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第55話 個人的な調査

白い法衣。

ヴェルナーだ。


彼は騎士団の後方に立ち、焼け跡を静かに見つめていた。


俺と目が合う。


「……また君か」


ヴェルナーは苦笑とも呆れともつかない表情を浮かべた。


「いや、君がいなければ被害はもっと大きかっただろう。感謝する」


「たまたま近くにいただけです」


「たまたま、ね」

ヴェルナーはそう言って、崩れ落ちた家々を見回した。


「地面に埋めて消火したと聞いた。……面白い発想だ」


面白い、か。褒められているのか皮肉られているのかわからない。



消火活動が一段落し、被害状況が明らかになっていった。


死者はなし。怪我人も軽傷が数名。

建物は、燃えた(俺が潰した)三棟と、防火帯として壊された二棟、計五棟が失われた。


住民たちの反応は複雑だった。

延焼を防いでくれたと感謝する者もいれば、家を失って呆然としている者もいる。

俺が壊した家の住人は……まあ、複雑な顔をしていた。当然だ。


「原因は?」


ヴェルナーが騎士の一人に尋ねるのが耳に入る。


「種火小屋からの出火ということです。」

騎士が答えた。


「火打石が使えなくなったので、周囲の住民たちで種火を持ち寄って、一箇所で管理するようになったらしいです。交代で見張って、火が消えないようにしていたとのことです」


ワークマンの親父が言っていた「種火の融通」が、システム化されていたということか。


「小屋の中に熱がこもって、壁の木材に燃え移り大きな火になったということです」


俺の胸に冷たいものが落ちた。


種火。融通。火を絶やさないように……


さっき俺が考えていたことだ。


……俺のせいか? 俺が最悪シミュレーションで種火のことを考えたから……種火を融通し合うのは火事になりそうで危険だと思ったから……


「違うわ」

サティアは強く否定した。


「コウくんは火事をイメージしていない。思い出して。火を持って走るのが危ないと思っただけ。実際に起きたのは、種火を一箇所に集めたことで熱がこもったから。原因が違うの」


でも……俺がいたからモヤモヤが現実化したんじゃ……


「今回のモヤモヤは、コウくんがいなくても現実化したわ。むしろ、コウくんがいたから被害が最小限で済んだのよ」


……そうなのか?


「ええ。死者も出なかったみたいだし、コウくんがいなかったら家を失った人はもっと多かったわ」


確かにそれはそうかもしれない。奥にあった家も壊さないといけなかっただろう。


俺の想像と現実の火事に因果関係があったのかどうか?

それは俺にはわからない。

サティアの言葉を信じた方がいいのか。


「信じて。私はコウくんに嘘はつかないわ」


嘘をつかないと言う奴が一番信用できないんだが……まあ、今は信じておこう。



ヴェルナーが俺のそばに来た。深刻な顔をしている。


「少し話がしたい。明日の朝、教会に来てくれないか」


「……俺に話すことが?」


「ある。君にしか頼めないこともな」


俺にしか頼めないこと。

嫌な予感しかしないが……断る理由もない。


「わかりました。明日行きます」




翌日。


俺は教会を訪れた。

広場の北側にある白い建物。尖塔の先には円形のシンボルが輝いている。


一昨日、グラウラー討伐の報酬をもらいに来たばかりだ。

敬虔な信者っぽい。


受付で名前を告げると、若い僧侶が案内してくれた。


「こちらです。司教様がお待ちです」


司教。

そういえばヴェルナーの正式な肩書きを聞いたことがなかった。

このイケリア管区を統括する立場らしい。なかなかの大物だ。


……って、俺、結構な大物に目をつけられてるのでは?

