校舎裏でつかまえて
高天ヶ原女子高等学校 茶道部日記
第一話 校舎裏でつかまえて
宇宙歴……いや、基、平成二十四年 四月九日 月曜日 曇、茶道部部長 二条琴音記録。
今日は、新学期の初日。
新しい環境に、誰もが期待と不安を抱き、希望に胸を膨らませる。
しかし、我々茶道部のメンバーは、重く垂れ込めた空気の中にあった。
それは、逼迫した極めて重大な任務を遂行しなければ成らないからである。
放課後、私は、副長のスポック……いや、久遠寺蛍を連れて、予てより準備していた作戦に取り掛かった。
「遥、帰ろう」
「うん」
自己紹介とガイダンスだけの、特に意味の無い新学期初日が終わり、色気の欠片も無い、地味なグレーのブレザー姿の生徒二人が、鞄を持って立ち上がった。
「あ、翔子ちゃん、帰りにどっか寄ってくぅ?」
「あぁ、そうねぇ……本屋にでも寄る?」
スリムで背の高い翔子が、ショートヘアーの前髪をかき上げながら提案すると、
「本屋さんかぁ……」と、小柄で、まだ中学生の面影が残る遥が、長い黒髪をなびかせながら少し考えて、
「特に、欲しい物は無いけどぉ……寄りましょうかぁ」と、同意した。
そして、周りのクラスメイト達に挨拶をしながら二人は教室を出た。
「で、翔子ちゃん、どうするの、クラブとか入るのぉ?」
「クラブねぇ……」
「中等部の3年間、帰宅部だったもんねぇ……今更ねぇって、感じはするわよねぇ」
「だよねぇ……」
「まぁ、高等部の3年間も、帰宅部で良いんじゃない」
「うん、そうだねぇ……」
二人は階段を降りて校舎の出口へと向かいかけた時、
「あ、裏から出ようか……」と、翔子が校舎の外を見て言った。
「あぁ、クラブの勧誘ね……」
校舎から校門へと続く道で、各クラブの先輩達が、帰る一年生達を熱真に誘っている。
「ああ言うのも、鬱陶しいのよねぇ」
外を見ている遥かに、
「んだねぇ」と、翔子が頷いた。
「鬱陶しいと言えばぁ……また、この顔と一年間同じ……」
「あんたね!」
翔子の顔を気だるそうに見詰める遥に、
「宣れたお言葉、そっくりそのまま、ご返上いたしますから!」と、翔子が怒鳴り付ける。
「だいたい、仕方が無いでしょ!中学から大学まで付いてる女子校なんだから」
「だからってぇ、小学校の3年生から、ずっと同じクラスだったのよぉ……それが、また高等部でも……」
「あぁ、じゃぁ、なにか?私の顔を、もう見たく無いとでもぬかすのか!」
食って掛る翔子に、
「あの、いや、そう言う意味じゃないけどぉ……」と、遥がたじろぐ。
「じゃ、どう言う意味よ……」
迫り睨み付ける翔子の目を見詰めていた遥は、徐に目を閉じて、
「……好き……」と、キスを迫った。
「やめんかあぁ!」
突発的な出来事に、翔子は首を大きく曲げて遥のキスを躱して、手で遥の頭を押し退けた。
「みゃ、脈絡の無い事、するなぁ!」
「ああん、どうしてよぉ、私の気持ち、知ってるくせに……」
おでこを強く押されながらも迫る遥に、
「何をよ!何を知っていると言うのよ!」と、翔子が怒鳴りつけると、遥は身を引き、翔子の手から離れて、
「ふっ……冗談よ」と、乱れた髪の毛を整える。
「冗談か!本当に、冗談かあぁ!」
「もうぉ、冗談に決まってるでしょ」
「……そう、なら良いけど……」
翔子は、あまりにも真剣な目をしていた遥に、未だ疑念を持ちつつ服装を整えた。
ネクタイを調えている翔子の背後から遥が近付き、背の高い翔子の背中にそっと頬を寄せて、
「でも、6年間、ずうぅっと、同じクラス……愛が芽生えてもおかしくは……」と、呟くと、
「ひっ!」と、翔子は前身をばねにして遥から飛び退いた。
「おかしい!芽生えたらおかしい!」
「もう、どうしてよぉ……」
「どうしてって、女同士だよ、私達!芽生えたらおかしいでしょ!」
「へぇ、翔子ちゃんってぇ、古風なのね」
「関係ない!古風とか関係ない!」
