第31話 パラメーターチェック
ギルドに入ると、例によって視線が集まった。
だが、もう慣れた。俺は視線を無視してカウンターへ向かう。
「お疲れ様です。昨日の依頼の報告に来ました」
受付の職員——昨日も対応してくれた女性——が、書類を確認しながら頷いた。
「コウさん、昨日の件、依頼主から話を聞きました。原因の特定だけでなく、応急処置まで行っていただいて……あの集合住宅、実は前から苦情が来てたんです。でも誰も原因を特定できなくて」
「たまたま俺の得意分野だっただけです」
「こちら依頼の報酬の銀貨8枚です。それと……」
職員はカウンターに銀貨を並べ、その横に新しい冒険者登録証を取り出した。
「これまでの実績を踏まえて、ランク昇格の審査が通りました。本日付けでEランクです。おめでとうございます」
Eランク。
Fランクはお試し、Eランクは初心者。ようやくスタートラインに立ったということか。
「ありがとうございます」
「Eランクになると、ゴブリンやオークの討伐依頼も受けられるようになります」
俺は銀貨と新しい登録証をポケットにしまい、今までの登録証を返却した。
「おい、あのピンク、もうEランクだってよ」
背後から声が聞こえる。
「まだ2日だろ? 早すぎねえか?」
「橋を壊した疫病神が、今度は集合住宅で暴れたって聞いたぞ」
「いや、あいつ必殺技持ってるらしいぜ。雲に穴開けたとか」
「必殺技? あのポーズか?」
「ハッ! ってやつ」
……なぜそこまで広まっている。
サティアが脳内で笑いをこらえている気配がする。笑うな。
さあ、討伐依頼。といきたいところだがやるべきことがある。
俺は、ギルドの演習場へと向かった。
演習場には、数人の冒険者がいた。
剣を振る者、弓の練習をする者。魔法使いらしき人影もいる。
「舞え! 爆炎よ!」
赤い魔石のついた杖を持った男がそう叫ぶと、火の玉がふわふわと飛んでいく。軌跡に残した小さな火の玉が上下に揺れている。まるで踊っているようだ。
そして的に火の玉が当たると引火して燃え始める。
派手な着火魔法だ。
「ぷふっ」
サティアが吹き出した。何が面白かったんだろう。
小さな火の玉のダンスが気に入ったのかもしれない。
俺は空いている的の前に立った。
「コウくん、いよいよ実践テストね」
サティアの声が脳内に響く。
「ああ、パラメータの確認だ」
実際に衝撃波を撃ったのは、あの屋上の一回だけだ。
あの時は、身体いっぱいに溜まった無属性魔力を全部吐き出すような形だった。雲に穴が開くほどの出力。
あんなに無属性の魔力が溜まることはめったにないだろうし、溜まったとしてもあんな威力が必要なことなど無い。…と思うがドラゴンとかいるのかな?
「いるわよ。戦いたいの? めちゃくちゃ強いわよ」
いや、今はいい。
俺はポケットから小粒の石を一つ取り出した。
直径5ミリほどの、白い結晶。教会のお守りから回収した、無属性の魔料石だ。
的までの距離は約10メートル。
木製の円形ターゲットが、支柱に固定されている。
俺は左手で魔料石を握り、意識を集中させた。
魔力を吸い上げる。
……来た。
腕の内側を、モヤッとしたものが流れていく感覚。小粒とはいえ、体内に溜まると圧迫感がある。
問題は出力の制御だ。
これは感覚的にわかるのだが、俺はまだ、体内の魔力を小刻みに放出することができない。排尿を途中で止めるのが難しいのと同じだ。
吸収した分を、一気に吐き出すことしかできないのだ。
つまり、小粒の魔料石1個分のエネルギーが、そのまま一発の威力になる。
なら、やるべきことは一つ。
拡散させず、一点に収束させる。
「面」ではなく「点」で撃つ。レーザーポインターのように、エネルギーを細く絞り込む。
俺は脳内で「衝撃波」の塊をイメージした。
直径は指の太さほど。全てのパワーを圧縮して、塊のまま飛ばす。
右手の甲が熱を持つ。毛細血管が描く魔法陣が、魔力の流れを制御している——はずだ。
狙いは的の中心。ど真ん中。
「ハッ!」
パァンッ!
