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第20話 モヤモヤとの遭遇

転生3日目の朝。


俺は布団の中で目を覚ました。

昨夜の夢を思い出す。白い空間。サティアとの会話。そして、衝撃波の練習。


夢の中では、確かに撃てた。

掌の先に意識を集中させ、電荷を持たない素粒子を亜光速で射出する。的が木っ端微塵に吹き飛ぶ感覚。あの手応えは、今でも指先に残っている。


……夢だけどな。


「起きてからも繰り返し思い出すのよ」


サティアの声が頭に響く。昨夜の指示を忠実に守れということらしい。


仕方ない。やってみるか。


俺は布団の中で右手を天井に向かって突き出した。

目を閉じる。夢の中の感覚を再現する。掌の先に、エネルギーが集束していくイメージ。素粒子が加速し、一点に収束し、そして解放される。


どん、という衝撃。

天井に穴が開く。

宿の主人が飛んでくる。

弁償代を請求される。


……いや、それは最悪のシミュレーションだ。


もう一度。最高の結果をイメージしろ。

掌から放たれる、指向性を持った運動エネルギー。目標だけを正確に破壊する、精密な力。


「はっ」


声と共に、右手を突き出す。


何も起きなかった。


天井は無傷。空気すら揺れていない。

ただ、手の掌と甲がムズムズしていた。虫が這い回るような感じだ。


「……知ってた」


「おはよう、コウくん。朝から練習なんてえらいわね」

サティアがのんきに言う。


俺は布団に手を引っ込め、天井を見上げた。

俺は今、早朝の宿の布団の中で、天井に向かって手を突き出していた寝相の悪いヤツだ。


朝から何をやっているんだ、俺は。



宿の食堂で朝食を食べた。


パンと目玉焼き、それに薄いスープ。質素だが、温かい食事が出てくるだけでありがたい。前世のコンビニ飯より遥かにマシだ。


「あの、お客さん」


看板娘の少女が、俺の席に近づいてきた。


「その服……昨日買ったんですか?」


「ああ」


「……似合って、ます……たぶん」


目が泳いでいる。嘘が下手な子だ。


「気を遣わなくていいよ。自分でも分かってるから」


「いえ! その、目立つので、覚えやすいというか……」


フォローになっていない。だが、悪意がないのは伝わる。


「ありがとう。美味しかったよ」


気を悪くしてない事を伝えるために、女の子に笑顔でそう答えて、俺は食堂を出た。



昨日は夕方で人通りも少なかったが、朝の街は活気に溢れていた。露店が並び、商人たちが声を張り上げ、荷馬車が石畳の上をガラガラと音を立てて走っていく。


そして、俺は目立っていた。


すれ違う人々が二度見する。ヒソヒソと何かを囁き合う。子供が指をさして笑い、母親に手を引かれて連れ去られる。


「ねえママ、あの人なんでピンクなの?」


「見ちゃいけません」


聞こえてるぞ。


「あらあら。人気者ね、コウくん」


サティアが楽しそうに言う。


「これは人気じゃない。好奇の視線だ」


「同じようなものよ」


全然違う。


俺は昨日、この服を「認識のハック」だと位置づけた。悪目立ちすることで、逆に「怪しい奴」というカテゴリから外れる。泥棒が派手な格好をするはずがない、という先入観を利用した高度なカモフラージュ。


……だが、冷静に考えてみろ。


俺は今、単に「変な奴」として認識されているだけではないのか。カモフラージュどころか、街中の人間に顔を覚えられている。犯罪を犯したら一発でバレる。逃走経路の確保という観点からすると、最悪の選択だったのでは?


いや待て。俺は犯罪を犯す予定はない。だから問題ない。


……問題ないよな?


「コウくん、また最悪のシミュレーションしてるでしょ」


「してない」


「嘘。眉間にシワ寄ってるわよ」


うるさい。



ギルドに到着した。


扉を開けると、受付の女性と目が合った。彼女は一瞬だけ固まり、それからプロフェッショナルな笑顔を浮かべた。


「おはようございます。昨日登録された……コウさん、ですね」


「ああ」


「本日はどのようなご用件で?」


「依頼の確認を。あと、街の地図があれば欲しい」


「かしこまりました。少々お待ちください」


彼女が奥に引っ込む。その背中が微妙に震えている。笑いを堪えているのか、それとも恐怖しているのか。どちらにしても失礼な話だ。


周囲の冒険者たちの視線を感じる。


「おい、あのらピンク野郎は、あいつじゃねえか」

「模擬戦でブランをのしたヤツだろ? 電撃を食らいながら勝ったって聞いたぞ」

「隠れスキル持ちらしい」

「マジかよ。……だとしても、なんでピンクなんだ?」

「さあ……何かの宗教か?」


宗教じゃない。不良在庫を押し付けられただけだ。


だが訂正する気力もない。昨日の模擬戦の噂が広まっているらしい。「隠れスキル持ち」という評価は悪くないが、「ピンク野郎」という呼称は勘弁してほしい。定着したら厄介だ。


