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第16話 そろそろ着替えたい

ギルドの重厚な扉を背に、俺はまず自分の外見的なコンディションを確認した。


朝から電撃を受けて転げ回り、ガス爆発を避けたもののイワガメに地面に突き落とされ、俺の服はエントロピーが最大化した末路を辿っている。そもそも昨日からヤブに突っ込んだり、イノシシにはねられたりと、俺がユニクロで買ったこの服はもはやだれも引き取ってくれないレベルだ。

早急に新しい服を手に入れたい。


俺は広場の方へと足を向けた。

街の中心部に行けば服を売っている店があるだろうという計算のもとだ。


だが、歩けども歩けども、俺の望んでいる服屋は見つからない。

服屋がある度に窓から覗いて見ているが、店に並んでいるのは、無駄にフリルがついたドレスや、防御力を無視して装飾性に全振りした貴族風のジャケットばかりだ。


「コウくん。あの服かわいいわ。すっごく波動がいいわよ」

「誰が着ると思ってるんだ。俺があんな服を着てどうする」


俺は広場から少し離れた場所まで歩いて来た。未だに「いい感じ」の服屋はみつからない。

「いい感じ」というのはユニクロとかワークマンのような店のことだ。シンプルで機能的な服が欲しい。


「……なぜだ? ギルドにいた冒険者たちはどこで服を買っているんだ?」


しばらく歩き回り、一軒の服屋を見つけた。窓から中を除くことはできないが、通りに服を描いた看板が出ている。

ガラス窓をショーウィンドウにするような見栄えを気にした無駄を廃した店構え。期待が持てる


だが、そこはあろうことか、漂ってくる空気の単価が違うような高級店だった。

高い天井、柔らかなカーペット、そして、俺が今まで一度も袖を通したことがないタイプの、繊細な生地の服。


探すまでもなく、ここに俺が求めている服は無い。

あるのは、一着で金貨が数枚飛んでいきそうな、コストパフォーマンスを度外視した「嗜好品」だけだ。


そこで、俺はふと思いついた。

これは、俺の仮説……《本当に自分のシミュレーションが世界のシステムに影響しているのか》の検証を行う、絶好のテスト環境ではないか。


リクロータスの採集時に起きた、あのガス爆発という名の「物理的な草刈り」。

あれが偶然ではなく、俺の脳内シミュレーションという入力に対する世界からの出力なのだとしたら。


俺がまずやるべきは、求める結果ゴールの確定だ。


俺は目を閉じ、脳内に《機能的でシンプルな服を手に入れた自分》を鮮明に思い描く。

ここまでの経験を考えると、必要なのは作業着だ。もしくは戦闘服。そう、陸自の隊員が着ているような。

色は…さすがに迷彩はやり過ぎだろう。上はグリーン下はカーキにしておこう。

装飾は不要。

ポケットは多数。

速乾性と耐久性に優れ、物理的な干渉に強い生地。

あとは丈夫なブーツがあるといい。

いい感じだ、これならこの世界で戦える。


「えーっ。地味でつまらないわねえ。もっとかわいいのにしなさいよ」

うるさい。


次に、システムを過負荷にするための状況の入力として、最悪の状況のシミュレーションを開始する。


現在のパラメータを確認しよう。

場所は高級店。

周囲には数万円単位の服。

そして、泥だらけでボロボロの格好をした、身元不明の男。

店員の視線からは、すでに俺を排除しようとする気持ちが読み取れる。

客たちも、俺というノイズを視界から消去しようと露骨に眉をひそめている。


この状況で起こる、最悪の事象とは何か。

店員に塩を撒かれて追い出される?


いや、それはダメージとしては軽微だ。


客に嫌味を言われる?


精神的負荷は無視できるレベルだ。


最悪なのは……そう。

俺は今、この身なりに似つかわしくない大金、金貨6枚をポケットに直に入れている。

身なりの汚い男が多額のキャッシュを所持しているという事実は常識と反するので、そこに納得の行く理由が要求される。


つまり、俺は「泥棒」扱いされる。


客の誰かが、高価な商品を購入しようとして、財布を紛失したことに気づく。

周囲を見渡し、最も確率的に怪しい……つまり、この場に不釣り合いな俺を真っ先に犯人だと断定する。店員が動いて俺を追い詰める。衛兵を呼ばれ、俺は物理的な拘束を受ける。所持金は没収され…


「お金をすられたわ! 財布がないの!」


鋭い悲鳴が店内に響いた。


え、早い。

まだ回避策のシミュレーションが終わっていない。

俺は思考のラグを修正しようとしたが、現実はすでに俺の想定した最悪のルートへと収束し始めていた。


「きっとあいつだ! あの汚い男が盗んだんだわ! 捕まえなさい!」


先程まで優雅に服を選んでいた貴婦人が、指を震わせて、俺を指さす。

店員たちの表情が、困惑から明確な攻撃性へとシフトする。


うわ、本当に俺を泥棒扱いし始めたぞ。実行速度が予想を超えている。

これはもしかして、俺がシミュレーションする前から、動き出していた事態か?


