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タイトル未定2025/09/10 20:07

 見覚えのある洞窟。見覚えのある壁画。

 今回の夢は、母がオオヤシマのオロチ一族の集落に片翼の腕輪バングル・オブ・フレークスを隠しに来た時の記憶のようです。

 母の靴音ともう一つ、少し大きい靴音が仄かに照らされた洞窟内に響いています。

 

「シルバーバインはそろそろ、ハカタあたりかしら」

「上陸してすでに五日ですから、アイツの足なら今日あたりに攻め込んで暴れるでしょうね。しかも……」

「一人で、でしょ? エイトゥス。心配なら、今からでも行って良いわよ? それとも、魔法で送ってあげようか?」

「僕があの馬鹿猫を心配? ご冗談を。僕が心配しているのは、アイツの下につけた者たちです」

「あの子の足について行ける人たちで隊を組んだつもりだけど、着いて行けないだろうなぁ……」

「暴走したアイツに追従するなど、馬脚族(ケンタウロス)でも無理ですよ」

「あの子、あたしよりも速くなっちゃったものね」


 なるほど。

 伝えられているキュウシュウ侵攻では、シルバーバインは一人でハカタに攻め込んだと伝えられていますが、そういうことだったのですね。

 その結果は、スズカに深手を負わされて撤退。

 おそらく、置いてけぼりを食らっていた配下がその時に追いついて、シルバーバインを逃がしたのでしょう。

 

「……魔王様」

「ええ、わかってる。キュウシュウとシコクで手一杯だと思っていたけど、そっちを放って待ち伏せしてる奴がいるとは思わなかったわ」


 母が洞窟の最奥、バングル・オブ・フレークスが安置されていた場所を光源発生魔術(ランタン)で照らすと、そこにはワダツミと似た身体的特徴を持ち、和服に身を包んだ少年が立っていました。


「お初にお目にかかる。ワシは西日本守護役、知龍王スサノオと申す。魔王殿と黒死龍エイトゥス殿とお見受けしたが、相違ないかな?」

「お初? ああ、そうか。そうよね。ええ、間違いないわ。あたしが巷で噂の魔王様」

「ま、魔王様!」

「落ち着きなさい、エイトゥス。彼は知龍王よ? 彼なら、あたしが魔王だと知っていても不思議じゃない」

「話が早くて助かる。龍を騙るそっちの坊主にいきなり襲われたらどうしようかと、冷や冷やしておった」

「必死で魔力を抑えてたのが無駄になったから、あたしは一発二発ぶん殴ってやりたい気分だけどね」


 忌々しそうに目を細めると、母の周囲が一瞬だけ明るくなりました。

 言葉を信じるなら母が魔力を、それこそ感知できないほどまで抑えていたのをやめたのでしょう。


「で? 何の用? 他の龍王や転生者たちにも察知されかねないから、用事を済ませてさっさと帰りたいんだけど」

「そう急くでない。魔王殿はせっかちじゃのぉ」

「そうよ、あたしはせっかちなの。そうじゃなきゃ、魔王なんて割に合わないことやってないわ」

「ふむ……なるほど。じゃあまずは、安心させてやろう。日、月龍王は近畿以北を護るために動けん。その他の龍王も九州と四国に配置しておるから、ここには来れんよ。その証拠とまでは言わんが、海を難なく渡れたじゃろう? 海龍王には監視だけ命じて素通りさせた」

「……龍王たちが来ないことはわかった。だが、転生者は違うだろう? 魔王様がここにいると知られれば、身の程も知らずに殺到しかけない」

「ここを中心に島根、鳥取にまたがるほどの霊子力遮断フィールド(A・B・F)……と、言ってもわからんか。魔力を遮断する結界のようなものを張っておるから、それも心配する必要はないぞ、小僧。まあ、面倒な奴らは起きてしもうたようじゃが」

