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第32話 オークの狩り

南の森へ続く道を歩きながら、俺は自分の心拍数が上がっているのを感じていた。


初めての討伐依頼。

演習場の的を撃ち抜くのと、生きた獲物を仕留めるのとでは、わけが違う。


「緊張してる?」


サティアが脳内で囁く。


「緊張じゃない。アドレナリンの分泌だ」


「それを緊張って言うのよ」


……否定できない。


森に入ると、木々の隙間から差し込む光が点々と地面を照らしていた。

空気が湿っている。土と腐葉土の匂い。

俺は足音を殺しながら、目撃情報があった区域へと進んだ。


「何だかゾワゾワするわよ。気をつけて…」


そいつは、思ったより早く現れた。


木の陰から、ずんぐりとした影が姿を見せる。

身長は俺より頭一つ高い。緑がかった肌、豚のような鼻、手には錆びた斧。

オーク。


目が合った。


オークが口を開き、威嚇の声を上げようとする。


遅い。


俺はオークの眉間に向かって右手を突き出した。


「ハッ!」


バン!


短い音が響く。

衝撃波はオークの眉間を撃ち抜き、後頭部から抜け、背後の木の幹に穴を開けた。

右手に嫌な感触が残った。


オークは声を上げることなく、糸が切れたように崩れ落ちる。


「……一撃か」


頭蓋骨を貫通。即死。

演習場の木の的より、はるかに脆い。


小粒、残り8個。


「すごいわ、コウくん! でもゾワゾワが大きく…」


サティアの声が途切れた。


左右の藪が、同時に揺れた。


「グオオオオオオッ!!」


「ブルァァァァッ!!」


森中に、オークの雄叫びが響き渡る。

左から3匹。右から4匹。さらに後方からも足音。


「多すぎる……!」


俺はオークの気配が無い前方へ駆け出した。

左手で次の小粒を充填する。


「ハッ!」


振り返りざまに撃った一発が、追いすがるオークの胸を撃ち抜く。

心臓の位置だ。オークは血を吹き出しながら倒れる。

さっきとはまた違う感触を右手に感じる。


小粒、残り7個。


だが、敵の数が多い。弾数は足りるか?


俺は走った。

木々の間を縫い、根を飛び越え、全力で逃げる。

オークが近づく気配を感じれば振り向いて撃ち、次の弾を充填する。


「コウくん! まっすぐ逃げれば開けた場所に出るわ!」


サティアが叫ぶ。


開けた場所。視界が確保できれば狙いやすい。

だが——


「……いや、おかしい」


走りながら、俺は違和感に気づいた。


オークたちは全力で襲ってこない。

一定の距離を保ちながら、大声で威嚇している。

まるで「あちらへ行け」と言っているようだ。


俺の脳内で、最悪のシミュレーションが走り始める。


このまま開けた場所に行って待っているのは何だ? 俺がオークの指揮官なら、足場の悪い森で逃げ回る獲物をどうする?


!…開けた場所には最大戦力が待っている。


つまりこれは追い込み猟だ。


「コウくん? どうしたの?」


「獲物にはならない!」


俺は直進ルートを捨て、90度右に折れた。

川の音が聞こえる。そちらへ向かう。


新たな進路を塞ごうと右側を追ってきていたオークが突出してきた。


正面で斧を構えるのを待って…


「はっ!」

心臓を貫く。


残り小粒3、中粒1。

俺は走り続けた。枝が頬を切る。構わない。


視界が開けた。


大小の石が転がる、広い河原。

背後は川。前方は森のライン。


計算通り、待ち伏せは回避した——はずだった。


森の縁から、追い立て役のオークたちが次々と姿を現す。

そして…


俺が「回避したはずの方向」から、凄まじい足音が響いた。


木々がなぎ倒される。

地響きのような振動。


森から飛び出してきたのは、通常のオークの倍はあろうかという巨体だった。


身長3メートル超。筋肉の塊のような体躯。手には丸太のような棍棒。

オークボス。


「……対応が早いな」


ボスは俺が進路を変えたことに気づき、合流したのだ。

知能が高い。厄介だ。


気づけば、俺は完全に包囲されていた。

背後は川。前方の森のライン上に、ボスを中心としたオークの群れがズラリと並んでいる。


「コウくん……!」


サティアの声が震えている。


俺は冷静に状況を確認した。


小粒:残り3個。

中粒:1個。

敵の数:10匹以上+ボス。


足りない。


小粒の1発でボスの眉間を狙うか?