怒鳴りつつ、遥から3mの間合いを取って身構える翔子に、
「本気にしないでよ、本当に冗談なんだからぁ」と、遥はにこやかに言った。
「……本当に?」
「ふっ、本当よ、さっ、帰りましょ」
寂しそうに微笑んで歩き出す遥の後姿を見て、
「う、うん……」と、釈然としないものを心に残しながら、翔子は遥の後を追った。
二人は人通りのない校舎の裏を、裏門へと向って行った。
駅に続く道に出るには、遠回りなる裏門へと向う生徒の姿は殆どなかった。
「あら?」
前を行く遥が、前方に奇妙な人影を見つけた。
「何かしらぁ?」
足を止めた遥に、
「どうかしたの?」と、翔子が尋ね、遥の視線を追って前を見た。
「……げっ、まさか……」
目に警戒色を浮かべて前を見詰める翔子に、
「翔子ちゃん、知っている人ぉ?」と、遥が尋ねるが、翔子は黙って前を見据えている。
「……」
そんな翔子に疑問を抱きながら、遥は前の二人へと近付いて行った。
「……あっ、待って、遥!」
我に帰った翔子が慌てて呼び止めたが、遥は既に二人の近くまで進んでいた。
そして、遥が見たものは、花魁とバニーガールだった。
「あ、あのぉ……」
日本人形の様な美しい顔に、怪しげな微笑を浮かべ、凛として立っている花魁。
艶っぽくウインクをしながら、豊満な胸を揺らし腰をくねらせ、シナを作って立っているスタイル抜群のバニーガール。
人生の十五年間で、経験して来た常識から掛け離れた現状に、遥かは、ただ茫然として二人を見ていると、バニーガールが突然後ろ手に持っていた大きな旗を振り上げ、
「ようこそ!茶道部へ!」と、にこやかに旗に描いてある文面を叫んだ。
「さ、茶道部?……」
未だに現状を理解出来ない遥が、茫然と立ちすくんでいる所に、翔子が駆け寄り
「もう、蛍ちゃん、なにしてんのよ!」と、叫んだ。
「あら、翔子ちゃん」
知った顔を見て驚くバニーガールに、
「何やってんのよ!そんな格好で!」と、翔子が詰め寄った。
「何って、部活の勧誘よ」
「その格好が部活の勧誘か!どう見ても、如何わしい客引きだろ!」
「何言っているのよ、これくらいインパクトが無いと、今時の若い子は……」
「インパクト有り過ぎよ!それに何よ、若い子って、自分だって高校二年生でしょ!」
バニーガールに怒鳴る翔子を見て、やっと平静を取り戻した遥が、
「知っている人?……」と、尋ねると、
「……従姉妹の蛍お姉ちゃん……」と、目を伏せて翔子が答えた。
「えっ、従姉妹のお姉様?」
現状認識が追いつかづ、戸惑っている遥に花魁が近付いて、
「お二人とも、我が伝統ある茶道部へ、是非、入部しては貰えないかしら」と、声を掛けると、
「えっ?」と、二人は警戒して寄り添った。
どん引きの二人に、蛍がにこやかに
「此方は、部長の二条琴音先輩よ」と、花魁の素性を紹介した。
「宜しくね……おっと!」
琴音が、重いカツラのせいでバランスを崩した時、
「ぶっ、部長!」と、慌てて蛍がサポートに入った。
「もう、この下駄も高過ぎ!」
「重そうですね……」
呆れて尋ねる翔子に、
「そうなのよ……それに、着付けに一時間以上も掛かっちゃって、もう、大変だったの」と、琴音が説明した。
「……何の為の、苦労ですか……」
「やっぱり今時の若い子には、これくらいのインパクトが無いとねぇ……」
「いやだから、先輩も若いでしょ……」
呆れて見ている翔子の横から、
「だけどぉ、先輩……」と、遥が不思議そうな顔をして声を掛ける。
「どうして、校舎裏なんですかぁ?ここ、あまり生徒達通りませんよぉ」
「ははは、生徒達の通りが多い表なんかに、恥かしくて立てるか!」
「だったら止めとけよ!」
蛍を怒鳴り付ける翔子に、
「ねぇ、従姉妹さん」と、琴音が声を掛けた。
「は、はい?」
「あなた達こそ、裏から帰ると言う事は、入る目的のクラブが無いって事でしょ」
「え、ええ、まぁ、そうですけど……」
