だから私は嘘を吐く だって真実を告げても信じてもらえないのですから
数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。
「毒杯でございますね」
私は王妃殿下の私室に呼ばれていた。
近いうちに毒杯を賜ることになるだろう。なぜなら王太子アレンデールに婚約破棄を言い渡されたからである。
私はウィニンガー侯爵家の長女ジェルソミーナ、銀色のストレートヘヤーにペリドットの瞳の自分で言うのもおこがましいがたいそうな美少女だ。王立学園に通う十七歳。成績は入学以来常にトップで、品格教養を兼ね備えた淑女の鑑と言われている。それは八歳で王太子の婚約者となってから九年間受けてきた王太子妃教育の賜物だった。
「苦しまずに逝ける毒にしていただけるとありがたいです」
王太子妃教育は既に完了していた。知られてはいけない王家の秘密も伝授されているのだ。王族にならない場合は死をもって口を噤むしかない。こんな結末を迎えることになるとは、九年前は想像もしていなかった。
王太子のアレンデールは同い年で、金髪碧眼のまさに王子様らしい美少年、性格は楽天的で明るい太陽のような人だった。顔合わせで彼の眩しい笑顔を見た瞬間、私は恋に落ちた。私たちは親交を深めて関係はずっと良好だった。異母妹のフリデリカが我が家に来るまでは……。
三年前に母が病で亡くなった。その僅か半年後、父は長年愛人として外で囲っていた元男爵令嬢と再婚し、その娘フリデリカと共にウィニンガー侯爵家に迎えた。フリデリカは私と数ヵ月違いの同い年で、父の娘だった。父は母との結婚当初から浮気していたのだ。後妻とその娘に虐げられる先妻の娘と言う構図が出来上がった。
フリデリカはフワフワしたピンクブロンドにルビーの瞳、私とは対照的な屈託ない笑みがよく似合う可愛らしい少女だった。しかし外見とは違って中身は闇を抱えた腹黒女、そして強欲だった。
『お異母姉様は今でずっとこの大きな邸で贅沢な暮らしをして来たのでしょ、私は愛人の娘として肩身の狭い思いをして来たのよ、欲しいものは何一つ手に入らない貧乏な暮らしを強いられてきた。同じお父様の娘なのに不公平よ。だからこれからはその分を取り返すわ』
そんなはずはない、父は侯爵家のお金をつぎ込んでそれなりの生活をさせていたはずだ、困窮させるはずなどない。
しかしフリデリカは満足していなかったのだろう、私の物を奪いはじめた。父は彼女の我儘を容認して、『姉なのだから妹に譲ってあげなさい』と甘やかした。フリデリカは私が持つモノすべてを奪わなければ気が済まないようだった。
婚約者であるアレンデールもその中に含まれた。
後妻の娘だからと苛められる、酷いことを言われた、された、と言葉巧みにアレンデールに擦り寄った。彼は容易く手玉に取られた。九年間深めてきた私との絆よりも、甘え上手なフリデリカの言葉を信じた。
私たちの関係は異母妹の嘘で簡単に壊れる脆いモノだった。
愛していたのに……しかし、愛されてはいなかった。
彼のために厳しい王太子妃教育に耐えた。常に完璧を求められ、周囲の期待に応えるよう努めた。怠け者の王太子の執務も肩代わりし、やがて王妃様の執務まで回ってくるようになっていたが、文句一つ言わず笑顔でこなした。
愛していたからこそ出来た血の滲むような努力もすべて無駄だった。アレンデールは私など見てはいなかった。彼は見かけだけは可憐で庇護欲をそそるフリデリカに惹かれ、彼女の嘘を信じて私を遠ざけ、二人は学園内で逢瀬を重ねた。
そして先日、王立学園主催の舞踏会で、私は公衆の面前で婚約破棄を言い渡され、フリデリカを新しい婚約者にするとアレンデールは宣言した。
「なんの瑕疵もない其方をみすみす死なせるわけにはいかない。私がなんとかする」
「婚約時の契約ですから覚悟は出来ています。父も異議を申し立てないそうですから」
「愚かな、これ程優秀な娘よりあの阿婆擦れを選ぶとは……アレンデールと言い、男と言う生き物は理解できん」
理解できなくてもアレンデールは唯一直系の後継者なのだ。彼を廃することは出来ないし、そうなれば王家は後継者問題で荒れる。
「王太子殿下のお心を繋ぎ留められなかった私が悪いのです」
