第39話 遠征に出発
ギルドで教会の依頼を正式に受理し、グレートボアの分配金を受け取った。
銀貨8枚。
肉や牙などの素材にすることもできたが、明後日には街を出る。肉を味わう余裕は無い。それにこの分配金の金額からして、オーク肉ほど美味くは無いんだろう。
銀貨8枚を受け取りながら、ふと思った。
俺は金貨や銀貨など、今までにもらった全財産をいつも持ち歩いている。この街の治安は悪く無いとは思うが、宿に置いておくのは不安だからな。
しかしこれから魔物と戦いに行くには、ちょっと重くなってきた。銀行に預けたい。もしくは紙幣にしたい。
「あの、一つ聞きたいんですが」
今日の受付は、先輩の女性だ。信頼できる。
「はい、なんでしょう?」
「ギルドってお金を預かってくれたりしますか?」
「ええ。冒険者登録をされてる方なら、大丈夫です」
「良かった。ちょっと重くなってきたので預かってください」
俺は、今手持ちの全財産から、遠征の装備に使うだろう金額と、遠征用のお小遣いと今日、明日の宿泊費として金貨4枚をのぞいた、金貨15枚分をカウンターに乗せた。
「はい。お預かりします。預かり証を発行しますので、金額を確認してください」
受付の女性は、俺の出したお金を数え、預かり証に数字を記入した。
「この預かり証は、どこでも使えるんですか?」
だとしたら、便利だ。遠征や旅にはもってこいの仕組み。
「ええ。この通貨の使える地域の冒険者ギルドならどこでも使えます。そして冒険者なら「誰でも」使えます」
「誰でも?」
「ええ、もし誰かコウさん以外の冒険者が持ってきたとしても、ギルドは、この預かり証に書かれた金額を振り出します」
ああ、つまり盗まれても、自己責任ってわけだ。
逆に良く言えばギフトカードとしても使えるな。
冒険者相手にギフトカードを贈りたくなるとは思えないが。
「わかりました。気をつけます」
「はい。気をつけてください」
俺は預かり証を財布の奥にしまった。
翌日、俺はいつものワークマンへ向かう。
赤い上着と白いズボンの「普段着」で。
「おう、ピンクの兄ちゃん。今日は何だ?」
「おい。今日はピンクじゃないだろ」
「カハハハ。俺の目は誤魔化せねえ。そんな服着てても、お前さんがピンクの英雄だってことはわかってるんだ」
何言ってるんだ、コイツ。
「遠征用の装備を見繕ってくれ。数日間の野営になるかもしれない」
「野営か。…待ってろ」
親父が棚から引っ張り出してきたのは、コンパクトに畳まれた防水布と、軽量の寝袋だった。
「防水布は雨避けにも、地面に敷くにも使える。寝袋は熱魔法デバイス付きで体温を逃がさない」
「いくらだ?」
「合わせて銀貨8枚」
妥当な値段だ。即決で購入する。
「あと、保存食はあるか?」
「干し肉と乾パンならあるぜ。ケトルもいるだろ? 装備を入れるリュックも忘れるな」
結局、そのほかにも色々と買わされて、金貨2枚分の買い物になった。
遠征のお小遣いが金貨1枚ほどになった。
…軽くて良い。
まだ昼前だったが、これ以上お小遣いを減らしたくなかったので宿に戻った。
ルミナと主人の好意で簡単な昼食を出してもらった。パンとスープだ。
「コウさん、遠征、気をつけてくださいね?」
ルミナが少し心配そうだ。昨日、教会からの依頼についても話したからな。
「大丈夫だ。必殺技があるからな」
「でも相手はAランクの魔物なんでしょ?」
「教会は、俺の必殺技も、その魔物の事も分かった上で俺に依頼してきたんだよ。つまり俺なら倒せるって思ってるって事だ」
「そっか」
翌朝。
俺は教会の前に立っていた。
白い馬車が一台、停まっている。御者台には初老の男が座り、手綱を握っている。
「コウ、か」
声をかけてきたのは、鎧を纏った男だった。
がっしりとした体格に、短く刈り込んだ金髪。目つきは鋭いが、どこか生真面目な印象を受ける。
「俺はガルド。今回の討伐隊の隊長を務める。前衛だ」
「よろしくお願いします」
「君が『ピンクの英雄』か。噂は聞いている」
ピンクの英雄。
その呼称、いい加減やめてほしい。
