16
「この間は……正直、死ぬかと思った」
焚き火の前でトムはぽつりと呟いた。
初めてのダンジョン探索。
巨人と対峙し、仲間を失いかけ、自分も瀕死になった。
結果として生還できたのは、奇跡以外の何ものでもなかった。
――いや、奇跡に頼る冒険なんて、冒険者とは呼べない。
「今回は、ちゃんと準備してから行く。二度と同じ失敗はしない」
真剣な声に、カッパのジュンチャと河原のジュンチャが顔を上げた。
「おぉ、準備でやんすか! いい心がけでやんす!」
「オレ、石ころ拾う」
「……いや、石ころは準備にならんだろ」
思わず頭を抱えながらも、トムは決意を固めていた。
冒険者会館で調べてみると、あのダンジョンの正式名称は「不帰の古代神殿」だった。
名の通り、一度潜れば帰ってこられないと噂される危険地帯。
「どうりで強敵ばかりだったわけだ……」
記録を見返しても、近年で潜った者はほとんどいない。
巨人級の魔物がうろついている場所など、普通の冒険者は避けるに決まっている。
他の冒険者にはさけられているので、誰も危険なダンジョンだと教えてくれない。
そんな場所に、準備もせず足を踏み入れていた自分を思い出し、背筋が寒くなった。
「まずは水と食料だ」
町の商人から保存食をいくらか買い込んだ。乾燥肉、干し果物、硬いパン。どれも質素だが、腹を満たすには十分だ。
だが金は限られている。残りは――河原で調達するしかなかった。
「ほら、バッタ取れたでやんす!」
「オレ、カエルつかまえた!」
……どうしてこうなるのか。
乾燥肉の横に並べられるバッタとカエルの山を見て、トムは深いため息をついた。
「……悲しい……これが冒険食料なのか……」
「栄養満点でやんすよ!」カッパのジュンチャは胸を張る。
「カエル、うまい」河原のジュンチャはぺろりと舌なめずり。
トムは口元を引きつらせながら、袋に詰め込んだ。
次に必要なのは道具類だ。
たいまつ、火打石、縄、油、薬草、包帯……。
「金が……足りねえ」
財布を開けば、中はすっからかんに近い。
巨人を倒して得た大金は、あのレストランで消えた。三十人前の料理に消えたのだ。思い出しただけで胃が痛む。
それでも、最低限の道具は揃えた。なけなしの金をはたき、カッパのジュンチャに縄を持たせ、河原のジュンチャにはたいまつを持たせる。
「オレ、火つけたい!」
「危ないからやめろ!」
火遊びをしようとするジュンチャを止めながら、トムは必死で計画を立てていった。
だが、問題はまだあった。
町の冒険者達に声をかけても、返ってくるのは冷たい視線ばかり。
「お前……河原で裸のやつらと一緒に暮らしてるって本当か?」
「ちょっと……近寄らないでくれる?」
噂はすっかり広まっていた。
ジュンチャ達と一緒にいるというだけで、誰も真面目に取り合ってくれない。
「ダンジョン探索の準備ってどうすれば――」
「は? 自分で考えろよ」
肩をすくめて去っていく冒険者の背中を見送りながら、トムは拳を握った。
「……仕方ない。俺達だけでやるしかない」
河原の仲間たちを振り返ると、二人は相変わらず呑気な顔をしていた。
「オレ、肉たべたい」
「魚の干物も追加でやんす」
頼りない……けれど、不思議と心強い気もする。
準備を終えた夜。
河原の焚き火の周りで、三人はそれぞれの荷物を抱えて座っていた。
「……よし。これで最低限の準備はできた。次は必ず成果を出す」
トムの宣言に、カッパのジュンチャはにやりと笑う。
「スイスイーっと行って、宝を山ほど持ち帰るでやんすよ!」
「オレ、うまい物さがす」
……どうにも先が不安だった。
だが、仲間と共に再びダンジョンに挑む決意は固まっていた。
こうして、三人の新たな冒険が始まろうとしていた。




