第30話 吸って、吐いて
ヴェルナーの執務室を出た俺は、案内の神官に向かって切迫した声を出した。
「すまない、トイレはどこだ」
「は? あ、ええと、この廊下を右に……」
「ありがとう!」
俺は神官の説明を最後まで聞かず、廊下を駆け出した。
体内の圧力が限界に達している。このままでは、神聖な教会の廊下で「粗相」をしてしまう。
トイレを見つけ、飛び込んだ。
よかった、窓がある!
俺は窓を開け、空に向かって右手を突き出した。
「ハッ!」
雲一つない青空に衝撃波が放たれた。
窓の外の空気が一瞬だけ歪み、そして静寂が戻る。
「はぁ……」
体内の圧力が抜けていく。この解放感。まさに排泄後の爽快感だ。
「コウくん……教会のトイレでそれやる?」
サティアが呆れた声を出す。
「生理現象だ。文句があるなら神に言え」
知るか。俺は悪くない。この教会の設計が悪いんだ。こんなに無属性魔力を充満させておいて、トイレに窓をつけるとは、…ある意味で良心的な設計だ。
トイレを出て、1階へと降りる。
ヴェルナーが言っていた聖品店は、大聖堂の入り口近くにあった。
店内には様々なサイズのお守りが並んでいる。壁掛け用の大きなものから、首から下げる携帯用まで。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
店員が近づいてくる。俺は棚を眺めながら答えた。
「お守りを。飾り用と携帯用を」
「かしこまりました。飾り用でしたら、こちらの壁掛けタイプが人気ですよ。銀貨5枚になります」
店員が示したのは、手のひらサイズの円形のお守りだ。中央に透明な粒——無属性の魔石が埋め込まれている。
「それを1つ。あと、携帯用の小さいのを10個」
「携帯用は銅貨5枚ですので、10個で銀貨5枚になりますね。合計で銀貨10枚です」
俺は代金を支払い、お守りを受け取った。
後で無属性の魔石を分離する。これで無属性魔力のチャージ手段は確保できた。
……だが、問題がある。
1階はやはり漂う無属性魔力の密度が濃い。なるべく吸い込まないように気を張っているつもりだが、また体内の圧力が高まってきている。
「コウくん、顔色悪いわよ」
わかってる。撤退だ
俺は足早に教会を後にした。
教会の門を出た瞬間、体が軽くなった。
普通の人間には感じられない差かもしれないが、俺の体は敏感に反応している。
「はぁ……やっと楽になった」
「コウくん、勝手に魔力吸収する癖、直したほうがいいわよ」
サティアが呆れたように言う。
そんなこと言われても好きでやっているわけじゃない。
「ちょうど無属性の魔石も手に入ったし、魔力の出し入れの練習をするといいわ。
吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー、って感じにね」
え、そんな練習なの?
でも、それができると便利そう…はっ!
それができるなら、魔料石の魔力を使い切ったら、教会でいっぱいに吸収して、空の魔料石に充填できるってことじゃないか! 非常に経済的だ。
俺は、お守りを分解するために、急いで宿に帰った。
宿に着くと、ルミナが目を輝かせて駆け寄ってきた。
「コウさん! お帰りなさい! 講義はどうでしたか!?」
「……講義?」
「英雄の極意の講義です! 教会の人たちに教えてきたんですよね!?」
ああ、そういえばそんな嘘をついて出て行ったんだった。
「ああ、まあ……滞りなく終わった」
「すごい! 教会の人たちも感動したんじゃないですか!?」
「……一部のマニアにはウケたよ。専門的すぎたかもしれん」
嘘は言っていない。ヴェルナーの興味は確実にひいていた。
「いつか私にも教えてくださいね! 英雄の極意!」
「……機会があればな」
この嘘、どこまで引っ張ることになるんだ。
「それより、朝食の残りはあるか? 食べそこねたんだ」
「あ、はい! すぐ用意します!」
ルミナは嬉しそうに厨房へ駆けていった。
「悪いが、部屋に持ってきてくれ」
俺はルミナに聞こえるように言うと、自分の部屋に戻った。
小さなデスクの上に、鞄からお守りを取り出した。 まずは携帯用を1つ、分解してみよう。
ペンチで外枠を慎重に外していく。 お守りの構造は単純だった。木製の外枠、中央に魔法陣が刻まれた金属板、そしてその中心に埋め込まれた米粒大の透明な石。
「これが無属性の魔料石か」
