第28話 これで終わりじゃない
衝撃波による「スッキリ」感に浸っている場合ではない。
屋上の高周波エネルギーは霧散したが、地下の根本的な問題――二つの導管の接触と干渉――は解決していない。
避雷針からは今も魔力が漏れ出ているはずだ。
放っておけば、またエネルギーが溜まり、この建物が唸り始める。
「サティア、地下に戻るぞ」
俺は階段を駆け下り、再び地下の魔力制御室へと向かった。
制御室の空気は、先ほどまでの殺人級の魔圧(?)が嘘のように落ち着いていた。
だが、導管が溶けた部分の奥で導線が危険なほど接近している。
小さくうなり音も聴こえている。
「こいつらの間を遮断しないと」
俺はバックパックの中身を確認した。
絶縁体が必要だ。電気で言えばゴムやプラスチックだが、そんな便利な石油化学製品はない。
「木はどうだ? そこの木箱を壊して挟むとか」
「ダメね。木は魔力を通すわよ」
サティアが即答する。
「そうか、魔法使いの杖の素材に使われるくらいだもんな。導体、あるいは半導体か」
生体電流が流れる生物由来の素材は、魔力とも親和性が高い可能性が高い。
となると、無機物で、かつ魔力を通さない絶縁体。
「……土、そして焼き物か」
俺は地下室を飛び出し、建物の周囲を見回した。
都合の良いことに割れた瓦やレンガの欠片があちこちに落ちている。
もしかしたら先程の振動で落ちたのかもしれない。
俺は瓦の破片と、足元の土をかき集めた。
土に水を加えて練り、即席の接着剤を作った。
再び地下へ。
二本の導線の間に、瓦を挟み込み、泥で固めていく。
泥の中の水分はおそらく導体だろうが、あくまで固定用だ。瓦が絶縁体の本命だ。泥も乾けば絶縁性は高まる。
左官屋の真似事だが、物理的な距離と、セラミックスという強力な絶縁障壁が完成した。
完全な応急処置だが、唸りは消えた。
屋上に戻ると、給水塔からはまだ水が勢いよく漏れ続けていた。
「あの、調査員さん……この水は……」
依頼主の大家が、水浸しになった床を見ておろおろしている。
「振動の共鳴でバルブが吹き飛んだだけです」
俺は淡々と事実を伝えた。
「えっ、じゃあ直して……」
「俺の仕事は『異音の原因特定』です。症状を応急処置で抑えてますがこれは特別サービスです。水道設備の修理は契約に含まれていません」
俺は給水塔の周りを指差した。
「吹き飛んだバルブはそこのどこかに落ちているはずです。ネジ山が生きていれば締め直せば止まりますし、ダメなら水道屋を呼んでください。それは建物の管理者のタスクです」
「は、はあ……」
大家は圧倒されたように頷いた。
冷たいようだが、線引きは重要だ。なんでも屋になってしまえば、この先すべての雑用を押し付けられることになる。
「なんだい、結局お化けじゃなかったのかい」
後ろのおばあちゃんがつまらなそうに呟き、部屋へ戻っていった。
俺は依頼完了の書類にサインをもらった。
報酬は銀貨8枚。
命がけで都市災害を防いだ対価としては安すぎるが、F級冒険者の相場ならこんなものだろう。
「ありがとうございました! また何かあったらお願いします!」
「それよりも、魔力制御室はまだ危険な状態です。役所に早く連絡した方がいいですよ」
俺は苦笑して、現場を後にした。
宿に戻った頃には、すっかり夜が更けていた。
通りの店は閉まり、宿の食堂からも火が消えている。
「ただいま……」
ロビーに入ると、カウンターでルミナが舟を漕いでいた。
俺の足音に気づき、ハッと顔を上げる。
「あ! コウさん! お帰りなさい!」
「……飯と風呂は、もう終わりだよな」
「うーん、厨房の火は落としちゃったし、お風呂のお湯も抜いちゃったかも……」
絶望だ。
全身ずぶ濡れで、泥だらけで、疲労困憊。
このまま冷たいベッドに入るなんて、拷問に等しい。
俺はルミナを見た。
彼女は俺の「サイン」を宝物にするほどのファンだ。
「ルミナ。取引をしよう」
「取引?」
「今日の依頼の話だ。現場で何が起きたか。俺がどうやって『見えない敵』を倒したか……聞きたいか?」