「コウくん、分析してる場合じゃないわよ! 逃げないと、今夜の夕食は抜きになっちゃう!」


こういう場合の最適解は一つだ。

逃げる!


俺は店を飛び出した。

店員の叫び声を背後に聞きながら、石畳を蹴る。

俺は来た道を引き返してギルドへと向かった。


ここで捕まれば、無実を証明するためのコストが膨大になる。だが、冒険者ギルドの中まで逃げ込めば、俺の身元と金貨の正当な出所を証明できるはずだ。


「泥棒だ! そこの男を捕まえろ!」


店員が自分の脚力による追跡を諦め、周囲のリソースを頼ることに決めたようだ。

通行人たちの視線が、一斉に俺にロックオンされる。


「今の脇道、ガチャガチャいっぱい障害物があって、良さそうだったわよ」


良さそうって何がだよ!


ギルドまではあと少し。

だが、ギルドの通りの入口に、俺の行く手を阻もうとする協力者が発生した。

その道は通れない。


周りを見ると1つの脇道が目に入った。先程サティアが「良さそう」と言っていた脇道だ。

俺はその狭い脇道へと飛び込んだ。


入り組んだ路地。

積み上げられた木箱。

散乱するゴミ。


俺の頭の中には映画の1シーンがフラッシュバックした。

何の映画かは思い出せないが、こういうごちゃごちゃした道で、材木や箱を倒して追手の障害物を作りながら逃げる主人公。


あの積み上げられた箱の一番下を蹴り飛ばせば、上の箱が散らばるはず。


俺は、箱を積み上げた人に申し訳ない気持ちになりながら、その主人公のように一番下の木箱を蹴り飛ばした。


「痛ぇっ!


思いっきり蹴ったおかげで、箱は移動したが、つま先に鈍痛が走った。

支えを失った木箱が崩れて道を塞ぐ。


俺は、痛む足をかばいながら走り出した。走る速度が落ちた分、障害物を増やさなければならない。

その先も倒せるものがあれば倒しながら狭い道を走り続けた。


……生活感のあるゴミ、積み上げられた実用的な木箱、そしてこの刺激臭。間違いない、この『最悪からの回避ルート』の先にあるのは、装飾過多な商業区ではなく、機能性が支配する職人街の裏口だ!


息が上がり、酸素供給が追いつかなくなってきた。

痛い足を庇っているせいで、逆の足の筋肉が疲労してきた。


どこか。

一時的に潜伏し、追っ手のロックオンを外せる場所は。


何度目かの曲がり角を曲がった先に、大きめの通りが見えた。この障害物ルートはもう終わる。

そして大きな通りに合流する手前に半開きになった木の扉があった。


俺は迷わずそこへ滑り込み、外から見えないように扉脇の壁に背中をつけた。


荒い息を殺し、耳を澄ませる。


俺はそのままじっとしていた。息を整えたい。

耳は外に注意を払い、目はこの建物が何なのか観察していた。


外を数人の足音が駆け抜けていく。


「ふう……。最悪ルートのピタゴラ展開は終了か……」


俺の想定では、これでシステムに過負荷が与えられたはずだ。後は出力として、イメージした服が手に入るかだが。


ここは……何かの店の裏口か?


隣の部屋には、カウンターらしきものと、背を向けた店員らしき人影が見える。


雑貨屋か?

棚に並んでいるのは、鞄、水筒、スコップ、作業用の厚手の手袋。

そして、無骨なデザインの長靴。


出力に成功した!?


作業着はあるのか?

俺はもっと店内を物色したくて、カウンターの方へ歩み寄った。


「あっ、コウくん! そっちから話しかけたら…」


「すみません。ここは、作業服とかを扱っている店ですか?」


いきなり後ろから声をかけられた店員は、驚いて2cmほど垂直に跳ねた。

すまない。


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