「私達は、そんな新入生を校舎の裏で受け止めてやりたいのよぉ」
「……結構です……」
振り向き歩き出した翔子の手を掴んで、
「まって!お願い!見捨てないで!どうか、茶道部に入って!お願い!」と、懇願した。
切羽詰った表情で、縋る琴音に、
「えぇ、でも……ねぇ」と、翔子は遥と顔を見合した。
「お願い、私達、もう、崖っぷちなの!断崖絶壁なの!船越英一郎なの!お願い!」
「船越って……」
呆れながらも、意味が分からなかった翔子が、
「まあ、船越英一郎は置いといて……崖っぷちって、どう言う事なんですか?」と、尋ねた。
「今、茶道部存亡の危機が迫ってるのよ……」
「存亡のぉ危機?」
翔子の隣で尋ねる遥に、
「そうなの、3月にね、先輩達が4人卒業されて、今は私達二人なの」と、蛍が悲しい表情を浮かべる。
「クラブは最低でも五人いないと、正式な部としては認めてもらえないのよ」
「……はぁ……」
「五月の連休前に開かれる、生徒会の予算委員会までに五人揃えないと、同好会に格下げなの」
「……はぁ……」
悲痛な表情を浮かべる琴音の説明を聞いて「それが何か?……」と、翔子は無関心だった。
「別に、同好会でも良いんじゃないっすかぁ?」
「駄目よ!そんな事!」
「そうよ!伝統ある茶道部を、私の代で無くすなんて、卒業された先輩方に、どう、申し開きすれば良いのよ!」
「先輩……」
奇妙な格好をしては居るものの、二人は重く強い責任感を持っているのだと、翔子達は感じた。
「第一、同好会だと予算が付かないわ」
「そうそう、予算が無ければ、お茶菓子、自腹ですものねぇ……」
「山一堂の羊羹、美味しいけど高いのよ」
「安くて美味しい松風庵のお菓子でも五百円ぐらいしますからねぇ……」
「ぐっ……少しでも、感動した私が馬鹿だったわ……」
呆れた翔子は振向いて、
「遥、帰るよ」と、言って歩き出した。
「あっ、待ってよ、翔子ちゃん!」
「蛍ちゃん!私は入部する気は微塵もありませんからね!」
翔子の言葉を聞いて、
「微塵は無くても、マイクロ単位なら有る?」と、部長が突っ込んだ。
「ぐっ、マイクロ単位も、オングストローム単位もありません!」
「オングストロームって国際単位じゃないでしょ、確か、1オングストロームは100ピコmよね……」
「ピコもフェムトもアトもゼプトもヨクトもありません!」
「因みに、1ヨクトは10のマイナス24乗よね」
「なんの話ですか!」
「0ではないのね、よしっ!僅かな望みは在るのね!」
「そう言う意味じゃねえぇ!」
理系の会話が宗教の様に聞こえる遥は、ただ茫然と琴音と翔子の言い争う姿を見て、
「先輩、なんの話か分かりますぅ?」と、蛍に尋ねた。
「さぁ……グリコのパピコなら知ってるけど」
「あっ、パピコの抹茶味知ってますぅ?」
「あ、食べた事有るぅ!ラテ仕上げて美味しいわよねぇ!」
「はい!私、黒糖のまろやかな甘さが好きなんですぅ!」
アイスの話に盛り上がっている二人へ、
「やっかましいぃ!」と、ヒステリックに翔子が怒鳴り付けた。
「はぁはぁはぁ……とにかく、私は抹茶……違った、茶道部なんて入りませんから……」
肩で息をしている翔子に、
「……あら、良いのかしらぁ……」と、蛍が意味ありげに微笑んだ。
「……な、なによ……」
如何にも、サディスティックな笑みを浮かべる蛍を見て、翔子が身構える。
「翔子ちゃん、私に逆らえるの?」
「な、何のことよ……」
「ふふふ、言っちゃおうかなぁ……」
「だ、だから、何よ!」
「ふっ、翔子ちゃん、三歳になるまでぇ、オムツが取れなかった、とかぁ……」
「だあぁぁぁ!」
他人には知られたくない、幼い頃の記憶を口外されて、
「や、やめろおぉ!」と、蛍に掴みかかろうとすると、蛍は、ひらっと身をかわして
「四歳の時に、草むらで、おしっこしてぇ……」と言いながら、翔子との間合いを取る。
「や、やめてえぇぇ!蛍ちゃん!何を言い出すのよ!」