いや、「見守られてる」んだった。監視とも言う。



案内されたのは、教会の奥にある執務室だった。


「入りたまえ」


ヴェルナーは窓際の机に座っていた。書類が山のように積まれている。


「座ってくれ」


俺は勧められた椅子に腰を下ろした。


「昨日は助かった。改めて礼を言う」


「別に礼を言われるようなことは……」


「謙遜はいい。君の判断と行動がなければ、貧民街の半分は焼けていただろう」


ヴェルナーは机の上の書類を脇に寄せた。


「単刀直入に言う。続けざまで申し訳ないが、君に依頼したいことがある」


来た。やはりそういう話か。


「その前に、いくつか確認させてくれ」


ヴェルナーは立ち上がり、窓際に歩み寄った。


「君は橋の崩落を事前に察知した。集合住宅の異常も発見して対処した。そして昨日は、火事の現場で的確な判断を下した」


「たまたまです」


「たまたまが三度続けば、それは偶然ではない」


ヴェルナーは振り返り、俺を真っ直ぐに見た。


「君には異常を見つける目がある。そして、それを論理的に分析し、対処する能力がある。私はそれを高く評価している」


……褒められている。素直に受け取っていいのか、警戒すべきなのか。


「買いかぶりです」


「そうは思わない。だからこそ、君に頼みたいのだ」


ヴェルナーは机に戻り、一枚の地図を広げた。


「イケリアから東にモーサスがある。そこからさらに北に三日ほど行くと、ブルサンという町に着く」


地図には山脈が描かれていた。ブルサンはその麓にある。


「そのブルサンから山を越えた先に、シモノスという村がある。鉱山の村だ。そこには教会がない。鉱山労働者と鍛冶職人が住んでいる、小さな村だ」


ヴェルナーは地図から顔を上げた。


「その村に、ドラクフォージという名の腕の良い鍛冶師がいる。特級品を作ることができる職人だ」


「特級品?」


「最高品質の武具や道具のことだ。材料、技術、そして……何か言葉にできない要素が揃った時にだけ生まれる。現在、特級品を作れる職人は、私の知る限りその鍛冶師だけだ」


何か言葉にできない要素、つまり、パラメータ以外の不確定要素。ゲームで言えば「クリティカル成功」みたいなものか。


「それが依頼と何の関係が?」


「依頼は三つある」


ヴェルナーは指を立てた。


「一つ目。その鍛冶屋が、なぜ特級品を作れるのか調べてほしい」


「なぜ作れるか? 腕がいいからでは?」


「それだけなら、他の熟練職人にも作れるはずだ。だが現実には作れない。最近になって、作れなくなった」


最近になって。

その言葉が引っかかった。


「二つ目。イケリアにも、かつて特級品を扱っていた鍛冶師がいる。ウルカンという鍛冶師だ。最近、特級品の扱いをやめた。その職人の話も聞いていってほしい」


「扱いをやめた理由を聞けと?」


「そうだ。彼は『もう作れなくなった』と言っている。なぜ作れなくなったのか、君の目で確かめてほしい」


ヴェルナーは三本目の指を立てた。


「三つ目。シモノスで、火打石や物の乾燥の状況を確認してほしい」


火打石。乾燥。


「……こことは違う状況なのではないかということですか」


「わからない。だから調べてほしいのだ」


ヴェルナーは椅子に座り直した。


「正直に言おう。私は今、この世界で何かがおかしくなっていると感じている。火打石が使えない。物が乾かない。熟練の職人が技を失う。これらが繋がっているのかどうか、私にはまだ確信がない」


「仮説はあるんですか?」


「……ある」


ヴェルナーは一瞬だけ目を伏せた。


「だが、今は言わない。君には先入観なく調査してほしい。君が見たもの、感じたことを、そのまま報告してくれればいい。その上で、君の考えと私の仮説を照らし合わせたい」


なるほど。

バイアスをかけたくないということか。科学的なアプローチだ。


「わかりました。で、報酬は?」


「これは教会の公式な依頼ではない。私個人からの調査依頼だ」


ヴェルナーは机の引き出しから革袋を取り出した。


「調査費用と報酬を合わせて、金貨二十枚。これが私に出せる限界だ」


金貨二十枚。悪くはないが、数日から一週間以上の旅程を考えると、決して多くはない。

グラウラー討伐の時は金貨五十枚だったことを考えると半分以下。

まあ、今回は命がけにはならなそうだからな。


「教会の馬車は使えない。馬車を使う場合は、この中から出してくれ。ただし、途中の教会には泊まれるよう、一筆書いておく」


「宿代が浮くのはありがたい」


「それと……」

ヴェルナーは真剣な目で俺を見た。


「この依頼を引き受けてくれるなら、理由を聞かせてくれないかね。金のためか? 好奇心か? それとも——」


「両方です」


俺は即答した。


「金は必要です。好奇心もあります。そして……」


俺は言葉を選んだ。


「俺も、何かがおかしいと感じています。洗濯物が乾かない。薬草が腐る。火打石で火がつかない。昨日の火事。全部がバラバラの出来事に見えて、どこかで繋がっている気がする」


