第27話 高周波の魔力
「え?」
俺は違和感に気づいた。
確かに、高熱は引いた。眩しさも消えた。
金属が悲鳴を上げて抵抗していた「物理現象」は収まった。
水冷のおかげで導線としての寿命も伸びた。
だが、「魔力」は消えていない。
空気が妙に重い。さっきまでのビリビリとした熱気とは違う。もっとこう、内側から押しつぶされるような、無音の圧力。
避雷針を中心に空間が歪んでいるように見える。
……魔力が溜まっている?
確かに流れはあった。だからワイヤーは発熱したし、今も冷却されながらエネルギーを運び続けている。
出口である避雷針から、魔力は大気中へ放出されているはずだ。
なのに、なぜこんなに息苦しい?
なぜ、こんなに重いんだ?
「……そうか、指向性がないのか!」
俺は致命的な見落としをしていた。
避雷針は雷を落とすための棒だ。エネルギーを特定の方向――つまり「空」へ飛ばすための設計なんてされていない。
出口であるはずの先端から、高周波エネルギーは確かに放出されている。
だが、それはビームのように空へ飛んでいくことはない。
じわじわと、全方位に、ランダムに漏れ出しているだけだ。
避雷針の周りには、行き場を失って滞留した高濃度の「魔力溜まり」が出来上がっている。
さっきまでワイヤーの発光や発熱に目を奪われて気づかなかったが、その見えないエネルギーは、俺の周りで膨れ上がってきていたんだ。
今にも決壊しそうなその密度が、俺の三半規管を直接揺さぶっている。
「くっ……気持ち悪い……」
強烈な吐き気が襲ってきた。いや、吐き気じゃない。これは、今朝感じたアレだ。便秘だ。あるいは、出したくても出ない排尿感。
出ているのに、出し切れていない、あの残尿感に近い不快さ。
『それ、出る準備はできてるけど、燃料がないのよ』今朝のサティアの言葉が蘇る。
俺の体は、あの「衝撃波魔法」の練習を通じて、何かを出すためのポンプとして最適化されていた。だが、肝心の中身――サティアの言う「無属性魔力」がなくて、空回りをしていた。
「……そうか」
俺は自分の右手を見つめた。
今、俺を取り囲んでいるこのエネルギー溜まり。熱でも光でもない、行き場を失って漂っている純粋なエネルギー。これこそが、俺に足りなかった「無属性魔力」なんじゃないか?
「コウくん! そうよ! あれは無属性魔力だわ」
……そうか。和周波だ。
地下で「熱」と「光」という異なる波長の魔力が衝突し続け、その干渉によって、二つの周波数を足し合わせた「より高い周波数」のエネルギーが生成されていたんだ。
水蒸気冷却によって、抵抗の大きい「熱魔力」や「光魔力」が変換されていた、物理的な熱や光(ロス成分)は取り除かれた。
和周波の生成プロセスでも、元の魔力は消費されている。だから、熱や光の魔力はほとんど減衰しているはずだ。
だが、副産物として生まれた高周波エネルギーだけは、元の強さを保ったまま、ここに到達し、避雷針から漏れ出している。
周囲に充満する無属性魔力。
流すものを欲している俺の身体。
サティアが叫ぶ。
「拒絶しないで! その気持ち悪さを、全部自分の中に通して!」
「ふざけるな! ワイヤーすら溶けたんだぞ!? こんなもん通したら破裂する!」
「破裂しない! あなたの体は金属じゃないわ! 魔法使いの身体は、魔力を通すのよ!」
魔力を通す?
そうだ。金属が熱を持ったのは、魔力にとって抵抗が大きかったからだ。だが、魔法使いの体組織はどうだ? そもそも魔力を扱うために進化した器官だとしたら? 俺自身が、あのワイヤーの代わりになればいいのか? 最高の性能を持つ、生体ケーブルとして。
いや、違うな。
「……俺自身が『指向性アンテナ』になるんだ」
垂れ流しになっている避雷針に接触し、俺の体を介して、エネルギーのベクトルを「空」へ向ける。
「……サティア……本当に大丈夫なんだな」
「大丈夫よ。コウくん。信じて」
俺は意を決して、左手を避雷針へと手を伸ばした。近づけるにつれ手が痺れてくる。熱い風呂に手を入れているみたいに。
避雷針を掴むと俺は一瞬で「いっぱい」になった。なんともいえない不快感。圧迫感。髪の毛だけでなく全身の毛が逆立つ。
「行き場の無いエネルギーが溢れそうな若者」そんなこの場に不似合いな言葉が頭をよぎる。
出したい。
放出したい。
俺は右手を空に突き出した。
「ハッ!」
右手の甲に魔法陣の光が輝いた。
ドォォォォォォォォォン!!!
透明な衝撃波が噴出した。それはエネルギーであると同時に物理的な塊だった。
俺がイメージした電荷の無い亜光速の素粒子が撃ち放たれた。
屋上を覆っていた水蒸気の霧が、一瞬で消し飛んだ。
それだけではない。上空に垂れ込めていた分厚い雲までもが、巨大な円形にくり抜かれ、ポッカリと穴が空いた。
それは数秒続いた。
雲に空いた穴から星空が覗いている。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
俺はその場に膝をついた。さっきまでの圧迫感は、嘘のように消えていた。体の中にあった不快な詰まりも、すっかりなくなっている。例えるなら、一週間分の宿便が全部出た後のような、圧倒的な爽快感。
「おめでとうコウくん! 元気な『衝撃波』ね!」
サティアが拍手をしている。
「……便秘が治っただけだ」
熱も、光も、高周波のノイズも。全ては俺の「生理現象」となって空へ消えた。これぞ物理的な解決だ。……プロセスはだいぶ怪しかったが、結果が全てだ。




