第59話 気の合う二人
翌朝。約束の東門に行くと、幌無しの馬車が停まっていた。荷台には木箱や何かが詰まった袋が積まれている。
「おはようございます、レンさん。それに、お連れ様のコウさんですね」
昨日レンが助けたという女性、ピリンが落ち着いた様子で挨拶をしてきた。三十歳くらいだろうか。落ち着いた色の旅装に身を包んでいる。物腰は柔らかいが、どこか芯の強さを感じさせる女性だ。
「おはようございます。昨日は連れが世話になりました」
「いいえ、こちらこそ。私の不注意で荷物を奪われるところでしたから。……レンさん、昨日の屋根の上での立ち回り、下から拝見していましたが、見事でしたわ」
「へへっ、まあ一応騎士団にいますからね」
「やはり。その身のこなしを見込んで、ぜひ私の馬車の護衛をお願いしたいと思ったんです。正規の護衛を雇うよりも、レンさんのような方にお願いできるなら、その方が安心ですから」
ピリンは微笑んだ。レンの実力と人柄を見込んだようだ。
「分かりました。俺たちで良ければ」
「ええ、ぜひ。……それに、レンさんとご一緒できれば、道中も退屈しなくて済みそうですし」
ピリンが少し悪戯っぽく笑うと、レンも「ははっ、じゃあ隣でお話でもしましょう」と笑い返す。どうやら馬が合うようだ。
「では、出発しましょうか」
配置は決まっていた。レンは御者台の隣、ピリンの横に座る。俺は荷台の荷物の上だ。
「コウくん、荷台の居心地はどう?」
サティアがクスクス笑う。
「悪くない。クッション代わりの袋もあるし、視界も広い。後方警戒には最適だ」
俺は荷台の後ろ向きに座り、流れていく景色を眺めた。守り石が馬車の左後ろに流れていく。
モーサスを出て数時間。街道は森の中へと差し掛かっていた。レンとピリンは御者台で楽しげに話をしている。
「へえ! じゃあウェランドの川魚は、この時期が一番脂が乗ってるんすね」
「ええ、そうです。特に『銀鱗鱒』は今の時期、産卵前で身がパンパンなんです」
「うわぁ、たまんないっすね! 俺、魚には目がなくて」
「ふふ、レンさんは本当に楽しそうに話を聞いてくれますね。作り手や売り手にとって、そうやって楽しみにしてくださる方の存在は励みになるんですよ」
ピリンの声は弾んでいる。商売の話をしているわけではない。地元の自慢や、旅の話。年下の快活な青年との会話を心から楽しんでいるようだ。レンも持ち前のコミュ力で、相手をうまく乗せている。
「コウくんも混ざりたいんじゃない?」
……いや、俺が混じっても会話は弾まないだろう。ああいう世間話は得意じゃない。
「えー? 私とは話せてるじゃない」
サティアと世間話をした記憶はない。サティアのボケにツッコんでいるだけだ。
「違うでしょ! 私がコウくんのトンチンカンな行動にツッコんでるんでしょ!」
いずれにしろ、これは世間話ではない。何かもっと距離の近い——
その時だった。
俺の『直観』が何か雰囲気が変わったことを感知した。同時に、サティアが叫ぶ。
「コウくん、右の藪!」
「レン、右だ!」
俺の警告に、レンは即座に反応した。
「止めてくれ!」
ピリンが手綱を引き、馬車が停止する。ほぼ同時に、藪から三匹の……カンガルー?……が飛び出してきた。
「タチネズミだ! 俺が出る!」
レンが馬車からひらりと飛び降りる。着地の音すらしない。軽やかな動きだ。
俺は積荷の木箱の上に立ち上がった。
今回は移動中じゃない。手元がブレることはない。タイミングだけだ。
「グルルッ!」
大人の人間ほどの高さのタチネズミたちが散開し、一匹がレンを、もう一匹が手薄になった馬車の後方へ回り込もうとする。残る一匹は正面から馬を狙っている。
「ピリンさんは動かないで!」
レンが短剣を左の逆手で構えた。タチネズミが前足? を伸ばしてジャブを打ってくる。レンはそれを最小限のステップで躱しつつ横をすり抜け、すれ違いざまに短剣で横腹を裂く。だが、あいつの本領はそこからだ。
「そらっ!」
レンが右手を振ると、銀色の閃光が走った。いつのまにか握られていたナイフが、レンを無視して馬へ向かおうとしていたタチネズミの首筋に深々と突き刺さった。
「ギャンッ!」
正確無比。力任せではなく、急所をピンポイントで射抜く精密射撃だ。
一方、馬車の後方へ回り込んだ一匹が、俺に向かって牙を剥く。カンガルーとは違う。
俺は荷台から一歩も動かず、衝撃波の構えをとった。
細かくステップを踏んだタチネズミが跳躍する。空中に体が浮いた瞬間、その軌道は確定する。物理法則の檻の中だ。
「ハッ!」
圧縮された粒子の塊が、不可視の砲弾となり——計算通りの軌道で自由落下するタチネズミの胸の真ん中をぶち抜いた。
タチネズミは声も出さずに空中で勢いを失い、荷台に届くこと無く地面に落ちた。
「ふう。片付いたか」
レンが最初のタチネズミにトドメを刺し、投げたナイフを回収して戻ってくる。
「お見事です!」
ピリンが馬車の上から感嘆の声を上げた。
「レンさんのあの身軽な動き、それに正確なナイフ捌き……。まるで舞を見ているようでしたわ」
「ははっ、まあ力が無い分、手先だけは器用なんで」
「謙遜なさらないで。……それに、コウさんも」
ピリンがこちらを見る。
「一撃で仕留める無詠唱魔法とは……お二人は本当に良いコンビですね。安心して馬車を進められます」
彼女は商人の目で俺たちの実力を評価していたが、その表情には打算よりも安堵と信頼が浮かんでいた。
「仕事ですから。……討伐証明の部位回収だけ済ませます」
俺とレンは、手早く討伐証明の右耳を切り取り、タチネズミの死体を道の脇に放り投げた。
「ご苦労さまでした」
隣に乗り込んだレンに、ピリンは嬉しそうに微笑んだ。レンの明るさと強さに好感を抱き、旅の道連れとして心から歓迎しているようだ。
「青春……とはちょっと違うけど、いい雰囲気ね」
サティアがニヤニヤした雰囲気で言う。
なんだか、この旅の主役をあいつに取られてしまったような気がする。
まあ、俺の目的はシモノスでの調査だから別にいいけどな。
暇な俺は、レンに倣ってウェランドでの料理を想像することにした。
『銀鱗鱒』か、焼く方がうまいか、燻製がうまいか、川魚だから刺し身はないだろうな……
御者台の二人が喋り疲れ、俺がうつらうつらし始めた頃。道が川沿いになった。
振り向いて川の流れの上流を見ると、町の壁が見えた。
「見えましたよ。あれが私の町、ウェランドです」
ピリンの声が優しく響いた。水の豊かな、穏やかそうな町だ。
「おお、今行くぞ、銀鱗鱒!」
レンが御者台で叫んだ。その顔は、まだ見ぬ美味への期待で輝いている。




