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第24話 人気者

ポップコーン騒動から逃げるようにして、俺は広場を後にした。

背中にはまだ、子供たちの熱狂的な視線と、大人たちの胡乱な視線が突き刺さっている気がする。


「あーあ、楽しかったからもっと配ればよかったのに」


脳内でサティアが残念そうに言っているが、冗談じゃない。

俺は慈善事業家でもなければ、ピンク色のサンタクロースでもない。ただの、金欠の冒険者だ。


「今日はもう街の探索は終わりだ。……明日からは稼がないとまずい」


俺は歩きながら、頭の中でソロバンを弾いた。

現在の所持金は、リクロータスの依頼で得た報酬から、このふざけた色の作業着一式の代金を引いて、金貨3枚と銀貨が少々。

宿代は一泊二食付きで銀貨3枚。


単純計算で10日は持つ。だが、それは何も起きなかった場合の話だ。


俺の人生(およびこの世界での数日間の実績)において、「何も起きない日」などというものは存在しない。

装備の消耗、ポーションの補充、あるいはトラブルに巻き込まれた際の解決金や逃走資金。

不測の事態へのリスクヘッジを考えれば、金貨3枚など心許ないにも程がある。


「あら、お金なら『引き寄せ』ればいいじゃない。また金貨を拾うイメージをする?」


「却下だ。あんな再現性のない現象を当てにできるか。俺は労働の対価として、確実なキャッシュフローを手に入れる」


「じゃあ、もやもや探しは? 街のストレスを解消してあげれば、感謝のエネルギーが……」


「金にならないことに時間は使わない。感謝で腹は膨れないし、エネルギーで宿代は払えないんだよ」


俺はサティアの提案を一蹴し、現実的な労働――つまり、ギルドの依頼を受けるために足を速めた。


ギルドの扉を開けた瞬間、店内の空気が変わったのが分かった。ざわり、という波のような音が広がる。無数の視線が、俺の全身――正確には、このショッキングピンクの作業着に集中する。


「おい、あれだろ……」

「橋のピンク……」

「疫病神じゃねえか? あいつが叫んだ直後に橋が落ちたんだろ」

「いや、子供を助けたって聞いたぞ」

「でもよぉ、あんな派手な格好で……まともじゃねえな」


ひそひそ話が聞こえてくる。

内容は称賛と非難が半々、いや、警戒心を含めればネガティブな反応の方が多いか。


評判が悪いというのは、冒険者稼業において実害だ。

パーティを組むつもりはないが、変な噂が立てば依頼の受注に難癖をつけられる可能性がある。あるいは、店での買い物が拒否されるかもしれない。


この「認識のハック」も、良し悪しだな。泥棒扱いされなかったが、代わりに「要注意人物」というレッテルを貼られてしまった。


俺は極力視線を無視し、依頼掲示板ではなく、まずは受付に向かおうとした。だが、そうスムーズに事が運ぶわけがない。


「おい、待てよ。そこのピンク」


行く手を遮るように、いかつい男たちが立ちはだかった。

革鎧を着込んだ、いかにも柄の悪い冒険者三人組だ。


「なんだ」


「テメェだろ。昼間、橋を壊したってのは」


因縁のつけ方が雑すぎる。


「壊したんじゃない。崩壊を予測しただけだ」


「うるせぇ! 俺たちは明日、あの橋を使って荷運びの依頼をこなす予定だったんだよ! 橋が落ちたせいで遠回りしなきゃなんねえ。どうしてくれるんだ、あぁ? この疫病神が!」


男の一人が、俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてくる。

俺は半歩下がってそれを躱し、ため息をついた。


「疫病神? 過大評価だな」


「あ?」


「あの規模の石橋を崩壊させるのに必要なエネルギー量を計算したことがあるか? 数十トンの質量を一瞬で崩すには、爆薬ならドラム缶数本分、魔法なら上級魔法使い数人分の魔力が必要だ。俺ごとき人間に、それほどの物理的干渉能力があるように見えるか?」


俺は適当なことを早口でまくし立てた。相手がポカンとしている隙に、さらに畳み掛ける。


「俺は単なる観測者だ。構造材の劣化という物理的事実を、崩壊の数秒前に視認したに過ぎない。

それとも何か。『シュレーディンガーの猫』のように、俺が観測したから橋が崩壊したと言うのか?