そして愚か者に育てたあなたたちが悪い。
「正式な手続きが整うまでまだ時間はある、それまでに陛下と話をしてみる」
「心遣い痛み入りますが側室はご勘弁ください。私にも誇りがあります。あの女の影になるくらいなら、すぐにでも毒杯を賜りとうございます」
私は先手を打った。
王妃は私を側室に据えるつもりだろう。フリデリカに王太子妃教育は無理だ、途中で投げ出すのは目に見えている。王太子妃の執務はこなせない、そして、王妃が私に押し付けていた執務など出来るはずもないのはわかり切っている。
今後も王妃が楽をしようと思えば私は欠かせない存在だ。私に同情して命を救うふりをして仕事を押し付けるつもりだろう。結局は自分のことしか考えていないのは丸わかりだ。しかし私は便利屋になるつもりはない。
「そうか……」
王妃も私が言わんとしていることが読めたようで悔しそうに顔を歪めた。
「他に望みはあるか?」
王妃も完全に無慈悲ではないのね。最期に情けをかけてくれるの? でも遅いわよ、フリデリカとの不貞は報告が入っていたはず、こうなる前になんとかしてほしかったわ。あなたなら出来たはずよ。
「望み……ですか? そうですね、数日の命、逃げも隠れもしませんから、監禁されずに最期の時までは普段の生活がしとうございます」
* * *
処刑の日が決定するまでは今まで通り王立学園に通ってもいいと言う温情を賜り、周囲に気付かれないように平静を保ちつつ登園した。侯爵家に居ても居心地が悪いだけなので、一人になれる場所を探した。
婚約破棄されたこと自体は既に知れ渡っている。私に同情的な意見が多いようだが、王太子の手前、私に声をかける者もおらず孤立していた。
別にかまわない、数日後には居なくなる身、静かに消えて逝きたい。
まさか婚約破棄されたら毒杯を賜ることを知っている者はいないだろう。前例がないのだから。しかし婚約契約書を読んでいるのだからアレンデールは知っているはずだ。殺したいほど疎まれていたなんて……まさか忘れている? 能天気な彼なら有りうるかも知れない。
昼休み、私は裏庭に来ていた。ここなら誰もいないだろうと思っていたのだが、なにやら怪しげな声が聞こえる。
学園内でも一人になれるところを捜すのは困難なのね、と他を当たろうとした時、ハッとその声に耳が傾いた。
それはあの忌々しい異母妹の声に違いなかったからだ。
木の陰からソーッと様子を窺うと、なんと!
フリデリカが男と抱き合っていた。それだけではない唇を重ねていたのだ。それも深い深~い口づけ。
男性は長身でガッチリした体格、細身のアレンデールでないことは一目瞭然だった。見覚えがある、アレンデールの側近騎士ボリス・トレンヴィ伯爵令息だわ。そう言えば以前、ワイルド系が好みだとフリデリカが言っていたわ。優男の殿下では満足できずにこっちにも粉をかけていたのね、こちらが本命なのかしら?
でもどうするつもり? 二股にしても片方は王太子よ、バレたら二人ともただじゃ済まない。それにボリスにも婚約者がいたはずだわ。
「本当に愛しているのはあなたよ、ジェルソミーナの本性を伝えなければいけないという使命感からアレン殿下に近付いて、彼女の悪行を訴えただけなのに、まさかアレン殿下が私に心を寄せてくださるなんて思っていもいなかったのよ」
嘘ばっかり、最初から誘惑する気満々で体ごと擦り寄ったくせに。まんまと騙されたアレンデールもおバカよ。わかっているわ、フリデリカは私から婚約者を奪いたかっただけなのよ、アレンデールは最初から好みじゃなかったのね。
「君は魅力的だから仕方ないよ」
「ああ、でもあなたと結ばれないなんて、この逞しい胸に抱かれる日を夢見ていたのに」
そんなことを囁きながらまた唇を重ねる。なんて破廉恥な! ボリスの方も婚約者はどうするつもりなの?
「私が王太子妃になっても傍にいてくれる? 初めては捧げられないけれど、初夜さえ済ませてしまえば」
なんてことを言うの! 王太子妃になってもこの関係を続ける、いやもっと深めるつもりでいるなんて! そんなの無理に決まっているわ、正式に婚約が調えばフリデリカにも護衛として〝王家の影〟が付く、学園内でも一人で行動出来なくなることを彼女は知らないのかしら?
