し気不味そうに言った。

「ええ……あの、迷惑掛けて御免なさい、ありがとう……」

 横を向いたまま翔子を見ずに、伊達が恥ずかしそうに言うと、

「うん……気にしないで」と、翔子は微笑んだ。

 翔子が出て行った後、伊達の血圧を測って、

「大丈夫ね」と、先生が微笑んだ。

「すみません……」

 申し訳なさそうにしている伊達に、

「食事、ちゃんと取ってる?」と、先生が尋ねた。

「……はい」

「睡眠は?」

「……はい」

「嘘仰い……」

「……すみません」

「自己管理をもっとしっかりやりなさい、でないと、また倒れるわよ」

「はい……」

 先生に言われて、伊達は申し訳なさそうに頷いた。

「お家の方がみえるまで、静かに寝ていなさいね」

「はい……」

 先生が保健室を出て行くと、暫くして弥生が伊達の鞄を持って入って来た。

「高倉さん……」

「あの、伊達さん、鞄だけで良かったかしら……」

 ベットの脇に伊達の鞄を置いて弥生が尋ねると、

「ええ、態々ありがとう……」と、微笑みながら礼を言った。

「御免なさい、迷惑掛けて」

「ううん、そんな事無いよ、私、委員長だから……」

 少し気不味い雰囲気の中、

「ごめんなさいね、委員長に、又、推薦したりして……」と、伊達が小声で言った。

「うん……そうね、私には、ちょっと、重いかな……」

 遠慮気味に、途切れ途切れに話す弥生に、

「御免なさい……」と、伊達は再び誤った。

「でもね、伊達さんが意地悪でした事じゃ無いって、分かっているよ」

「えっ……」

 伊達が寝ているベットの脇に置いてある椅子に座って、

「伊達さん、私の事、色々と気遣ってくれていたもんね」と、微笑んだ。

 優しく微笑んでいる弥生を見て「か、可愛い……もふもふしたいぃ……」と、湧き上がって来る欲望を何とか理性で抑えて、

「そんな、私は……」と、口篭った。

「私の事なんかより、伊達さん、やっぱり無理していたのね」

「……」

「駄目だよ、体壊すまで無理しちゃ……」

「……」

 伊達に対して苦手意識の強かった弥生だったが、弱弱しく寝ている伊達を前にして、少し苦手意識が和らいでいた。

 伊達は暫く黙って天井を見詰めていたが、

「私の両親ね……私が五歳の時に、事故で亡くなりましたの……」と、静かに話出した。

「えっ?」

 驚いている弥生の方を見ながら、

「私のお父様は結婚を許してもらえずに、御爺様の反対を押し切って、外国人のお母様と結婚して、両親はアメリカで居場所も告げずに住んでいましたの」と、話を続けた。

 何の話か分からないまま、黙って弥生は聞いている。

「そして、私が生まれて、幸せに暮らしていて……お父様もお母様も、優しかった……でも……事故で……」

 静かに話していた伊達の目から一筋の涙が零れた。

「両親が亡くなってから、私は暫く施設で過ごしましたのよ、そして、御爺様が私を探し出して下さって、施設に直接来られて」

 涙を拭いて伊達は再び弥生の方を見た。

「御爺様は私が生まれた事を、お手紙でお父様から知らされて、お父様とお母様の結婚を許す積りで探していらっしゃったのに……間に合わなくて……御爺様が施設に来られた時、今も良く覚えています……御爺様は『すまなかった、すまなかった』と、何度も何度も言いながら私を抱きしめて、大声で泣かれて……」