量子論における観測問題について議論してもいいぞ。

いずれにしろ、もし俺がいなければ、お前たちの荷運びは明日ではなく、今日、あの橋の上で行われていたかもしれないぞ? そうなれば損害は遠回りの手間どころか、命そのものだったはずだ」


「な、なんだと……?」


「つまり、俺はお前たちの命の恩人かもしれないということだ。感謝されこそすれ、弁償を求められる筋合いはない。……違うか?」


男たちは顔を見合わせた。

俺の言っていることが正しいのか、それとも煙に巻かれているのか、判断がつかない顔だ。


「……ッ、屁理屈こねやがって!」


「論理的帰結だ。邪魔をするな、俺は忙しい」


俺は男たちの横をすり抜け、さっさとカウンターへと向かった。

背後で男たちが何か喚いていたが、周囲の冒険者たちが「まあ、あいつの言うことも一理あるんじゃねえか?」「橋が落ちたのは事実だしな」と囁き始めたことで、追撃は止まったようだ。


「さすがコウくん。屁理屈のプロね」


サティアの声を称賛として聞き流し、俺は意識を切り替えた。

トラブルの処理にリソースを割いている暇はない。金だ。金が必要なんだ。


受付の横にある依頼板の前に立つ。

F級冒険者が受けられる依頼は限られているが、それでも数はそれなりにある。


俺は理系的な選定基準で依頼をフィルタリングし始めた。

基準は三つ。

1つ、報酬と所要時間の比率(時間単価)。

2つ、想定されるリスク(怪我、およびトラブル発生率)。

3つ、必要な装備・スキル(初期投資ゼロで遂行可能か)。


《ゴブリン討伐……報酬は右耳1つにつき銀貨1枚》


却下だ。

リスクが高すぎる割に実入りが少ない。俺には攻撃魔法もなければ、剣術の心得もない。イノシシを倒したのはあくまで地形と物理法則を利用した事故であり、再現性は低い。


《薬草採取……リクロータス…》


前回と同じか。

これは手堅い。経験済みだし、俺には「プラントメディスン」とかいう勝手に追加されたスキルもある。

だが、採取系は天候に左右される。明日の天気が崩れれば、作業効率は大幅に落ちるし、泥だらけになれば服の洗濯というコストが発生する。


俺の視線が、依頼板の隅にある一枚の紙に止まった。


《東区集合住宅の異音調査 報酬:銀貨8枚》

内容:夜な夜な聞こえる不審な音の原因を特定すること。

推奨:観察力のある者。



「……異音?」


俺は顎に手を当てて分析した。


異音の原因調査。

考えられる要因はいくつかある。

建物の構造的な歪みによる軋み。

あるいは、屋根裏に住み着いた小動物や害獣。


「危険度は低そうだな。魔物と戦うわけでもないし、森に入る必要もない」


何より、原因の特定には「観察力」が必要とされる。

今日の橋の一件で、俺の観察眼(あるいは直観)が機能することは証明済みだ。

さらに、現場は東区。中流住宅街の一角にある集合住宅だ。治安もそれほど悪くはないだろう。


「これだ。原因を特定して報告するだけで銀貨8枚。コストパフォーマンスは最高だ」


薬草採取と迷ったが、せっかく街の構造を把握したんだ。今回は街の依頼にしよう。

俺が依頼書を剥がすと、脳内でサティアが反応した。


「あら、その依頼……」


なんだ。何か問題でもあるのか?


「ううん。……」


サティアの声に、奇妙な含みがあった気がした。

不安なような、それでいて、何かを期待しているような。


俺は受付に依頼書を提出した。

明日の、現地へ向かうことで受注完了だ。


ギルドを出ると、空はすっかり茜色に染まっていた。

夜の帳が下りようとしている。


「コウくん、明日の依頼……油断はしないでね」


サティアが、またしても意味深なことを言ってきた。


俺は肩をすくめた。

原因の特定が依頼内容だ。危険を見つけた時には原因は判明している。近寄らずに帰ればいい。



「あっ、ピンクのにいちゃんだ」


ギルドから宿に向かうには広場を横切ることになる。

広場に入った時、何人かの子供たちが集まってきた。


「もうポップコーンは無いぞ」

俺は歩くのを止めずに、一番大きな子にそう言った。


「せーのっ」

その大きな子が、周りの子に声をかけた。


「「ハッ!」」


全員が声を合わせる。

そして全員で同じポーズ。


「ぷふっ!」

サティアが脳内で吹き出す。


それは俺が魔法の練習をしていたポーズだった。


急激に恥ずかしくなってきた。いつだ。いつ見られた?!


確かに今日は事あるごとに、魔法のイメトレをしていた。街の至る所でやっていたと言ってもいい。だが周りに人がいない事を確認してでやっていたはずだ。それが、見られていただと!


「あはははっ」

子供達は笑いながら駆け出して去って行った。


後に残された俺を、大人の通行人が不思議な顔で見ていた。


「あはははははっ。コウくん、大人気じゃない。子供達に必殺技のポーズまで覚えてもらえて。あははは」


頭の中で笑うな、脳に響く。


くそっ。失策だ。完全に子供達のおもちゃになってしまった。


「いいじゃない。どうせ、目立ってるんだし。愛と正義のヒーローとしての認知を広めておきなさいよ」


うるさい。


この世界での俺の不運はこういう形で現れるということかもしれない。


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