まあ、教えてあげる義理もないけど、たちまち浮気がバレて断罪されるわよ。
そうよ、私にも影が付いていた。だから私がフリデリカを虐げて暴力を振るっていたなんて事実はないと確認すればすぐにわかったはずなのに、アレンデールはそれさえせずにフリデリカの言葉だけを信じたのよね。
もう関係ないか……私がここで見たことを告げたところでアレンデールは信じない、彼は嘘がお好きなのだから。
私は静かにその場から離れようとした。その時、足元に光るモノが落ちていることに気付いた。
それはフリデリカの髪飾りだった。
アレンデールからプレゼントされたものだ。
私はそれを拾い上げて、立ち去った。
* * *
「キャァァァ!!」
女性の悲鳴が空気を引き裂いた。
「いやぁぁ!! オーレリー!!」
只事ではないと、私は声がした方へ急いだ。
時計台の下、彼女は地面に伏して泣き叫んでした。その傍らには女子生徒が血を流して倒れている。響き渡った悲鳴に人が集まり始めていた。
私は時計台を見上げた。
あそこから落ちたのね。
そこは自殺の名所で立ち入り禁止になっているが、数年に一度は飛び降りる女生徒がいるらしい。先に飛び降り自殺した令嬢の魂が呼び寄せていると噂される心霊スポットだった。
「フリデリカ様が殺したのよ! 可哀そうなオーレリー」
倒れているのはマーケル伯爵令嬢のオーレリー、彼女は件のボリス・トレンヴィ伯爵令息の婚約者だ。婚約者がこんなことになっているのに、ボリスは浮気相手と逢引き中とは……。
そして叫んでいるのは彼女と仲が良いギルフォード伯爵令嬢のマーガレット、二人とも同じクラスなので面識はある。
騒ぎを聞きつけて集まった人の中にはアレンデールの姿もあり、マーガレットの言葉に憤慨した。
「なにを言うのだ! フレデリカがなにをしたと」
「あの女のせいです! こんなことになるのじゃないかと心配していたのです!」
あの女とはフリデリカのことだ。王太子の新しい婚約者に内定している令嬢をあの女呼ばわりすることは不敬であるが、取り乱しているマーガレットは止まらない。
「あの女がボリス様との仲を裂いたから! オーレリーは彼を愛していたのに! 彼との結婚を夢見ていたのに!」
「なにを言っているんだ?」
「オーレリーはフリデリカ様とボリス様が逢瀬を重ねていることを知り、二人の不貞を暴露しようとしていたのです!」
「バカな! ボリスは私の護衛だ、接点はあるがフレデリカは私の婚約者に内定しているのだぞ、不貞などするはずないだろ!」
「二人の関係は、事件前からです」
マーガレットが言った事件とは、舞踏会での婚約破棄宣言のことだろう。
「だから口封じされたのね」
私は一歩、歩み出た。
その時、イイことを思い付いたのだ、死なば諸共と言うヤツだ。
「私、見ましたのよ、フリデリカが急いで立ち去るのを」
* * *
ほどなく学園関係者が駆けつけ、通報を受けた警備騎士が到着して、オーレリーのご遺体は運ばれて行った。
その場にいた私を含む数人の生徒が学園長室に集められて事情聴取を受けた。
私の証言を受けてフリデリカも呼ばれた。遅れて現れたフリデリカとボリスを見てアレンデールは表情を険しくした。なぜ二人が一緒に来たのだと不審に思ったのだろう。
私は先ほどと同じように証言した。
「フリデリカが急いで立ち去るのを見ましたわ、その時にこれを落としました」
そして拾った髪飾りを証拠品として提出した。もちろんアレンデールには見覚えがあるはずだ、顔色が変わった。
私の発言が意外だったのだろう、マーガレットは信じられないと言った表情で私を見た。彼女はボリスを奪ったフリデリカがオーレリーを死に追いやったと言う意味で『フリデリカが殺した』叫んだのだろう、彼女が突き落としたとは言っていない。
それは不可能だと私も知っていた。だってその時はボリスと一緒に裏庭にいたのだから。
もちろんフリデリカは私の証言に猛然と反論した。
「私はそのような場所へ行っていません! お異母姉様が嘘をついているのです! いつもそうです、お異母姉様が嘘つきなのは殿下もよくご存じでしょ!?」
「そうだ、ジェルソミーナは平気で噓を吐く女だ、その髪飾りもフリデリカから奪い取ったものに違いない、フリデリカを陥れるための嘘なのだろう」
そうよ、嘘です。
でも真実より嘘の方が王太子殿下はお好きなのでしょ?
