第47話 モーサスへ
ふと、意識が浮上した。
「コウくん、起きて。お客さんよ」
サティアの声だ。
「……え?」
目を開けると、まだそこには満天の星があった。
横にはランタンの灯りがある。
焚き火は消えている。
俺はランタンのつまみを回して照度を最大にした。
周囲の暗がりが消えていく。
緑色の肌をした、醜悪な顔の小人が3体。
腰布一枚に、手にはトゲのついた汚い棍棒。
ゴブリンだ。
守り石のすぐそばにいる。俺からわずか数メートルの距離だ。
「なんで? 守り石があるのに」
ゴブリンは、守り石を怖がる様子もなく、寝ている俺に近づいてくる。手に持った棍棒を振り回している。
俺は寝袋に入ったまま無理矢理上体を起こして、4本指の威嚇射撃を行った。
パパパン!
ゴブリンの足元で土煙が上がる。一発は肉を抉った手応えがあった。
ギャギィ
「コウくん、セリアちゃんは勘違いしてるのよ」
サティアが冷静に解説する。
俺はゴブリンが怯んでいる隙に寝袋から抜け出した。
「この石は、対処できないような危険な魔物と遭遇するという不運な事故を起こらなくするためのものなの」
1匹のゴブリンは、片足を抱えて蹲っている。
俺は右から近づいてくるゴブリンの胸を狙って、デコピンを放った。
パン!
「結界じゃないから、遭遇しちゃった魔物を物理的に追い払う機能はないわ」
胸から血を吹きながらゴブリンが倒れる。
俺は左のゴブリンに目をやった。
イギャアアア
何か叫びながら突っ込んでくる。
俺は掌を突き出して、衝撃波を準備した。
拡散。短く。
「ハッ」
ドンッ
重いものがぶつかったような音と共に、ゴブリンは吹っ飛んでいった。
焚き火跡や、近くにあった石と一緒に。
俺は振り向いて、蹲ったゴブリンの頭に狙いを定める。
バンッ
ゴブリンは倒れた。
「はあ、はあ……」
心臓がバクバク言っている。
ゴブリンは対処できる安全な魔物ってことかよ。
つまり、運が悪ければ、普通の確率で遭遇する。
「馬車で来る時も、ファングウルフに遭遇したじゃない。あの森では普通の事なのよ」
そういえばそうだ。
セリアのやつ、敬虔な信者だから教会のインフラの効能書きをそのまま喋っただけだったんだな。
俺はゴブリンの死体を近くの灌木の方に捨てた。一応耳は採取しておいた。モーサスのギルドで受け取ってもらえるかもしれない。
再び寝袋に入ったが、神経が高ぶってしまい、夜明けまで熟睡はできなかった。
夜明けと共に起き出した。寝袋と防水布をまとめてリュックに結びつける。ランタンを入れたら出発だ。
寝不足と筋肉痛で体が重い。
全身が鉛のように感じる。
今日の目的地は、モーサス。
モーサスで一泊する。
そしてできれば、馬車でイケリアを目指す。
ファングウルフの森を徒歩で抜けたくはない。
俺は重い体を引きずるような気持ちで歩き始めた。
「さっ、コウくん、素敵な朝よ。元気にいきましょ」
サティアが、あからさまな鼓舞をしてきた。
悪い気はしない。
ひたすら歩く。
足の裏、ふくらはぎ、腿、背中、あちこちから、痛いだの、苦しいだの聞こえるが、無視して歩く。
景色が変わらない。同じような草原と荒地が続くだけだ。
途中で何度か休憩を入れた。
本当は寝転んで身体を伸ばしたいが、そうすると起き上がれなくなる可能性が高い。俺は腰を下ろすだけにした。
昼過ぎ、ようやく前方に町が見えてきた。
モーサスの町だ。
俺は力を振り絞ってモーサスの町の門をくぐった。
お小遣いは金貨一枚。
これで、宿と食事、そしてイケリアまでの馬車を確保する。
俺の新たなミッションが始まった。
疲れてるのに……
「がんばれ、コウくん」
今日のサティアは朝から応援に徹している。
面白くはないが、今日はそれが助かる。
まずは、馬車について聞こう。
どこで聞けばいいんだ?
街道を移動する人が集まるところ…
宿?
ギルド?
