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昔から私のものを欲しがる妹に辟易していたので、モラハラ婚約者を押し付けてみることにしました

 妹のイザベラが私のものを欲しがったのは、私が七歳の時だった。


 青い宝石で作られたペンダント。祖母が買ってきてくれた、私だけの大切なもの。

 ところがある日、イザベラが「欲しい」と言い張った。何度も何度も、泣いたり怒ったりして要求してきた。母に「イザベラが欲しいなら、譲ってあげなさい」と言われ、結局、私はペンダントを妹に譲ることになった。


 それから十二年。この構図は何度も繰り返された。


 八歳のとき、親友だったマーガレット。毎日一緒に遊んでいた。イザベラが「私も遊びたい」と言ってきた。母は「イザベラも一緒に遊ばせてあげなさい」と言った。しかしイザベラは「ステファニーがいると邪魔」と言い始め、私を外した。気がつくと、マーガレットはイザベラの友人になっていた。


 十歳のとき、誕生日に父から貰った時計。金色の装飾が施された、大人っぽい時計だった。これまたイザベラが「その時計、欲しい」と言ってきた。私が「これは私の誕生日の贈り物」と言うと、イザベラは「ずるい。私だって欲しい」と泣いた。両親に頼まれ、結局その時計も譲った。イザベラはそれを毎日つけていた。


 十二歳のとき、私に絵の先生がついた。イザベラが「私も習いたい。お姉様だけずるい」と言い張った。先生は私たちの両方を教えることになった。やがて新しい道具も先生の時間も、妹に優先された。


 十四歳のとき、読みたかった本が届いた。イザベラが「その本、欲しい」と言った。私が「今読んでるから」と言うと、イザベラは「ずるい。貸して」と言い張った。結局、貸すことになった。本は返ってこなかった。


 十六歳のとき、新しいドレスが届いた。青い色で、社交界用の素敵なドレスだった。イザベラが「そのドレス、欲しい。私のサイズに直してちょうだい」と言ってきた。「私のために作ってもらったもの」と言うと、イザベラは「ずるい。お姉様だけいつもいい物ばかり」と母に告げ口した。母は「妹思いになりなさい」と言った。結局、ドレスは直されてイザベラのものになった。


 十八歳のとき、好きな男性ができた。社交界でよく会う、温厚な貴族の息子だった。イザベラが「その人、素敵だね。紹介して」と言ってきた。その週末、イザベラと母が、その男性の家を訪問するという話を聞かされた。理由は「社交の勉強」だった。その後、その男性は私に興味を示さなくなった。イザベラはその男性と何度も社交界で会っていた。


 その繰り返しの中で、私は学んだ。自分のものは妹に奪われるもの。自分がしたいことは、妹のために譲らなければならないもの。両親は常に妹を甘やかす。何か言うと「妹思いになりなさい」と説教される。


 十九歳になった今、私の人生で本当に自分だけのものなんてない。


 そんな私に、人生で最大級の悪い知らせが届いたのは、この秋のことだった。


 政略結婚の話である。


 相手は隣国の公爵令息、レクストール・フォン・シュルケンベルク。初めて話を聞いたとき、正直なところ、自分の人生にこれ以上何が起こるのだろうと思った。妹に奪われ続けた人生に、さらに何かが足されるのかという感覚。


