第45話 巨礫の山
岩山を登るのは、想像以上の苦行だった。
ここは一枚岩の山じゃない。そして土の斜面に岩がゴロゴロ転がっているような場所でもない。岩が岩の上に積み重なった、まるで巨大な石積みの山だ。
歩く場所は岩の上だけ。大きな岩と岩の間を抜けたり、わずかな手がかりを頼りに岩をよじ登ったり。一歩間違えれば、隙間に滑り落ちて足を折るか、踏んだ岩が崩れて一緒に滑落する。
汗が額から流れ落ちる。息が切れる。太腿と上腕の筋肉が悲鳴を上げている。
「コウくん、がんばって」
応援するなら手伝え。
「……最悪な足場だ」
俺は悪態をつきながら、ゴルマン村に向かう馬車から見つけた中腹のあたりまで、ようやくたどり着いた。
あの時見えた岩楠は、この辺りに生えていたはずだ。
しかし、実際に山の斜面に立ってみると、近くの大きな岩が視界を遮って、遠くが見渡せない。大きな礫に囲まれて、視界が極端に狭い。
仕方なく、俺は視界を確保するための足場を探した。
近くにある、家一軒分ほどもある巨大な岩によじ登るルートを見極める。
岩から岩へよじ登り、ようやくその大きな岩の上に立った。
そのすぐ近くに、目指す木は生えていた。
いや、「生えていた」という表現は正しくないかもしれない。木が地面から生えるものだとすれば、その木は生えてはいない。
岩を掴んで立っている、という方が正しいだろう。
灰色の岩肌に、太い根が絡みついている。根は岩の隙間に入り込み、岩を抱え込むようにして木を支えていた。幹は捻じれ、枝は風に押しやられて歪んでいる。過酷な環境で生き延びてきた、頑強な木だ。
これが岩楠か。
さて、どうやって瘤を見つければいいのか。
岩に絡まりながら下に伸びる根に瘤ができるという。だったら、まずはその根を露出させなければならない。
だが、それには岩をどかすしかない。
俺は周囲を見渡した。
根を隠している岩をどかすには、上にある岩を排除するか、横にある岩を排除しないとならない。
上から排除すると穴を掘るような形になって、今度はそこに降りなければならない。周りを岩に囲まれた穴なんてまっぴらだ。
横にある岩をどかしても、結局はその下の岩を壊すことになる。上にあった岩が落ちてくるかも知れない。
そんなことをやっていると、そのうち岩崩れが起きる。
どう考えても、手詰まりだ。 岩を一つ動かせば、ドミノ倒しのように岩崩れが起きる未来しか見えない。 下の斜面からこの作業をするのは自殺行為だし、上からやるのも命綱なしでは怖すぎる。
「……ふざけんなよ」
このふざけた巨礫の山を、汗だくになって登らされたことにも腹が立っていたのに、いざお宝を前にして、根を掘る方法がわからないことにも腹が立ってきた。
いっそのこと丸ごとふっとばすか?
「コウくん、ふっとばすならそれでもいいけど、自分の安全は確保してね。どこまで崩れるかわからないわよ」
その通りだ。
下手なことをすると、雪崩のように岩崩れが起きる可能性がある。
雪崩が最初に崩れ始めたところの上も崩れるように、岩崩れが起きた時に、高い場所にいたからといって安全なわけじゃない。
どうする?