乾いた破裂音が響いた。
的の中心に、直径3センチほどの穴が開いている。
木の板を貫通し、向こう側が見えていた。
「……少し広がったか」
しかし威力としては十分だ。的の木板は厚さ2センチほどだが、それを綺麗に撃ち抜いている。
グレートボアの脳天に穴を開けられる気がする。
「すごいわ、コウくん! 一発で真ん中!」
狙った場所に当たっただけだ。
左手の魔料石を確認する。
さっきまで輝いていた結晶が、完全に透明になっていた。魔力が空になっている。
小粒1個で1発。
残りの小粒が9個、中粒が1個。
中粒は小粒の何発分に相当するか分からないが、今の俺は一撃でしか撃てないことを考えると過剰な威力だろう。
「ねえコウくん」
なんだ。
「さっきから周りの人たちが見てるわよ」
言われて振り返ると、演習場にいた冒険者たちが、手を止めてこちらを凝視していた。
「……何か問題でも?」
「いや、あの、すげえなと思って」
剣を持った男が、引きつった笑顔で言った。
「魔石デバイスなしで、あの威力……何の魔法だ?」
「魔法じゃない。物理現象だ」
「は?」
「掌の先で高エネルギー粒子を加速させて、指向性を持たせて放出しているだけだ」
男の顔が、完全に固まった。
「……何言ってるかわかんねえ」
「要するに、必殺技だ」
俺はめんどくさくなって、通りが良さそうな単語を出した。
「必殺技!」
男が膝を打った。
そして、何かを納得したような顔で頷いている。
……みんな必殺技が好きなんだな…
「これで噂だけだった必殺技の証明ができたわね」
サティアがワクワクした声で言う。
別にそんな証明がしたかったわけじゃない。
しかし冒険者たるもの強さの評判は必要だ。と、何かで読んだことがある。
俺は空になった魔料石を、他の魔料石とは別のポケットにしまい、演習場を後にした。
威力は確認できた。
これで討伐依頼を受注できる。
依頼板の前に立ち、討伐依頼を探す。
前回は「リスクが高い」と却下した。だが、今は違う。俺には「衝撃波」がある。せっかく手に入れた魔法だ。使わなければ宝の持ち腐れだ。
《ゴブリン討伐……報酬は右耳1つにつき銀貨1枚》
弾数を考えると効率が悪いな。
《オーク討伐……右耳1つにつき銀貨8枚》
悪くない。
だが、俺の目は依頼板の上の方——Dランク対象の依頼に吸い寄せられた。
《グレートボア討伐……報酬は右耳1つにつき金貨1枚と銀貨5枚》
グレートボア。転生初日に遭遇し、地形を利用して倒した相手だ。あの時は必死だったが、今なら衝撃波がある。正面から戦える。
俺は依頼書を剥がし、受付へ持っていった。
「あの、コウさん。これはDランク対象の依頼です」
職員が困った顔をする。
「Eランクでも受けられるんじゃないですか?」
「制度上は可能ですが……グレートボアは体長3メートル超、突進力は馬車を跳ね飛ばすほどです。Eランク単独での討伐成功例はほとんどありません」
「俺は一度倒したことがあります」
「え?」
「この街に来る前に。地形を利用して、ですが」
職員は驚いた顔をしたが、すぐに真剣な表情になった。
「それでも、お勧めはできません。その時は運が良かっただけかもしれませんし、今回は森の中での遭遇になります。地形を選べるとは限りません」
「…………」
俺は考えた。
確かに、あの時は崖と岩という地形があったからこそ勝てた。森の中で正面からぶつかった場合、衝撃波一発で仕留められるか?
「まずはオークで実戦経験を積んでから、改めてご検討ください。オークでも、Eランクには十分な相手ですよ」
職員の言葉は正論だった。
「……わかりました。オークにします」
俺はグレートボアの依頼書を戻し、オーク討伐の依頼書を受付に差し出した。
「オーク討伐、受注しました。場所は南の森、目撃情報があった区域を記した地図をお渡しします。お気をつけて」