 だが、両親はこの話に乗り気だった。


「フォン・シュルケンベルク家との政略結婚は、我が家の栄誉のためになる」


 父がそう言ったのは、書斎での家族会議のときだった。私と妹、そして両親の四人で、父の机の前に座っていた。


「相手の家格も申し分ない。あちらの国では王族に次ぐ立場だ。ステファニー、お前が嫁ぐことで、わが家の地位も一段階上がる」


 父の言葉は論理的だ。だが、その中に私という人間の意思なんて欠片も入っていない。


「相手についてはどの程度調べましたか」


 私は慎重に聞いた。イザベラはすでに退屈そうに指の爪を見つめていた。妹にはこの話は関係ないのだろう。もちろん関係ある筈がない。私の問題なのだから。


「相手は若く、容貌も優れている。隣国でも有名な貴族だ。何か問題があるのか」


 父は眉をひそめた。その表情は「お前の意見など聞いていない」と言っていた。


「いいえ。ただ、相手をもっとよく知りたいと思いまして」


「その心がけはいいが、決まった話だ。社交界に発表するのは来月。それまでに準備をしておくように」


 父がそう宣告すると、母も同意した。我が家では、父の言葉が絶対だ。


 その夜、私は社交界の噂を集めるために、信頼できる友人に手紙を送った。レクストール・フォン・シュルケンベルクについて、何か知っていることはないか、と。


 返ってきた返信は、三日後だった。


 ──


 親愛なるステファニーへ


 貴女の問い合わせについて、非常に重要なことをお伝えしなければなりません。レクストール・フォン・シュルケンベルク公爵令息についてですが、社交界では『婚約者を支配する男』として知られています。


 彼との婚約を結んだ令嬢は、その後、精神的に追い詰められるという噂が絶えません。昨年、レーヴェンシュタイン伯爵家の令嬢が婚約後、侍女を総入替えされ、外出と交友を制限されたとの証言があります。破棄を切り出した令嬢は、のちに社交サロンから名簿を外されたとか。彼に関する“支配”の噂は、単なる尾ひれではありません。


 もしや、この男と婚約することになったのですか。そうであれば、我が家の力を使ってでも、彼のような男の支配下に置かれるのは、あってはなりません。


 ──


 手紙を読み終わったとき、私の手は震えていた。


 支配。精神的な追い詰め。社交界からの追放工作。


 こうした言葉が、私の脳裏を占拠した。自分が嫁ぐ相手は、そのような男なのか。


 だが、手紙をもう一度読んで、私は友人に返信することにした。ありがとうございます、と。そして、話は決まったこと。だから、これ以上は気にしないでください、と。


 嘘だった。本心は、恐怖で満ちていた。だが、伝えるわけにはいかない。


 それから一か月間は、社交界の中で、私は「幸せな婚約者」を演じた。新しいドレスを作った。母と妹と一緒に、婚約披露の舞踏会の準備をした。妹は相変わらず、注目の中心だった。「妹さんはご結婚されないのですか」という質問に、妹は「私はまだお姉様の姿を見守りたいので」と可愛らしく答え、周囲はそれに微笑んだ。


 妹を見ていて、私は思った。妹のこの可愛らしさは、すべて演技なのだ。本当の彼女の姿は、私のものを奪い続けてきた、貪欲な怪物だ。だが、その本性は、誰にも見えていない。


 だからこそ、社交界は妹を愛する。そして、私は軽蔑される。


 社交界での婚約発表の夜、私はレクストール・フォン・シュルケンベルクと初めて顔を合わせた。


 彼は、確かに容貌に優れていた。黒い髪、鋭い目元、整った顔立ち。だが、その目には、何か冷たく危険な光が宿っていた。


「初めまして、ステファニー令嬢」


 彼が私の手を取ったとき、その触れ方は丁寧だったが、同時に支配的だった。まるで、所有物を確認するかのような感触。


「こちらこそ、レクストール公爵子息」


 私は笑顔を作った。だが、その瞬間、彼の目が私を観察する光に変わったのを、私は見逃さなかった。


 その夜の舞踏会の中で、彼は私に何度も指示を出した。このダンスはこのような步き方をしたほうがいい。こういう時は黙っているべきだ。貴女の笑い方は少し大きすぎる。そういった些細なことの積み重ねの中で、私は自分が支配下に入りつつあることを感じた。


 舞踏会の途中で、私はレクストールの支配的な指示や言動に疲れ始めていた。彼は私の踊りぶりについて「もっと優雅に」「笑顔が過剰だ」「言葉数が多すぎる」と、次々と指摘してきた。社交界の多くの人間の前で、である。