小さい。本当に小さい。だが、確かにエネルギーを感じる。 教会で体に溜まったあの圧力と、同じ性質のものだ。
「コウさん、お待たせしまし……何してるんですか?」
ルミナが朝食を持ってきた。 テーブルの上には、分解されたお守りの残骸が散らばっている。
「ああ、ちょっとした工作だ。気にするな」
「お守りを……壊してるんですか?」
ルミナの目が点になっている。 まあ、普通の人から見れば、買ったばかりのお守りを分解するのは奇行だろう。
「中身が欲しかったんだ。外側は要らない」
「は、はあ……」
ルミナは理解できないという顔をしながらも、朝食を置いてくれた。 パンとスープ、それに目玉焼き。シンプルだが、空腹には十分だ。
「ありがとう。助かる」
「いえ! ゆっくり食べてくださいね」
ルミナが出ていった後、俺は魔石を取り出すために指で摘んだ。
「うっ…」
身体の中に魔力が入ってきた。
魔石の輝きが消えた。
「ほら、吸ったら吐いてー」
サティアが楽しそうだ。こうなることがわかっていたな。
俺はとりあえず、魔力のなくなった空の魔料石をお守りから外して、手のひらに載せた。
本当に小さい。そして中にあった魔力も少なかった。
昨夜、いっぱいいっぱいになったのを100とすれば、この魔石の魔力量は1程度だろう。
とりあえず、魔力を出してみるか。
俺は衝撃波を放つ右手に、魔料石を持ち替えた。
「コウくん。衝撃波を撃つのとは違うわよ。あれは魔力が変換された魔法だから、魔料石に吸収させることはできないわ」
じゃあ、どうすればいいんだ?
「吸った時と逆よ。すぅーって吸ったんなら、はぁーって吐いて」
はあ?
そんなんでわかるか!
もっとわかりやすく!
「もう! …今、身体のなかにある魔力て、どこにどんな風に感じる?」
腹の中にモヤッと、…ガスが溜まっているみたいな感じだ。
「それをぐぅって、魔石を持っている手に押し戻すのよ」
ぐぅっってのがわからん。
「もう! イメージよイメージ。色々やってみて」
俺はとりあえず、腹式呼吸をしてみた。腹を出したり引っ込めたり。
「うん、魔力が動いてはいるわね。でももっとぐぅっと手まで持ってこなきゃ」
俺はゲップを吐き出す感じに腹を―横隔膜を動かした。
「あ、いい感じ。今魔力がどこにあるかわかる?」
モヤッとした感じは腹から胸に移動している。
「そのモヤッとした感じを手まで移動させるの。イメージして」
俺は一度空気を吸い込んで息を止め、腹に力を入れて身体の中の圧力を高めた。
胴体から腕に魔力を追い出すイメージ。
「ふんっ」
モヤッとした圧力が腕を通って手から抜けた。
魔石に輝きが戻った。
「うまい。うまい」
サティアが子供をあやすノリなのがムカつく。
「ほら、今は触っているのに、魔力を吸収してないわよ」
確かに。
何が違う? 腹に力を入れているかどうかか?
腹の力を抜いてみた。
魔力の吸収は起こらない。
力を抜いて息を吐いた。
また魔力を吸収した。
わからん!
もう一度腹に力を入れた。
しかし魔力は体内に残ったままだ。
「だから、イメージよ。モヤッという感覚が出たり入ったりするのをイメージして」
それから数十分。せっかくルミナが持ってきてくれた食事が冷めてしまった。
だが、俺はつかんだ。
要はゲップを腕から出す感覚だ。
やったことないけどな。
そして吸収するのは簡単、そこに魔力があると思えば吸収する。
吸収せずに触るのは難しい、そこに魔力なんて無い、ただの石だと自分に言い聞かせて、興味なさげな目で魔石を見ている間は、触っても吸収しないことがわかった。
全く持って物理的では無い。まるでエセ量子論だ。
納得はいかないが、うまくいくようにはなった。
俺は冷めたスープに浸してパンを食べ、目玉焼きをいただいた。
そして、残りのお守りからも無事魔石を取り外し、小袋に詰め込んだ。
小粒十個と中粒一つ。これが今の俺の残弾数だ。
小粒の威力がどれくらいかによって、俺の戦闘力が決まる。
さて、次はギルドだ。昨日の依頼の報酬を受け取らなければ。
そして、この魔法でこなせる討伐依頼を受けるんだ。
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ここで第一章は終わりです。第二章ではコウが手に入れた魔法を使った戦闘が始まります。
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