「ふふふ、貴方のぉ、小さい頃のぉ、微笑ましいぃぃ、エピソードを、クラスの子達にぃ、教えて上げましょうかぁ……」
「うっ……貴様……」
「ふふふふ、嫌なら、何をすれば良いか……分かるわよねぇ……」
「くっ、卑怯だぞ……」
「ほほほほほ!さぁ、跪きなさい!女王様の前に!」
「……いや、バニーガールでしょ……」
「にゃははは、翔子ちゃんって、三歳までオムツしてたんだぁ」
「遥!」
完全に存在を忘れていた遥が、翔子の背後から声を掛けると、翔子が慌てて振り向き、
「う、嘘よ!蛍ちゃんの言う事なんか、みんな嘘よ!信じちゃだめえっ!」と、遥に向かって叫んだ。
「あら、嘘だったら、そんなに取り乱さなくても、良いんじゃぁないぃ……」
翔子は、嫌味っぽく挑発する蛍に再び振り向き、
「だ、だって、嘘でも、そんな事言われたら、私の名誉が傷付くでしょ!」と、怒鳴った。
「あの、先輩、翔子ちゃん、四歳の時、草むらでおしっこしてぇ、どうなったんですかぁ?」
「うん、私も聞きたい」
いつの間にか琴音と遥は、目をキラキラと輝かせて蛍の隣に居た。
「聞くなあぁぁ!」
ダッシュで翔子は、遥達と蛍の間に割って入り、
「こ、この人でなし、鬼、悪魔、畜生……よくも、封印されし我が記憶を……」と、怨念の篭った目で睨み付ける。
「で、如何する?……」
冷酷な笑みを浮かべる蛍に、
「そんな脅しで、我が屈するとでも……思っているのか……」と、歯を食い縛って強がった。
「ほほほっ!面白い!その様な虚勢、何時まで続くか、見ものじゃ!」
「……ふっ、虚勢かどうか……己の耳で、確かめるが良い!」
「ふふふ、何をすると言うのかしら」
「蛍ちゃんの、微笑ましいエピソードも、皆にばらしてやる……」
「うっ、なんですって……」
重苦しい緊張に包まれた空間で、遥と琴音は固唾を呑んで手に汗を握る。
「蛍ちゃん、五歳の時に、みんなに判らない様に、プールの中で、おしっこ漏らしたでしょ……私、知ってるんだからね!あぁはぁっはっはっはっ!」
翔子が、高らかに勝ち誇った笑いを響かせる中、
「あら、そんな事、みんなやった事あるでしょ」と、蛍はあっさりと答えた。
「えっ?」
「そうね、子供の時ってするわよね」
「へへへ、私も覚えが有りますぅ」
「へっ?」
琴音も遥も、何を言っているのだと言わんばかりに、苦笑いを浮かべ、全身全霊を込めて放った一撃が、いともあっさりと躱された翔子は、口を大きく開けて二人を見た。
「ふっ、分かったわ……もう止めましょう」
蛍は穏やかな笑みを浮かべながら、
「こんな事、不毛だわ……憎しみからは何も生まれない……」と、翔子に近付いて行った。
「蛍ちゃん……」
蛍は翔子の肩に手を置き、
「貴方の、鋼よりも強固な意思は、たとえ、ドラゴンの炎を持ってしても、巨神ティタンの力を持ってしても……屈っしはしないでしょう……ええ、良く分かったわ……だから、こんな無益な争いは、もう止めましょう……」と、翔子の目を見詰めて寂しそうに微笑んだ。
「あっ、結局、先輩は翔子ちゃんに過去を暴露されるのを恐れてぇ……」
「そうね、今のは空振りだったけど、傷口が広がらないうちに、止める気ね……」
「従姉妹どうしなんだからぁ、暴露し始めたら両刃の剣ですよねぇ」
「それに気付いたみたいね」
こそこそ話している遥と琴音に、
「はいっ!そこ!五月蝿いよ!」と、蛍が怒鳴り付けた。
「翔子ちゃん、ごめんね……」
「蛍ちゃん……」
「私達の仲って……こんな醜い言い争いをする仲じゃ……なかったよね……」
少し背の低い蛍が、翔子の肩をそっと抱き寄せ、
「だけど、私の気持ちも分かって欲しいの……」と、静かに言った。
そして翔子は、恥ずかしそうに笑みを浮かべ、蛍の手を取り、
「……うん……」と、頷いた。
「あの、熱く燃えた夜の事を、私は一生忘れない……」
「えっ?」
