第38話 二つの指名依頼
「コウさん」
宿屋の主人が俺の前に座った。
改めて向かい合うと、がっしりとした体格に、日に焼けた肌。料理人というより、元冒険者と言われた方がしっくりくる風貌だ。
「まだ、名乗ってなかったね。ザケルだ」
「はい」
わざわざ名乗りから始めるとは、真剣な話なんだろう。
「頼みがあるんだが、聞いてもらえるかい」
「まずは聞かせてください」
「実は、私の料理の師匠が……最近、調子が悪いんだ」
「体調ですか?」
「いや、腕だ。昔は街一番と言われた料理人だったんだけど、最近はどうも味が決まらないらしい。本人も悩んでいて、引退を考えているそうだ」
ザケルの表情が曇る。師匠への敬意が滲み出ている。
「それで、俺に何を?」
「岩楠瘤という素材を知っているかい?」
聞いたことがない。首を横に振る。
「東の山岳地帯にしか生えない、岩楠という珍しい木があるんだ。岩の隙間に根を張って育つ。その根にできる瘤が、岩楠瘤だ。昔、師匠がこれを使った料理を食わせてくれたことがあってな……あの味が忘れられない」
「それを採ってきてほしい、と」
「ああ。師匠にもう一度、あの料理を作らせてやりたいんだ。あの味を思い出せば、きっと……」
ザケルの目に、切実な光が宿っている。
「採集は難しいのか?」
「岩の隙間に根を張っているから、瘤を見つけるには岩を取り除くしかない。場所も限られている。東の山岳地帯、ゴルム岩山の中腹あたりだ」
「ゴルム岩山?」
「ここから2日ほどで、村に着く。確かゴルマンという村だ」
「報酬は?」
「金は出せないが……成功したら、一ヶ月分の宿代と食事代をタダにするよ」
一ヶ月分。
銀貨3枚×30日で、銀貨90枚。金貨換算で9枚相当。
悪くない。というか、かなり良い条件だ。
「わかりました。受けましょう」
「よかった! ありがとう、コウさん!」
主人が頭を下げる。
「ただ、すぐには出発できません。準備が必要ですし、他の依頼との兼ね合いもあります」
「ああ、もちろんだ。急かすつもりはないよ。ただ……できれば、一ヶ月以内に頼みたい」
「わかりました」
遠征となると、それなりの準備が必要だ。食料、水、野営道具……いや、その前にギルドで情報を集めた方がいい。ゴルム岩山周辺の魔物の分布や、地形の詳細を確認しておくべきだろう。
それに、そういえば。
グレートボアの回収分の報酬をまだ受け取っていなかった。
「コウくん、お金のことちゃんと覚えてるのね。感心感心」
うるさい。金の管理は生存に直結する。当然のことだ。
ギルドに到着すると、いつもの受付嬢が顔を輝かせた。
「コウさん! ちょうどよかったです!」
「グレートボアの回収分を受け取りに来たんだが」
「はい、それもあるんですけど……実は、コウさん宛に指名依頼が入っているんです」
指名依頼?
俺はまだEランクの新人だ。指名されるような実績は……いや、あるのか。オークの群れ殲滅とか、グレートボア単独討伐とか。
「誰からだ?」
「聖奇跡教会のヴェルナー様からです」
ああ、そういえば言ってたな。
「内容は?」
「詳細は教会で直接聞いてほしいとのことです。ただ、報酬はかなり高額らしいですよ」
高額。
その言葉に、俺の中の合理的な部分が反応する。だが同時に、警戒心も跳ね上がる。
「……わかった。とりあえず話を聞いてくる」
素材の分配については後回しにして、教会に向かった。
教会の白い尖塔が、青空を背景にそびえている。
教会の応接室で、ヴェルナーと向かい合った。
相変わらず穏やかな笑みを浮かべているが、その目は鋭い。
「来てくれてありがとう、コウ殿。早速だが、本題に入ろう」
「お願いします」
「君に、討伐隊に参加してほしい」
討伐隊。
嫌な予感が確信に変わる。
「対象は?」
「グラウラーだ」
聞いたことのない名前だ。
「A級の魔物でね。猿に似た姿をしている。力が強く、動きが素早い。木にも登れる。そして厄介なことに、土魔法を使う」
「土魔法?」
「地面を泥のように変える魔法だ。足を取られれば、戦いが圧倒的に不利になる」
なるほど。機動力を封じてから仕留める戦法か。厄介だ。