「偽証は罪になるのだぞ、裁判になった時も証言できるのか?」
「それは無理ですよ、アラン殿下」
フリデリカが薄ら笑いを浮かべた。そう、あなたも知っているのね。
「やはり嘘だからな」
「それだけじゃなくて、その頃、お異母姉様はこの世にいらっしゃらないでしょうから」
そうね、いないでしょう、でもその理由を今明かすわけにはいかないのだけど。
「はあ? ジェルソミーナは病でも患っているのか?」
「えっ? なにを仰ってるのですか? 婚約破棄の手続きが正式に整い次第、お異母姉様は毒杯を賜ることになっているじゃありませんか」
あらっ、言ってしまったわ。
それは王家と我が家の契約、他に漏らしてはいけないことなのに……。まあ、私が実際に毒杯を賜れば公になってしまうことだが、それまでは口を噤むのが暗黙の了解、舞踏会から十日ほど経っているが王太子の宣言だけで事は運ばない、正式な手続きには時間がかかる。
「毒杯だと? なにを言っているんだ?」
フリデリカが明かしてしまったので、もう隠す必要はないけど、アレンデールはなぜかキョトンとしてる。
「まさか、お忘れになっているのですか?」
私は思わず漏らした。
「忘れている……俺が?なにを」
本当に失念しているの?
もしかしたら理解していなかったのかも知れないわね。
「九年前から王太子妃教育を受けて参りました。その内容には王家の秘密が含まれているのですよ」
そう王家の血塗られた歴史の裏の裏まで知ってしまったのだ。王太子教育が遅々として進まないアレンデールはまだそこまで到達していないのだろう。
婚約当時二人とも八歳、契約書の内容は十分理解出来る年齢だ、私は出来た。だから怖かった。でも、彼が私を死に追いやるようなことはしないと信じたから署名したのだ。
ふふっ、これで王太子アレンデールは、長年王太子妃になるために努力を重ねてきた私が死ぬとわかっていて婚約破棄をした人でなしってことになるわよね。
「そんなこと……」
「侯爵家の者は皆知っています。父も契約ですから受け入れたのです。本来なら邸で謹慎を申し渡されるところですが、王妃様のご温情で、残り少ない命が終わるまで自由にさせていただいているのです」
「フリデリカも知っていたのか?」
「アレン殿下が知らなかったことに驚きましたけど」
フレデリカかあっけらかんと言う。もちろん異母妹は知っていたわよ、私を殺したかったから婚約破棄させたのだから。それほど私が目障りだったのよね。
でも、これでフリデリカも人でなしの仲間入りだわ。
「フリデリカが言うように、もし裁判になってもその頃には私はもうこの世に居ませんから、証言は無理でしょうね」
室内が騒然とする。
女子生徒の転落死、それだけでもショッキングな事件だが、それに加え、王太子の婚約者だった侯爵令嬢が近々毒杯を賜ることになるという事実が明かされたのだ。
「だから私を恨んで最期に陥れようとしているのですよ!」
フリデリカの言う通りよ、おバカなあなたでもそのくらいはわかったのね。
「アレン殿下!」
肝心のアレンデールは毒杯のことで頭が一杯になっていて愕然としたままだ。本当に知らなかったのね。
「あの髪飾りは盗まれたのです! 私が殿下から頂いたものだと知って嫉妬したのですよ、私のモノはなんでも奪わなければ気が済まない人なのですから」
必死で訴えるフリデリカの声もアレンデールの耳には届いていないようだ。私が死ぬことがそんなにショックなのかしら? 愛してもいないくせに。
「奪うのが得意なのはあなたでしょ」
意外な方向から援護射撃が放たれた。マーガレットはまだ涙でくちゃくちゃの淑女らしからぬ顔をフリデリカに向けた。
「オーレリーからボリス様を奪っておきながらそれで飽き足らず、ジェルソミーナ様から王太子殿下を奪ったのですから!」
「なにを言うの! 私とボリスはそんな関係ではないわ!」
