そして違う方でもたくさん甘えられた
一緒に暮らすようになってから、わかったこと。
「……」
「? なに?」
私は、蓮くんの休む姿というものを見たことがない。
恋人になって、一緒に暮らし始めたのは半年前。
おうちのお仕事が忙しい人だから、大学の合間にお仕事してるのは知ってる。その合間にたまにみんなで遊んで、家で二人でゲームして。恋人らしいこともときどき。
そんな、日々の中で。
「……蓮くんってお休みしてますか?」
私は彼の、いわゆる「一休み」という姿を見たことがありません。けれど聞いても、彼はいつも通りの笑みを浮かべる。
「休んでるよ」
「ぃ、いつですか」
「一緒に寝てるじゃん」
「そ、そういう人の生活ではなく」
疲れたから一休みしよう、みたいな。いわゆる、
「気を抜いている時間は、ありますか」
「……」
言葉を変えて聞けば、目をぱちぱちとさせて。
また、笑う。
「ちゃんとあるよ」
にっこり笑う、その笑みは知っている。
「……」
これは彼の、「今をやり過ごすための愛想笑い」だと。
けれどどうせそれを言っても引かない人だとも知っているので。
「……そう、ですか」
きっと向こうにもわかっているだろうけど。納得していないけど、納得したふりをして。ひとまずその場の話を終えた。
一応、本人が「ある」とは言っていたので、その日から蓮くんを観察してみました。どこでおやすみしているのか、どんなときに気を抜けるのか。
わかるなら、それをして、やり安らぐ環境にしたい。
だけど。
「……ず、ずっと動きっぱなしなんですが……?」
「苦労かけるな雫来……」
「い、いえ」
どんなに観察しても気の抜いた瞬間すら見つけることはできず、私は炎上くんと刹那ちゃんのおうちに来ていました。
「お部屋を訪ねると大体机に向かってるんです」
「あぁ」
「ゲームしてる時もあるんですが、なんか気を抜いてるという風ではないように、見えます」
「というと?」
「こう、没頭しているわけではなく、何か考えていたりするんだろうなって感じで」
「ほう」
「あとは、なんか、うーん……とにかく、ずっと動いてます」
「……なるほどな」
出してくれた紅茶にはお礼を言って、一度口をつける。
「で、その本人は? 今日はどうしてる」
「お仕事のことで、華凜ちゃん宅へ行きました……」
「相変わらずだな」
目の前の人は笑って頬杖をつき、視線をずらす。
それを追うと、彼の愛する恋人さんが視線の先にいました。
「そうだな……まぁ、話を聞く限り今は休まっていないだろう」
「忙しいですよね」
「まぁ忙しくもあるだろうが。あいつを休めたいなら、今の状態、というかお前の状態を変えてやれば改善する」
「?」
よくわからなくて、首を傾げた。視線を炎上くんに戻しても、彼は恋人を見たまま。
「クリスティアとレグナ。いくつか共通している部分があってな」
「刹那ちゃんと蓮くんですか」
「あぁ。この二人は、こと人の視線や雰囲気に敏感だ」
また刹那ちゃんの方を見ると、彼女は何かに気づいたのか、こちらを見る。そんな彼女に炎上くんは手招きをして呼んだ。
嬉しそうにやってきた恋人を受け止めながら、また口を開く。
「クリスティアは人の空気を読むことに長けていて、それゆえに人のことに敏感になっている。レグナは、妹を守るために人の視線や気配に特化して、対人に関して敏感になった」
愛しそうに、恋人の頭を撫でて。
「だからこそ、この二人は”ヒトに気にされている”という状態ではあまり気が休まらない」
「!」
そう、口にした。
「俺やカリナなら慣れているから気にはしないんだろうがな。特にクリスティアの方は、俺が気にすると寄ってくる」
「……蓮くんは」
「場合によっては表情に出て嫌そうにしたりする」
「……」
なら、と。
彼の邪魔になっていたのではと口にしようとしたところで、炎上くんが口を開いた。
「先に言っても?」
「は、はい」
「ここまでだとお前に問題があるとなりそうだが、それは決して違う」
「……」
フォローの言葉に、無意識に心を緩めて、炎上くんの話を聞いた。
