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第65話 捜索

「子供が三人、昨日の昼から戻ってない」


レンの表情は初めて見るものだった。グラウラー討伐の時にも、騎士の権威を振りかざした昨日の表情とも違っていた。


「三人で裏山に木の実を採りに行ったまま、夜になっても帰ってこなかった。今朝、大人の男が一人捜索に出たけど、そっちもまだ戻ってない」


「残りの大人は?」


「幼い子たちの面倒があるから、もう人を出せないらしい」


昨日の昼から丸一日が経過している。

子供三人が山の中で一晩。脱水、低体温、魔物との遭遇。時間が経つほどリスクは指数関数的に跳ね上がる。


「騎士団や自警団には報告したのか」


「俺はしてない」

レンが首を横に振った。

「院長が報告するだろうが、騎士団が動くまで待ってたら日が暮れる。もう一晩あの山に子供を置いとくのか?」


正論だ。報告と救出を天秤にかけるまでもない。


「行くぞ」


レンが言った。目が据わっている。つい数時間前まで温泉蒸しの野菜がもう一皿欲しかったとぼやいていた男と同一人物とは思えない。


「ああ」

レンの真剣さに押される形で俺は同意した。



孤児院の裏手から山に入ると、レンの動きが変わった。


比喩ではなく、文字通り変わった。歩幅、視線の動かし方、呼吸のリズム。斥候としてのスイッチが入った瞬間、レンは森の空気そのものに溶け込んだ。グラウラー討伐の時を思い出す。あの時もそうだった。こいつは、狩る側に回った瞬間に別人になる。


「三人。年齢はバラバラだな」

レンが立ち止まり、地面を見た。俺には何の変哲もない斜面にしか見えない。落ち葉、苔むした石、折れた枝。


「一番小さい子が遅れがちだ。ここで上の二人が待ってやってる」


本当に何も見えない。俺が「地面」として処理しているデータの中に、レンは「足跡」というシグナルを読み取っている。センサーの解像度が根本的に違う。斥候という職業は、一種の高度な専門技術者なのだと改めて思う。


「コウくん、レンくんすごいわね。過去の風景を見ているみたい」


実際、レンの脳裏には過去の風景が浮かんでいるのかもしれない。実際に見えているのは荷重による土壌の圧縮パターンと植物の茎の破断方向だ。物理的な痕跡の統合解析であって、時空を歪める能力ではない。


……とはいえ、俺にこの技術はない。訓練の賜物だろう。


レンは、地面を調べ、森を見、風を感じながら、前進していく。俺もわからないなりにレンが注意を払っているものに注意を払う。


背の低い植物や、土の匂いの混じった冷たい風に、高原らしさを感じる。


しばらく黙って足跡を追っていたレンが、不意に立ち止まった。


「足跡が変わった」

声が硬くなっていた。


「走ってる。三人とも」


何かに追われたということだ。


レンがしゃがみ込み、別の痕跡を指でなぞった。


「獣の足跡が混じってる。四足。爪が深い。それなりのサイズだ」


背筋に冷たいものが走った。子供三人が、山の中で獣に追われた。しかも昨日の昼。最悪のシミュレーションが頭の中で起動しかけた。だが強制的にシャットダウンする。


今は想像ではなく、事実を追え。

想像するなら、子どもたちと無事に帰るシーンだ。


足跡を辿ること、さらに十数分。斜面が険しくなり、大小の岩が折り重なるように積み上がった岩場に出た。


レンが足を止める。


「ここだ。足跡はここで終わってる」


岩と岩の間に隙間があった。子供が一人、なんとか体を滑り込ませられる程度の幅。その先は暗く、下に向かって傾斜している。滑り落ちるように入ることはできるが、登って出るのは——子供の体力では厳しいかもしれない。


レンが片手を上げた。

静止の合図。


耳を澄ます。


微かな音。

すすり泣き。


「いる」

レンが囁いた。


「泣いてる子がいる」


レンは岩の隙間に顔を近づけ、声をかけた。


「おーい、聞こえるか?」


沈黙。


もう一度。


「大丈夫だ、助けに来た。聞こえるか?」


長い沈黙の後。


「……だれ?」


震える声が、岩の奥から返ってきた。子供の声だ。


「孤児院のおばあちゃんに聞いてきた。怪しいもんじゃない。そっちは何人いる?」


「……さんにん」


三人。全員いる。


「怪我はないか?」


「……ない、と、おもう。でも……出られないの。上に怖いのがいて、声、出せなくて……ずっと……」


声が途切れた。泣いている。一晩中、暗い穴の中で声を殺して身を寄せ合っていたのだ。六歳から十歳の子供が。


「もう大丈夫だ。上の怖いのは俺たちが追い払う。だからもう少しだけ待ってくれ」


返事の代わりに、複数の泣き声が響いた。恐怖が溶けた後の、安堵の泣き声。


レンが俺の肩を叩き、数歩離れた場所まで引っ張った。声を落とす。


「問題が二つある」


「穴から出す方法と、周りのアレだろ」


「気づいてたか」


気づいていた。岩場に近づいた頃から、微かだが確実な気配。複数。小型。

おそらくゴブリンだ。


——いつから俺はこんな事に気づける様になっていたんだろう。

わずかな痕跡を探って足跡を追うレンに同調しているうちに、俺の感覚も鋭くなったんだろうか?


「ふふっ。『直観』のレベルの表示上げておくわね」

サティアの独断と偏見のレベル認定を上げてくれるらしい。

こんな時に、呑気なやつだ。


ゴブリンが三匹か四匹。岩場の近くの森をうろついている。穴の中に何かがいることには気づいているが、入り口が狭くて手が出せない。だから待っている。獲物が出てくるのを。


子供を追い込んだのはこいつらじゃない。四足の獣だ。だが獣は去り、代わりにゴブリンが匂いを嗅ぎつけてきた。ハイエナのような連中だ。自分では仕留めず、弱った獲物を待つ。


レンが腰の投げナイフに手をかけた。


「まず掃除する。コウ、逃げてきたやつを頼む」


「了解」


子供たちは穴の中で安全だ。今のうちに、外の脅威を排除する。


レンの姿が、木々の間に消えた。


音もなく。影のように。


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