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巨人が砂のように崩れ落ち、残ったのは拳大……いや、抱えるほどの大きさを持つ赤い魔石だった。光に透かすと、血潮のように赤い輝きが内部でゆらゆらと渦巻いている。
「でっけえ……」
トムは思わず声を漏らした。これほど大きな魔石は見たことがない。
三人はダンジョンの出口を抜け、街の冒険者会館へ直行した。換金窓口に魔石を置くと、職員の顔が一瞬にして硬直する。ざわめきが広がり、近くの冒険者たちも何事かと身を乗り出してきた。
やがて、鑑定が終わる。
「……査定額は五十万バッズになります」
室内がどよめきに包まれた。五十万バッズ――それは新人冒険者がひと月かけても稼げるかどうかわからない大金だ。
「おぉぉ! スゴイ金!」
河原のジュンチャが片言で叫び、両手をぶんぶん振った。
カッパのジュンチャは「こりゃぁ夢みたいでやんすなぁ」と目を丸くしている。
トムは静かに頷いた。だが、町で暮らす未来を思い描くことはなかった。彼の目にあるのは常に「次の戦い」「次の冒険」だ。金は生き延びるための道具にすぎない。
だが――河原のジュンチャは違った。
「オレ……オレ、腹ペコ。金、メシに使う!」
「えっ、装備とか……」トムが言いかけると、ジュンチャは首を横に振る。
「ちがう! メシ! 今すぐ、肉! 魚! デザート!」
カッパのジュンチャも調子を合わせる。
「腹が減っては戦はできぬでやんす。今日は腹いっぱい食う日でやんすよ!」
こうして三人は街で一番大きな食堂に入り、テーブルいっぱいに料理を並べた。
肉の塊を骨ごとむしゃぶり、スープをがぶ飲みし、揚げ物を山のように積み上げる。パンはあっという間に消え、甘い菓子も次から次へと口に放り込まれる。
「もっと! もっと肉!」
「こっちの魚料理もうまいでやんす!」
二人の食欲は留まることを知らなかった。注文は止まらず、店の厨房が悲鳴を上げるほどだ。
最初こそ笑って眺めていたトムも、会計の時に顔を青ざめさせた。五十万バッズの大半が、その一夜の豪遊で消えていたのだ。
「……これじゃ、武器も防具も買えねぇ」
トムは額を押さえ、深いため息をついた。
しかし、河原のジュンチャは腹をさすりながら満面の笑みを浮かべている。
「ウマイ! オレ、幸せ!」
カッパのジュンチャも口元にソースをつけたまま、「いやぁ、最高でやんした」とご満悦だ。
金は一瞬で消えた。だが二人は満腹で、心から幸せそうだった。
トムはがっかりしていた。だが同時に、彼らの笑顔を見て「まぁいいか」とも思ってしまう自分に気づいた。金はまた稼げばいい。ダンジョンはまだ深く、そして危険で、きっと次の獲物が待っている。
夜道を歩きながら、トムは自分の腰の剣を軽く叩いた。
「次は……装備代、ちゃんと残しておくからな」
だが、その言葉に河原のジュンチャは耳を貸さず、すでに「次はどんなメシ食うか」を考えていた。
「肉……また肉……あと、あまいケーキも!」
カッパのジュンチャは肩をすくめて笑う。
「次はトムがしっかり財布を握るでやんすな」
三人の影は月明かりの下に揺れ、笑い声が響きながら街の路地に消えていった。
――赤い魔石の五十万バッズは一夜のごちそうに消えた。だが、仲間の満足げな笑顔は、何よりも重たく残っていた。