「あいつのあれは、仕方ないものだ。いかんせん育ってきた環境が環境だしな。さっき言ったのは、ただあいつがそういうタイプであると知っておくと、今後も対処できるからだ」
悪く思わないでくれと言う炎上くんに頷いて。
「あいつは、気にされると逆に気を張る。それは無意識のものだ。休めとか気を使うなと言っても、本人はそもそも休めていないことに気づいていないから”大丈夫”と言う」
「ま、まさに……」
「だろう? だからやることは一つ」
微笑んで。
「ただただ、いつも通りにしていてやればいい」
そうすれば、と。
恋人に微笑んで紡がれた言葉に、思わず笑ってしまった。
「き、今日刹那ちゃんたちのところに行ってたんです」
「へぇ」
「一緒につみきしました」
「ふはっ、クリスらしー」
夜。
食事の時に、今日の一部分を話せば、蓮くんはおかしそうに笑った。
それに少しほっとして頬がゆるむ。それが彼を気にしてるという風にならないよう、あくまで自然に笑った。
「ごちそうさま。おいしかった」
「いえ! おそまつさまです」
そうしていつも通りに、ふるまう。
ちょっとぎこちなくなってないかな。大丈夫だと信じて、食器を流しへ。
「そ、そうだ。明日のゲームのアプデ、良さそうじゃないですか?」
「あー、あれ? 武器強化のでしょ」
「です!」
いつも通りになるように他愛のない話をしていく。
返ってくるのは、最近とは少し違う、幾分か柔らかい声音。
こ、これでいいんでしょうか。少しでも、変わってる?
心配になりながらも、他愛ない話を続けて。
このままいつも通り、食器を洗おうとスポンジを持った時でした。
「!」
流しに食器を置いた蓮くんの腕が、私の腰に回る。後ろには、あったかい体温。
これ、は。
ば、バックハグというものでは!?
「れ、蓮くん?」
「ん?」
え、わ、すりよってらっしゃる。
え、これは、これはもしや。
あま、甘えているのではっ!?
思わずスポンジをぎゅっとしてしまって、慌てて力を抜く。
そう、習ったのはいつも通り、いつも通りっ。
「こ、このあと一緒にゲームでもどうですか?」
「うん」
「そ、それとも何か違うことします?」
「ふはっ、なに、誘ってくれてる?」
「ち、違います!!」
もう、と彼を気にせず洗い物を始めた。そうして、数秒。
「リアスになんか言われた?」
核心を突かれてお皿落としかけましたよ。びっくりした。
え。
「な、なぜ」
「雰囲気」
「ち、違いますか!?」
「うん」
どうしよう失敗しました!! そう、動揺を隠せぬままお皿を洗ったら。
「落ち着く雰囲気になったから」
リラックスしたような声音がこぼれて、手が止まる。
「そう、ですか?」
「うん」
「自分で、ぉ、思い至ったり、偶然かも」
「ずっと俺の行動見てたのに?」
あぁばれてる。炎上くんの言った通りだ。
そう、思ったところで。
「……ふふっ」
「なに」
「いえ」
もう一つ、言った通りのことを思い出して笑ってしまう。
「思い出して」
「なにを」
甘い、気の抜けたような声に引っ張られて、私も言葉が抜けていく。
「いつも通りにしていたら、そのうち向こうから寄ってくる、と」
「……」
「ふふっ、なんだか猫ちゃんみたいですね」
「……うるさいな」
照れてしまった蓮くんはするりと後ろから離れてしまう。その姿も猫ちゃんらしくて、さらに笑みがこぼれた。
「もっと甘えてくれていいんですよ?」
「カリナにもそれ言われたけど。しばらく考えるわ」
「ふふっ、残念です」
くすくす笑って、またいつも通りお皿洗いに戻る。その中で視線を彼に向けたら。
「!」
ソファに座った蓮くんと、目が合った。そうして彼は少し拗ねたような顔でそっぽを向く。
そのまま手持ち無沙汰にリモコンやテーブルのものをいじり始めた。
最近は、この空いた時間でお仕事をしていたのに。
もしかしたら待っているのでしょうか。そう気づいたら、心がきゅうっとして。
なるべくいつも通りは崩さないよう、けれど早めにお皿を洗い。
「げ、ゲームしますか!」
「……うん」
気持ち急いで彼の元へ行けば、嬉しそうに笑うので。
今日はとことん甘やかそうと、心に誓った。
『そして違う方でもたくさん甘えられた』/雪巴