そういえばギルドに用事があった。
ゴブリンの耳を届けに行こう。
モーサスの町のギルドは門のすぐ傍にあった。
イケリアのギルドと比べれば小さい。扉も軽かった。
内部の雰囲気は……似たような……
全員が俺に注目して、一瞬静かになる。
「なんだ、あのピンク」
「やばいヤツなんじゃない?」
「無視、無視、関わらない方がいい」
「目立とうとしやがって…」
「よその町のやつじゃないか?」
ああ、そうだ。俺はピンクの作業着を着ていたんだった。
「コウくん、あっという間にみんなの心をつかんだわね」
いや、そういうことじゃないと思うが……
俺は誰にも邪魔されずに受付カウンターに進んだ。
登録証を出しながら、受付の女性に話しかけた。
「イケリアのギルドで登録したものです」
「はい……」
「実は今、依頼を終えてイケリアに帰るところなんですが、ここからイケリアに行く馬車ってどこで見つけられますか?」
「え?」
ゴブリンの耳を入れた袋もカウンターに置く。
「あと、これ途中で倒したゴブリンの耳です。討伐報酬ってもらえますか?」
俺は疲れていて、会話の組み立てを考えるのが難しかったので、単刀直入に用件を告げた。
「え、えーと……」
なぜか受付の女性があたふたしている。新人か? 俺だって新人だぞ。
「俺が代わろう」
奥から、男性が出てきた。武装しているわけではないが、冒険者っぽい雰囲気の、おっさんだ。
これはギルドマスターってやつだな。俺の異世界小説知識でわかる。
「オマエは、たしか……名前は忘れたが……イケリアで「ピンクの英雄」って呼ばれてるやつだな」
やめてくれ。なんで隣町まで噂が広がってるんだ!
「ち、違いますよ。俺のどこが英雄なんですか?」
「確かに英雄には見えんが、ピンクなことは間違いない。ギルド間の定時連絡にも『奇抜なピンクの上下の冒険者』と特徴が回ってきていたからな」
なんてことだ。認識ハックは既に逆方向に働いている。会ったことのない人まで俺のことを認識してるじゃないか。
「今頃気付いたの? コウくん。というか、それが狙いじゃなかったの?」
サティアが突き放した言い方をした。もう応援モードは終わったらしい。
「まずゴブリンの討伐報酬から片付けよう。3つで銀貨3枚だ」
おっさんは耳を回収し、銀貨3枚をカウンターに並べた。
「で、馬車でイケリアに帰りたいと」
「そうです」
俺は銀貨3枚をポケットにしまった。
おっさんは、カウンターに置かれていた、俺の登録証を手に取った。
「そうだ、コウだったな。確か教会のグラウラー討伐隊に組み込まれてたな。昨夜教会に討伐隊が泊まっていたはずだ」
「ええ、そうだと思います。途中で別れました。別の依頼があったので」
そうか、この人はグラウラー討伐の事を知ってるんだな。あの村にはギルドはなかったし、グラウラーの件はこのギルドにも話が来たんだろう。
「グラウラー討伐。感謝する。ご苦労だった」
おっさんはいきなり頭を下げた。周りがどよめいているのがわかる。
「本来なら、この町と、イケリアのギルドで何とかするべき案件だ。だがメンバーが揃わなかった。結局教会の案件になったが、冒険者として参加してくれて助かったよ。少しはメンツが保てる」
なるほど、そういうことか。
俺が参加したことがギルドに貢献したことになるのか。
「いえ、報酬に釣られただけですから」
俺はあまり持ち上げられるのも嫌なので、露悪的に言った。
「はん。冒険者なんてそんなものだ。それでいい。大事なのは実力だ。実は昨日、討伐隊のリーダーと少し話をした。彼はオマエの実力を認めていたぞ」
うわ、恥ずかしくなってきたぞ。この場に居るのがいたたまれない。
「それで、馬車の件ですが」
俺は強引に話を変えた。
「馬車な。……少なくとも今日はもう無い。明日の朝出るのが……よし、調べといてやる。宿は決めてるのか?」
「まだです」
「じゃあ、いい宿を紹介してやろう。2食付きで銀貨5枚でどうだ?」
安らぎの灯火亭は2食付きで銀貨3枚だから、それに比べれば高いが、あそこはボロ宿だからな。……俺は気に入っているが。
「構いません」
現地の人のおすすめだ。割高ってことはないだろう。
「よし、じゃあ行こう」
おっさんは、俺に登録証を押し付けると、カウンターから出て歩き出した。
え、ついて来いってこと?
俺は慌てて後を追う。
周りからはいつものように冒険者たちの話が聞こえてくる。
「あいつギルドマスターに頭を下げさせたぞ」
「やっぱりヤバいやつなんじゃ……」
「グラウラー討伐って聞こえたぞ」
「でもピンクはねえだろ」
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