第33話 殲滅の報酬
森を抜け、街道を歩きながら、俺はさっきの戦闘を振り返っていた。
気になることがある。
オークを撃った時、右手に残った感触だ。
最初の一撃。眉間を撃ち抜いた瞬間、…卵を潰したような…感触。
二発目、胸を撃った時は、また違う感触。…トマトをつぶしたような感触。
衝撃波は俺の掌から離れた後も、俺に感覚を伝えているのか?
「サティア、質問がある」
「なあに?」
「衝撃波を撃った時、手に感触が残った。掌から離れた後なのに。これは普通のことか?」
「ああ、それね。魔法って、発動した後も術者と繋がってることがあるのよ。離れたところから自分の魔法を動かせる人もいるし」
「遠隔操作ができるってことか?」
「上手い人はね。火の玉を曲げたり、水の刃を追尾させたり」
なるほど。
つまり、魔法は発動後も術者との「接続」を維持している。その接続を通じて、感覚がフィードバックされる。
「俺の衝撃波も、理論上は軌道を曲げられる?」
「どうかしら。コウくんの衝撃波、すごく速いから。曲げる前に着弾しちゃうんじゃない?」
確かに。超音速の弾丸を、飛んでる途中で曲げるのは現実的じゃない。
だが、感覚のフィードバックがあるなら、それを利用する方法はあるかもしれない。
今後の課題だな。
イケリアの街に戻り、俺はギルドへ向かった。
カウンターに袋を置く。中身はオークの耳、18個。
「お疲れ様です。討伐の報告をお願いします」
受付の女性が袋の中を確認し、目を丸くした。
「18……18個? お一人で?」
「はい」
「こ、これは……オークボスの耳ですか?」
ひときわ大きな耳を摘み上げて、職員が震える声で言う。
「そうです」
「単独でオークボスを……」
職員の声が裏返った。
周囲の冒険者たちが、何事かとこちらを見ている。
「報酬の計算をお願いできますか」
「は、はい! ええと、オーク17体で銀貨136枚、オークボスは金貨2枚換算ですので……合計で金貨15枚と銀貨6枚になります」
悪くない。というか、かなりの稼ぎだ。
「あの、コウさん。オークの死体なんですが、肉の回収はされましたか?」
「いえ、持って帰ってません」
「でしたら、ギルドから収穫隊を派遣して——」
「やめた方がいいと思います」
俺は職員の言葉を遮った。
「ほとんどの死体はグチャグチャです。体内に石が無数にめり込んでます。食用には向きません」
「石、ですか?」
「河原で戦ったので。……綺麗な状態の死体は5体だけです。森の中で倒した分ですね」
職員は少し考えてから、頷いた。
「わかりました。とりあえず確認のために派遣だけはさせていただきますね。5体でも回収できれば十分ですから。回収できたら連絡しますね。」
「お任せします」
報酬を受け取り、カウンターを離れる。
「おい、聞いたか」
「オークボスだってよ」
「単独で? 嘘だろ」
「いや、あいつ必殺技持ってるって……」
「ハッ! ってやつか」
「河原で石を使ったらしいぞ」
「石? どういうことだ?」
背後から囁き声が聞こえる。
……もう慣れた。
ギルドを出て、俺は職人街へ向かった。
目的地は「ワークマン」。ピンクの作業着を買った店だ。
服が血と泥で汚れている。着替えが必要だ。
それと、ポーションの補充も。
店に入ると、親父が顔を上げた。
「おう、来たな。ピンクの英雄様」
「その呼び方はやめてくれ」
「はは、照れんなよ。噂は聞いてるぜ。オークを何匹やったって?」
「……18」
「18! そりゃ大したもんだ。うちの服が役に立ったようで何よりだ」
親父が愉快そうに笑う。
しかし、噂が伝わるのが早い。ついさっきギルドに報告したところだぞ。
SNSでもあるのか? そして「ピンクの英雄の噂」発信アカウントでもあるのか?
