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そして違う方でもたくさん甘えられた

作者: 澪ナギ
掲載日:2026/07/27

 一緒に暮らすようになってから、わかったこと。


「……」

「? なに?」


 私は、蓮くんの休む姿というものを見たことがない。


 恋人になって、一緒に暮らし始めたのは半年前。

 おうちのお仕事が忙しい人だから、大学の合間にお仕事してるのは知ってる。その合間にたまにみんなで遊んで、家で二人でゲームして。恋人らしいこともときどき。

 そんな、日々の中で。


「……蓮くんってお休みしてますか?」


 私は彼の、いわゆる「一休み」という姿を見たことがありません。けれど聞いても、彼はいつも通りの笑みを浮かべる。


「休んでるよ」

「ぃ、いつですか」

「一緒に寝てるじゃん」

「そ、そういう人の生活ではなく」


 疲れたから一休みしよう、みたいな。いわゆる、


「気を抜いている時間は、ありますか」

「……」


 言葉を変えて聞けば、目をぱちぱちとさせて。


 また、笑う。


「ちゃんとあるよ」


 にっこり笑う、その笑みは知っている。


「……」


 これは彼の、「今をやり過ごすための愛想笑い」だと。

 けれどどうせそれを言っても引かない人だとも知っているので。


「……そう、ですか」


 きっと向こうにもわかっているだろうけど。納得していないけど、納得したふりをして。ひとまずその場の話を終えた。



 一応、本人が「ある」とは言っていたので、その日から蓮くんを観察してみました。どこでおやすみしているのか、どんなときに気を抜けるのか。

 わかるなら、それをして、やり安らぐ環境にしたい。



 だけど。



「……ず、ずっと動きっぱなしなんですが……?」

「苦労かけるな雫来……」

「い、いえ」


 どんなに観察しても気の抜いた瞬間すら見つけることはできず、私は炎上くんと刹那ちゃんのおうちに来ていました。


「お部屋を訪ねると大体机に向かってるんです」

「あぁ」

「ゲームしてる時もあるんですが、なんか気を抜いてるという風ではないように、見えます」

「というと?」

「こう、没頭しているわけではなく、何か考えていたりするんだろうなって感じで」

「ほう」

「あとは、なんか、うーん……とにかく、ずっと動いてます」

「……なるほどな」


 出してくれた紅茶にはお礼を言って、一度口をつける。


「で、その本人は? 今日はどうしてる」

「お仕事のことで、華凜ちゃん宅へ行きました……」

「相変わらずだな」


 目の前の人は笑って頬杖をつき、視線をずらす。

 それを追うと、彼の愛する恋人さんが視線の先にいました。


「そうだな……まぁ、話を聞く限り今は休まっていないだろう」

「忙しいですよね」

「まぁ忙しくもあるだろうが。あいつを休めたいなら、今の状態、というかお前の状態を変えてやれば改善する」

「?」


 よくわからなくて、首を傾げた。視線を炎上くんに戻しても、彼は恋人を見たまま。


「クリスティアとレグナ。いくつか共通している部分があってな」

「刹那ちゃんと蓮くんですか」

「あぁ。この二人は、こと人の視線や雰囲気に敏感だ」


 また刹那ちゃんの方を見ると、彼女は何かに気づいたのか、こちらを見る。そんな彼女に炎上くんは手招きをして呼んだ。

 嬉しそうにやってきた恋人を受け止めながら、また口を開く。


「クリスティアは人の空気を読むことに長けていて、それゆえに人のことに敏感になっている。レグナは、妹を守るために人の視線や気配に特化して、対人に関して敏感になった」


 愛しそうに、恋人の頭を撫でて。


「だからこそ、この二人は”ヒトに気にされている”という状態ではあまり気が休まらない」

「!」


 そう、口にした。


「俺やカリナなら慣れているから気にはしないんだろうがな。特にクリスティアの方は、俺が気にすると寄ってくる」

「……蓮くんは」

「場合によっては表情に出て嫌そうにしたりする」

「……」


 なら、と。

 彼の邪魔になっていたのではと口にしようとしたところで、炎上くんが口を開いた。


「先に言っても?」

「は、はい」

「ここまでだとお前に問題があるとなりそうだが、それは決して違う」

「……」


 フォローの言葉に、無意識に心を緩めて、炎上くんの話を聞いた。


「あいつのあれは、仕方ないものだ。いかんせん育ってきた環境が環境だしな。さっき言ったのは、ただあいつがそういうタイプであると知っておくと、今後も対処できるからだ」