「貴方の部屋のベッドの上で、燃え上がった夜のこと……」
強く抱き寄せ、翔子の胸に頬を寄せる蛍を、
「ちょっ、ちょっと待った!」と、突き放して離れ、
「いっ、いったい何の話よ!」と、翔子は叫んだ。
「忘れたとは言わせないわよ、私が小学校6年生で貴方が5年生の夏休み……」
「私が5年生の時?」
「貴方は、込み上げて来る恥ずかしさに耐えながら、全身を固くして小さく震えていた……」
「だ、だから、なんの話よ!」
「羞恥をまとい、力の限り固く閉ざした四肢を、私は、加虐の愛を込めた力でこじ開け、貴方の、未だ毛の生えていない処女地を露にした……」
「なに!……ごくりっ……」
「わくわく、わくわく……」
蛍の話を、琴音と遥は、好奇心に胸をときめかせて聞いていた。
「や、やめてよ……そ、そんな……覚えてないわよ、そんな事……」
身に覚えの無い淫らな話に、翔子の顔を青褪め、冷や汗を流して後退る。
「拒絶の壁を失った貴方は、未知の被虐に体を震わせながらも、可愛い喘ぎを上げた……」
「ふんふん、ふんふん……」
「どきどき、どきどき……」
手に汗を握って聞いている二人の鼻息が荒くなって来た。
「そして私は、未だ誰も触れた事の無い秘部に唇を寄せ、私だけの聖地を味わった……」
「いやあぁぁ!やめてえぇぇ!」
翔子は堪らずに、両手で耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込んでしまった。
「ふふふ、淫らな獣の様な声を上げて、打ち震える貴方に構わず、私が激しく舌を動かすと、貴方は大きく体を反らし、歯を喰い縛りながら、悦楽の涙を浮かべた……」
「し、知らない……知らない……私、知らなぁい……何も知らなぁい……何も覚えて無あぁい……」
翔子は耳を塞ぎ、神経症の患者の様に、体を震わせながらぶつぶつと呟いている。
「で、で、それからどうしたの?」
琴音が蛍に催促すると、
「うん、これがね、そん時の写真なんですけど……」と、携帯を開いて見せた。
「えぇ!見せて見せて!」
「ぎゃあぁぁぁ!」
写真と聞いて、翔子は反射的に叫んで蛍に飛び掛った。
「まって!翔子ちゃん!」
「うっ、貴様!」
友情より好奇心を優先させた遥は、翔子を羽交い絞めにして止めて、
「は、早よ、早よ見せぃ!」と、琴音も翔子に抱き付き遥に加勢した。
「はい、これ」
「いやあぁぁぁぁぁ!」
身に覚えの無い、自分の恥ずかしい写真を公開された事に翔子が、血を吐く様な叫びを上げた時、
「……なに、これ……」と、冷ややかな琴音の声が聞こえた。
「あのね、私が六年生の時に、脇毛が生えて来たのを翔子ちゃんに自慢して見せたら、翔子ちゃん、まだ生えてなかったから『うわっ!おっとなあぁ!』って羨ましがってねぇ」
「はあぁ?」
「私が『翔子ちゃんのも見せて』って言っても、恥ずかしがって見せてくれなかったから、私が無理やりに押し倒して脇を開かせたの」
「はぁ……脇をね……」
「元々、くすぐったがり屋の翔子ちゃんが嫌がってるのを見てるとね、つい、悪戯心で翔子ちゃんの脇の下を舐めちゃったの」
「……」
琴音と遥は白け切った顔で蛍を見て、翔子は完全に放心状態だった。
「いやぁ、そしたら、翔子ちゃんたら、体を捩じらせて、涙を流しながら笑い転げちゃって、いゃぁ、二人ともベットの上で暴れて、暑かったわぁ」
「ああ、しょうむな……」
「期待して、損しましたぁ……」
「下らない昭和の官能小説に期待した私が愚かだったわ」
「先輩、未成年でしょぉ、何で大昔のH本の事、知ってるんですかぁ?」
「黙らっしゃい!」
期待はずれの話に、遥と琴音が怒りを覚えていた時、
「ははは、はは……良かった……私、自分が知らない間に、大人の階段、昇ってなかったのね……ははは、良かった……」と、翔子は全身の力が抜けて、その場にへたり込んだ。
「んでね、話は戻るんだけど、翔子ちゃん、茶道部に入ってよ、ねっ!」