 その時だった。イザベラが、ホールの端から私たちに近づいてきたのは。


 妹の目は、すぐにレクストールに釘付けになった。その輝き方は、何度も見た。妹が「欲しい」と思ったときの、あの光だ。


 イザベラは、私に笑顔を向けた。その笑顔は、社交界向けの完璧なものだ。


「お姉様、お疲れ様です。レクストール、申し訳ありません。少しお姉様を休ませてあげてもよろしいでしょうか」


 妹の誘い方は、極めて丁寧だった。まるで、相手の気持ちを第一に考えているかのように。


「お姉様に疲れが見えます。私が少しの間、お相手させていただければ幸いです」


 レクストールの表情が変わった。私に向けていた冷徹な視線が、妹に向けられた瞬間、その光が変わった。興味のようなものが、そこに宿った。


「構わない」


 彼がそう言って、妹の手を取ったとき、私の中で何かが確実に変わった。


 二人が踊り始めるのを見つめながら、私は理解した。


 妹は、また私のものを奪おうとしている。


 それも、これまでで最も確実な方法で。

 何度も私のものを取ってきた、あの貪欲さのままに。


 その夜、 帰路の馬車の中、私はイザベラを注視していた。妹は窓の外を見ながら、ほんの微かに笑みを浮かべていた。それは、社交界向けの完璧な笑顔ではなく、何か熱っぽい、欲望に満ちた表情だった。


 その時、確信した。妹は、レクストールを欲しいと思っている。


 ……もし、妹にレクストールを押し付けたら、どうなるか。


 不意にそんな思考がよぎった。これまで私は奪われ続け、我慢し続けてきた。だったら、不要なものも奪ってくれればいい。


 これは天啓だった。


 でも今回は婚約者だ。イザベラが私から奪うには容易ではない。

 だから、私の方からアクションを起こした方がいい。でも、妹が「自分が選んだ」と思い込むような形で、レクストールを渡す必要がある。そうでなければ、妹は被害者になり、私は加害者になってしまう。どうしようか……。


「実は、昨晩のレクストール様とのお付き合いについて、少し心配なことが生じてしまいました」


 翌日の朝食時、私は両親にそう切り出した。ただし、直接的ではなく、慎重に。


 父は、朝の新聞から顔を上げた。


「どうした」


「レクストール様とお話して、彼の要求水準が非常に高いのだということに気づきました。彼は完璧さを求められる方のようで、昨晩も私の踊りぶりについて、多くのご指摘をいただきました」


 これも、すべて真実だ。ただし、不安の理由として表現した。


「そのようなご性格の方と婚約することが、本当に我が家のためになるのだろうかと。正直に申し上げますと、私は彼のご要求についていけるか、確信が持てません」


 母は、心配そうに私を見た。私は続ける。


「ですが、昨晩イザベラとレクストール様が踊る姿を見ました。二人の息がとても合っていて、イザベラはレクストール様の要求に自然に応じていたように見えました。彼には、私よりもイザベラの方がより適応できるのではないか、そう思ったのです」


 父が、私をじっと見つめた。


「つまり、婚約を辞退したいということか」


「いいえ、私が申し上げたいのは、イザベラの方が、レクストール様のパートナーとして相応しいのではないか、ということです」


 その瞬間、父の表情が変わった。母はカトラリーを置いた。そして、テーブルの反対側に座るイザベラが、顔を上げた。


「イザベラ、お前はこの話についてどう思う?」


 妹は、優雅に笑った。


「お父様、お母様、そして、お姉様。率直に申し上げますと、レクストール様とお話させていただいた時間は、非常に有意義なものでした。お姉様を支えるつもりで参加した舞踏会でしたが、正直なところ、レクストール様はお姉様よりも、私の方が相応しいパートナーかもしれないと感じてしまいました」


