第50話 打ち上げ
朝、俺は教会に向かった。
受付で名前を告げると、すぐにヴェルナーの部屋に案内された。
「やあ、コウ殿。無事に戻ったようだね」
ヴェルナーは立ち上がり、穏やかな笑顔で俺を迎えた。
「グラウラー討伐、見事だったと聞いている。ガルドからの報告では、君の活躍がなければ、もっと苦戦していただろうとのことだ」
「貢献できてよかったです」
ヴェルナーは頷くと、机の引き出しから、革袋を取り出した。
「約束の報酬だ。金貨50枚」
袋を受け取った。ずしりと重い。
「やったわね。コウくん。大金持ちじゃない」
サティアがうれしそうに言う。
俺もうれしいが、「大金持ち」ってほどじゃないだろう。これじゃ家も買えないぞ。
「なによ。つまらないわね。でもこれでパァーッと打ち上げるんでしょ」
まあ、打ち上げの費用を心配しなくてもいいのは確かだ。
「ありがとうございます」
俺は、ヴェルナーに感謝を述べた。
「こちらこそ、感謝する。ゴルマン村の人々も、安心して暮らせるようになった。今後も、教会から依頼をすることがあるかもしれない。その時はよろしく頼むよ」
「依頼内容によりますが、検討します」
「ふむ」
ヴェルナーは満足そうに頷いた。
俺は一つ、聞いておきたいことがあった。
「ヴェルナーさん。今回のパーティーメンバーに連絡を取りたいのですが、どうすればいいですか?」
「ガルドたちか? 彼らには休みが与えられている。騎士団の宿舎に行けば会えるだろう。教会の裏手にある建物だよ」
「ありがとうございます」
俺は一礼して、ヴェルナーの部屋を出た。
教会の裏手に回ると、石造りの頑丈そうな建物があった。魔法陣のような円形がデザインされた盾の紋章の旗が掲揚されている。
入り口で用件を告げると、しばらくして聞き覚えのある声が響いた。
「コウ! 帰ってきたか!」
レンが駆け寄ってきて、俺の両肩を叩いた。
「おう。無事に帰ってきたぞ」
「用事は無事に終わったのか?」
「なんとかな」
「で、何の用だ?」
「まず、グラウラーの素材を宿に届けてくれてありがとう。助かった」
「ああ、あれな。宿の女の子に渡しておいた。」
「それと、打ち上げの件だ。いつがいい?」
レンの目が輝いた。
「マジか! 今日でもいいぜ! ガルドとセリアにも声かけてくる!」
「じゃあ、今夜。安らぎの灯火亭に来てくれ」
「おう! 楽しみにしてるぜ!」
宿に戻り、ザケルに打ち上げの準備を頼んだ。
「任せてくれ。腕によりをかけて作るよ」
「四人分、お願いします。代金は俺が払います」
「わかった。楽しんでくれよ」
ザケルは嬉しそうに厨房に消えていった。
次に、ギルドに向かった。
グラウラーの爪、八本を持っていく。
魔石は……なんとなく、売る気になれなかった。土属性の魔石。何かに使えるかもしれない。
とりあえず取っておくことにした。
金貨8枚で引き取ってもらえた。
また手元の金額が増えていく。
先程手に入れた金貨50枚と合わせて、金貨58枚をギルドに預けた。
大丈夫。今日の宴会分はちゃんと手元にある。
夜になった。
安らぎの灯火亭の食堂に、四人が集まった。
2つのテーブルをつなげた上には、ザケルが腕によりをかけて作った料理が並んでいる。
オーク肉のステーキ、鶏の丸焼き、野菜のグリル、焼きたてのパン。
「すげえ……」
レンが目を輝かせた。
「これ、全部食っていいのか?」
「ああ。今日は俺の奢りだ」
「最高だな、コウ!」
ガルドとセリアも、料理を見て表情を緩めている。
俺はエールの入ったジョッキを持ち上げた。
「じゃあ、乾杯しよう。グラウラー討伐、お疲れ様でした」
ガルドとレンがジョッキを、セリアがぶどうジュースの入ったグラスを持ち上げる。
「乾杯!」
四つの器がぶつかり合う音が響いた。
「コウくん、イメージ通りね」
サティアの声を聞きながら、俺はエールを一口飲んだ。日本のビールに比べると、ぬるくて苦く、あまり好きではなかったが、今日は美味く感じる。
料理に手を伸ばす。
オーク肉のステーキは、外はカリッと、中はジューシー。噛むと肉汁が溢れ出す。
「うめえ……」
レンが感動した声を上げた。
「この宿の料理、評判通りだな」
