第40話 守り石の街道
街道をしばらく進んだところで、馬車は水場のある広場に停まった。
昼休憩だ。
御者が馬に水を飲ませている間、俺たちは馬車を降りて足を伸ばした。
「ふう……」
馬車の長距離移動は腰にくる。一応クッションはあるのだが、ほんとにただのクッションだ。低反発素材などではない。振動の力の軽減は1%以下だ。
俺は近くにあった石の突起に腰を下ろした。揺れないって素晴らしい。
高さは膝くらい。表面は滑らかに削られており、自然の岩ではない。人の手で加工されたものだ。街道の脇に、一定間隔で並んでいる。
「コウくん、何か感じない?」
サティアの声に、俺は意識を集中させた。
……確かに。
この石から、かすかな魔力のゆらぎを感じる。
教会の床で感じたのと同じ種類の無属性魔力だ。
俺は立ち上がり、街道を見渡した。
同じような石の突起が、道の片側に等間隔で並んでいる。ずっと先まで、途切れることなく。
「なあ、レン」
俺は斥候の男を呼び捨てにした。俺の常識からするとちょっと失礼なのだが、さきほど「隊長」から、「これは軍事行動なのだからお互い敬称無しで名前を呼び合え」と言われたのだ。ただガルドの事は「隊長」でも良いらしい。
干し肉をかじっていたレンが振り向いた。
「ん? なんだ、コウ」
「この石は何だ?」
「ああ、なんだ守り石を知らないのか?」
「守り石?」
「街道の傍で野営した時とか、魔物に襲われた時とか、自分がどっちに向かって進んでたかわかんなくなることがあるだろ?」
「あるのか?」
「あるんだよ、これが」
レンは干し肉を噛みちぎりながら続けた。
「パニックになると方向感覚なんてすぐ狂う。そういう時、ここまで右側に道標を見て歩いてたか、左側に見て歩いてたか思い出せば、自分が進んでた方向もわかるってわけだ」
なるほど。
単純だが、実用的な仕組みだ。
「この道標を右に見ながら進めば、中央教会のある首都に着く」
ガルドが補足した。
「逆に左に見ながら進めば、辺境へ向かうことになる。迷った時の基準だ」
「それだけではありませんよ」
セリアが穏やかな口調で付け加えた。
「この守り石には、事故を減らしたり、魔物を遠ざけたりするための魔法が組み込まれているのです。教会が保守管理しているものですから、壊したら駄目ですよ」
壊すつもりはないが……なるほど。
街道を守るためのミニ教会ってことか。
俺は改めて、ずっと先まで続く守り石の列を見た。
街道は舗装こそされていないが、この守り石は途切れることなく並んでいる。
どれだけの数があるのか。どれだけの労力がかかっているのか。
この世界における教会の力。
それは俺が思っていた以上に、社会の隅々まで浸透しているらしい。
「コウくん、教会の魔法陣がこの世界のインフラを支えてるのよ」
電力会社かよ。
独占企業で、しかも宗教。最悪の組み合わせだ。
「教会と戦うなとは言わないけど、タイミングは考えてね」
誰も戦うなんて思ってないだろ。けしかけるな。
俺は再び守り石に腰を下ろし、さりげなく左の掌を石の表面に押し当てた。誰にも気づかれないよう、呼吸に合わせて魔力を吸い上げる。
「あら、守り石からも盗んだのね。セリアちゃんに怒られるわよ」
だから盗みじゃないって言ってるだろ!
漏れてる分を回収して有効活用するんだ。
昼食を終え、馬車が再び動き出した。
俺は、気になっていたことをレンに尋ねてみることにした。
「ヴェルナーさんから聞いた話なんだが……本来ならこの討伐を担当するべきだった魔法使いが引退した理由とか、武具を整え直すために休職している剣士の事について、何か知らないか?」
レンは少し考えるような仕草をした。
「ああ、その話か。俺たちよりちょっと上のレベルの人たち……達人とか言われるレベル、冒険者で言えばA級の上澄みの人たちが、スランプになったり活動停止したりしてるって話だろ?」
「そうだ」
「まあ、みんなそこそこの年齢だし、ガタがきたんじゃねえかな」
レンはあっけらかんと言った。
「さっきの武具を整え直すって人については、イケリアの鍛冶屋の手入れじゃ納得いかないからって、他の街に鍛冶屋を探しに行ってるって聞いたぜ」
「ちょっと違うな」
ガルドが口を挟んだ。
「イケリアの鍛冶屋が特級武具の扱いをやめたのが原因だ。そのA級剣士の剣は特級だったから、他の街の鍛冶屋に手入れしてもらうしかない」
特級武具の扱いをやめた? なぜやめる? 引退した魔法使いと同じように、特別な技術が使えなくなったのか?
「その鍛冶屋の人も、スランプになったんですかね?」
俺の質問に、ガルドは首を横に振った。
「そこまでは知らん」
ガルドは窓の外に目を向けた。表情が引き締まる。
「それよりも、この先は魔物の襲撃情報があったところだ」
空気が変わった。
「レン。御者の隣で前方を警戒。セリアとコウは後ろに移動して、それぞれ左右を警戒だ」
「了解」
レンが素早く馬車の前方へ移動する。
俺とセリアは後部の幌を開け、外を見渡せる位置についた。
「コウさん、何か異変を感じたら、すぐに声を出してください」
「わかった」
俺は左側を、セリアは右側を監視する。
街道の両脇には森が迫ってきている。木々の間から何が飛び出してきてもおかしくない。
「コウくん、魔力の補給はいいの?」
ああ、昨日教会で補充した分がまだ残ってるし、さっきの守り石からも少し分けてもらった。
守り石は相変わらず、一定間隔で並んでいる。
魔物を遠ざける魔法が組み込まれているというが……A級の魔物にも効くのだろうか。
いや、効かないからこそ、討伐隊が必要なのか。
馬車は速度を落とさず、街道を進んでいく。
緊張感が、車内に満ちていた。