「何も英雄的な事はしてません。子供達のおふざけですよ」
「謙遜か。だが、オークの群れを単独で殲滅したのは事実だろう」
「……まあ、そうですけど」
「期待している」
ガルドは短くそう言って、馬車に乗り込んだ。
次に現れたのは、ローブを纏った女性だった。
銀色の髪を後ろで束ね、穏やかな微笑みを浮かべている。だが、その目には厳しさが宿っていた。
「回復士のセリアです。よろしくお願いします、コウさん」
「よろしくお願いします」
「主の御加護がありますように」
祈りの言葉。
教会の人間らしい挨拶だ。俺は曖昧に頷いた。
「よう、ピンクの兄ちゃん!」
軽い口調で声をかけてきたのは、革鎧を着た若い男だ。
赤毛を無造作に跳ねさせ、人懐っこい笑みを浮かべている。教会の騎士というより、街のチンピラに見える。
「斥候のレンだ。よろしくな」
「……よろしくお願いします」
「いやー、噂のピンクの英雄と一緒に仕事できるなんて、ラッキーだぜ。なあ、あの必殺技ってどうやって撃つんだ? 魔法か? それともスキルか?」
「コウくん、この子、ぐいぐい来るわね」
確かに。
だが、嫌な感じはしない。裏表のない、素直な好奇心だ。
「魔法だ。詳しくは、実際に見ればわかる」
「おお、マジか! 楽しみだぜ!」
レンは嬉しそうに馬車に飛び乗った。
俺も続いて乗り込む。
馬車の中は四人がゆったり座れる広さだった。向かい合わせで、俺とレンが片側、ガルドとセリアがもう片側に座る。
「全員揃ったな」
ガルドが確認し、御者に合図を送った。
馬車がゆっくりと動き出す。
ガルドが地図を広げた。
「街から馬車で二日。拠点となるゴルマンはゴルム岩山の麓にある小さな村だ。グラウラーはその周辺に出没している」
「被害は?」
「家が一軒潰された。被害者は3人だ。家畜も数頭奪われた。放置すれば被害が広がる。その前に仕留める」
「グラウラーの数は?」
「一匹という話だ。だが、油断はできない。A級の魔物だ」
一匹か。
それなら、なんとかなるかもしれない。
「なあなあ、ピンクの兄ちゃん」
レンが身を乗り出してきた。
「その必殺技、どのくらい飛ぶんだ?」
「飛ばすだけなら、この街の端から端までくらいは飛ぶんじゃないかな。当たらなそうだけど」
レンにつられて俺も言葉遣いがくだける。
「すげえ! そんな飛ばせる奴、滅多にいねえぞ!」
ガルドとセリアは興味深そうにこちらを見ている。
「私も気になります」
セリアが口を開いた。
「コウさんの魔法は、どのような魔法なのですか?」
「衝撃波だ。物理的な力をぶつける」
「衝撃波……聞いたことがありませんね」
「珍しい系統だと思う」
俺はあまり詳しく説明すると、後でヴェルナーにつけ込まれる原因になると思い、適当に誤魔化した。
「今日の宿泊地の近くで、見せてくれ」
ガルドが言った。
「パーティーで戦う以上、お互いの特性は知っておかないといけない」
確かにそれはそうだ。
少なくとも、この連中とは一蓮托生になる。
俺は、ちょっとワクワクした。
これがパーティーか!
一時的なものだろうけど、日本でチームスポーツなどの経験もない俺にとっては新しい経験だった。
じゃあ色々披露しちゃおうかな。
教会支給の魔料石もあるし。
「…………」
サティアが何か言いたそうな沈黙を脳内に送ってくる。
…器用だな。なんだよ。
「ううん、いいの。それがコウくんだものね」
余計に気になるわ!
「いいのいいの。せっかくの遠足だし楽しくいきましょ!」
遠足じゃない。遠征だ。
馬車は街の門を抜け、街道を東へ進み始めた。
幌の後ろに、イケリアの街並みが遠ざかっていく。
「コウくん」
サティアの声。
「この遠征、楽しんで。彼らになんでも質問すればいいわ」
「なんでも?」
「コウくんが気になっている事について、まずは情報が必要でしょ。」
一流の人間たちが「特別なこと」をできなくなっているように見える。それは事実なのか? 他にどんなことが起きているのか?
俺が気になっていることってそう言うことだよな。
馬車はガタゴトと揺れながら、東へと向かっていく。




