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第52話 湿ってる

二日酔いの胃にスープを流し込み、俺は宿を出た。


「今日は何をするの? 天気もいいしピクニックにでも行く?」

サティアが暢気な声で言う。


こんな魔物がうろついてる世界にピクニックなんてないだろ。


「えー、見晴らしの良い街道の脇とかでよくやってるわよ」


「……そいつらは、レジャーシートで車座にはなっていなかっただろう。移動中の商人か冒険者が休憩してるだけだ」


そう、ピクニックで大事なのはレジャーシートなのだ。公園でサンドイッチを食べていても、ベンチに座っているならそれはピクニックではない。


「コウくんは形から入るタイプなのね」




向かった先は錬金術屋だ。


昨日の打ち上げでの酒がまだ残っている。この世界に「ウコンの力」はないだろうが、それに代わる何かがあるはずだ。


それに、グラウラー戦で魔力の吸収と衝撃波を連続で行った時の不快感、集中力が枯渇した感じ、あれもなんとかできないだろうか?


路地裏にある、怪しげな薬草の束がぶら下がった店に入る。独特の青臭い匂いが鼻をつく。


「おや、ピンクの英雄さんだね」

店主の婆さんが言った。


以前、無属性魔料石を探していた時に、教会が買い占めてると、教えてくれた人だ。


「二日酔いが治る薬か薬草はないですか?」


婆さんは、横の棚から何かを取り出して目の前に置いた。

「これを水と一緒に飲みな。銅貨6枚だよ」


小さな紙包の中に丸薬が入っている。


「これは何ですか……なんと言う薬ですか?」


「肝気丸って薬だよ。よくゴブリンの糞とか呼ばれてるねえ」


げっ。絶対苦いなこれ。


「なんかゴブリンと関係あるんですか?」


「ゴブリンの内臓を使ってるからねえ」


……飲みたくない。


「あと、魔力を連続して使った時に、ぼおっとしたり、気持ち悪くなったり、疲れたりするんですけど、あれを治す薬はないですか?」

俺は話題を変えた。こっちの薬があれば「ゴブリンの薬」は買わなくて済むような気がする。


「ないね」


「ない……んですか?」


「それは精神とか頭とかが疲れてるだけだよ。栄養のあるもの食べて、しっかり休めば治るよ」


「でも戦闘中だとそれができなくて——」


「命懸けなんだろ? そういう時は頑張れるもんさ」


それはそう! 知ってる。俺もあの時頑張った。


「ふふっ。変なもの売りつけられそうじゃなくてよかったわね」


確かに、これは効くとか言われて、戦闘中に全然効かなかったら致命的だ。仕方ない。普通に栄養補給を心がけるか……


俺は「ゴブリンの糞」の代金を払った。


持ち歩くのも嫌なので、この場で飲むことにする。


水筒を構え、丸薬を口に放り込む。

間髪を入れず水筒に口をつける。

俺は丸薬を喉に流し込んだ。


口の中に痺れるような苦味が残っていたので、もう一口水を含んで軽く濯いで飲み込んだ。


水を飲む時に上を見て気づいたのだが、薬草が天井中から吊り下げられていた。その中のいくつかに、何か引っかかりを感じた。


俺のスキル「プラントメディスン:Lv1」が初めて反応した。


《品質普通:湿ってる》

《品質普通:湿ってる》

《品質悪い:腐りかけ》

《腐ってる》


どういうことだ?


「店主さん、あれとか腐ってるみたいですけど……」


「なんだって?」

店主は腰を上げて俺のところまでやってきた。


「あれです。隣も腐りかけみたいですよ」

俺は、腐っている薬草を指差して店主に教えた。


「はあ……本当だねえ。困ったもんだ」


そう言って、壁に立てかけてあった棒を手に取り、その薬草を器用に取り外した。


「ここのところ全然乾かなくてねえ。この子らは日陰で干さないといけないからここに干してるんだけど、全然乾燥してくれないんだよ。どうすれば良いんだろうねえ」


どうすれば良いのか? 


そう聞かれれば、解決策を示したいのがエンジニア魂だ。俺は店主の婆さんに言った。


「部屋を暖めてみたらどうでしょうか? うちの宿の洗濯物も乾きが悪いそうですが、暖かくなると一気に乾くと言ってましたよ」


「部屋を温めるねえ……火は使えないし、熱魔法の暖房具でも持ってくるかねえ」



思案顔の店主に別れを告げて、俺は外に出た。


錬金術屋は裏通りにあり、店の前も日が差さない。

ところどころに、水たまりがある。

俺がこの街を離れていた時に降った雨でできたのだろう。


でもそれって2日以上前だぞ。

水たまりがまだあるっておかしくないか?

洗濯物、薬草、そしてこの水たまり……。湿度の問題じゃない。何かが『蒸発』を阻害している?

熱さえあれば蒸発はするんだよな。だけど低温での蒸発が一切起こらないってことか……


「………………」

また、サティアが無言で語りかけてくる。どうやってんだ、それ?


「なんだよ。何か言いたいのか?」

あえて声に出してサティアに問いかけた。


「……ううん。言いたいことはないわ。……見守ってるだけ……。」


見守りにしては「圧」を感じるんだが。


おそらくこれも、サティアが言うモヤモヤの一種なんだろう。そして俺に解決しろと……しかしこの場合、何をすれば良いのか検討がつかない。森を燃やして温室効果ガスでも発生させるか?


俺は、今はまだ手がかりが足りない気がして、判断を保留することにした。



大通りに出るとそこは日向だ。暖かい。空気もカラッとしている。

さすがに洗濯物も乾くんじゃないかという陽気だ。


俺は大通りの店を物色しながら歩いた。

錬金術屋では手に入らなかった、魔法を使った時の疲労感ーーおそらくは脳の糖分不足によるものーーを緩和する食糧を探すのだ。


本当はブドウ糖タブレットがいいんだが、そんなものは売ってないだろう。だから甘くてビタミンもあるものを探している。


「じゃあ果物が良いわね。甘くてみずみずしいのが良いわ。私が好きなのは丸苺よ! 甘くてジューシーで、ちょっと酸っぱいの」

サティアが聞いてもいないのに好みを語り出した。


だが残念だな。生の果物は保存性と携帯性が悪い。俺が求めるのは戦闘の中断時にポケットから取り出して食べられるもの。干果物だ。


「干果物かぁ……まあ、しょうがないわね。干果物で私が好きなのは——」


しかし干果物は大丈夫なのだろうか?

洗濯物といい、薬草といい、干すものはうまくいっていないようだが……


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