ルミナの目が、カッと見開かれた。
「き、聞きたいです! すっごく聞きたいです!」
「独占取材だ。誰にも話していない、ここだけの真実を話してやる」
俺はニヤリと笑った。
「その代わり――温かいシチューと、一番風呂を用意してくれ」
「はいっ! 喜んで!!」
ルミナは弾丸のような速さで厨房へ消えていった。
チョロい。いや、需要と供給の一致だ。
温かい湯船に浸かりながら、俺は大きく息を吐いた。
「……はぁ……」
冷え切った体に熱が染み渡る。
物理的な快楽。これこそが俺の求めていた報酬だ。
風呂上がりには、ルミナ特製の具だくさんシチュー(肉増量サービス付き)が待っていた。
俺は約束通り、今日の出来事を話してやった。
もちろん、「暴れるエネルギーとの攻防」「天空への浄化の一撃」といった具合に、ルミナが喜びそうな語彙に変換して。
「すごいです! やっぱり必殺技だったんですね!」
ルミナは目をキラキラさせて聞き入っていた。
嘘は言っていない。翻訳を少しファンタジー寄りにしただけだ。
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
今日の稼ぎは銀貨8枚。
「ワークマン」での経費が銀貨2枚。
宿代が銀貨3枚。
「……命がけの対価が宿代2泊分か」
世知辛い。
世界を救うより、日銭を稼ぐ方が難しいかもしれない。
俺は泥のような眠りに落ちた。
翌朝。
俺の安眠は、予想通りかつ招かれざる客によって破られた。
コンコン。
部屋のドアがノックされる。
こんな朝早くに誰だ?
「……コウさん、起きてる?」
ルミナの声だ。だが、どこか震えている。
「お客さまです……」
俺がドアを開けると、そこにはルミナに案内された、純白の法衣に身を包んだ神官が立っていた。
「コウ様ですね。ヴェルナー司祭がお呼びです」
「……わかった」
俺は短く答え、ピンクの作業着を身につける。
「朝食を食べる時間は?」
「向こうで用意させます。馬車へどうぞ」
神官にうながされて前を歩く。
宿を出たところには聖騎士二人が待機していた。
「コウさん、大丈夫なの……?」
ルミナが心配そうに俺の服の袖を掴んでくる。
神官と聖騎士に囲まれた俺は、どう見ても宗教裁判にかけられる異端者だ。
せっかく英雄のサインをもらった相手が、翌日に犯罪者として連行されたのでは、彼女の夢が壊れてしまう。
「大丈夫だ。ちょっと教会で『英雄の極意』について講義してくるだけだ」
「ほんと? すごい! いってらっしゃい!」
俺は能天気な嘘でルミナを安心させ、馬車に乗った。
馬車は大きな通りを選んで北へ向かう。
教会が近づくにつれ大きく頑丈そうな建物が増えていく。
その奥にそびえ立つ『聖奇跡教会』の大聖堂。
場所はその正面の大きな入口の前で停まった。
馬車から降り、巨大な扉をくぐった瞬間、俺はその異様な「空気」に圧倒された。
高い天井、ステンドグラスから降り注ぐ極彩色の光、光魔法による床付近からの間接照明。
視覚的には荘厳そのものだ。
だが、俺の身体が感じているのは、まったく別の感覚だった。
空気が濃い。
いや、物理的な酸素濃度じゃない。
空間にエネルギーが含まれている。
昨日、屋上で感じたあの高周波の圧力。
出したくても出せなかった「便秘の素」。
それと同じ性質のエネルギー、無属性魔力が、この教会の敷地内には漂っている。
「ここなら、衝撃波出し放題ね」
サティアが感心したように言う。
俺の体の中にある魔力の通り道が、周囲のエネルギーに反応してうずうずしている。
尿意のような、外に出したい圧力が高まってくる。
神聖な大聖堂で高まってくる「排泄欲(?)」を抑え込み、俺は神官に促されて回廊を進んだ。
通されたのは、階上にある執務室。
重厚な扉が開くと、そこには書類の山に埋もれたヴェルナーがいた。
「やあ、コウ君。よく来てくれたね」
彼は書類から顔を上げ、あの観察するような目で俺を射抜いた。
「昨日の夜、東の空が綺麗に晴れたそうだね。……君の仕業だね?」