「なぜ俺に?」
「君の『必殺技』は遠距離攻撃だろう? 威力も十分だ。昨日はグレートボアを一撃で仕留めたそうじゃないか」
ヴェルナーは、自分の眉間を指さして言った。
相変わらず、情報が早い。
「遠距離なら泥に足を取られる心配がない。それに、君には『異常を見つける目』がある。グラウラーは狡猾だ。罠を仕掛けることもある。君の目は、きっと役に立つ」
買いかぶりだと思うが、ヴェルナーは俺を「見守り」ながら、力量を測っていたのだろう。
否定する材料もない。
「報酬は?」
「参加するだけで金貨5枚。成功報酬として金貨50枚」
金貨50枚。
破格だ。俺の全財産を軽く超える。
「他のメンバーは?」
「騎士団から前衛を一人、斥候を一人。それに回復士が一人。君を入れて四人だ。御者付きの馬車を用意する。食事と宿は教会が負担する。それに君用の物資として、中サイズの無属性魔料石を10個ほど準備しておこう」
至れり尽くせりだ。
だからこそ、怪しい。
「なぜ教会が? 冒険者ギルドに任せればいいのでは?」
ヴェルナーの表情が、一瞬だけ曇った。
「……ギルドには、対応できる人材がいないのだよ」
「A級の魔物なら、A級の冒険者がいるだろう」
「いた。だが、最近は……」
ヴェルナーは言葉を選ぶように、一度口を閉じた。
「ベテランの冒険者たちが、相次いで活動を停止している。理由は様々だが……腕が落ちたと言って引退した魔法使い。劣化した装備を揃え直すための旅に出た剣士。今、この周辺のギルドで動ける人材はいないのだよ」
腕が落ちた?
ベテランが?
「コウくん、何か気づいた?」
サティアが脳内で尋ねる。
気づいた、というほどではない。だが、妙な符合を感じる。
一流の料理人が味を決められなくなった。
ベテランの魔法使いが腕を落とした。
まるで、「特別なこと」ができなくなっているかのような……。
「どうした、コウ殿?」
「いえ、何でも」
俺は思考を切り替えた。今は情報が足りない。憶測で動くのは危険だ。
「場所はどこなんですか?」
「ここから東に2日ほどのところにある、ゴルマンという村が襲われた。その近くの森に潜んでいると思われる」
「コウくん、引き寄せてるわね」
サティアが嬉しそうに言うが、さすがにこれは「引き寄せ」じゃないだろ。俺は何も望んでいない。
「一つ、条件があります」
「言ってみたまえ」
「帰りは別行動にさせてください。寄りたい場所があるんです」
「ほう? どこにだね?」
「ゴルム岩山です」
ヴェルナーが目を細めた。
「奇遇だな。グラウラーが出没しているのは、ゴルム岩山の麓の村だよ」
「ええ。ついでに片付けたい依頼があります」
「承諾しよう」
ヴェルナーが頷いた。
「討伐完了後、君は自由に行動していい。馬車は使うから、帰りは徒歩になるがね」
「ありがとうございます」
「出発は明後日の朝だ。準備を整えておいてくれ」
俺は立ち上がり、一礼した。
教会に来たついでに聖堂で無属性魔力を補給しておく。
体内に溜めても、欲求不満にならない程度だ。
それでも少しずつ耐性ができてきている気がする。
教会を出ると、陽は傾き始めていた。
金貨50枚。一ヶ月の宿泊無料。
どちらも魅力的だ。
だが、それ以上に気になることがある。
一流の人間たちが、なぜ「特別なこと」をできなくなっているのか。
この世界で、何かが起きている。
「サティア」
「なあに?」
「何か知ってるんじゃないか?」
「知ってるわよ」
あっさりと肯定した。
「何が起こっている?」
「……それは……」
「それは?」
「ひ・み・つ。ふふっ」
イラッとした。
「ふふっじゃねえ! なんで秘密なんだよ」
「それはコウくんが自分で情報を集めて、自分で判断して欲しいからよ。「論理的」にね」
打って変わって真剣な口調で、サティアは言った。
……そうか。そういう類のやつか。つまりそれは何か大事な基礎って事だな。人から教えてもらっても後で役に立たないやつ。
「そう。さすがコウくん。冴えてる〜」
サティアの口調がいつものふざけた調子に戻った。
全く。
俺は溜息をついて、ギルドへ向かった。