俺は大きな岩の上に座り込み、腕を組んで考え込んだ。 物理シミュレーションを脳内で行う。 あそこを壊すと……崩れる。あっちを削ると……落ちる。
……全く解決方法が思いつかない。
そのうち、無性に岩を壊したくなってきた。
特に、ここから見て、岩楠が最初に掴んでいるあの岩が憎らしくなってきた。
あいつのせいで根が見えない。あいつさえいなければ。
いや、違う。
無数の岩の中で、「あの岩」だけが強烈に気になり始めたのだ。 岩楠が最初に掴んでいるあの岩。あいつが全ての元凶のような気がしてくる。
理屈じゃない。直観だ。あいつを壊せと俺の中の何かが告げている。
とりあえず一個壊してみよう。一個くらいなら岩崩れは起きないだろう。特に俺が今座っているこの巨大な岩は安定している。これなら多少の重心の変化には耐えられるはずだ。
俺は自分を無理やり納得させて、右手を憎らしい岩に向かって伸ばした。
あの岩だけを破壊する太さと強さで衝撃波を撃つ。掌から放つが、一瞬で止める。
「ハッ」
岩が砕け散った。
今まで岩があった場所が空間となり、その向こうが見える。
やはりそこにも根が絡みついた岩がある。予想通りだ。
俺は、この先の行動のヒントが何かあるんじゃないかと、その近くまで移動した。
近くの岩の上から、自分が空けた空隙を覗き込む。
そこに「岩楠瘤」があった。
「えっ……?」
俺はしばらく固まった。
根の途中に、拳大のコブができている。表面はゴツゴツしていて、独特の模様がある。事前に絵で見た岩楠瘤そのものだ。
今まで散々考えてきたことはなんだったんだ。これじゃまるで……
「案ずるより産むが易し、ね。コウくん」
反論する気も起こらなかった。自分でもそう思っていたから。
俺はナイフを取り出し、瘤を切り取った。ずっしりと重い木の塊。すごく深い香りがする。森のような。身体が温まるような。
これが、一ヶ月分の宿代か。布で包んでバッグに入れる。
なんとなく、瘤は深いところにできるんじゃないかと思い込んでいたが、実は意外と浅いところにできるものなのかもしれない。そうでなければ、重機もないこの世界の人間が採取できるわけがないよな。
俺は試しに、その横の岩も壊してみることにした。浅いところにできるのが普通ならそこにもあるかもしれない。
壊す時の破片を避けるため、先程座っていた大きな岩まで戻る。
「ハッ!」
狙った岩が弾けた。
よし、確認だ。 俺が近寄ろうとした、その時。
ズ……ズズ……
低い地鳴りのような音がした。
ギギゴゴ……ガガガッ……!
周囲の岩が、まるで生き物のように蠢き始めた。 支えを失った岩が滑り落ち、それが下の岩を押し出し、上の岩を引きずり下ろす。 連鎖的な崩壊。
岩楠が、ゆっくりと傾いていく。
やばい!
俺は岩楠とは逆方向に退避した。岩から岩に、飛び移り、よじ登り、走って、移動する。
背後から、雷のような轟音と、巨大な質量がぶつかり合う重低音が迫ってくる。 足元の岩を通して伝わる振動が、内臓を揺さぶる。
振り返る余裕はない。俺は音が小さくなるまで、ひたすら移動を続けた。
大きめの岩の上にたどり着いた時、俺は四つん這いのまま立てなくなった。
膝が笑っている。腕が震えている。
音はやがて消えていき、静かな空間が戻った。
逃げてきた方角を振り向いた。
先ほどと同じく、巨礫の山があった。
しかし、岩楠の姿は見当たらない。
先ほど考え込んでいた時に座っていた、大きな岩も見当たらない。
そして岩山の下の方まで粉塵が舞っている。
「なんなんだよ、まったく」
この岩山は俺の予想を裏切ってばかりだ。
攻略方法が全くわからない。これがゲームやプログラムなら、なんとかデバッグしてやろうという気になるかもしれないが、ここでそれをやるのは命がけだ。
「帰ろう…」
俺は疲労困憊の声で呟いた。
「そうね。そうしましょ」
サティアの声はいつものように軽やかだ。
走ったり、よじ登ったり、跳んだりしてないからな。
「楽しかったわよ。視界がギュンギュン移り変わって」
「…はぁ…」
とりあえず岩楠瘤が一つ手に入ったんだから、それでよし。
欲張ると死ぬ。この岩山はそういう場所だ。
俺は全身の疲労が抜けるのを待ってから、慎重に岩山を降りていった。
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