第26話 ホントの避雷針
壁の奥底から、周期的な唸り声が響いている。
住人は「幽霊のうめき声だ」と怯えていたが、俺にはどうしても物理的な現象に聞こえる。音の周期が規則的だ。
「これは『うなり』だな」
俺は耳を澄ませて仮説を立てた。うなりとは、振動数のわずかに異なる二つの音が重なった時に生じる、ウワンという合成波だ。何かが二つ、混ざり合って干渉している。
しかもかなり大きなエネルギーだ。この世界でエネルギーと言えば魔力。この建物に魔力を供給している配電盤みたいな場所があるはずだ。
俺は許可を得て、建物の地下にある魔力制御室へと潜り込んだ。
ヴワン!
唸りの音が大きく聞こえる。
埃っぽい空気の中に、焦げたような刺激臭が漂っている。
「うわ、なんだこれ……」
部屋の中央には、壁から伸びる二本の太い導管があり、その一部が腐食したように溶け合っている。
「見てみろサティア。交わったところが赤く発光してる。……触れなくてもわかる、熱を発してる」
「ホントだ。ここまで暖かいわね」
「仮説だが……2本の導管には別々の魔力が通っている。それがこの溶け合った部分で合流させられている」
そしてそれが唸りを上げている。2つのエネルギーが干渉を起こしているんだ。
ということは、魔力とは波動なのか? 周波数を持っている? 各属性の違いは周波数の違い?
俺は、魔力制御室の入口に立ったまま、この世界の魔力について考察をしていた。
本来、電気配線でも電圧や周波数の違うものを直結したりはしない。だが、ここではそれが起きている。
周波数の違う波が狭い管の中でぶつかり合えば、波形が乱れ、異常な振動が発生する。
あの「ヴワン、ヴワン」という異音の正体は、エネルギー同士が喧嘩している悲鳴だ。
本来は見えないはずのエネルギーが、無理な合流による干渉抵抗で、物理的な「音」や「熱」として漏れ出している証拠だ。
キィィィィィン……!
突然、耳をつんざくような甲高い音が鳴り響き、合流部分の金属が赤熱し始めた。
「まずいな。振動が熱に変わってる」
俺は冷や汗を拭った。この制御室は、巨大な電子レンジになりつつある。内部で乱反射するエネルギーが、分子摩擦を起こして導管そのものを加熱し始めているのだ。
ふと、俺の悪い癖が出た。エンジニアとしての想像力が、最悪の結末を勝手にシミュレーションし始める。
このまま熱膨張が続けば、あの錆びたボルトが耐えきれなくなる。一本でも飛べば、そこから圧縮された高エネルギー波が噴き出し、この密室はプラズマ切断機の中みたいになるぞ。
バチンッ!!
俺が想像したコンマ一秒後、思考に呼応するようにボルトが弾け飛んだ。
「うおっ!?」
弾丸のように飛んできたボルトが壁に突き刺さる。
「コウくん! また引き寄せた!」
「物理的な限界だったんだよ! ……くそっ、連鎖するぞ!」
俺の予測通り、一本のボルトが飛んだことでバランスが崩れ、隣のボルトも次々と振動し始めた。
「逃げるか? いや、今ここで俺が逃げたら、このマンションは吹き飛んで更地だ!」
やるしかない。
俺はバックパックを掴み、中から先程買った長尺のワイヤーを取り出した。その片端を素早く導管に巻き付ける。そしてワイヤーを繰り出しながら階段へと走った。
「サティア、屋上だ! 地下じゃ無理だ。このエネルギーを外へ逃がす!」
「どうやって!?」
「空へ捨てるんだよ! 屋上にある避雷針を『送信アンテナ』にする!」
本来は雷を地面へ落とすための棒だが、構造的にはただの金属の突起だ。逆に使えば、空への放電端子になり得る。
階段を駆け足で登りきった俺は屋上への扉を蹴り開けた。
ヴワン、ヴワンという唸りはヴヴヴヴという連続した音に変わっていた。
屋上の施設も細かく震えている。共振しているようだ。
地下から引っ張ってきたワイヤーを、避雷針へと強引に接続した。
即席のバイパス回路。ここから余剰エネルギーを大気中へリリースする。
バチチチチッ!!
接続した直後、ワイヤーが猛烈な勢いで振動し、火花を散らし始めた。
避雷針からも火花が散る。
「くそっ、抵抗が高すぎるか!?」
ワイヤーがみるみる赤熱していく。
物質としての『魔力伝導率』が悪すぎるんだ!
地下の極太パイプですら悲鳴を上げているエネルギー量だ。こんな細い線じゃ、ヒューズみたいに一瞬で焼き切れる可能性が高い。
それでも、やらないよりはマシだ。頼む、耐えてくれ……!
ダメだ、溶け落ちる。そうしたら、行き場を失った地下室のエネルギーが――
まただ。また悪い予感が頭をもたげる。赤熱したワイヤーが、飴細工のようにぐにゃりと曲がり始めた。
「コウくん! やめて! 悪いこと考えないで!」
サティアの声が、頭の中で響く。
「イメージして! コウくんはどうなりたいの!?」
「どうなりたいだと!?」
俺は、ただ金が欲しくてここに来ただけだ。なんで爆弾処理みたいなことをさせられてるんだ。
「俺は……依頼完了のサインがほしいだけだ!!」
俺は目を閉じ、強烈に念じた。騒音も、熱気も、爆発の恐怖もない世界。
先程会ったここの依頼人にサインをもらう瞬間。
依頼人はほっとした顔をし、後ろではおばあさんがつまらない顔をしている。
その瞬間だった。
バキン!
何かが弾けたような音がした。
音の方向を見ると同時に、給水塔のバルブから水が勢いよく噴き出した。
先程の音はバルブの部品が外れた音だろう。共振によって破壊されたか、ネジが緩んだか。
噴き出した水は、高圧で拡散し、扇状のシャワーとなって一帯を覆い尽くした。
ジュワアアアアアアッ!!!
猛烈な熱を持っていたワイヤーと避雷針に、冷たい水が降り注ぐ。
当然、水は一瞬で沸騰し、爆発的な勢いで水蒸気へと変わる。視界が真っ白な霧に包まれた。
物理的な強制冷却。
赤熱していた金属から、水が急激に気化熱を奪っていく。
それまで直視できないほど輝いていた青白いアーク光が、急速に赤く変色し――そして、暗くなった。
当然だ。あれは魔法の光じゃない。ただの熱放射だ。
熱源が冷やされれば、光は物理的に存在できなくなる。
バリバリッという不快なノイズも消え、代わりにシューッという蒸気の抜ける音が響く。
「よし……! 鎮火確認!」
俺はガッツポーズをした。水冷式の強制冷却。金属の溶解温度以下まで下げれば、物理的な崩壊は止まる。物理法則の勝利だ。
「違う! コウくん、まだ終わってない!」
サティアの切迫した声が響いた。