ガルドも満足そうに頷いている。
「美味しいです。こんなに美味しいお肉、久しぶりに食べました」
セリアも、普段の控えめな様子とは違い、しっかりと料理を楽しんでいる。
「そういえばコウ、お前、別行動で何してたんだ?」
レンが聞いてきた。
「ゴルム岩山に登ってた。岩楠瘤っていう素材を採りに」
「岩楠瘤? あの幻の香辛料の?」
「知ってるのか?」
「名前だけな。すげえ高いって聞いたことがある」
俺は岩山での苦労を話した。
岩が積まれた山を登ったこと。岩を壊したら案外すぐに見つかったこと。調子に乗ってもう一個壊したら岩崩れが起きたこと。命からがら逃げ出したこと。
「おいおい、そんな危険な山だったのかよ」
レンが呆れた顔をした。
「俺たちと別れた後に死んでたら、シャレになんねえぞ」
「まったくだ。無茶をするな」
ガルドも眉をひそめている。
「すみません。次からは気をつけます」
「気をつけるって言って気をつけられるなら、苦労はしないわよ」
サティアがツッコんできたが、無視した。
話題は騎士団のことに移った。
「騎士団って、どういう組織なんですか?」
俺が聞くと、ガルドが答えてくれた。
「教会の六聖院の一つだ。軍事を担当する。主に魔物の討伐や、治安維持をやっている」
「でも、今回みたいに民間と一緒に動くこともあるんですね」
「外部の協力者を入れることはある。特に、特殊な能力を持つ者はな」
ガルドが俺を見た。
「お前の能力は、正直、驚いた。あの攻撃力は、騎士団の中でもめずらしい」
「ありがとうございます」
「お前が騎士団に入る気があるなら、推薦してもいいぞ」
「え?」
予想外の申し出だった。
「騎士団は常に人材を求めている。お前のような能力があれば、すぐに重宝されるだろう」
「考えておきます」
正直、今すぐ答えは出せない。騎士団に入れば安定するかもしれないが、自由は失われる。
「無理にとは言わん。気が向いたら、声をかけてくれ」
ガルドはそう言って、エールを飲み干した。
そんな話をしているところに、ザケルがスープの入った器を持ってきた。
「特別料理だよ。とりあえず食べてくれ」
テーブルに置かれた器から湯気が立ち上る。
その瞬間、会話が止まった。
香りだ。
深くて、複雑で、どこか懐かしい。森の奥深くを思わせる、神秘的な香り。嗅いだだけで、体の芯が温まるような。
「コウくん……」
わかってる。岩楠瘤だ。
俺は黙っていた。みんなの反応が見たかった。
「なんだ、この香り……」
レンが、ジョッキを置いたまま固まっている。
「嗅いだことない……こんなの、嗅いだことない……」
セリアは、器から立ち上る湯気に顔を近づけ、目を閉じていた。まるで祈りを捧げるように。
ガルドは黙ってスプーンを手に取り、スープを口に運んだ。
一口。
ガルドの動きが、止まった。
目を見開いている。スプーンを持った手が、宙に浮いたまま動かない。
「……隊長?」
レンが声をかけるが、ガルドは答えない。
やがて、ガルドはゆっくりと二口目を運んだ。三口目。四口目。無言のまま、スープを飲み続けている。
その姿を見て、レンとセリアも慌ててスプーンを取った。
レンが一口飲んだ瞬間、目が見開かれた。
「っ……!」
声にならない声。レンは口を押さえ、天井を仰いだ。
「なんだよこれ……なんだよこれ……」
震える声で、同じ言葉を繰り返している。
セリアは、一口飲んだ後、スプーンを置いた。
そして、両手を胸の前で組み、静かに涙を流し始めた。
「セリア? どうした?」
俺が声をかけると、セリアは首を横に振った。
「すみません……あまりにも美味しくて……言葉が出なくて……」
四人とも、言葉を失っていた。
俺も一口飲む。
舌に触れた瞬間、世界が変わった。
野菜の甘み。肉の旨味。それらが岩楠瘤の香りと溶け合い、口の中で花開いていく。
だが、それだけじゃない。
味覚の奥に、何か別のものがある。懐かしさ。安心感。まるで、子供の頃に母親が作ってくれた料理を食べているような。
いや、違う。
俺の母親は料理が下手だった。こんな味、食べたことがない。
なのに、懐かしい。
これが、岩楠瘤の力か。