「オーレリーは調べたのよ、証拠も揃えたと言っていたわ。マーケル伯爵夫妻にも報告したけど相手が悪いと……トレンヴィ伯爵家はともかく、ウィニンガー侯爵家は家格が上の権力者でフリデリカ様は王太子殿下の婚約者候補、訴えても無駄だと言われたそうよ。でも、オーレリーは泣き寝入りしたくない暴露すると言ったから、それで口封じに彼女を突き落としたのでしょ」
おや? 突き落としたと言い切ったわ、私の目撃証言に乗っかったのね。
「違うわ! 私はそんなところへは行っていないと言っているでしょ」
「では、どこにいたんだ?」
アレンデールの口調は冷ややかになっていた。ボリス様との関係を疑い始めているようだ。いつも近くにいたのに今まで気付かなかったほうが間抜けなんだけどね。
「それは……裏庭で休んでいましたのよ、一人になりたくて」
「では証人はいないのだな」
「それは」
チラリとボリス様に目を流したが、彼は我関せずと言った顔でまっすぐ前を見ている。逢引きしていたなんて言えるはずないわね。
婚約者に内定している身でありながらボリスと密会していたことがバレれば、アレンデールはフリデリカを許さないだろう。殺人犯にされて死刑になるよりはマシかしら? でも真実を告げてもボリスは否定するでしょうね、そんなことが明るみになれば将来を棒に振ることになる。フリデリカのためにそこまでするかしら?
うーん、でも、もう詰んだも同然かしら、マーガレットが大々的に暴露しているものね、証拠もあると言っていたし、調査すれば他にも目撃情報は出るはずだわ。だって私が偶然見かけたくらいだもの、他にも見ている人はいるだろう。私を陥れることに成功して気が緩んだのかしらね。
「あの……」
それまで黙っていた他の生徒がおずおずと手を上げた。
「私も見ました、後ろ姿でしたが、フリデリカ様らしき方が逃げ去るのを」
あらあら、私の証言に乗っかるなんて、あなたもフリデリカを恨んでいたのかしらね。まあ、あちこちでやらかしているみたいだから嫌われるのも当然だけど。
「実は僕も」
もう一人、同調する令息が現れた。あなたもなにか被害を受けたのかしら?
「嘘よ! 私はボリスと一緒にいたのよ!」
フリデリカが苦し紛れに放った言葉にボリスが蒼褪める。気の毒にブルブル震えているわ。
「ついさっき、一人でいたと言ったばかりなのに」
アレンデールがナイスな突っ込みを入れた。
「どうなんだ、ボリス」
「お、俺は……知りません、関係ありません」
そうよね、見捨てるわよね、でもそれでは済まないと思うわよ。
「とにかく、フリデリカ・ウィニンガー侯爵令嬢には詳しく話を聞く必要がありますね、騎士団に引き渡します。ご同行願えますか」
警備騎士が彼女の横に立った。
「嫌よ! 私はなにもしていない! 助けてくださいアレン殿下!」
フリデリカの叫びに、アレンデールはもう反応しなかった。
* * *
結果から言うと、フリデリカは証拠不十分で釈放された。走り去った目撃証言はあっても、オーレリーを突き落としたところを見たという者は現れないし、決定的な証拠がなかったからだ。オーレリーの死は事故死と判断された。死なば諸共作戦が破綻したのは残念だわ。
しかし無事では済まない。
ボリスとの徒ならぬ関係はオーレリーが人を雇って調べた資料が彼女の部屋から出てきたことで露見した。
フリデリカは最北の戒律が厳しい修道院へ送られることになった。
泣き叫びながら馬車に押し込まれる彼女を二階の窓から見下ろすのは少しイイ気分だった。彼女は全てを手に入れようと欲張って、結果なにもかも失った。自業自得だ。この先はなに一つ手に入れることは出来ないだろう。
お父様は責任を取って引退し、義母と共に侯爵領の片隅に引っ込んだ。
ウィニンガー侯爵家は留学していたお兄様が急遽帰国して継ぐことになった。兄は実の妹の私が婚約破棄されて大変な状況に陥っていることを知りながら帰国せずに逃げ回っていた無責任な人だ。そんな人がウィニンガー侯爵家を背負って立てるとは思えない。叔父が後見人になるらしいから、そのうち乗っ取られるだろう。
フリデリカとの不貞が発覚したボリスはもちろんアレンデールの逆鱗に触れた。そして家の恥だとトレンヴィ伯爵家から廃嫡されて、国境の紛争地帯の騎士団へ送られた。
