第42話 作戦会議
教会の宿坊は、そこそこ快適だった。
壁はシミ一つなく真っ白に塗られているし、ベッドも広くて柔らかい。シーツもパリッと糊が効いている。設備だけを見れば、いつも泊まっている「安らぎの灯火亭」よりも上等だ。
だが、食事に関しては「安らぎの灯火亭」の圧勝だった。
朝食に出てきたのは、白パンと野菜スープ、それに蒸した鶏肉。量は十分だし、栄養バランスも考えられているのだろう。
しかし、味に対しての情熱を全く感じなかった。
塩味はついているが、それだけだ。スパイスの香りも、素材の旨味を引き出そうという工夫もない。「生きるために必要なカロリーと栄養素です」と言わんばかりの無機質な皿。
安らぎの灯火亭の、肉汁溢れるステーキや、コクのあるシチューが恋しくなる。
そんな、ちょっと残念な朝食を胃に流し込み、俺たちは二日目の馬車に乗り込んだ。
今日の夕方には、拠点となるゴルマン村に到着する予定だ。
馬車が動き出し、広大な草原地帯を抜けていくと、レンが退屈そうに欠伸を噛み殺しながら話しかけてきた。
「なあコウ。お前、普段は何食ってんだ?」
「……なんだ唐突に」
「いや、教会の飯が味気なかったからさ。美味いもんの話でもしねえとやってらんねえ」
同感だ。
「安らぎの灯火亭って宿の飯だ。主人の腕がいい」
「へえ! あの宿か。評判は聞くぜ。特に肉料理が美味いってな」
「ああ。オーク肉のステーキなんか最高だぞ。スパイスが効いてて、噛むと肉汁が溢れる」
「くぅ〜! たまんねえな!」
レンが喉を鳴らす。
向かいに座るガルドも、心なしか興味深そうに耳を傾けている。セリアだけは「教会のお食事に不満を言うなんて」と少し眉をひそめているが、彼女も完食していたわけではない。
「今回の依頼が終わったら、その宿で宴会でもするか?」
「いいな! 俺の奢りで……と言いたいところだが、今回はコウの奢りにしてくれよ」
レンがニヤリと笑う。
「騎士団の給料なんて知れてるし、今回の手当もスズメの涙だ。それに比べて、今回の外部協力者への報酬は破格だって噂だぜ?」
やはり、報酬額の違いはなんとなく察しているらしい。
まあ、事実だ。俺には金貨50枚が入る。彼らは組織の人間として動いている以上、給料の範囲内だろう。
「わかった。成功したら、俺が奢ろう」
俺は、ガルドやセリアにも目をやって言った。
「マジか! 言ったな? 高い酒頼むぞ!」
「いいのか? すまんな」
「ありがとうございます。楽しみです」
場の空気が和む。
これから死地に赴く前の空気としては悪くない。
決してフラグを立てたわけではない。断じて。
「誰に言い訳してるの? コウくん」
知らん。ゲームの神様か、エンタメの神様だ。
昼を過ぎた頃、窓の外の景色が変わってきた。
緑の草原が徐々にまばらになり、荒涼とした荒地が広がり始める。
そして前方には、巨大な岩塊がそびえ立っていた。
ゴルム岩山。
灰色の岩が積み重なった、荒々しい山だ。
ゴツゴツとした起伏が複雑な影を作っている。登るルートが無いなんて事はなさそうだ。
木々は少ない。岩にしがみつくように、ねじれた植物が生えているだけだ。
「あれがゴルム岩山か」
俺は呟いた。
「ああ」
ガルドが答えた。
「昔から草木を寄せ付けない岩の山だ。隠れる場所が多いから、魔物の巣窟になりやすい」
俺は、ついでに岩山の情報を確認することにした。
討伐が終わったら、あの山に登る予定だからな。
「ガルド。事前に伝えていた通り、俺はこの討伐が終わったら別行動を取る」
「ああ、聞いている。用事があるんだったな」
「その用事のためにも確認しておきたいんだが、あそこに生えている木は『岩楠』なのか?」
俺が指差すと、ガルドは目を細めて岩山の中腹を見た。
「そうだろう。あんな場所に生える大きな木は岩楠くらいなものだ。岩の隙間に根を張る、硬い木だ」
よし、確認取れた。最悪こちら側の斜面には生えているという事だ。
「コウ。その事はグラウラーを討伐した後にまた考えろ。今はグラウラーの件だ。改めて確認するぞ」
ガルドが、真剣な声で注意喚起した。
「グラウラーは、成体がレンくらいのサイズの猿型の魔物だ。レンと同じように俊敏で、おまけに力が強い。素早く枝を伝って移動して、上から攻撃してくるぞ。
攻撃方法は主に二種類。長い爪で切り裂くか、石を投げつけてくる。石じゃなく泥団子のこともあるし、糞のこともあるぞ」
「げっ! そいつは当たりたくねえな」
