第17話 愛とハッピーの作業着
「おい! 客はあっちだ。反対側に回れ!」
振り向いた店員はカウンターの内側に俺がいるのに驚いて怒鳴った。
手に持った清掃用のブラシを武器のように構え、泥だらけの俺を敵対的存在として警戒している。
「わかりました」
ここは丁寧な言葉使いでしっかり客として認識してもらう必要がある。
俺は短く応じ、カウンターの外側へと回り込んだ。
店員は依然として警戒を解いていないが、俺が素直に指示に従ったことで、即座に攻撃フェーズへ移行することは免れたようだ。
「……で、何の用だ。ここは冷やかしの浮浪者が来る場所じゃねえぞ」
「服を探しています。機能的で頑丈な服です。引張強度、耐酸性能、そして多機能ポケットの適切な配置。さらに速乾性能と透湿性を。求めているのは衣服という名の装飾品ではなく、過酷な環境下での生存を担保する装備です」
俺は言葉だけは丁寧に、矢継ぎ早に要求スペックを提示した。
店員は最初こそ呆気に取られていたが、俺が並べた単語の羅列を脳内で処理しようと、眉間に深い皺を刻む。
「……おかしな注文だな。だが、お前が言ってるのは、要するに死んでも破れない作業着ってことか」
「そうです。この服のように、ちょっと藪につっこんだり、ちょっとグレートボアに撥ねられたり、ちょっと魔法使いと戦ったり、ちょっとイワガメに放り投げられても、破れないような服です」
手を広げて自分の服の状態を見せながら俺は店員に伝えた。
「お…おう。それはちょっととは言わないけどな。…あー、あれがあったな。ちょっと待ってろ」
店員はそういうと奥の棚の方に向かった。
「そこから動くなよ。そして商品に触るな」
振り向いてそういうと棚を物色しはじめた。
まだ、俺を盗みを働く浮浪者だと疑っているのだろうか…
「違うわよ。コウくんがあまりにも汚いから、商品を汚して欲しくないのよ」
店員は在庫の山から一着の服を引っ張り出してきた。
「この作業着はどうだ。触るとわかるが頑丈な生地だし縫製も確かだ。しかも軽い。色んな道具を入れるためのポケットもついてる。上下に別れているから、用もたしやすい。オマエさんの要求に一番近いのはこれだぞ」
カウンターに置かれた作業着を広げてみた。
俺が最初にイメージした要素が再現されている。出力は成功と言っていい。
ただ一点、色だけは俺からシステムへのリクエストとは違っていた。
それは、鮮烈な蛍光ショッキングピンクだった。
俺はしばらく無言だった。
「あー、この色は暗い鉱山で目立つようにという、製作者の思いやりだ……安くしとくぞ」
店としてはこれは不良在庫なのだろう。この色を欲しがるのはコメディアンくらいだ。しかし、俺はあまり気にしていない。それ以外のスペックが優秀だ。ちょっと目立つくらい問題ない。
「そうか…いくらになる? 他にブーツとかも買うぞ」
値下げ交渉開始だ。言葉遣いも変えた。
「コウくん、それ本気!? でもかわいい! 愛と心臓のチャクラを激しく刺激する色だわ!」
脳内のサティアが、「女子」なハイテンションで叫ぶ。
「ブーツも買うのか? じゃあ合わせて…金貨3枚でどうだ?」
金貨3枚…日本円で6万円だ。そんな高い服は買った事がない。しかしブーツは皮製ならそこそこ高いだろう。
「金貨3枚なら、ブーツはこちらで選ばせてもらう。それ以外にも肌着とか、タオルとか、手袋もつけてもらいたい。あと帽子とポーションも欲しい。どうだ?」
店員は、少し悩んでいるようだったが、諦めたように言った。
「その服については原価割れになるんだが、まあいいだろう。それで取引成立だ」
俺は、頷いて、握手のために手を差し伸べた。
店員はその手を握ろうとして途中でやめた。
「さあ、好きなブーツを選びな。ただし、買わないものにはさわるなよ」
失礼な奴だ。
だが俺は気にせず、必要なものを選ぶ作業に入った。こういう実用的な商品を売っている店を物色するのは楽しい。
全ての棚を見回った後、目的の品物を全てカウンターに置き、金貨3枚と銀貨2枚を支払った。銀貨2枚は、追加で買うことにした鞄の代金だ。今まで身につけていたものを持って帰らなければならない。
「他に客もいないようだし、ここで着替えさせてくれ」
「そっちの奥でやってくれ」
店員は俺が入ってきた部屋を指差した。
指示に従って隣の部屋に移った俺は、まず履いていた靴を脱ぎ捨てた。先程箱を蹴り飛ばした足を見ると少し赤くなっている。突き指みたいな状態だろう。
俺が赤くなっている部分にポーションを振りかけると、痛みと赤みが引いていくのがわかった。残ったポーションを飲み下す。
それから勢い良く今までの服を脱ぎ捨てた。下着も脱いで、丸裸だ。
手に入れたタオルで体の汚れを落とす。それから異世界の肌着を身につけた。肌触りは悪くない。それからピンクの作業着に脚と手を通す。
少し裾が長かったが、ブーツを履いてその中にしまいこんだ。
帽子でボサボサの頭を隠して、コウの異世界バージョン完成だ。
「ふふっ。素敵よ、コウくん。全身から愛とハッピーのオーラが出てて、只者じゃない事が一眼でわかるわ」
サティアが適当な事を言っているが気にしない。この色は、目立つことにより味方からの攻撃を防いだり、遭難時に見つけやすくしてもらう効果がある合理的な選択だ。
それに今の俺には、別の効果も期待できる。
店内に戻って、店員に声をかける。
「なかなか、良い品だ。また来る」
「お、おう。……これは、想像以上に……」
店員が何か言いたそうだが、俺はそのまま店を出た。今度は本来の出入り口からだ。
通りに出て、俺は堂々と宿への帰路についた。
意外と周りからの注目度は低い。一瞬こちらを見るが、すぐに興味を失ったように目を逸らす。
「ふふっ。興味を失ったわけじゃないわよ。あまりの輝きに見続けたら目が焼かれるって思ったんじゃない?」
サティアに反論しようと思ったが、前方に見覚えのある顔を見つけた。あの高級店にいた店員だ。キョロキョロと周りを見回している。
まだ探してるのか? ご苦労なことだ。それとも店内で客の相手をするのが嫌でサボってるのかもな。
俺はそいつから、目を逸らすことなく、すぐ脇を通り抜けた。
そいつは一瞬俺を見たが、他の人たちと同じように、すぐに興味を失ったように目を逸らしていた。
成功だ。
これがこの服のもう一つの効果だ。
人間は『あり得ないほど目立つもの』を、脳の処理優先順位から外すことがある。カモフラージュとは周囲に溶け込むことだけではない。対象の脳内データベースを飽和させ、検索対象から除外させることもまた、高度なカモフラージュなのだ
高級店の店員の脳内データベースにあるのは、泥だらけでボロボロの男だ。
今、目の前を歩いているのは、ショッキングピンクの謎の職人風の男。
「あんなに目立つ奴が、逃走中の泥棒であるはずがない」
という先入観による強力なフィルタリングが、俺の存在を背景ノイズとして処理したのだ。
「……認識のハック、成功だな」
俺は全身から放たれる桃色の光彩を、勝利者に相応しい輝きとして受け入れた。




