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第43話 グラウラー

見張りの時間は、何事もなく過ぎた。


東側の空が徐々に明るさを増していく。


俺は皆を起こした。


「時間だ。出発の準備を」


ガルドが真っ先に起き上がり、装備を確認し始める。レンは眠そうに目をこすりながらも、素早く身支度を整えた。セリアは静かに祈りを捧げてから立ち上がる。


簡単な朝食を済ませ、俺たちは森へ向かった。



森の入り口で、ガルドが足を止めた。


「ここで隊形を整える。昨日の作戦会議は、戦闘になった後の話だ。できればこちらが一方的に発見して、コウの狙撃で仕留めたい」


「レンが先行する。俺たち三人は、かなり後ろから追う。レン、発見したら戻って報告しろ。絶対に一人で仕掛けるな」


「了解」


レンが音もなく森の中へ消えていく。


俺とセリアは、魔料石から魔力を吸い出して臨戦態勢に入った。


レンと十分な間隔を空けてから、ゆっくりと森に入った。



森の中は薄暗かった。

木々が密集し、地面には落ち葉が厚く積もっている。足音を殺すのは難しい。


何度か、レンが戻ってきて合流した。


「まだ見つからない。もう少し奥だ」


そのたびに俺たちは慎重に前進した。


そして、何度目かの合流の時。



「見つけた」


レンの声が低くなった。


「どこだ?」


「この先、百メートルほど。大きな木の上で寝てる。今なら奇襲できる」


俺たちは静かに移動を開始した。

足音を殺し、枝を踏まないように注意しながら進む。


やがて、レンが足を止めた。


「ここだ。あの木の……」


レンの声が途切れた。


「いない」


グラウラーがいたはずの木の枝には、何もなかった。


「移動したのか?」


「わからない。さっきまで確かに……」


その時だった。


足元の地面が、急に柔らかくなった。


「急襲! 退避!」


ガルドの声が響く。


俺は咄嗟に横へ飛んだ。ぬかるみ始めた地面から、なんとか逃れる。

他の三人も、それぞれ別方向に飛び退いていた。


「セリア、コウ、集合!」


俺たちはガルドの元に駆け寄った。作戦会議通りの隊形だ。


セリアがすぐに杖を構え、ぬかるんだ地面に回復魔法をかけ始める。淡い光が地面を包み、泥が徐々に固まっていく。


「発見!」


レンの声が響いた。


振り向くと、レンがこちらに向かって全力で走ってきた。

その後ろ、木の枝を伝って何かが追ってくる。


グラウラーだ。


灰色の毛に覆われた、猿のような姿。だが、その大きさは人間サイズだ。長い腕と、鋭い爪。そして、知性を感じさせる残忍な目。


レンは速い。だが、グラウラーも速い。枝から枝へ、まるで飛ぶように移動している。


俺は右手を構えた。撃つのは昨日見せた衝撃波。

だが、狙いが定まらない。グラウラーの方向転換が速すぎる。


「ハッ!」


衝撃波が放たれ、掴んでいた枝ごとグラウラーを吹き飛ばした。


「やったか?」


グラウラーが落下した場所を見る。

だが、グラウラーは着地と同時に横へ飛んでいた。


「固い……!」


グラウラーは一瞬でこちらの視界から消えた。木々の間に紛れ、姿が見えない。


俺は次の魔料石から魔力を吸引しながら、今の一撃を振り返った。

狙いの中心には捉えられなかったが、吹き飛んだということはしっかり当たっている。手に今までにない感覚が伝わってきた。金網を叩いたような感覚。

遠すぎたのか? 拡散しているから距離が遠いとその分威力は弱まる。


「コウ、こっちを襲ってきた瞬間を狙え」


ガルドの声が飛ぶ。


「了解」


四人で固まって警戒する。背中合わせに近い形で、それぞれが別方向を見張る。


また、足元がぬかるんでくる。


「セリア!」


声をかけるまでもなく、セリアはすでに足元に向けて回復魔法をかけ始めていた。


「させません……!」


セリアの悲鳴にも似た気合と共に、光が泥を押し返した。

グラウラーの土魔法と、セリアの回復魔法が拮抗する。地面が泥になろうとし、それを元に戻そうとする光が交錯する。


やがて、足元の地面が元の硬さに戻り始めた。セリアが勝った。


「来るぞ」


ガルドが低く言う。


俺は右手に魔力を集中させる。


「上!」


レンの声が飛んだ。


ガルドが盾を上に構え直す。その瞬間、グラウラーが真上から降ってきた。


ガキンッ。


グラウラーの鋭い爪が盾に弾かれる。


俺は衝撃波を撃とうとした。

だが、射線にガルドがいる。


後ろに飛んで、別の角度を取る。


「ハッ!」


だが、一瞬の間に、グラウラーはガルドの盾を足場にして横っ飛びで逃げていた。


「クソッ」


また、姿を消された。


敵が素早すぎる。どうすればいい。


このままだと、木々が邪魔でグラウラーの接近がわからない。《こっちが気づく前に、上から落ちてきたグラウラーに一人ずつやられる。ガルドの頭が砕かれる。レンが首を裂かれる。セリアが泥に沈んで叫ぶ》鮮明すぎる最悪のシミュレーションが、頭の中で回り始める。