「私もです。どうしたら……そうだ! コウさん、私にその汚いのが飛んできたら、ファングウルフの時の攻撃で叩き落としてください」
「え……?」
セリアのいきなりのお願いに、俺は固まってしまった。
ガルドに助けを求める視線を送る。
伝わったのかどうかわからないが、ガルドは、場の流れを無視して話を続けた。
「そして、何よりも厄介なのが、『土魔法』だ。
グラウラーは土を泥に変えたり、固めたりができる。お前たちの足元がいきなりズブズブになり、足が沈んだと思ったらそこで固められるんだ。そうなったら圧倒的に不利な状況になる。
いいか、足元が沈みそうだったら、どっちにでもいいから飛び退け。考える前に動けよ」
うわ、それはやっかいだ。そして結構致命的じゃないか? 背後から攻撃されても、振り向くことすらできないじゃないか。
「セリア、俺たちの周囲にやわらかくなった地面を見つけたら、回復魔法で元の土の状態に回復しろ。魔料石をケチるな。セリアとコウに10個ずつ支給しておく」
「わかりました」
「レン、コウ、地面が柔らかい場所を見つけたらすぐにセリアに伝えろ」
「「了解」」
「コウ、当てられそうならいつでも撃て。だが、俺達が射線にいない時だけだ。いいな」
「了解」
「コウとセリアは俺の傍にいろ。ヤツが接近してきたら俺が叩く。
レンは自由に動いていい。ヤツにターゲッティングされたら合流。ヤツがこっちをターゲッティングしたら死角に回り込んで攻撃だ」
夕方、空が茜色に染まる頃、俺たちはゴルマン村に到着した。
岩山の南麓、森に隣接する場所に存在する、小さな集落だ。
集落を囲むように岩の壁がある。加工していないそのままの岩で形作られたような壁だ。
石積みの家が三十軒ほど。
「……雰囲気が暗いな」
馬車を降りたレンが呟いた。
村の中は静まり返っている。
人の気配はあるが、表に出ている者は少ない。
家の窓は固く閉ざされ、カーテンの隙間からこちらを窺う視線を感じる。
「教会の旗を見て、安心するどころか警戒してるみたいですね」
セリアが悲しげに言う。
出迎えてくれたのは、村長だという初老の男だった。
やつれている。目の下に濃い隈があった。
「よくぞ……よくぞ来てくださいました」
村長の声は枯れていた。
「状況は?」
ガルドが単刀直入に尋ねる。
「酷いものです。昨日も、また一人が……」
「人が襲われたのか?」
「はい。自警団の若者でした。夜の見回り中に、悲鳴が聞こえて……駆けつけた時には、無惨な遺体だけが」
「続けろ」
「はい。遺体には肩や首に、上から爪で裂かれたような傷がありました。足元は泥で固められていて、動けなかったようです」
「情報通りだ。新たな被害はそれだけか?」
「家畜もやられました。地面がある場所なら、どこでも泥に変えられる可能性があります。村人は怖がって、家から出られません」
「安心しろ。俺たちが来たからには、もう手出しはさせん」
ガルドが力強く言ったが、村長の表情は晴れない。
震える手で、村のすぐ側にある森を指差した。
「奴は森の中に潜んでいます。お願いします。どうか、奴を殺してください」
俺たちは、村の中にある小さな教会の礼拝堂を借りて、そこで寝泊まりすることにした。
礼拝堂の長椅子を向かい合わせ、その上に寝袋を敷く。ただしガルドは幅があるので床に寝るしかない。
「明日、夜が明けたらすぐに出発する。だが、今夜も奴が来ないとは限らん」
ガルドは寝袋を敷きながら言った。
「見張りを立てるぞ。セリア、レン、俺、コウの順で交代だ」
俺の見張りまでは、まだ時間がある。しっかり寝ておこう。
俺は寝袋に入り、目を閉じた。
サティアが話しかけてくる。
「コウくん。今回の二つの依頼、どっちも成功をビジュアライゼーションしてないじゃない。ちゃんと依頼達成の瞬間をイメージしておきなさいよ」
はいはい。
えーと、依頼達成の瞬間というと、ヴェルナーから金貨50枚もらうとこだよな。
あれ、ギルドからもらうんだっけ。
依頼書にはなんて書いてあったかな?
……依頼書はどこにある?
えーと…確か……
「起きろ。見張り交代だ」
まだ暗いうちにガルドの声で起こされた。
ビジュアライゼーションの事は頭からすっかり消え去っていた。
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いよいよ第二章の山場グラウラー戦です。
お見逃し無く。
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