「そんな事があったの……」

「日本に来てから、御爺様は優しくしてして下さいましたわ。施設では随分と寂しい思いをしていましたから……私は、御爺様に感謝していますの」

「伊達さん……」

「ですから私は、御爺様に気に入って貰おうと……いいえ、大好きな御爺様の喜ぶ顔が見たくて、伊達家の娘として相応しく在ろうと努力していましたの……」

「だから……ちょっと無理をしちゃったかもね」

 既に、伊達に対しての苦手意識が消えて微笑んでいる弥生の顔を見て、

「……そうかも知れませんわね……」と、恥ずかしそうに言った。

「ふうぅん、そっかぁ……」

「何ですの?」

「伊達さんって、優しいんだね」

「そ、そんな……」

「でも、駄目だよ伊達さん」

「えっ?」

「御爺様に喜んで貰おうと思って頑張っても、結局、体を壊したら御爺様を悲しませる事になるのよ」

「あ……」

「そんな事、御爺様も望んでは居ないわよ」

 伊達は暫く弥生を見詰めてから、

「高倉さんの仰る通りですわ……」と、恥ずかしそうにシーツで半分顔を隠した。

「それにね、勉強が出来る事や習い事をする事だけが、御爺様に喜んで貰う事じゃ無いと思うのよ」

「そうですわね……」

 二人の間に暫くの沈黙が流れ、

「私ね、翔子さ……ちゃんと、遥ちゃんに仲良くして貰ってから、お母さんに『最近、明るくなったね』って言われたの」と、弥生が再び話し出した。

「……」

「あのね、うまく言えないけど、日本には沢山の私達と同じ年の女の子が居るのに、そして沢山の学校があるのに、あの、私達がこの高天ヶ原で出会えたって事は奇跡に近い確立だと思うの」

「……」

「茶道部に入れてもらって、思ったの」 

「なにがですの?」

「そんな皆との出会いを大切にしたい、私を変えてくれた、翔子ちゃんや遥ちゃん、そして先輩達と居る時間を大切にしたいって」

「高倉さん……」

 弥生の笑顔がとても綺麗に見えて、伊達は顔を赤くした。

「だから、伊達さんも、此処で皆に会えた事を大切にして欲しいな」

「でも……」

「私ね、今は感謝しているのよ」

「えっ?」

「伊達さんが私を委員長に推薦してくれた事」

「どうしてですの?」

「委員長になれたから、茶道部の皆とも出会えたのかもって」

「くすっ、考え過ぎですわ」

「へへへ、そうかも知れないね」

 二人は何年も前からの友人の様に、楽しそうに笑った。

「伊達さん、お願いがあるの」

「何かしら?」

「あの、どんな事情があるのか分からないけど、翔子ちゃんとも仲良くして欲しいの」

「えっ!」

 弥生の申し出に、伊達は驚き困ってしまった。

「……」

 黙ったまま考えていた伊達は、

「でしたら……」と、恥ずかしそうに弥生の方を向いた。

「た、高倉さんが……私と、仲良く……してくれる、のでしたら……」

「うん、いいよ」

「えっ……」

 屈託の無い笑顔を浮かべる弥生を見て『ああぁ……もふもふ、もふもふ、もきゅう、もきゅうぅ……』と、再び湧き上がって来る欲求を、伊達はシーツを握り締めて必死で抑えて、

「あ、ありがとう……」と、恥ずかしそうに言って、シーツで顔を隠した。

 その頃、学校の正門近くで、

「茶道部にようこそ!」と、声を張り上げ翔子は必死で旗を振っていた。

 その姿を、

「翔子ちゃん……」と、遥は木陰からそっと見守っていた。

「遥!何やってるのよ!こっちに来なさい!」

「ええぇ……」

 翔子に呼ばれて遥が渋々出て行くと、

「はい、これ持って」と、遥に旗を渡した。

「えっ!私が!」

 戸惑っている遥を他所に、

「ねえ、一年生でしょ、茶道部に入らない?ねぇ、貴女は?」と、翔子は手当たりしだに声を掛けて回った。

「うっ……翔子ちゃん……」

 そんな痛々しい翔子の姿を見て、遥がそっと目頭にハンカチを当てた時、校門を黒塗りの高級車が走り抜け校舎の前に止まった直後、後部座席の扉が勢いよく開いたと同時に和服姿の老人が飛び出し、