蛍が、バニーガール姿で可愛らしくウインクすると、
「は、はは、ははは、もう、好きにしてよ……」と、憔悴しきった翔子の目は、焦点が合わないまま空虚に空を見詰めていた。
「やった!」
「新入部員ゲットだぜ!」
翔子の言葉を聞いて、蛍と琴音が抱き合って歓喜の声を上げる。
「あっ、後で白を切っても駄目よ!」
「そうよ!ちゃんと二人で聞いたんだからね!」
「はいはい……言いませんよ……もう、逆らう気力なんて……無いわ……」
翔子を仕留めた二人は、今度は遥に向かって、
「ねね、遥ちゃんだっけ」と、迫った。
「ねぇ、貴方も、お一つ、どう?茶道部」
「今なら、お徳よ!」
「え、ええ……そうですねぇ……なんか、面白そうな話も聞けそうだしぃ……」
「なんだとおぉ!」
「あっ、いえ……」
怒りに燃える目で睨み付ける翔子に怯えながら、
「あ、あの、お二人とも、とても楽しそうな方なんでぇ……私も入ろうかなぁって……」と、遥が同意した。
「ありがとう!遥ちゃん!」
「おお、救世主は舞い降りたり!」
花魁とバニーガールが抱き合って喜んでいるのを見て、
「あっ、でも先輩」と、遥が声を掛けた。
「えっ?何?」
「五人必要だったらぁ、後もう一人入部しないと駄目なんじゃ……」
「大丈夫よ、後一人くらいなら何とかなるわ」
琴音の楽観的な意見に、
「そうですね、まだ三週間有りますもんね」と、蛍も気楽に答えた。
「それに、もう二人じゃないもの、貴方達も入れて四人……」
「そうそう、四人でコスプレすれば……」
「誰がするかあぁ!そんな格好!」
「ええ、しないのぉ……」
拳を振り上げている翔子に、
「まあまあ、直ぐにとは言わないわよ、徐々に慣れてくれたら……」と、琴音が言いかけると、
「慣れませんから!ぜっっっったいに、慣れませんから!」と、今度は琴音を睨み付けて、翔子は力いっぱい断った。
「僭越ながら、入部するに当たって、私から要求したい条件が有ります」
「えっ?何?」
「何を?」
顰めっ面の翔子に、蛍と琴音が尋ねると、
「明日からは、まともな格好で、正規の勧誘を行って下さい!」と、翔子が言い放った。
「ええぇ!そんなの、つまんない!」
「ぶうぶう!一年生の癖に横暴だぞ!」
「やっかましいぃ!」
「うっ……」
翔子が怒鳴り付けると、二人は身を縮めて黙ってしまった。
「今後、人前での仮装は止めて下さい!」
「ええぇ……」
「そんな格好の、隣に居るのも恥かしいんです!」
「……もう、わがままなんだからぁ……」
「ああぁ!何か言いましたっ!」
「あっ、いえ、何も……」
翔子に睨まれて、琴音は不満そうに口を噤んだ。
「我々、新入部員の協力が欲しければ、まずは、先輩達自ら、私達の手本と成るようにして下さい」
「だから、こうやって……」
「バニーガールの、何処が手本じゃ!」
「うっ……」
「……分かりましたね、部長」
「……はあぁい……」
翔子の迫力に押され、渋々了解した琴音だった。
航海日誌補足……いえ、茶道部日記補足……
こうして我々は、念願の獲物を……いえ、新入部員を手に入れた。
久遠寺翔子と、毛利遥だ。
奇遇にも久遠寺翔子は、副長の久遠寺蛍の一つ年下の従姉妹だった。
初日に二名も確保出来た事は、徹夜して副長と一緒に作った衣装の影響も大きいと思われる。
実に幸先の良い事だが、悲しい事に、久遠寺翔子は、副長の従姉妹とは思えぬ堅物で、なかなか懐いてくれそうも無い。
いや、馴染んでくれないとでも言おうか……
しかし、まだ始まったばかりだ、これから先は長い。
キャラとしては、毛利遥も含め、実に個性があって満足している。
今後、二人をじっくりと調教して行くのも、悪くない。
以上、茶道部部長、二条琴音記録。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
一言頂けましたら幸いです。