食べた人の心の奥底にある「理想の味」を引き出す。そんな、魔法のような香辛料。
スプーンが止まらない。
気づくと、器は空になっていた。
三人とも、空になった器を見つめている。名残惜しそうに。
俺は満足して、ザケルの方を見た。
ザケルは、厨房に隠れるようにしてこちらを覗いている男性の肩を、笑顔で叩いていた。
白髪交じりの、痩せた男性。
あれがトミトクさんだろう。
「おい、主人! このスープ、何なんだ?」
レンがザケルに声をかけた。
ザケルは胸を張って答えた。
「岩楠瘤の野菜スープだよ。コウが採ってきてくれたものを、俺の師匠、トミトクさんが料理したものだ。どうだい? 美味かったろう?」
「美味かった! 最高だ!」
レンが叫ぶ。
「本当に美味しかったです。ありがとうございます」
セリアが頭を下げた。
「見事な料理だ。感服した」
ガルドも称賛を送る。
トミトクは、照れくさそうに頭を掻いた。
「ほら師匠、みんな師匠の料理を食べられて嬉しそうじゃないですか」
ザケルがトミトクの肩に手を添えた。
トミトクは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……わかった、わかった。確かに、料理は食べてくれる人が喜ぶのが一番だったな。もう一度、考え直してみるよ」
「本当ですか、師匠! ぜひまた、お店を復活させてください!」
ザケルの声が震えていた。目が潤んでいる。
「約束はできんが……考えてみる」
トミトクは小さく笑って、厨房に戻っていった。
ザケルは、その背中を見送りながら、涙を拭っていた。
「コウくん、いい仕事したわね」
ああ。岩楠瘤、命がけで採ってきた甲斐があった。
その後、しばらく宴会は続いた。
エールを飲み、料理を食べ、馬鹿話をして笑った。
やがて、夜も更けてきた。
「そろそろお開きにするか」
ガルドが立ち上がった。
「明日は任務があるからな」
「名残惜しいけど、仕方ねえな」
レンも立ち上がる。
「コウ、今日はありがとう。最高の打ち上げだった」
「こちらこそ。また一緒に依頼を受けよう」
「おう! いつでも声かけてくれよ!」
セリアが静かに頭を下げた。
「コウさん、ありがとうございました。また、ご一緒できる日を楽しみにしています」
「俺もです。お気をつけて」
三人が宿を出ていく。
俺は扉の前で手を振った。
「じゃあな、コウ! また会おうぜ!」
レンの声が、夜の街に響いた。
扉が閉まる。
静かになった食堂で、俺はザケルに話しかけた。
「岩楠瘤、うまく使えてよかったですね」
「ああ、ちょうどタイミングがよかった。あれを師匠に預けただけじゃ、師匠をその気にさせられないからね。今日の宴会の料理を手伝ってくれって頼んだんだ」
「他の料理も美味しかったですよ。これから騎士団の客が増えるんじゃないですか?」
「だったらいいな。……また、岩楠瘤を取ってきてもらうかな」
「いや、それはお断りします。オーク100匹の方がまだ安全です」
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次回から第三章に突入します。
第三章では、世界の不具合に直面したコウがその調査に乗り出します。
地球のエンジニアの経験が役に立つのか?
そもそも世界の不具合とは何なのか?
ここまでで、判明しているその不具合は、
「最近、火打ち石で火がつかなくなった」
「ベテラン鍛冶職人が特級品の取り扱いをやめた」
などです。
勘の良い方はそれらが伏線だと気づいてらっしゃいますよね。
もしかしたら答えもわかっているかも。
コウもなんとなくバグっぽいなとは感じていますが、まだ繋げて考えてはいません。
でもそれが「世界をデバッグする」という話になっていく予定です。
ようやく本題かよ。って感じですが……
この先も読んでみたい。と思ってくれた方。
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面白い。面白そう。面白いかも。と思ってくれた方。
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