 妹は、そう言って、俯いた。


「お父様、お母様……私はお姉様の幸せが第一だと思っています」


 イザベラは一拍置き、伏し目がちに続けた。


「——ただ、昨夜は本当に踊りやすくて。あの方の導きは、私には自然で……」


 ためらいを装いながら、結論だけを卓上に置く。


 イザベラは、実は自分が欲しいものを、さりげなく、相手に提案させるやり方を知っている。昔は直球に欲しがるだけだったが、今はより巧妙化していた。


 母は、妹の言葉に感動したような表情になった。


「イザベラ、なんて優しい子なの」


「ああ、ステファニーもイザベラのほうがいいと言っていることだし、私から一度提案してみるとしよう」


 その瞬間、決定は下された。


 父が婚約者の変更について打診するために手紙をしたためた。


 レクストールからの返信は、三日後に届いた。


「イザベラ令嬢との婚約に同意する。ステファニー令嬢への結納金は、従前の契約に従い供出する」


 短く、そして冷徹な返信だった。


 レクストールにとって、婚約者が誰であれ、さほどの問題ではないということだ。それは、彼にとって、私も妹も、単なるコマに過ぎないということを意味していた。


 瞬く間に社交界では「ステファニーが身を引き、妹のイザベラがレクストールの婚約者になった」と報じられた。


 イザベラは心底満足そうだった。でも彼女はまだ知らない。

 自分が選んだのは、婚約者ではなく、地獄だということを。


 そして、私は、その地獄の始まりを、静かに見守ることにしたのだった。





 婚約が正式に決まってから、イザベラとレクストールの関係は急速に変わっていった。


 最初の数週間は、イザベラは幸せそうだった。社交界でもレクストールとのふたり連れは注目の的で、理想的なカップルに見えた。


 だが、私はその下を流れるものを見ていた。


 レクストールは、イザベラに対して驚くほど細かく指示を出していた。ドレスの色についても、髪の結い方についても、社交界での会話の内容についても。彼は常に「それはふさわしくない」「もっと気をつけるべきだ」「君は少し考えが足りない」とそう言った。


 そして、イザベラは最初、それに従っていた。彼女は、この男が自分の夫になる男だと信じていたし、社交界の中でも「愛する者からの忠告」という形で受け入れられていた。


 ところが、時間が経つにつれて、レクストールの要求はエスカレートしていった。


 社交界での友人との付き合いを制限され、両親との外出も「事前報告と許可」を必要とされるようになった。イザベラが「友人と会いたい」と言うと、レクストールは「その友人は、君の品格を落とす。関係を断つべき」と言った。


 イザベラはそれでも従っていた。だが、その従順さの中に、段々と不満が積もり始めていた。


 私は、舞踏会でイザベラの変化を見た。彼女は以前のような輝きを失い、常にレクストールの顔色をうかがうようになっていた。何か言う前に、彼の反応を予測し、その反応を避けるような行動を取るようになっていた。


 それでも、レクストールは満足しなかった。


 ある日、社交界の舞踏会で、イザベラが別の男性と踊った。その男性は親戚で、礼儀的なダンスだった。だが、レクストールはそれを見ると、イザベラを引き離した。その後の彼の言葉は、冷徹だった。


「君のような浮気性の女を信頼することはできない。今後、他の男性と踊ることは許さない。もし踊るなら、婚約を破棄する」


 イザベラは泣いた。だが、レクストールは彼女の涙に応じなかった。


 私はその光景を見ながら、思った。これは、私が計画した復讐ではない。これは、妹が自ら選んだ地獄だ。そして、その地獄は、妹自身が引き起こしたのだ。


 だが、その後、予想外のことが起こった。


 イザベラが、ついに反抗し始めたのだ。


 ある舞踏会で、イザベラは「あなたの指示に従うことに疲れました。私はもう従いません」と、レクストールの前で宣言した。社交界の中でである。


 その時の彼の顔は、恐ろしかった。冷たさと怒りに満ちていた。


「君は、何を言っているのか。君の人生は、すべて俺の同意のもとにあるのだ。君が逆らえば、君の家族の信用も失われる。社交界から追放されるのは、君だ」


 レクストールの言葉は、支配の脅迫だった。そして、イザベラは、その脅迫の重さを理解した。


 だが、同時に、イザベラの中に何かが目覚めた。


 昔から何でも自分の思い通りにしてきた妹は、初めて「自分がコントロールできない男」に出会った。そして、その男に支配されることの恐怖と、その男を支配することの不可能性を知った。


 その後、二人の関係は、支配と反抗の泥沼へと沈んでいった。



 二人の関係が完全に崩壊したのは、社交界の舞踏会でのことだった。


 その夜、イザベラはレクストールに「友人と話がしたい」と言った。彼は許可したが、その数分後、彼は彼女を呼び戻した。理由は、イザベラが別の男性と一言二言、言葉を交わしたからだ。