「はい、こちらが街の地図になります」


受付の女性が戻ってきた。羊皮紙に描かれた簡素な地図を手渡される。


「本日の依頼はどうされますか?」


「……今日は街を見て回る。依頼は明日から」


「かしこまりました。お気をつけて」


俺はギルドを出た。


「あら、お散歩? いいわね、コウくん。街の空気を感じるのは大事よ」


「観光気分じゃない。地形の把握だ。いざという時の逃走経路、物資の調達先、危険なエリアの特定。生存に必要な情報収集だ」


「ふふ。そういうことにしておくわ」


何がおかしい。



街の中央を流れる川に差し掛かった。


川幅は二十メートルほど。流れはそこそこ速い。その上に、石造りの橋が架かっている。アーチ型の古い橋だ。荷馬車や人々が頻繁に行き交っており、街の主要なインフラであることは一目で分かる。


俺は何気なく橋を渡ろうとした。


そして、足が止まった。


「……?」


何だ、この感覚は。


言語化できない違和感。虫が背中を這うような、ぞわぞわとした不快感。危険を知らせるアラームが、脳の奥で鳴っている。


「あら、コウくん。何か感じた?」


サティアの声。いつもより真剣なトーンだ。


「……気のせいだ」


そう言いながらも、俺の足は動かない。


直観。昨夜、サティアが説明したスキル。言語化されない異常の認識。潜在的なリスクに反応する能力。


馬鹿馬鹿しい。直感なんてものは、過去の経験から無意識に導き出された推論に過ぎない。超常的な力じゃない。俺の脳が、何かの異常を検知しているだけだ。


……だとしたら、何を検知している?


俺は橋を観察し始めた。


石組みの状態。欄干の傾き。橋脚の水際。荷馬車が通過するたびに伝わる振動。


「…………」


橋から身を乗り出してようやく見つけた。


橋脚の根元に、亀裂が走っている。水面すれすれの位置だから、普通に歩いていたら気づかない。だが、確かにある。しかも一箇所じゃない。複数の亀裂が、橋脚を取り巻くように広がっている。


欄干も微妙に傾いている。目視では分かりにくいが、水平線と比較すると明らかだ。橋全体が、わずかに歪んでいる。


荷馬車が通過するたびに、橋が軋む音がする。石と石が擦れ合う、嫌な音だ。


俺の脳が、自動的に最悪のシナリオを構築し始める。


この橋の設計年代は? 石材の劣化速度は? 現在の荷重に対する安全係数は?


データが足りない。だが、亀裂の角度と深さから推測すると、内部の構造材が腐食している可能性がある。石橋に見えるが、おそらく内部に木材か鉄材の芯が入っている。それが経年劣化で強度を失っている。


最悪の場合……。


重い荷馬車が橋の中央を通過する。

積載重量が臨界点を超える。

橋脚が崩壊し、橋が中央からV字に折れる。

橋の上にいた人々が川に投げ出される。

川の流れは速い。石材が落下する。巻き込まれた人間の生存率は……。


「コウくん、できればその引き寄せは人のいない時ならやって欲しかったわ」


サティアの声が割り込む。


「これはリスク管理だ」


「さっそくモヤモヤの解消をしてくれるのはありがたいけど…」


「モヤモヤ? これは物理的な事実だ。この橋は……持たない」


だが、誰に言えばいい?


俺は転生して三日目の、身元不明の冒険者だ。「この橋は危険だ」と叫んだところで、誰が信じる?


証拠は? データは? 俺の「直感」だけで橋を止められるのか?


「コウくん」


サティアの声が、少し切実になる。


「あなたの『お仕事』、覚えてる?」


避雷針。


そのとき、橋の向こう側から、重そうな荷馬車が近づいてきた。


荷台には大量の石材が積まれている。建築資材だろう。ぎっしりと詰め込まれた石の塊が、荷馬車の車軸を軋ませている。


御者は何も気づいていない。鼻歌交じりに手綱を操り、橋に向かって真っ直ぐ進んでくる。


橋の上には、まだ数人の通行人がいる。買い物帰りの主婦。杖をついた老人。手を繋いだ親子連れ。


石材を満載した荷馬車が、今まさに橋に入ろうとしている。



最悪のシナリオが、現実になろうとしていた。


時間がない。


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