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第23話 目立たないように生きる、とは?

ヒント?


「さっきの魔法を分析するのは無駄じゃないけど、それよりも大事なことがあるの」


「あの魔法を受けた時の肌の感覚。温かな風がどう流れたか。エネルギーがどこからどこへ向かったか。あの杖の魔石デバイスがどう光ったか。そういう『体験』を、しっかり反芻して記憶に焼き付けて」


……感覚を、か。


「理論で分析するより、そっちの方がコウくんが魔法を使えるようになる近道よ」


また、スピリチュアルじみたことを言い出した。

だが、完全に否定はできない。


俺は目を閉じ、さっきの感覚を思い出した。

肌を撫でた温かな風。髪の先から靴の中まで、くまなく巡っていく気流。水分が蒸発していく、かすかな冷たさ。そして、杖の先端で青白く脈動していた光。


「その感覚を大事にして。忘れないで」


納得したわけではない。だが、データとして保存しておく価値はある。


サティアが嬉しそうに笑った気配がした。



服が乾いたおかげで、俺は宿に戻る必要がなくなった。


午後の時間を使って、街の探索を続けることにした。ギルドでもらった地図を片手に、主要な場所を確認していく。


イケリアの街は、思っていたより広い。


中央に広場があり、その周りを様々な店や大きな宿が囲んでいる。広場を南北に貫く大きな通りがあり、南側は俺が入ってきた南門に、北側は教会に繋がっている。


教会の周囲に行政機関があり、その東西は高級そうな住宅街になっている。南下するにつれて住宅の密集度が上がり、南門のあたりは低所得の住宅になる。北に行けば行くほど権力と金が集まっているわけだ。わかりやすい。


ギルドは広場の南西側に少し入ったところにあり、周囲は職人街だ。俺のお気に入りのワークマンもそこにある。そこから少し南に行くと先程壊れた橋になる。川は東西に流れていて、中流の住宅と低所得住宅を隔てている形だ。

俺が泊まっている宿は、広場の南東側で、川の北側なのでかろうじて中流のエリアにひっかかっている。


逃走経路の確保。物資の調達先の特定。危険なエリアの把握。生存に必要な情報を、俺は頭に叩き込んだつもりだ。


さすがにこれだけ歩くと、足がパンパンだ。石畳や土の道は微妙な凹凸があるので余計に疲れる。


そして、不本意ながら街中の人に俺の存在を知らしめた結果にもなった。

新たな道に入る度に、人々の視線を感じた。二度見。ヒソヒソ話。指さし。


「ママ、『また』ピンクの人だ!」


「見ちゃいけません」


子供は正直だ。そして母親は俺を不審者扱いしている。間違ってはいない。



広場の南側に、屋台が並んでいる一角があった。


肉を焼く匂い。香辛料の香り。湯気を上げる鍋。

腹が鳴った。朝食からかなり時間が経っている。


俺は屋台の一つに近づきながら、コンロに目を留めた。


赤い炎が揺らめいている。火魔法だ。

宿のボイラーは熱魔法だった。あれは水を温めるためのもので、炎は出ていなかった。だが、こちらは明確に「火」が燃えている。


何が燃えているんだ?


魔力がそのまま炎になっているのか。それとも、何らかの媒介があるのか。


よく見ると、コンロの脇に黒っぽい塊が積まれている。固形燃料のようだ。


「おう、兄ちゃん。何見てんだ?」

屋台の親父が声をかけてきた。


「いや、そのコンロが気になって。火魔法と燃料を併用してるのか?」


「ああ、火魔法だけだと燃料代がかかるからな。この固形燃料を使えば、魔料石の消費を抑えられる。ただ、火力の調節が難しいんだよな。燃料は一度火がつくと勝手に燃えるから」


なるほど。魔法は便利だが、コストがかかる。だから燃料との併用でコストを下げているわけだ。


「で、何食う?」


「串焼きを一本くれ」


「あいよ!」


銅貨を払い、串焼きを受け取る。羊肉だろうか。脂が滴り、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


一口かじる。


「……うまい」


塩と香辛料のシンプルな味付け。だが、空腹の体に染み渡る。肉汁が口の中に広がり、噛むほどに旨味が溢れ出す。


「コウくん、幸せそうな顔してる」


「してない」


「嘘。口元がゆるんでるわよ」


うるさい。



串焼きを食べ終わり、屋台の並ぶ通りを歩いていると、荷車が通りかかった。

荷台には麻袋が山積みになっている。袋の隙間から、黄色い粒が覗いている。


とうもろこしだ。


屋台にはとうもろこしがつきものだ。やきとうもろこし、ポップコーン。


……ポップコーン、食べたいな。


今日の俺の腹はやきとうもろこしよりもポップコーンを欲しているらしい。

キャラメル味。塩味のシンプルなやつ。バケツみたいな容器に山盛り入っていて、手が止まらなくなるやつ。


「おいしそうねぇ」

サティアがうらやましそうに言う。


この世界にはポップコーンはないのか?