そして私はまだ生きている。
「あの日、私の鞄の中にオーレリーの遺書が入っているのを見つけたのです。いつの間に入れたのかわかりませんが、自殺するならあの場所だと、慌てて駆けつけましたが間に合いませんでした」
その後、マーガレットが私に打ち明けた。彼女は私が嘘の証言をしたことに気付いている。
「自殺だったの?」
男に裏切られて自死を選ぶなんて、よほどボリスを愛していたのかしら。
「悔しかったのでしょうね、あんなに愛していたのに裏切られて……。不貞の事実を公にして婚約破棄したかったのに、揉み消される可能性が高いと両親から止められたようです。下手をすれば伯爵家ごと潰されるかも知れないと言われて」
「そうね、フリデリカがお父様に泣きつけば、親バカなお父様はどんな手を使ってでももみ消したでしょうね。あの時、あんなことを口走ったあなただって危険だったのよ」
「だから助けてくださったのですか?」
「あなたを助けたつもりはないわ、ただ、今まで私がいくら真実を告げても信じてもらえなかった。フリデリカの嘘ばかりを周囲の人は…特にアレンデール殿下は信じる。だから私も嘘を吐いてみたらどうなるんだろうと試してみただけ」
「みんな嘘を信じましたね」
「ええ」
「そんな嘘ばかり信じる王太子殿下と再婚約が決まったそうですね」
「ええ」
私は大きなため息を漏らしてしまった。
私がまだ生き長らえている理由がコレだ。
フリデリカの虚言が暴かれて私の嫌疑は晴れた。アレンデールは私を死に追いやるつもりなどなかったと謝罪し、再び婚約者になってほしいと頭を下げた。
「それで良かったのですか?」
「王太子妃にならなければ毒杯、私に選択肢はないのよ」
「そうでしたね」
「あなたには感謝しているのよ、あの事件が無かったら私は今、生きてはいなかったでしょうから……オーレリーにも」
二人は報いを受けた、でも、あなたが犠牲になることはなかったのに……。
* * *
「まさかフリデリカがあんな女だったとは、俺はすっかり騙されていたんだ」
でしょうね、あなたの頭は緩々だしね。だから王妃様は私のような女を選んだ。でもフリデリカに出し抜かれて殺されそうになるなんて、私もまだまだ脇が甘かったわ。
「お前が毒杯を与えられることになるなんて俺は本当に知らなかった、いや理解していなかったんだ。知っていたら婚約破棄などしなかった」
そしてどうしたかしら? 私をお飾りの正妃にして執務を押し付け、フリデリカを側妃にして好き勝手していたでしょうね。もちろん跡継ぎはフリデリカの子でしょう。
「俺はとんだ悪女に誑かされてお前に酷いことをした。それでも再婚約を受け入れてくれて感謝している、お前ほど優秀な令嬢は他にいないからな」
そうね、私の能力が必要なのよね。そこに愛はない。
それに私が王家に嫁がなければ毒杯を賜ることになる契約をフリデリカが公にしてしまったのだもの、ここで私を突き放せばアレンデールは私を死に追いやった人でなしになって評判はガタ落ち、それにもう新しい婚約者に立候補する令嬢などいないだろう。だってまたアレンデールが浮気すれば、毒杯を賜る運命が待っていると知られたのだから。
「幼い頃より婚約者としてお傍にいました。愛していますわ、殿下」
もちろん嘘です。
殿下がお好きな偽りの言葉を差し上げます。
愛していましたわ。あの舞踏会で婚約破棄を告げられるまではね。私の九年間の想いを裏切った恨みは深いのよ。私の心はあの瞬間に砕け散った。婚約者に戻り、予定通りあなたと結婚することになっても、砕けた心の欠片はかき集めきれないし元には戻らない。
私はきっと王妃にはなれないだろう。
恐らく、王太子アレンデールは私が王子を出産した後、儚くなられるだろうから……。そして彼の忘れ形見が即位するの。
私は王太后になるのよ。
ふふっ、そんな未来を想像すると、諦めた人生に色彩が戻って来るわ。
おしまい
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