「鈴美いぃぃ!」と、叫びながら、校舎の中へと転がり込む様に走って行った。

 次の日。

 翔子が女王様姿で新入部員を勧誘する事になるかどうかを決める期限の三日目。

 伊達は、昨日の今日で大事を取ってか休んでいた。

「はぁ、今日も空が綺麗だわぁ……」

 翔子は既に悟りの境地に至っていた……いや、現実逃避していた。

 放課後、

「よし!」と、翔子が気合を入れて立ち上がった。

「遥、行くわよ!」

 気合が入ってる翔子に、

「お掛けになった番号はぁ、現在使われておりません、もう一度、お確かめになってぇ……」と、遥が体を机に伏せたまま無気力に言った。

「何言ってるの……」

 機嫌の悪そうな遥を、呆れて見ていた翔子が、

「はぃ、今日も旗を持って!」と、遥かの腕を掴んで立たせようとした。

「只今、電話に出る事が出来ません、ぴーと言う発信音の後にぃ……」

「ぴいぃー!」

「……」

 白けた雰囲気の中、翔子が無言で遥かの腕を乱暴に引っ張ると、

「いっやあぁ!行きたくなあぁい!」と、歯医者に連れて行かれる子供の様に叫びながら遥が抵抗した。

 が、翔子の力に勝てる訳も無く、

「やだあぁ!放して、放してよおぉ!」と、断頭台に連行される囚人の様に泣き叫びながら、ずるずると翔子に部室へと引き摺られて行った。

 数奇屋に着いた翔子は勝手口の鍵を開けながら、昨日見た仮縫いの終わった女王様の衣装を思い出していた。

「やだなあぁ……きっと、今日は強制的に試着させられるなぁ……」

 鍵を開けると、

「あっ!」と、重大な事を思い出した。

「や、やばい……処理してない……」

 真っ青になって自分の下腹部に目線を落とし立ち尽くす翔子の後ろから、

「あら、此方に居らしたの?」と、誰かが声を掛けた。

「えっ?」

 振り向いた先には伊達が立っていた。

「遅かったですわね」

「えっ?伊達さん、今日、休みじゃ……」

 訳が分からずに伊達を見詰めている翔子に、

「私は大丈夫ですと申し上げたのですが、御爺様が、余りにも強く勧められますので、お休みさせていただいて病院に行っていましたの」と、不機嫌そうな顔で言った。

「そうなの、あの、でも……」

「今は病院の帰りですわ。それで先ほどから玄関で待って居ましたのに」

「へっ?何で?」

「な、なんでと言われましても……」

 恥ずかしそうに伊達が口篭っていると、

「あっ、伊達さん」と、弥生がやって来た。

「高倉さん」

 笑顔で迎える伊達に、

「どうしたの伊達さん、出て来て大丈夫なの?」と、弥生が心配そうに訊ねた。

「ええ、もう大丈夫ですわ」

「……あの、でも、どうして此処に……」

「私も貴女との出会いを大切にしたい思いまして」

「それじゃ……」

 なにやら甘い雰囲気が漂う中で、二人は見詰め合っている。

 暫くして、弥生を愛おしいそうに見詰めていた伊達が、

「茶道部に入部を希望しますわ」と、穏やかに言った。

「えっ!」

 三人が驚いて伊達を見ると、

「よろしいかしら?」と、伊達は皆に笑顔を向けた。

「良い!良い!大歓迎!Welcome!熱烈歓迎!」

 翔子が伊達の両手を持って激しく歓迎すると、

「ええ、ありがとう……」と、伊達は戸惑いながら礼を言った。 

「やった、これで女王様は無しよ!」

「えっ?」

 解き放たれた子犬の様に走りながら喜び踊っている翔子を見て、何の事か分からずに呆れてみている伊達に、

「あ、気にしないで」と、遥かはあっさりと言った。

 走り回っていた翔子が突然、

「あっ!」と、何かに気付き急に立ち止まった。

「えっと、それじゃ、此処でちょっと待っててね」

 そう言って数奇屋へと入って行った翔子を見送って、

「どうかしましたの?」と、伊達が不思議そうに言った。

 仮縫いで掛けてある衣装を片付けに入った事を察した遥かは、

「ほほほ、何でもないのぉ、直ぐに済むからぁ」と、遥かも数奇屋へと入って行った。

 不思議そうに首を傾げる伊達を見て、

「はははは……」と、弥生は情けなく笑った。

 片付けが終わって、伊達を招き入れて、翔子達は部室に座った。

「えっと、でも伊達さん、茶道部に来る時間はあるの」

「ええ、学習塾は辞めましたから、月水金は参加出来ますわ、それと、土曜日も予定が無ければ参加させてもらいます」

「そうなんだ……」

 何があったのかと伊達の変化に翔子が戸惑っていると、玄関が開く音がして琴音と蛍が入って来た。

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 翔子達に少し遅れて伊達も立ち上がり、琴音と蛍に挨拶した。

