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第22話 教会の魔法

「まず、名前を聞かせてもらおうか」


衛兵が手帳のようなものを開きながら言った。


「コウ。冒険者ギルドに登録したばかりの新人だ」


衛兵が眉をひそめる。まあ、怪しまれるのは仕方ない。


「コウ……姓は?」


「ない」


「それで、どうやって橋の異変に気づいた?」


「橋脚の根元に亀裂が走っていた。水面すれすれの位置だから普通は気づかないが、俺はたまたま川を覗き込んでいた。亀裂のパターンと深さから、内部構造材の腐食を推測した。そこに重い荷馬車が来たから、崩壊リスクが高いと判断した」


我ながら、よどみない説明だ。嘘は言っていない。ただ、「直観が先にあった」という部分を省略しているだけだ。


「ふむ……」


衛兵は半信半疑といった顔だ。だが、多くの目撃者が俺の行動を証言している。老人を助けたこと。子供たちを救ったこと。疑いをかける根拠がない。


「おい、あのピンクの兄ちゃんだろ?」

「橋が崩れるって最初に叫んだヤツ」

「子供を助けて、自分も川に落ちたんだってよ」

「すげえな……でも、なんでピンクなんだ?」


周囲の野次馬がヒソヒソと囁いている。


「ピンクの兄ちゃん」という呼称が、完全に定着しつつある。勘弁してくれ。



「私からも少し話を聞かせてもらっていいかな」


穏やかな声が割り込んできた。


振り返ると、白い法衣を纏った中年の男が立っていた。胸元には、輪を模した紋章。さっき人だかりの中から俺を見ていた男だ。


衛兵が姿勢を正した。


「ヴェルナー様」


「ああ、構わないよ。続けてくれ。私は少し、この若者と話がしたいだけだ」


衛兵は一歩下がった。この男、かなりの地位にいるらしい。


「聖奇跡教会のヴェルナーだ。この地区の管理を任されている」


「……コウです」


「うむ、聞いていたよ。君は橋の異変にいち早く気づき、人々を避難させ、自ら危険を冒して子供たちを救った。見事な判断力と行動力だ」


褒められている。だが、この男の目は笑っていない。観察している。品定めしている。


「コウくん、この人……あなたを測ってるわ」


サティアの声が脳内に響く。


「適当にあしらって。深入りしないで」


言われなくても分かっている。


「運が良かっただけです」


「謙虚だな。しかし、一つ気になることがある」


ヴェルナーが一歩近づいた。


「君は橋が『崩れる』と確信していた。観察だけで、そこまで断言できるものかな?」


「構造力学の基本です。亀裂のパターンと荷重分布を見れば、誰でも分かります」


「誰でも? しかし、この橋は何年も使われてきた。毎日、何十人もの人が渡っている。その誰もが気づかなかった異常に、君だけが気づいた」


「……たまたま、目に入っただけです」


「ふむ」


ヴェルナーは顎に手を当てて、俺を見つめた。


「君は『観察眼』が鋭いようだ。この世界には、時折……異常に敏感な人間がいる。君もその一人かもしれないな」


何が言いたい。


「異常を見つける目は、時に異常を『招く』こともある」


心臓が跳ねた。


「気をつけたまえ」


それだけ言って、ヴェルナーは穏やかな笑みを浮かべた。


「また会うこともあるだろう。君のような人材は、この街には貴重だからな」



去り際、ヴェルナーは俺の姿を見て眉をひそめた。


「おや。ずぶ濡れのままではないか」


そういえば、俺はまだびしょ濡れだった。川に飛び込んで、子供を助けて、浅瀬に這い上がって、そのまま事情聴取を受けていた。ショッキングピンクの作業着が水を吸って、体に張り付いている。


「このままでは風邪を引くな。少し待ちなさい」


ヴェルナーが杖を掲げた。杖の先端には、青白く輝く石が嵌め込まれている。魔石デバイスだ。


何かの詠唱があるのかと思ったが、彼は軽く目を閉じただけだった。


次の瞬間、温かな風が俺を包んだ。


「……っ」


風は俺の全身を巡り、髪の先から靴の中まで、あらゆる場所に入り込んでいく。熱すぎず、冷たすぎず、まるで春の陽だまりのような心地よさだ。


数秒。


風が止んだ時、俺の服は完全に乾いていた。


「…………」


言葉が出なかった。


これが、教会の魔法か。


昨日見た冒険者たちの魔法とは、次元が違う。あれは「火を起こす」「水を操る」といった、現象を直接引き起こすものだった。派手だが、効率は悪かった。正直、期待外れだった。


だが、今のは違う。


俺の服だけを狙い撃ちにして、水分だけを飛ばした。周囲の空気も、俺の肌も、まったく影響を受けていない。対象の限定。エネルギーの集中。無駄のない精密制御。


これだ。これが俺の求めていた魔法だ。


ハリウッド映画みたいな派手な爆発じゃない。だが、あの一瞬の魔法には、途方もない技術が詰まっている。対象物の水分だけを選択的に気化させる。熱量の制御。範囲の限定。どれだけの変数を同時に処理しているんだ。


「では、またな」


ヴェルナーは何事もなかったかのように去っていった。


俺はその背中を見送りながら、頭の中で今の魔法を反芻していた。


あの杖の魔石デバイスが鍵なのか。それとも魔法陣の設計か。あるいはヴェルナー自身の技量か。


俺が夢の中で練習している「衝撃波」。対象を限定し、エネルギーを一点に集中させる。今の魔法と、目指す方向は同じだ。あの精度を実現するための理論を解析できれば……。


「コウくん」


サティアの声で我に返った。


……ああ、悪い。考え込んでた。


「分かってる。待ってたわ」

少し呆れたような、でも優しい声だ。


「それで、さっきの話なんだけど」

サティアの声色が変わった。少し硬くなる。


「あの人、あなたを『要注意人物』としてマークしたわ」


どういう意味だ。


「教会は『揺らぎ』を嫌うの。予測できない事象、想定外の出来事……そういうものを排除しようとしている」


それは合理的じゃないか。リスク管理の基本だ。


「でも、あなたは『揺らぎ』を起こす側よ。避雷針として、溜まったストレスを発火させる存在。教会から見れば……」


……


「今はまだ観察段階。でも、気をつけて」


確かに、俺はまだみつかっていないバグをあぶり出した。良く言えばデバッガーだが、悪く取ればクラッカーだ。


「これからはできるだけ目立たないようにする」


「ふふっ。そんなことできるかしら」


「……」


確かに自信は無い。成功確率は限りなく低そうだ。



「それと、コウくん。魔法のことでヒントがあるわ」

サティアが頭の中の声のトーンを変えた。


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