この世にいない男からの手紙
○○様
拝啓
このお手紙が届く頃には桜が咲いているでしょうか。
一昨日通達がありましたので、もう僕の死刑も執行されていることでしょう。
どうして今更になって、被害者遺族である○○様のご一家にお手紙を差し上げたか、さぞ不審に――いえ、お怒りになっているかも知れません。
実は、弁護士の××先生から、最後の面会の折に○○様のご一家にいわれの無い侮辱や非難が浴びせられていると知ったのです。
僕は確かに五年前、○○家の大事な上の娘さん――△△子さんを殺しました。
けれどあくまでもそれは僕の罪であって、○○家の方には一切の非は無いのです。
徹底的に責められるべきは僕だけなのです。
あなた方には何の咎も無いのに……。
それだけが僕の気がかりでした。
女子高生だった△△子さんに一方的に言いがかりを付けた挙げ句、昼日中の往来で殺害するなんて、僕は本当に酷いことをしたと知っています。
悪魔の仕業とマスコミは呼んでいましたっけ。
公判の最中でも酷い態度ばかり取って、場外へ連れ出されたことも一度や二度じゃなかった。
ご存じの通りに、僕は△△子さんを殺す一年前に彼女と会っています。
その頃、僕には母がいて、小さな会社で月の手取り十三万で働いていました。
朝早くに通勤電車に乗って、帰りは終電で……。
体の弱い母と二人きりで、慎ましく暮らしていました。
△△子さんと出会ったのはその朝の通勤電車の中です。
僕が人に押しつぶされながらもつり革を掴んでいたら、いきなり左手を掴まれたんです。
「この人!痴漢です!」
……その後は大変でした。
僕は電車から引きずり下ろされて、そのまま警察のお世話になりました。
痴漢なんて決してしていないと言っても、信じては貰えなくて、泣きじゃくる△△子さんを慰める婦警の方が、僕を人殺しであるかのような目で睨んできました。
ただ、僕は実際に一年後に人殺しになったので、あの目も仕方ないことだったと今なら分かります。
結局、僕は会社をクビになり、母親はそれから半年後に自殺しました。
遺書には『守ってやれなくてごめんね』とだけ。
母がいない家に独りぼっちであることが怖くて、僕は毎日、公園や街に出かけて過ごしました。
△△子さんと出会ったのは、ええ、桜の舞い散る道を彼女が友達と楽しそうに歩いていた時のことです。
忘れられるはずがありません。
僕は痴漢なんてしていない。
何度も無実を訴えたのに、何一つ聞いてくれなかった△△子さんの顔は。
……後は裁判で明らかになった通りです。
僕は△△子さんをこの手で殺しました。
彼女に言われたあの言葉がきっかけだったからです。
「うわ気持ち悪い!まだ覚えてたの!?信じられない!慰謝料さえ払えば無罪放免だったのにさー」
繰り返しますが、△△子さんを含め、○○家の方々は何も悪くないのです。
全部、僕が悪いのです。
ですから、全て僕の所為にして下さい。
これまでのように。
これからも。
敬具
□□□□より




