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第53話 火打ち石

乾物屋の軒先には、色とりどりの干果物が並んでいた。


「いらっしゃい。何をお探しで?」

恰幅の良いおばさんが、愛想よく声をかけてきた。


「干玉房がいいわ。小さな粒を少しずつ食べるのよ」

サティアがリクエストをしている。


「干果物を。保存が効いて、甘いやつを適当に」


「あら、冒険者さん? それならこの干金味がおすすめよ。甘くて日持ちもするし、疲れた時にいいって評判なの」


それは干杏のような見た目だった。

俺は干金味と、ついでに干玉房も購入した。こちらは干しブドウのような小さな粒だ。合わせて銀貨1枚。悪くない買い物だ。


「ところで聞きたいんですが、最近、乾きが悪いとか、品質が落ちたとかありませんか?」


「うちの商品? 全然ないわよ。どれもしっかり干せてるでしょ?」

おばさんは胸を張った。


「そうですか……。実は宿の洗濯物が乾かないとか、薬草が腐ったとか聞いたもので」


「ああ、それは日陰干しの話ね。うちは全部、お日様の下でしっかり干してるから。天日干しじゃないと美味しくならないのよ」


なるほど。日向で干したものは問題ない。日陰で干したものだけが乾かない。

つまり、ある程度の気温があれば蒸発は起きるが、低温だと蒸発が極端に遅くなる……いや、ほぼ止まっている?



乾物屋を出て、考え事をしながら大通りを歩いていると、案の定絡まれた。


「あ! ピンクのお兄ちゃんだ!」


「必殺技見せて!」


「ハッ! ってやつ!」


子供たちが俺の周りに群がってくる。五人……いや六人か。どこから湧いてきたんだ。


「こんなところでやったら街がふっとぶからダメだ」


「えー! すげえ! やってやって!」


子供は後先考えないから困る。


「代わりにこれをやろう」

俺は買ったばかりの干玉房を一粒ずつ配った。


「わあ! ありがとう!」


「甘い!」


「お兄ちゃん優しい!」


手のひら返しが早い。まあいい。これで解放される。


「じゃあな。歯を磨けよ」


「「「はーい!」」」


子供たちは干玉房を噛み締めながら走り去っていった。


「コウくんも食べなさいよ。おいしいわよ」


サティアが言うが、きっと味覚同調して自分が味わいたいだけだろう。

まあ食べてみるか。


俺も干玉房を一粒口に放り込んだ。

噛み応えは干しブドウのそれとよく似ている。少し弾力が強いかな。でもそれがいい。噛むほどに甘みがにじみ出てくる。


「そうそう。これこれ。モーサスまで歩いた時もこれがあったらよかったわね」



「ワークマン」に到着すると、店内から怒声が聞こえてきた。


「だから言ってるだろ! この火打石は不良品だ!」


「不良品じゃねえよ! お前の打ち方が下手なだけだ!」


店主の親父と、痩せぎすの男が言い争っている。カウンターの上には火打石が置かれている。俺が購入したのと同じものだ。


「じゃあ親父が火をつけてみろよ! つけられたら俺の負けだ。つけられなかったら、そこの火魔法の着火道具を寄越せ!」

男が棚に並んだ小さな魔道具を指差した。


「上等だ! 俺を誰だと思ってやがる!」


床に火口らしき綿くずが置かれた。


親父は火打石を手に取り、慣れた手つきで打ち始めた。

カチッ、カチッ、と小気味よい音が響く。火花は飛んでいる。だが、火口に燃え移らない。


「コウくん、どう思う? 私と賭ける?」


サティアが聞いてくるが俺はどうなるかわかっている。

この流れ、どう見ても客の勝ちだ。

サティアが、親父の勝ちに賭けるなら乗ってやってもいい。


「なんだ、つまんないの……」


十回、二十回。

親父の顔から余裕が消えていく。


「……くそっ」

親父は火打石を置いた。


「ほら見ろ! 不良品じゃねえか!」


「……わかったよ。持ってけ」

親父は渋々、棚から着火用の魔道具を取り出して男に渡した。


男は勝ち誇った顔で店を出ていく。俺とすれ違う時、じろりと睨んできたが、何も言わずに去っていった。


「……カハハ。見苦しいところを見せちまったな、ピンクの兄ちゃん」

親父は乾いた笑いを浮かべた。いつもの豪快さが削がれている。


「不良品だったのか?」


「わからねえ。仕入れた時は普通に使えてたんだが……俺の腕が落ちたのか?」


俺は腰のポーチから自分の火打石を取り出した。

「これ、試してみてくれ」


「お前さんのか? ……まあいい、やってみるか」


親父は俺の火打石を受け取り、同じように打ち始めた。

カチッ、カチッ。

火花は飛ぶ。だが、やはり火口には燃え移らない。


「……なんだこりゃ。兄ちゃんのも駄目じゃねえか」


「だろうな」


俺は野営の時、この火打石で火をつけるのに苦労したことを思い出していた。あの時は「最近は火打石じゃ火はつかなくなってるの」とサティアに言われた。


「じゃあ俺にも着火道具、一つくれ」


親父が目を剥いた。

「お前さっきの見てたな! タダでよこせってか!?」


「いやいや、正規の値段で買うって」


「……本当か?」


「本当だよ。銀貨2枚だろ」


俺は銀貨を渡し、小さな魔道具を受け取った。握り込めるサイズの金属製で、側面のスイッチを押すと先端から小さな火が灯る。ライターみたいなものだ。


「カハハハ! お前はいい客だな、ピンクの兄ちゃん!」

親父の調子が戻ってきた。


「しかし、火打石が使えなくなるなんてなあ……」

親父は腕を組んで首を傾げた。


「今時、火打石を使ってる人って多いのか?」


「少ねえよ。お前さんみたいな物好きか、昔気質のベテラン冒険者と旅人くらいだな。あとは貧民街に住んでる金を使いたくねえ連中か。普通は最初から魔道具を買う」


「じゃあ、貧民街の人たちは火打石が使えなかったらどうするんだ?」


「そうだな……金を奮発して魔道具を買うか、まあ、盗むか、だな」

親父は肩をすくめた。


「でも実際は、種火を融通し合ってんじゃねえかな。誰かが火を絶やさないように見張って、近所に配ってんだろ。貧乏人は貧乏人なりに助け合ってるもんさ」


種火を融通し合う。

火を絶やさないように見張る。

自分の家の種火がなくなったら、他の家の種火から火を分けてもらって持って帰る。

聖火リレーみたいに燃えている木切れをもって走るのだろうか?


危ないな。


「コウくん——」

サティアが何か言いかけた時だった。



カン、カン、カン、カン——!



教会の鐘が、けたたましく鳴り響いた。


普段の穏やかな時報とは全く違う。乱打。警鐘だ。


「なんだ?」

親父と一緒に店の外に出る。


通りには既に人が集まり始めていた。皆、鐘の鳴る方角を見上げている。


「おい、何があった!」

親父が通りかかった男に声をかけた。


「火事だ! 貧民街で火事が起きたらしい!」


俺の背筋に冷たいものが走った。


さっき俺が考えていたことだ。

まさか、俺の最悪シミュレーションが、また現実を引き寄せたのか?


「おい、ピンクの兄ちゃん!?」


親父の声を背に、俺は貧民街の方へ走り出していた。


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