鈴のギフト
作中には家族の闘病・死別に関する描写が含まれています。苦手な方は閲覧をお控えください。
「舞踏会に行きたいな」
軒に吊るしっ放しの風鈴に木枯らしが吹きつけ始めた頃。
病院のベッドで娘の鈴が憧れの眼差しをするようになった。
「舞踏会? いいね」
そのたび、僕は口角をなんとか上げる。
12歳の割に幼い夢が僕の胸をしめつけるのは、鈴が骨肉腫 ―― 骨のガンだからだ。
最初は自転車でこけた怪我のはずだった。けれどそこから病気が発見され、鈴は夏休みから延々と入退院を繰り返す生活をしている。
この正月も家に帰れない。鈴だけでなく、この小児病棟では帰れる子のほうが少ないのだ。
無論、いちばん苦しいのは本人。だが親の僕も追い詰められている。妻はすでに亡い。娘の夢にも作り笑いで応じるのが精一杯だ。
だから鈴がこう言い出したとき、僕はつい泣きそうになった。
「行くの無理だから開くことにしたの、舞踏会。看護師さんがOKって」
「良かったな」
「パパ、協力してくれる?」
「喜んで」
病棟の仲間へ、招待状がわりの年賀状。おみくじ付き。
ワルツを奏でるオルゴール。
お気に入りのアクセサリー。
オーダーされたものを渡すと鈴の顔はぱっと輝いた。まるで長い雨宿りのあと虹を見つけたかのように。
「おもてなしはホットケーキね」
「鈴の好物ね。アイスクリームもだな」
娘と僕は指切りをした。
1月10日。病院の娯楽室に舞踏会の招待客が集まった。ドレス姿、ニット帽。鈴と同じ病棟の仲間だ。僕はひとりひとりと、鈴が年賀状に記した合い言葉を交わす。
『神様のギフト』
なんのこと、と尋ねる僕に鈴は、ママが言ってたの、と答えたのだ。
" 鈴のことか "
" さあ、どうでしょう "
娘との会話が否応なしに蘇る。
僕は、鈴が大切にしていたアクセサリーをみんなに贈り、鈴の好物を卓に並べ、古いオルゴールのネジをまく。
優しい音色に合わせてゆるくステップを踏み、手拍子を打ち、お喋りする ―― 小さなサバイバル・レディーたちの中にもう、鈴の姿はない。
娘との約束で僕はここにいるけれど、僕の心はずっと、過去をさまよっている。
年賀状に 『家族が増えました』 と書いた日。鈴のために妻と自転車を買いに行った日。その自転車に、鈴が初めて乗れた日。
いま鈴は痛みのない国で、妻とホットケーキを分けて笑っているのだろうか。
「鈴ちゃんのパパ」 ニット帽の子がふとオルゴールを指さした。
「鈴ちゃんとママ、いるね」
そういえば、触れていないのに鳴り続けている。今も ――
ネジの切れかけていたメロディーが、再び、軽やかに動き出す。
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