「コウくん、ストップ!」

「コウ! 木の揺れに注意しろ!」


脳内のサティアの声と、レンの声が重なった。


そうか。

グラウラーが移動すれば、木は揺れる。


俺は周囲を見渡した。揺れている木を探す。


「コウくん!」

サティアの声。


あった。

二つの木が揺れている。さらに、その隣の木が揺れ始めた。


グラウラーの移動経路だ。


そうだ。いっそのこと。


俺は体内の魔力を全て右手に集めた。揺れ始めた木に向ける。


さらに隣の木が揺れ始める。


「ハアッ!」


俺はその木に向けて、全力の衝撃波を放った。

拡散のイメージ。広範囲を吹き飛ばす。


轟音。


揺れ始めた木を中心に、周囲の木が爆散した。

木片と葉が舞い散り、粉塵が視界を覆う。


俺は次の中粒から魔力を吸い上げる。気持ち悪い。


「やったのか?」


レンが言う。


「いや、手応えはなかった」


俺の手に伝わったのは、木が弾ける感覚だけだった。グラウラーを貫いた感触はない。


粉塵が邪魔で、破壊した木々の方向は見えない。


「あっちです!」


セリアが指した方向を見る。

木が揺れている。


「ハアッ!」


俺はその木の周囲も吹き飛ばした。


一瞬、落下したグラウラーが見えた。灰色の影が地面に着地し、すぐに走り出す。


俺はすでに次の中粒から吸収を始めている。

こんなに連続して大きな魔力を吸収するのは初めてだ。精神的にきつい。


グラウラーが逃げていった方向の木に右手を向ける。


「ハアッ!」


もはやグラウラーに当てる気はない。

俺は次々に衝撃波を放ち、周囲の木を全て破壊していった。


一方向だけを残して。



支給された魔料石の最後の一粒を吸収した。

魔力が身体の中で暴れている。今にも溢れそうだ。

難しい数学の問題を解いた時のような精神的な疲労が身体にも影響を与えている。


俺は荒い息をつきながら、膝に手をついた。


「コウ、大丈夫か?」


ガルドが尋ねてくる。


「演技です」


俺は顔を上げずに答えた。


そう。これはグラウラーを接近させるための演技だ。もう俺の攻撃は無いと思わせる。

実際に疲れているので演技がしやすい。


「そうか! 配置を変える。全員、少し離れて俺の後ろに」


ガルドは近くの大きな木を正面にして立った。

俺たちはその後ろ、少し離れた場所に移動する。


「全員、周囲を見ていろ! セリア、俺の足元がぬかるみ始めても何もするな!」


ガルドが指示する。



ガルドの足元が、ぬかるみ始めた。


「来るぞ……」


ガルドの足が、ゆっくりと沈んでいく。


俺は右手の準備をする。

今回は、射線にガルドがいる。拡散させちゃ駄目だ。収束させた衝撃波を放つ。グレートボアを倒した時のように。ビームだ。狙う場所は決まっている。


ガルドの足元の地面が、固まり始める。グラウラーが魔法を完成させた。


「来る……」


俺は上目遣いにガルドの方向を見る。

早撃ちのガンマンのような気持ちで、右手をぶらりとさせている。


タイミングは、グラウラーが落ちてくる瞬間。

狙いは、ガルドの頭上一メートル。


目の端に、動きがあった。


グラウラーだ。


木の上から、ガルドの頭上めがけてダイブしてくる。


俺は右手を振り上げ、人差し指をガルドの頭上に合わせた。


「ハッ!」


俺が狙った場所に、グラウラーが爪を振りかざして降ってくる。


ガルドの盾は間に合わない。


俺の見えないビームが、グラウラーの胴体に突き刺さった。


そして、グラウラーの落下によって、その身体が切り裂かれていく。俺のビームが刃となり、グラウラーの体を腹から肩口まで切り裂いた。


ドサッ。


グラウラーの身体が、ガルドの足元に落ちた。


「やった!」


レンが叫ぶ。


ガルドは、グラウラーの首に太い剣を突き立てた。そのまま力任せに振り上げる。


グラウラーの首が飛んだ。



血まみれのガルドが、こっちを向いて笑った。


「コウ! よくやった!」


……怖い。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

拙作を読んでくださりありがとうございます。

是非続きも読んでください。


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よろしくお願い致します。

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