ボスが倒れれば、子分たちは諦めるかもしれない。


だが、外したら終わりだ。次の弾を撃つ余裕は無い。

だったら中粒でボスを仕留める。

それで子分が怖気付いた隙に逃げる。


「もうダメ! 泳いで逃げましょう!」


サティアが叫ぶ。


俺は足元を見た。

河原。無数の砂利と小石が転がっている。


そして、手の中にある中粒の魔料石。

小粒の数倍はあるだろう、過剰なエネルギー。


「……いや、条件は整った」


「え?」


俺は後退をやめた。

ボスたちに向き合い、中粒の魔力を吸い上げた。

小粒とは比べ物にならない魔力が、体内を圧迫する。

放出したい欲求が込み上げてくる。


オークたちが雄叫びを上げ、一斉に突進してくる。

距離20メートル。15メートル。10メートル。


俺はしゃがみ込んだ。右手を前方の地面に向かって突き出す。

指向性地雷——クレイモア。

それを、この河原で再現する。


「ハァッ!!」


ドォンッ!!!


圧縮された空気の塊が、地面に叩きつけられた。


衝撃波が数千の小石を吹き飛ばす。

超音速の散弾となって、扇状に噴出される。


文字通りの「石つぶて」の壁が、突進してくるオークの群れを襲った。



小石が、オークの肉を穿つ音、木々を抉る音、河原の石を弾く音、それらが混じった轟音が消え、砂煙が晴れていく。


森の縁の木々が、まるで巨大なヤスリで削られたように抉れていた。数本の木は幹の途中からへし折れ、その断面には無数の石がめり込んでいる


オークたちは——蜂の巣だ。

全身に小石がめり込み、原型を留めていない者もいる。


ボスも、その巨体を地面に横たえていた。

分厚い皮膚が、無数の穴だらけになっている。絶命。


「…………」


俺は立ち上がり、惨状を見渡した。


「コウくん……すごい……」


サティアの声が、どこか遠くから聞こえる。


すごくない。

物理的に当然の結果だ。

運動エネルギーを持った物体が、柔らかい標的に衝突すれば、こうなる。


……吐きそうだ。


俺は胃の中身をこらえながら、オークの死体に近づいた。

討伐証明には、右耳が必要だ。


ナイフを取り出し、一体ずつ耳を削いでいく。

手が震える。血の匂いが鼻につく。


1匹、2匹、3匹……。


全部で12匹。ボスを含めて。

そのままの勢いで来た道を引き返す。


途中で倒したオークの耳も削いでいく。


最初の遭遇地点まで戻り、最後のオークの耳を採取した。


「…………」


森の出口で俺は立ち止まった。

息を吐く。

ずっと小さく息をしていた。

思いっきり息を吸う。


もう血の匂いはしなかった。


「オエ」


安心した途端、吐き気が込み上げてきた。

手近な木に手をついて、胃の中のものを吐き出した。


魔力の放出とは違って、爽快感は無い。


「コウくん。今日はカッコよかったわよ。冒険者って感じ」

サティアがのんきな様子で話してくる。


今はカッコ悪いけどな。プロの冒険者なら狩の後で吐いたりはしないだろう。


「そのうち慣れるわ。そういうものだから」



消費した弾数は、小粒6個と中粒1個。

得た耳は18個。


リターンとコストを計算しよう。


オークの耳は1つ銀貨8枚。18個で銀貨144枚。つまり金貨14枚と銀貨4枚。

お守りの価格は、飾り用が銀貨5枚、携帯用が銅貨5枚。つまりコストは、銀貨8枚。


差し引き、金貨13枚と銀貨6枚の利益。


「……悪くない」


悪くないどころか、かなりの稼ぎだ。

だが、二度とやりたくない。


そしてしばらくは肉を食いたくない。


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