「あら?」

 見掛けない顔に、目敏く反応した琴音が、

「こちらは?」と、尋ねた。

「新しく入部希望の伊達鈴美さんです」

「えっ!」

 翔子に紹介されて、琴音達が驚いている中、

「よろしくお願いします」と、伊達は丁寧に頭を下げた。

「部長……」

「蛍ちゃん……」

 二人は見詰め合い手を取り合って涙ぐんでいる。

「あ、あの、部長……」

 二人の世界に入っている部長達に翔子が声を掛けると、

「あ、御免なさい」と、琴音が目じりに指を当てながら振り向いた。

「私は部長を勤めさせていただいています、二条琴音です、よろしくね」

「はい、此方こそ、よろしくお願いします」

「私は副部長の久遠寺蛍よ、よろしくね」

「えっ、久遠寺さん?」

「ええ、翔子ちゃんとは従姉妹よ」

「まぁ、そうでしたの、よろしくお願いします」

 一通りの挨拶が済んだ所で、

「ちょっと、すみませんが……」と、翔子は蛍と琴音の腕を引っ張って部屋の外へと出た。

「なによ?翔子ちゃん」

 訳が分からずに尋ねる蛍に、

「いいですね、二人とも、伊達さんにはコスプレの事、くれぐれもばれない様にお願いしますよ」と、二人を睨みながら言った。

「え、でもぉ……」

 渋る蛍に顔を寄せて、

「私達が確保した獲物なのよ、分かってるでしょうね」と、反論を許さない迫力で蛍に迫った。

「……」

 不服そうに唇を尖らせる蛍を他所に、

「良いですね部長、最低限、予算委員会が終わるまでは、伊達さんにはばれない様にお願いしますね」と、蛍同様、逆らう事を許さない迫力で琴音に迫った。

 琴音は不服そうに頬を膨らませて、

「ええ……分かったわよ……」と、渋々了承した。

 渋い顔をしている二人に、翔子は鬼の様な形相で睨みながら、

「いいですか、一般人から見れば、コスプレなんて、変態行為なんですからね、そんなのがばれて、せっかく確保した伊達さんが逃げたりしたら、全てが水の泡なんですよ」と、有無を言わせぬ迫力で言った。

「……」

 黙り込む二人を置いて、翔子が部室である待合に入ろうとした時、

「あっ……」と、琴音が持って来た紙袋に躓いた。

「えっ!」

「あっ!」

 倒れた紙袋から、真っ赤な極太の蝋燭と、黒い皮ひもで編まれた鞭が転がり出た。

「……」

 重苦しい沈黙が部室に充満し、皆が固まった。

「あ、あの、それ……」

 伊達が恐る恐る尋ねると、

「あっ、あの、その、きっ、気にしないで、なっ、なんでも、何でもないのよ」と、翔子が慌てふためいて蝋燭と鞭を紙袋に押し込んだ。

 伊達とて、お嬢様ではあるが、まったくの世間知らずでも無い。

 鞭と極太蝋燭と言うアイテムコンビネーションが、何を意味しているかは何と無く知っているため、

「でも、何故、その様な物が、部室に……」と、困惑している。

「あっ、それ、翔子ちゃんのよ」

「いっ!」

「えっ!」

 部室に入って来た蛍がしれっと言った事に、皆が目を剥いた。

 遥と弥生はコスプレの小道具だと言う事を知ってはいるが、行き成り蛍がばらした事に驚いた。

「ふ、副部長ぉ……」

 遥が不安な目で見詰めている中、

「ふっ……」と、蛍が不適に笑った。

「副部長おぉ……」

 全てを悟って翔子が蛍を睨み付けると、

「コスプレ用だって、ばらしちゃいなさいよ……」と、翔子の耳元で脅迫する様に囁いた。

「くっ……」

 手も足も出ない相手を、鼠を嬲り殺しにして楽しむ猫の様な目を向ける蛍に、

「ひ、卑怯者……」と、成すすべ無く翔子は唇を噛んだ。

 鞭と蝋燭の入った袋を持ったまま「此処でコスプレの事が伊達さんにばれたら……駄目よ、絶対に駄目!でも、何も説明しないままでは、私の物だと誤解されてしまう……」と、翔子は封印するかの様に紙袋を抱き締めた。

