無題
俺には何もない。
何も出来ないか、と言われればそうではない。
勉強も運動も人並みに出来る。見た目は自分じゃ評価できないが、普通だと思う。特に何にも言われたことはないし。家だって普通だ。
普通。普通。普通。
俺の評価なんてのはそんなもんだ。自分でも、他人からもきっと。
もっと苦しい環境にいる奴からすれば、こんなものは甘えに聞こえるのかもしれない。
ただ、俺は思う。
何かがないということは、それを諦めるか、若しくは努力して手に入れるかの選択肢を与えられているのと同義だ、と。
だから、普通の人間が――いや、何が足りないのか自分でも分からない人間こそ、この世で最も苦しい立場にいるのではないかって。
堕ちることも出来ず、昇ることも出来ず。ただ、その場に留まり続ける。
普通という型に嵌り、身動きが取れなくなってしまっている。
この状況こそが、どんな不幸より不幸なのではないかと。
いや、それすら俺には言う資格もない。不幸自慢をすれば、自分こそが、なんて奴は掃いて棄てる程いるだろうから。
だから俺は、俺は――――
冷たい風が肌を刺すように吹き付ける。
寒いを通り越して、痛い。ただ、その感覚すらもなくなってきた。
もうどうだっていい。
俺がこの世に留まり続ける必要なんてのはどこにもない。
誰にでも生きる義務があるとか、必ず悲しむ人がいるとか、そういう定型句はいまの俺には何も響かない。
なぜなら、俺は本当の意味で空ではないからだ。
俺の身体を埋め尽くしているのは、なんの意味もないものばかり。
綿を詰め込まれた人形とそう変わりないだろう。
ただ、厄介なのは、俺は人形ではなく人間だということだ。
頼んでもいないのに、心なんてもんがある。
悲しく、苦しく、切なく――――そんな感情ばかり吐き出す、ガラクタ同然の心が。
ああ、どれだけ歩いたのだろう。
もう分からないし、どうだっていい。
どこか、遠くへ行きたい。
死ぬことでそれができるのだろうか。
でも、痛いのも苦しいのも嫌だ。
それから抜け出したいのに、なぜその道を通らなくてはならないのか。
まったく、不条理だ。世界なんてものは。
ここはどこだろう。
人の姿は全く見えない。
町の灯りは遠くに見える。
歩くのも疲れたし、このままここに寝転がってしまおう。
冷たい。
地面が冷たい。風が冷たい。
静かだ。
自分の心音がよく聞こえる。
トクン……トクン……と勤勉に血液を全身に送り出している。
そんなに頑張らなくていいんだぞ。
俺が頑張ってないのに、俺の身体が頑張って働いている。
どんな矛盾だよ。
今日は星がやけに綺麗に見えるな。
そういえば、昨日雨が降ったんだっけ。
だから、空気が澄んで、星が綺麗に見えるのか。
空は広いな。いや、俺が見ているのは宇宙なのか。
いったい、どのくらい広いんだろうな。俺はどれだけちっぽけなんだろうな。
ああ、このままあの宇宙に溶けてしまいたい。
意識なんて、心なんてもういらない。
全部、いらない。
なんか、温かくなってきたな。
いや、寒さを感じる回路がどうにかしちまったのか。
あれ? なんで悩んでたんだっけ。なんで苦しんでたんだっけ。なんで涙なんか流してるんだっけ。
考えることもしたくないけど、妙に頭の中が澄んでる。
…………。
そうか。
そうだったな。
俺――――――
「生きていたいんだ」