8
街の外れにある丘を越えた先、ひっそりと口を開けている古い石造りの階段。そこが、かつて数多の冒険者が挑み、多くが帰らなかったというダンジョンの入口だった。
トムは階段の前に立ち、吸い込まれるような暗闇をじっと見つめていた。ひんやりとした風が奥から吹き出し、苔むした石段はまるで底知れぬ地獄へ誘うかのようだ。
「……ここが、ダンジョン……」
少年の喉が、ごくりと音を立てる。心臓は早鐘を打ち、手のひらにはじっとりと汗がにじんでいた。これまで野に潜むスライムや、畑を荒らすゴブリンを倒したことはある。だが、それはすべて地上の出来事。ダンジョンの奥には、未知の魔物と罠が待ち受けているという。
その肩を、後ろからドンと叩く者がいた。
「おーい、トム! 何を突っ立ってるでやんすか!」
緑色の手が伸び、皿をのせた頭がにゅっと覗き込む。カッパのジュンチャ――皆からは単に“カッパ”と呼ばれている存在だ。河原での奇妙な暮らしぶりから、町の人々には変人扱いされているが、トムにとっては唯一無二の相棒だった。
「カッパ……その、なんだ。オレ、本当に入っていいのかな。中にはすごく強い魔物もいるんだろ?」
不安げに問いかけるトムに、カッパはにやりと笑って甲羅をトントン叩いた。
「なぁに、心配いらねぇでやんすよ。あっしとトムがいれば十分でやんす。河原のスライムを斬った時のことを思い出すでやんす。あれだって最初はビビってたけど、今じゃトムの刃の魔法で一撃でやんす!」
「そ、そうだけど……」
トムはまだ迷っていた。冒険者会館で仲間を探した時、誰も彼を受け入れてはくれなかった。みんな彼のことを「裸のやつと住んでいる変人」と噂し、避けていった。その屈辱を思い出すと、胸が重くなる。
「オレ……みんなに笑われた。カッパと一緒にいるからって」
言葉を濁すトムを、カッパは真っ直ぐに見つめた。
「ふん、くだらねぇことで笑いやがって。だがな、トム。あっしから見れば、お前さんは立派な冒険者でやんすよ。笑いたいやつには笑わせておけばいいでやんす。あっしらは、あっしらのやり方で強くなればいいんでやんす!」
その言葉に、トムの胸の奥で何かが小さく燃え始めた。孤立しても、笑われても――隣に立ってくれる者がいる。ならば一歩踏み出す勇気を持てるはずだ。
「……よし! 行こう、カッパ!」
「おうとも! さぁ、ダンジョンで一暴れでやんす!」
二人は並んで石段を踏みしめた。
薄暗い階段の奥からは、得体の知れぬ湿った空気が流れてくる。だがトムの瞳には、怯えだけではなく、新たな決意の光が宿っていた。
こうして――孤独な少年と奇妙なカッパの、二人きりのダンジョン挑戦が幕を開けたのである。