 悪く思わないでくれと言う炎上くんに頷いて。


「あいつは、気にされると逆に気を張る。それは無意識のものだ。休めとか気を使うなと言っても、本人はそもそも休めていないことに気づいていないから”大丈夫”と言う」

「ま、まさに……」

「だろう? だからやることは一つ」


 微笑んで。


「ただただ、いつも通りにしていてやればいい」


 そうすれば、と。

 恋人に微笑んで紡がれた言葉に、思わず笑ってしまった。




「き、今日刹那ちゃんたちのところに行ってたんです」

「へぇ」

「一緒につみきしました」

「ふはっ、クリスらしー」


 夜。

 食事の時に、今日の一部分を話せば、蓮くんはおかしそうに笑った。

 それに少しほっとして頬がゆるむ。それが彼を気にしてるという風にならないよう、あくまで自然に笑った。


「ごちそうさま。おいしかった」

「いえ! おそまつさまです」


 そうしていつも通りに、ふるまう。

 ちょっとぎこちなくなってないかな。大丈夫だと信じて、食器を流しへ。


「そ、そうだ。明日のゲームのアプデ、良さそうじゃないですか?」

「あー、あれ? 武器強化のでしょ」

「です!」


 いつも通りになるように他愛のない話をしていく。

 返ってくるのは、最近とは少し違う、幾分か柔らかい声音。


 こ、これでいいんでしょうか。少しでも、変わってる?


 心配になりながらも、他愛ない話を続けて。

 このままいつも通り、食器を洗おうとスポンジを持った時でした。


「!」


 流しに食器を置いた蓮くんの腕が、私の腰に回る。後ろには、あったかい体温。


 これ、は。


 ば、バックハグというものでは!?


「れ、蓮くん?」

「ん?」


 え、わ、すりよってらっしゃる。

 え、これは、これはもしや。


 あま、甘えているのではっ!?

 思わずスポンジをぎゅっとしてしまって、慌てて力を抜く。


 そう、習ったのはいつも通り、いつも通りっ。


「こ、このあと一緒にゲームでもどうですか?」

「うん」

「そ、それとも何か違うことします?」

「ふはっ、なに、誘ってくれてる?」

「ち、違います!!」


 もう、と彼を気にせず洗い物を始めた。そうして、数秒。


「リアスになんか言われた?」


 核心を突かれてお皿落としかけましたよ。びっくりした。


 え。


「な、なぜ」

「雰囲気」

「ち、違いますか!?」

「うん」


 どうしよう失敗しました!! そう、動揺を隠せぬままお皿を洗ったら。


「落ち着く雰囲気になったから」


 リラックスしたような声音がこぼれて、手が止まる。


「そう、ですか?」

「うん」

「自分で、ぉ、思い至ったり、偶然かも」

「ずっと俺の行動見てたのに?」


 あぁばれてる。炎上くんの言った通りだ。

 そう、思ったところで。


「……ふふっ」

「なに」

「いえ」


 もう一つ、言った通りのことを思い出して笑ってしまう。


「思い出して」

「なにを」


 甘い、気の抜けたような声に引っ張られて、私も言葉が抜けていく。


「いつも通りにしていたら、そのうち向こうから寄ってくる、と」

「……」

「ふふっ、なんだか猫ちゃんみたいですね」

「……うるさいな」


 照れてしまった蓮くんはするりと後ろから離れてしまう。その姿も猫ちゃんらしくて、さらに笑みがこぼれた。


「もっと甘えてくれていいんですよ?」

「カリナにもそれ言われたけど。しばらく考えるわ」

「ふふっ、残念です」


 くすくす笑って、またいつも通りお皿洗いに戻る。その中で視線を彼に向けたら。


「!」


 ソファに座った蓮くんと、目が合った。そうして彼は少し拗ねたような顔でそっぽを向く。

 そのまま手持ち無沙汰にリモコンやテーブルのものをいじり始めた。


 最近は、この空いた時間でお仕事をしていたのに。

 もしかしたら待っているのでしょうか。そう気づいたら、心がきゅうっとして。


 なるべくいつも通りは崩さないよう、けれど早めにお皿を洗い。


「げ、ゲームしますか!」

「……うん」


 気持ち急いで彼の元へ行けば、嬉しそうに笑うので。


 今日はとことん甘やかそうと、心に誓った。


『そして違う方でもたくさん甘えられた』/雪巴



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