13
トムは剣を振りかぶる。
最後の力を振り絞り、青白い光をまとった刃を巨人に叩き込もうと――その瞬間だった。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
轟音と共に、目の前の巨人が壁に吹っ飛んだ。
石の壁がひび割れ、破片が降り注ぐ。
トムは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
「……えっ?」
自分はまだ剣を振り下ろしていない。
じゃあ、いったい誰が――?
恐る恐る後ろを振り返ったトムの目に映ったのは、
ちっちゃな体にぽっちゃりしたお腹、そして場違いなほど呑気な表情の男だった。
「……ジュ、ジュンチャ……?」
そう、そこに立っていたのは河原のジュンチャだった。
巨人の胸には、ドリルでえぐったような大穴が開いている。
その巨体はぐらりと揺れ、最後にガクンと崩れ落ちた。
目の奥にあった不気味な輝きも、もう完全に消えている。
「お……お前が……やったのか……?」
トムの声は震えていた。
返事はなかった。河原のジュンチャはただ、鼻をかきながらそこに立っているだけ。
次の瞬間、トムは堪えきれず、その小さな体に抱きついた。
「ジュンチャぁぁ……! ありがとう……ありがとう……!」
涙が止まらなかった。
生きていること、そして助かったことに胸がいっぱいになった。
だが、抱きつかれた河原のジュンチャは、少しうざそうに眉をひそめた。
「オレ……カッパいない。デカい魚、とった。でも、下処理……できない。」
「はぁっ!?」
トムは涙を流したまま、意味のわからない返答に顔をあげた。
今の状況を理解していないのか、この男は。
いや、きっと理解していない。
(……そうだ、カッパのジュンチャ……!)
トムは我に返り、震える声で告げた。
「ジュンチャ……カッパは…………………………死んじまったんだ……!」
河原のジュンチャの視線が、静かに動く。
その先には、床に横たわるカッパのジュンチャの姿。
ピクリとも動かず、倒れたまま。
そして、そのすぐ横には――無残に切断された腕。
トムは目を背けたくなった。
だが、河原のジュンチャはおもむろに歩み寄る。
「……おい、ジュンチャ……やめろ。見るな……」
必死に止めようとするトムを無視して、河原のジュンチャは倒れている腕を拾い上げた。
そして。
――ぺっ。
「は……?」
河原のジュンチャはその腕に、ためらいもなくツバをつけた。
そして、カッパのジュンチャの肩口にぐいっと押し当てたのだ。
「お、おい……お前、なにして……っ!?」
するとどうだろう。
みるみるうちに、肉と肉がつながっていく。
血が止まり、筋肉が伸び、皮膚が閉じていく。
腕は完全に元の位置にくっつき、跡形もなく繋がってしまった。
「な、ななな……なんだこれ……!」
そして――。
「……んぐ……」
カッパのジュンチャのまぶたが、ぴくりと動いた。
次の瞬間、ガバッと上半身を起こした。
「はぁっ!? うそだろおおお!!!」
トムは腰を抜かしそうになった。
カッパのジュンチャは、まるで昼寝から目覚めたかのようにケロッと立ち上がり、腕を回している。
「ふぅ……いやぁ、ちょっと寝すぎたでやんすな。」
「……!?」
「お前、さっき確かに腕がもげて……死んだんじゃ……」
震えるトムの言葉に、河原のジュンチャは平然と答えた。
「ジュンチャ一族……これくらいじゃ死なない。」
トムは頭を抱え、絶叫した。
「つばで手なんてくっつかないだろぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!!」
その声が、ダンジョンの洞窟全体に木霊した。