第48話 石の宿
ギルドマスターのおっさんは、俺の歩調に合わせてゆっくり歩いてくれた。
疲労困憊の俺に気を遣ってくれているのか、それとも話をしたいのか。
「これから行くのは、ここに石を買い付けに来る商人たちが泊まる宿だ」
おっさんが説明を始めた。
「石?」
「ああ。この町はゴルム岩山から運ばれた石を加工して商売にしている」
言われてみれば、さっきから何か音が聞こえている。
ガコン、ガコン、という規則的な音。ギィィィという金属が擦れるような音。
「聞こえるだろう? この川の両側にある水車で、石切の鋸や槌を動かしているんだ」
前に来た時には気づかなかった橋を渡る。完璧に護岸工事がなされた川は流れが早い。そしてその両岸にはいくつもの水車が回っていた。
水車の動力が、建物の中の機械を動かしているという事だ。全てが魔力で動いているわけではないらしい。
「ゴルマン村は、石を運べる大きさにしてここに出荷しているだけだ。あそこには動力になる川がないからな」
なるほど。ゴルマン村は採石と一次加工、モーサスは本格的な加工と流通。分業体制が出来上がっているわけか。
「馬車の件は、調べて後で宿に伝える」
おっさんは俺の顔を横目で見た。
「それと、オマエの戦い方も聞いておきたい。護衛の仕事を紹介することになるかもしれないから、どう戦えるか知っておく必要がある」
「……遠距離攻撃ができます。衝撃波のようなものを撃てます」
「有効射程は?」
「止まっている的なら十メートルは正確に当てられます。威力が弱くていいなら連射もできます。来る時にはファングウルフに通用しました」
「なるほど。馬車の護衛には向いているな」
おっさんは満足そうに頷いた。
宿に着いた。
「石の宿」という、そのままの名前だった。
外観からして、石造りの立派な建物だ。壁には細かな装飾が彫り込まれている。
「二食付きで銀貨5枚の部屋に空きはあるか?」
おっさんが宿のカウンターで尋ねた。
「はい、ご用意できます」
受付の女性が答えた。
「よかったな。じゃあ、俺はギルドに戻る。ゆっくり休め」
おっさんは俺の肩を軽く叩いて、宿を出て行った。
なんだか慌ただしい人だ。
俺は宿泊の手続きをして部屋に向かった。
早く休みたい。
案内された部屋に入って、俺は目を見張った。
ベッドのフレームが石だ。
テーブルも椅子も石だ。
窓枠まで石で出来ている。
しかも、ただの石じゃない。表面が滑らかに磨き上げられ、模様が美しく浮かび上がっている。
「コウくん、すごいわね。石の家具なんて初めて見たわ」
石の椅子は、座り心地悪そうだけどな。
ベッドに腰掛けてみる。フレームは石だが、マットレスは普通に柔らかい。安らぎの灯火亭のベッドより上等だ。
外からは、相変わらず石切の音が響いている。
ガコン、ガコン。ギィィィ。
うるさいな……
そう思いながら、俺は靴を脱いでベッドに倒れ込んだ。
「コウくん、まだ昼過ぎよ? ご飯は?」
後で……
俺はそのまま意識を手放した。
目を覚ますと、窓の外が暗くなっていた。
石切の音は止んでいる。静かだ。
体を起こす。まだ筋肉痛は残っているが、だいぶ楽になった。
部屋を出て階下に降りると、受付の女性が声をかけてきた。
「冒険者ギルドからお客様宛に伝言が届いております」
伝言を受け取る。
『明朝、早めにギルドまで来い。イケリアから石を買い付けに来て戻る商人の馬車がある。遠距離から魔物を遠ざけられる冒険者なら、一緒に御者台に乗せられるとのことだ』
護衛の仕事か。
ラッキー。馬車代を払わずに済む上に、報酬まで貰えるかもしれない。
「お食事はいかがですか? 食堂でお出しできますよ」
「お願いします」
俺は食堂に案内された。
ここも石造りだ。テーブルも椅子も、磨き上げられた石で出来ている。
椅子に座って驚いた。意外に座り心地がいい。
よく見ると尻の形に合うように削られ磨かれている。
さすが石工の町の宿だ。
「当宿の名物は石焼き料理です。石焼きオークステーキと、石焼きナマズ、どちらになさいますか?」
「両方でお願いします」
即答した。
「かしこまりました」
しばらくして、料理が運ばれてきた。
熱した平らな石の上で、肉と魚がジュウジュウと音を立てている。
「コウくん、おいしそうね」
俺はナイフとフォークを手に取り、まずオークステーキから切り分けた。
熱い石の上で焼かれた肉は、表面がカリッとして、中はジューシー。噛むと肉汁が溢れ出す。ここのスパイスは、安らぎの灯火亭とはまた一味違う。全体的に味が濃い。
「……うまい」
続いてナマズ。川魚特有の臭みはなく、ふっくらとした白身が口の中でほろりと崩れる。こちらもしっかりと味付けがしてある。
パンをソースにつけて食べる。
「パンに合うわね」
俺は黙々と料理を平らげた。
久しぶりにまともな食事をした気がする。昨夜は冷たい干し肉と堅パンだったしな。
食後、満腹になった俺はしばらく食堂で時間を潰していた。
「大浴場がございます。今の時間でしたら空いておりますよ」
おお! ここにも風呂があるのか!
もしかしてこの世界で風呂は常識?
「そんなことないわ。コウくんがラッキーなだけよ。きっとコウくんの、お風呂に入りたい潜在意識がお風呂のある宿を引き寄せてるのよ」
サティアがまたスピリチュアルな事を言い出したが反論はしない。俺は風呂に入れるならそれが引き寄せでも構わなかった。
案内された浴場に入って、俺は目を見張った。
浴槽が石だ。
しかも、大理石のようにツルツルに磨き上げられた、白い石。
湯気の向こうに、優雅な曲線を描く浴槽が見える。
「コウくん、すごいわ。まるで貴族のお風呂みたい」
俺は服を脱ぎ、体を流してから湯船に浸かった。
「はぁ……」
思わず声が漏れる。
滑らかな石の感触が、疲れた体に心地いい。湯の温度も熱めでちょうどいい。
手と足が、ピリピリと痺れるが、それがまたここちよい。
岩山を登り、岩崩れから逃げ、野宿をし、ゴブリンと戦い、歩き続けた二日間。
その全ての疲労が、湯の中に溶け出していくようだ。
「ふふ、コウくん、とろけてるわよ」
とろけてる。文句あるか。
俺はしばらく湯船に浸かり、体の芯まで温まってから上がった。
部屋に戻り、ベッドに潜り込む。
明日は早朝にギルドに行かなければならない。
馬車なら、夕方にはイケリアに着くだろう。
「コウくん、ちゃんと帰れそうね」
ああ。
俺は目を閉じた。
石切の音はもう聞こえない。静かな夜だ。
明日のことを考えながら、俺は再び眠りに落ちていった。




