10
ゴブリンの群れを切り抜けたトムとカッパのジュンチャは、さらに奥へと進んでいた。
通路の先は一層ひんやりとして、壁に埋まった結晶の光が青白く揺れる。
二人の靴音が石の床に響き、誰もいないはずなのに妙に胸騒ぎがした。
「……なんか、空気が重いな」
トムは剣を握り直し、視線を前に送った。
カッパのジュンチャも皿を押さえながら頷く。
「確かに……今までのゴブリンとは違うでやんすな。奥に、何か……いる」
やがて通路の先に巨大な石の扉が現れた。
開いている。まるで、誰かが「入れ」と言っているように。
二人は目を合わせ、慎重に中へと足を踏み入れた。
広間の中央――そこに立っていたのは、巨人だった。
黒い結晶を体にまとい、鎧のような鱗を持ち、胸の中央には赤く脈打つ紋が光っている。
呼吸するたび、地面が低くうなりを上げる。
「な、なんだアイツ……でけえぞ……」
トムが思わず声を漏らす。
カッパのジュンチャも初めて目にするその姿に、皿の水が微かに揺れる。
「あっしも知らねぇ……けど、ただの魔物じゃねぇのは間違いないでやんす!」
巨人はゆっくりと頭を持ち上げ、真紅の目で二人を見下ろした。
次の瞬間、重い足が床を踏み抜き、広間全体が震える。
「来るぞ!」
トムは咄嗟に刃の魔法を放った。光の刃が一直線に巨人へ飛ぶ。
――しかし。
刃は鱗に弾かれ、火花を散らしただけだった。
「効かねぇ……!」
続けてカッパのジュンチャが手を広げる。
「スイスイーでやんす!」
水のカッターが一直線に走り、巨人の腕を斬り裂いた。
だが、深々と切り裂くはずの水刃は、黒い結晶に触れた瞬間、力を吸い込まれるように消えた。
「な、なんでやんす!? 水が……消えたでやんす!」
巨人はその大きな腕を振り下ろし、地面を砕く。
衝撃で床が割れ、二人は大きく弾き飛ばされた。
天井から石片が崩れ落ち、広間の出口がふさがっていく。
「やばい、逃げ道が……!」
トムは必死に立ち上がる。
カッパのジュンチャも皿を押さえて歯を食いしばった。
「あっしの魔法が効かねぇ相手なんて……どうするでやんす……!」
巨人は胸の赤い紋をさらに輝かせ、広間に重苦しい圧力を放つ。
その影が二人を飲み込むように迫ってきた。
トムは剣を握りしめたが、手が震えている。
「……勝てる気がしねぇ……!」
カッパのジュンチャも言葉を失い、ただ目の前の巨人を見据えるしかなかった。
そして巨人の拳が、稲妻のような速さで振り下ろされ――
――二人の視界を覆う。