俺は話題を変えることにした。
「ポーションをくれ。今使う分1本と、予備を2本」
「あいよ」
親父が棚からポーションを取り出す。緑色の液体が入った小瓶。
「それと、着替えが欲しい」
「着替え? もう一着ピンクか?」
「いや、この服を洗濯する間に着る服だ。何でもいい」
「なんだ、ピンクじゃなくていいのか。てっきりこだわりがあるもんだと思ってたぜ」
「機能性で選んだだけだ。色は関係ない」
「ふーん。まあ、ピンクは今は在庫がねえんだよな……」
親父が奥の棚を漁り、服を持ってきた。
赤いシャツと、白いズボン。
「これでどうだ。合わせりゃピンクみたいなもんだろ」
「…………」
赤と白でピンク。
その理屈はおかしい。混ぜたらピンクになるかもしれないが、並べてもピンクにはならない。
「だから、色にはこだわってない」
「へいへい。まあ、これも丈夫な生地だぜ。作業着としちゃ上等だ。英雄様の普段着にゃ申し分ねえだろ」
「英雄じゃない」
「はいはい」
親父は全く聞いていない。
俺は赤いシャツと白いズボンを受け取り、代金を払った。
「ポーション3本と服で、金貨1枚だ。毎度あり」
「ああ」
店を出る。
「コウくん、赤と白……なんだかおめでたい感じね」
「紅白か。確かに」
「お祝いの色よ。今日の勝利を祝ってるみたい」
「……そういうことにしておく」
宿「安らぎの灯火亭」に戻ると、ルミナが出迎えてくれた。
「あ、コウさん! お帰りなさい! ……その服、血がついてますけど、大丈夫ですか?」
「俺の血じゃない。洗濯を頼みたいんだが」
「もちろんです! お預かりしますね」
「部屋で着替えてくる」
俺は部屋に上がり、血まみれのピンクの作業着を脱いだ。
赤いシャツと白いズボンに着替える。
鏡を見る。
……なんだか、祭りの出店で働く兄ちゃんみたいだ。
「似合ってるわよ、コウくん」
「お世辞はいい」
作業着を持って階下に降りる。
ルミナに渡そうとすると、彼女が目を輝かせた。
「わあ、その服も素敵ですね! 赤と白で、なんだか特別な感じがします」
「ただの着替えだ」
「やっぱり英雄は、普段着でもオーラが違うんですね……」
「英雄じゃない。普通の冒険者だ」
「謙虚なところも素敵です!」
……話が通じない。
俺は洗濯代をルミナに渡した。
「これで頼む」
「あ、洗濯代なんていいですよ」
「いや、今日は稼いだ。ちゃんと払う」
「稼いだんですか? やっぱり何か討伐を?」
ルミナの目がキラキラと輝く。
「……オークを少し」
「すごい! 何匹ですか?」
「…………18」
「じゅうはち!?」
ルミナの声が裏返った。
「それと、オークボスも」
「オークボスまで!? 一人でですか!?」
「まあ、成り行きで」
「成り行きでオークボスを……さすがです! コウさん」
ルミナは感嘆のため息をつきながら、作業着を受け取った。
「今から夕食の準備をしますので、洗濯物は明日のお昼にお返ししますね」
「わかった」
「夕食まで少し時間がありますけど、スープでもいかがですか?」
スープ。
あの絶品スープ。
「……もらう」
俺は食堂の椅子に座り、運ばれてきたスープを口にした。
熱い。
野菜の甘みと、出汁の旨味が口の中に広がる。
疲れた体に、じんわりと染み渡っていく。
「…………」
美味い。
今日一日の緊張と疲労が、溶けていくようだ。
気づけば、俺はテーブルに突っ伏していた。
「コウさん、コウさん」
誰かに揺すられて、俺は目を覚ました。
「……ん」
「夕食の準備ができましたよ」
ルミナの声。
俺は顔を上げた。
テーブルの上には、湯気を立てる皿が並んでいる。
パン、サラダ、そして——
分厚い肉の塊。
焼き目がついて、肉汁が滴っている。
「今日はオーク肉のステーキなんです。市場でいいお肉が手に入ったって、お父さんが張り切っちゃって」
オーク肉。
俺が今日、殺した獣の肉。
「…………」
脳裏に、蜂の巣になったオークたちの姿がよみがえる。
全身に小石がめり込んだ死体。血の匂い。耳を削いだ時の感触。
胃の奥が、きゅっと縮まった。
「ルミナ」
「はい?」
「……今日は、肉は見たくない」
「え?」
ルミナが困惑した顔をする。
俺は視線を逸らし、パンに手を伸ばした。
「悪いが、今日はパンだけにする」
「あ……はい、わかりました」
ルミナが肉の皿を下げてくれた。
俺はパンを齧り、サラダを口に運ぶ。
オークを18匹倒して、金貨15枚以上稼いだ。
なのに、夕食はパンとサラダだけ。
「せっかく頑張ったのにね、コウくん」
サティアが、どこか可笑しそうに言う。
「……うるさい」
「明日になれば食べられるわよ。そういうものだから」
そういうものか。
俺はパンを噛み締めながら、明日の自分に期待することにした。