ヴェルナーは黙って聞いていた。


「それが何なのか知りたい。自分のためにも」


「……そうか」


ヴェルナーの表情が、わずかに和らいだ。


「君に頼んでよかった」


彼は革袋を俺に差し出した。


「出発はいつでもいい。準備ができ次第、向かってくれ」


俺は革袋を受け取った。ずっしりと重い。


「一つ聞いていいですか」


「何だ?」


「なぜ俺に? 調査なら、教会の人間を送ればいいのでは?」


ヴェルナーは少し考えてから答えた。


「教会の人間では駄目なのだよ。彼らは……私も含めて、ある種の先入観を持っている。教会の教えに基づいた世界の見方だ。それが調査の邪魔になる可能性がある」


「俺は教会の人間じゃないから、先入観がないと?」


「それもある。だが、それだけではない」


ヴェルナーは窓の外を見た。


「君は現象を、現象として見ることができる。神の御業だとか、奇跡だとか、そういう言葉で片付けない。物理的な原因を探り、論理的に分析する。それは教会の人間には難しいことだ」


「……それは、そうですね。」


ヴェルナーは俺に向き直った。


「頼めるか?」


俺は革袋の重みを確かめた。


「引き受けました」



教会を出る前に、例によって聖堂で魔力の吸収をする。


俺は敬虔な信者のふりをしてベンチに座り、頭を垂れる。

祈りのポーズ。完璧だ。

実際にやっているのは教会の床から無属性魔力を吸い上げる作業だが、外から見れば熱心な若者にしか見えないはずだ。


……これは窃盗なのか?

いや、床下から漏れ出している魔力を回収しているだけだ。むしろ公害対策と言える。環境浄化活動だ。


「じゃあ、なんでお祈りしてる振りなんてするのよ」


……魔力をわけてもらえて感謝の気持ちを伝えてる。


「今考えたでしょ」


今回は空っぽの中粒に注入するのもわすれない。

ちょっときついが、これからのことを考えると準備は万端にしておきたい。

俺は聖堂のベンチに座ったまま、魔力の出し入れを続けた。


頭がぼおっとしてきたあたりで、全ての魔料石に魔力が充填された。


教会を出たところで、ポケットの干果物を出して脳の栄養を補給する。


「コウくん、また出かけることになったわね」

サティアが言った。


そうだ、また宿を空けることになる。せっかく一ヶ月無料なのに。


「でも、良かったんじゃない? コウくんも気になってたことでしょ?」


気になっていた。確かに。

洗濯物が乾かないことも、火打石がつかないことも、種火小屋の火事も。

全部がバラバラなのに、どこかで繋がっている気がしていた。

その調査を報酬をもらってできるチャンスではある。


「ヴェルナーは何か知ってるんだろうな」


「そうね。でも、コウくんに先入観を持ってほしくないから言わなかったのよ」


「そしてサティアも何か知ってるんだろ?」


「……そう。でも私もコウくんに先入観を持ってほしくないの」


俺は空を見上げた。


シモノス。教会のない鉱山の村。

そこで、特級品を作れる鍛冶師。


なぜそこだけ特級品が作れるのか。

なぜ他の職人は作れなくなったのか。

火打石や乾燥の状況は、イケリアと同じなのか、違うのか。


そしてそれらは繋がっているのか?

繋がっているならどこで?

気づかないところで何が進行しているのか?


疑問は尽きないが、ここで適当な答えを出したらそれが先入観になってしまう。

だから情報を集めに行くんだ。



まずはイケリアの鍛冶師に話を聞きに行くとしよう。


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