「見たことないわね。この世界では、あのとうもろこしは粉にして料理に使うのよ。こねて焼いたり、スープにとろみをつけたり」



その時。


ガタン、という音がした。

振り返ると、さっきの荷車が傾いていた。車輪が一つ、外れかけている。


「おい、危ない……」


俺が思わず声を出した瞬間、車輪が完全に外れた。


荷車が転倒する。麻袋が荷台から滑り落ちる。


そして、外れた車輪が転がり始めた。


屋台に向かって。


「うおっ!?」


屋台の親父が飛び退く。


車輪が屋台の脚に激突した。衝撃で屋台が揺れ、コンロの脇に積まれていた固形燃料が散らばった。


火のついた固形燃料が、宙を舞った。


そして、落ちた先には……。


転倒した荷車から落ちたとうもろこしの袋。


「あ」


俺が声を漏らした瞬間、とうもろこし袋の1つに火が燃え移った。


野次馬が集まってくる。

荷車の主も屋台の親父も、散らばったものを集めようとしているが、燃えている袋は放置している。


このままいくと、当然…


パンッ。


パパパパンッ!


爆発音が連続する。


白い何かが、四方八方に飛び散った。


「うわあああっ!?」


「な、なんだ!?」


「爆発だ! 逃げろ!」


周囲が騒然となる。


だが、俺は違うものを見ていた。


宙を舞う、白くてふわふわしたもの。


ポップコーンだ。


俺は帽子を脱いで、それを受け止めた。

帽子を振ってポップコーンを集める。直接地面に落ちなかったポップコーンも拾う。


その様子を野次馬が不思議そうな顔で見つめていた。


鎮火した袋の残骸の上に残ったポップコーンも集めた。


気づくと俺は、帽子いっぱいのポップコーンを手に入れることができた。

一粒を口の中に入れる。


ちゃんとポップコーンだ。コーンの香り。独特の歯ごたえ。熱々なのがいい。


「コウくん」


サティアの声が、妙に明るい。


「引き寄せ、大成功ね」


「違う」


「嘘。ポップコーン食べたいって思ったでしょ」


「思った。思ったが、これは偶然だ。とうもろこしが製粉して使う皮の硬いタイプだったこと。荷袋がすぐに燃え広がるのではなく、固形燃料ととうもろこしの直接接触を阻んだこと。そしてとうもろこしの水分量が爆発を起こすのに、多すぎず少なすぎない状態だったこと。これらの偶然が……」


「で、今どんな気持ち?」


「……塩味が欲しい」


本音が出た。


先程の屋台の親父に塩をわけてもらう。こちらからはポップコーンを提供する。


「なんだい? こりゃ?」

親父はポップコーンを不思議そうに見つめている。


「とうもろこしが弾けたヤツですよ。塩を振って食べてください」


塩を振ったポップコーンは俺の想定通りの味がした。

美味い。


「お兄ちゃん、それ何!?」

振り向くと、子供たちが目を輝かせて俺を見上げていた。


「弾けたとうもろこし?」


「食べられるの?」


「ああ、食べられる」


俺は一つ摘まんで子供の口に放り込んだ。


「……うん、おいしい!」


「僕も食べたい!」


「私も!」


子供たちが群がってくる。


気づけば、周囲には子供たちの輪ができていた。全員がキラキラした目で、俺の帽子の中を覗き込んでいる。


「……わかった、わかった。分けてやるから、押すな」


俺は帽子を傾けて、子供たちの小さな手にポップコーンを分け与えた。


「おいしい!」


「サクサクする!」


「もっとちょうだい!」



帽子の中のポップコーンがなくなる頃、子供たちはようやく満足したようだった。


「ピンクのお兄ちゃん、ありがとう!」


「また作って!」


「無茶言うな」


俺はぽつりと呟いた。

作ったんじゃない。勝手にできたんだ。


「コウくん」

サティアが、楽しそうに言った。


「今日一日で、街中の子供たちに顔を覚えられたわね」


「…………」


目立たないように生きる。


そんな計画は、初日にして完全に破綻した気がする。


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