「ほっほっほっ、さぁ、どうする?」

「くそっ……」

 二人は睨み合いながら、蛍は不適な笑みを浮かべ、翔子は唇を噛んでいる。

「伊達さんは、お堅いお嬢様なのよ!今、絶対にコスプレの事なんて知られたら駄目よ!」

「何れ、ばれるんだったら、さっさと白状して楽になったら?」

 蛍と翔子が顔を突き合わせ、小声で言い争っているのを、弥生と遥かは何も出来ずに見守っている。

「蛍ちゃん、新入部員が欲しいの!欲しくないの!」

「そりゃ、欲しいけど……」

「だったら、黙ってなさいよ!」

「普通の子なんて、詰まらないしぃ……」

「あんたの好みなんて、此の際、どおうぅぅ……でもっ、良いのよ!私が女王様をするかしないかの瀬戸際なの!」

「だ、か、ら、翔子ちゃんの女王様姿を見て、入部を希望する子の方が絶対に面白いって」

「そんなやつ、要らんわ!」

 思わず大声を出してしまって、翔子は「しまった!」と、手で口を押さえて、恐る恐る伊達の方を見た。

「あの、久遠寺さん……」

「あう、伊達さん……」

 訝しげな目で見ている伊達と目が合って、翔子は焦り「何か言わないと……でも何て言えば……あわわ、ど、どうしよう……」と、パニクッた。

 押し潰される様なプレッシャーを感じながら「くそっ!」と、半ば自棄になって、袋の中から蝋燭を取り出し、

「こ、これはね、エマージェンシー・キャンドルよ!」と、蝋燭を高々と掲げた。

「はぁ?」

「エマ?なに?」

 完全に我を無くしている翔子が、適当に言った言葉が理解出来ずに皆は首をかしげた。

「つまり、緊急用の蝋燭、停電の時に使うのよ!」

「はあ、そうですか……」

 説得力の全く無い説明に、伊達は釈然としないまま頷いた。

「だから、赤くて太いのよ!」

 意味不明な説明をする翔子を見ながら「部室、電気通ってないんだけどぉ……第一ぃ、停電して真っ暗なのにぃ『赤』って色に意味があるのぉ?」と、遥かは突っ込みたかったが、今の翔子に止めを刺す様な事は出来なかった。

 混乱しながら説明する翔子の後ろから、 

「じゃ、その黒くて長いものは何ですかあぁ?」と、蛍が無責任な笑顔を浮かべて明るく訊ねた。

「こ、これは……」

「これは?」

 長い沈黙が続き、部室の空気がピンと張り詰める。

 皆が翔子を注目している中、額に冷や汗を浮かべながら考えていた翔子が、

「これは、布団叩きよ!」と、鞭を取り出して頭上で振り回した。

「はぁ?」

「へっ?」

 皆の目が点になっている中、

「これでね、びしっ、ばしって布団を叩くとね、埃もダニも一気に取れるのよおぉ!」と、やけくそになって鞭を振り回していた。

「大掃除の時には、畳も、これでびしばしするのよ!」

「ですけど……私が普段、見知っている物とでは、随分と違う様に、思えるのですけど……」

 触れてはいけない物に触れる様に、伊達が遠慮気味に訊ねると、

「そ、そうかしら、でも、私達の住んでいる『地方』では、こんな形をしているのよ」と、何も考えずに反射的に答えた。

「そ、そうですの……」

 疑うも何も、まったく信用出来ない顔で伊達が見ていると、

「ねっ!そうよねっ!副部長!」と、翔子が蛍を睨んだ。

「えっ?」

 急に振られて戸惑っている蛍を、怨念の篭った目で睨み付け、

「そうですよねぇ、副部長ぉ……」と、強制的に同意を求めた。

「え、ええぇ……」

「そ、おぅ、で、す、よぉ、ね!」

「は、はい、相違御座いません……」

 翔子が放つ殺意の篭った圧力に耐え切れず、蛍は思わず目線を逸らした。

「ねっ、だからね、部室の大掃除には、これで畳をびしばしとぉ!」

 やけくそに成って鞭を振り回す翔子を見て、

「……早まったかしら」と、伊達は湧き上がって来た漠然とした不安に、入部した事を後悔していた。

 そして、引き際のタイミングが見付からずに、止め処なく鞭を振り回している翔子を見ながら、

「翔子ちゃん……」と、痛々しい翔子に遥かは哀れみの視線を送り、

「翔子様……」と、弥生は翔子の凛々しい姿を恍惚とした瞳で見ていた。

 まっ、様々な課題は在る物の、何はともあれ、新生茶道部の誕生であった。

 


 

  





最後まで読んでいただいてありがとう御座います。

感想等一言いただけたら嬉しいです。

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