「君は、あの男に何か用があるのか」


 その声は、低く、冷徹だった。


「ただ、礼儀的な挨拶をしただけです」


 イザベラが答えると、レクストールは彼女の腕を掴んだ。


「嘘をつくな。君は、あの男に惹かれているのだ。君のような浮気性の女を信頼することはできない」


 周囲の視線が、二人に集まった。社交界の人間たちは、その光景を見ていた。


 レクストールは、イザベラを舞踏会から連れ出した。その後の会話は聞こえなかったが、イザベラが舞踏会に戻ることはなかった。


 翌日から、イザベラの「外出禁止」という噂が広がった。


「レクストールは、イザベラを支配しているらしい」

「彼女は外に出られないんですって」

「完全に支配されているんでしょう」


 社交界の噂は、瞬く間に広がった。


 私はその流れを、冷淡に観察していた。かつての「可愛い令嬢」が、今や「支配されている女」へと転換される速度は、驚くほど早かった。


 同じ社交界の人間たちが、昨日まで愛していた者を、今日は貶す。それは、極めて自然な、そして残酷な流れだ。


 だが、その時、私は自分の中に予想外の感情を見出した。


 不愉快さだ。

 それは、妹への同情ではない。だが、この社交界全体の無責任さに対する、言葉にならない怒りのようなものだった。妹は確かに悪だった。だが、この社交界も、妹と同じくらい汚い場所なのだ。


 しばらくの間、私は妹の変わりようを観察することに専念していた。


 舞踏会の片隅で、レクストールに何度も叱られるイザベラ。かつての輝きは完全に失われ、彼女の笑顔は——社交界向けのものですら——もう浮かばなくなっていた。彼女は、レクストールの影の中でのみ存在する女になっていたのだ。


 一度は、妹に同情しかけたこともある。だが、その感情は長くは続かなかった。イザベラが私に示していたのは、そのような優しさではなかったのだから。






 その後、私の人生は変わり始めた。


 新しい婚約の話が来たのだった。温厚な貴族の息子からの申し込みだった。

 妹のイザベラの醜悪な関係の対比として、私の新しい婚約は理想的に見えた。


 妹は、私を見た。妹の目には、嫉妬の炎が宿っていた。だが、もう遅い。


 婚約披露宴の夜、イザベラが私に話しかけてきたのは、舞踏会の片隅のことだった。彼女の顔は、やつれていた。レクストールの支配は、彼女の容姿さえも奪い去っていたのだ。


「お姉様」


 彼女の声は、かつての可愛らしさを失い、只々疲弊していた。


「婚約おめでとうございます。お姉様は、本当に幸せそうですね」


 その言葉には、私への嫉妬、後悔、そして絶望が混在していた。


「ありがとう。イザベラも、元気そうね」


 私は、最低限の丁寧さで返した。


「ええ……」


 妹は俯いた。


「私、間違っていました。昔からお姉さまのものが欲しくて仕方なかったんです」


「そう」


「お姉様は彼を私に押し付けたんですね?」


 その瞬間、私は久しぶりに妹の目を正面から見つめた。

 彼女に奪われ続けた十九年間。その全てが、この一瞬に凝縮された。


「そうね」


 私は、静かに答えた。


「でも、あなたが欲しいと言ったから、あげたまでよ。ペンダント、友人、時計、ドレス。そして、彼も」


 イザベラの顔が青ざめた。私は続ける。


「あなたは気づいていないかもしれないけど、世界は非常にシンプルなの。欲望のままに行動する者は、その欲望によって滅ぶ。それだけ」


 遠く、レクストールが妹を呼んでいた。イザベラは、再びその支配下へと戻っていった。


 その姿を見送りながら、私は思った。


 復讐とは、相手を傷つけることではなく、相手に自分の行為の代償を見させることなのだ。かつて私から奪い続けた妹は、今、人生で最も大切なもの——自由と、尊厳と、希望を失っていた。


 そして、それは妹が自ら選んだ結果なのだ──。

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― 新着の感想 ―
私の中でクレクレ妹よりも、奪われてばかりの姉よりも、毒親よりもレクストールが何故そんな子になっちゃったかって事がこのお話の中で1番気になるんだが(;・∀・)
基地外束縛男は略奪妹に刺されればいいのに。 毒両親も裁かれて没落すればいいのに。
舞踏会っていろんな相手と踊って交友の幅を広げるのが目的なのにw まあ最近はパートナーとだけ踊るのが貞潔だとかいう変な誤解がいろんな作品で見られるけど そんなことを直接的に要求するレクストールに至っては…
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