――本日をもちましてヒロイン補正は終了いたしました――
「だってわたし、ヒロインだもの」
誰かが机に一輪挿しを置いた。
むせ返るように暑いある夏の日、ひとりの少女が姿を消した。
陽だまりの猫のような少女だった。
美しい少女だった。
愛らしい少女だった。
誰からも愛されている少女だった。
ああ、これがヒロインというやつか。
はじめて彼女を見たとき、教室の隅でそう思った。
宰相の息子。
騎士団長の息子。
隣の国の王子様。
綺羅綺羅しい男たちが、いつも彼女を取り巻いていた。
いつだって彼女を見るたびに、うちで産まれた仔猫を思った。
彼らはいつも彼女に触れ、貢ぎ、尻尾を振って愛を乞うていた。
「そういうの、あんまりよくないんじゃない」
おせっかいな誰かが苦言を呈した。
「だってわたし、ヒロインだもの」
それが全部だというように。
それから、何も言わなくなった。
消えた少女を語る彼らの目は、驚くほどに冷淡だった。
宰相の息子は、「知らない」と言った。
騎士団長の息子は、何も言わなかった。
隣の国の王子様はもう帰ってしまった。
高貴な方々にそれ以上言えるものはいなかった。
それで、この話はおしまいだった。
「あの人はよくない噂があるから、気を付けたほうがいいよ」
少女が粗暴な男に話しかけているとき、親切な誰かが苦言を呈した。
「彼はそんな人じゃないの。わたしは知っているのよ」
それから、何も言わなくなった。
あんなに彼女の周りで尻尾を振っていた男たちは、今や彼女の名前を出すことすらなくなった。
「避暑に行くの」と言っていたらしい。
誰と、とは、聞いたものがいないのか、あるいは。
誰かが机に一輪挿しを置いた。
その花ももう、萎れてしまった。
ヒロインは帰ってこない。