「最後の方が聞き取れなかったが……結界だと? 僕たち以外の魔力は感じないが?」

「そりゃあ、お主らでも感知できんほどの上空……ざっと五千メートルくらいか。を、起点にして張っておるからな。範囲が広いのは、その弊害じゃ」


 おそらくは、旧世界のカガク技術。

 母とエイトゥスから感知されないためとは言え、五千メートルはやりすぎです。

 わたしを基準にしますが、わたしがなけなしの魔力を全て使って常時発動している魔力感知魔術(マジック・センシング)で感知できる最大半径は百メートルほど。量や質まで精細に感知する場合は、その十分の一まで範囲が縮小します。

 クラリスの魔力でブーストすれば話は別ですが、普段は後手に回っても即座に対処できる程度の範囲で十分なので、よほどそうする必要がない限りはしません。

 それは母とエイトゥスも同じだったはず。

 それに加えて空を飛べるのが鳥か有翼の種族、もしくは魔物くらいであるこの世界で、警戒していたとしても五千メートルもの上空を探ろうとは思いもしません。


「あなた以外を警戒しなくて良いのはわかった。じゃあ、そろそろ本題に入ってちょうだい」

「いやなに、簡単なことじゃよ。お主らがどこで何をしようと、この国以外の人間を絶滅させようとワシら龍王は関知せんし、介入もせん。じゃから、オオヤシマは見逃してくれ」

「あら、意外ね。人間や魔族を遥かに凌ぐ力を持った竜王様が何をしに来たかと思えば、まさか命乞いだなんて」

「勘違いするでないぞ、小娘。いくらお主が相手でも、八大龍王すべてが一丸となって挑めば相打ちくらいには持ち込める」

「じゃあ、そうすればいいじゃない。まあ、各個撃破させてもらうけど。それにあなた、あたしがシルバーバインとその配下を囮にしてここに来ようとしてたと、予めわかってたんでしょ? それなのに、どうしてここに龍王を集めなかったの?」

「ワシらとお主が戦えば、地形が変わるほどの激戦になるじゃろ?」

「それがどうし……。ああ、そういうことか」

「そう、ワシら龍王は、この国を護るために存在しておる。この国を護るためならばこの命も、この国に住まう者たちも惜しくはない」

「歪んだ愛国心ね。あなたたちが護ってるのは国じゃなくて土地じゃない」


 それは母が人間故に抱いた感想でしょう。

 たしかに、常識で言えば人あっての国。人の営みがない国など、国とは呼べません。

 ですがそれは、あくまでも人間の価値観。

 母が言った通り、彼ら龍王はオオヤシマと呼ばれている土地を護っているのです。

 その土地の支配者が誰であれ、何であれ、彼らはオオヤシマが護れればそれで良いのでしょう。


「……否定はせんよ。それで、答えは?」


 わたしがオロチ一族の集落で見た光景から考えると、母の答えはイエス。

 ですが、後の歴史がどうなっているかを知らないこの時のスサノオからすれば、母の気まぐれ一つで使命が全うできなくなりかねない状況です。

 ですがスサノオは、交渉を成立させるために他の龍王をこの地に集めなかったものの、もしもそうなった時のために保険はかけていたはずです。

 ブリタニカ王国立魔術院の金書庫にあった書物によると、知龍王スサノオはワダツミに次いで守護領域が広いため、ワダツミに比肩するほど強く造られているそうです。違う書物では、固有の能力故に破壊力に限ればワダツミ以上ともされていました。

 そうであるならば、スサノオ自身がこの地で待っていたことこそが保険。

 無謀とも言えるその行動から、他の龍王たちが集まるまでの時間稼ぎくらいはできたと考えるのが妥当。母が海を渡る際に監視させていたワダツミが合流すれば、それはさらに容易になるでしょう。


「嫌だ。と、言ったらどうする?」


 捨て身の交渉と言っても過言ではない礼を尽くしたスサノオに、母は嘲笑うかのような口調で問い返しました。

 周りが明るくなってきているので、魔力も放出し始めています。

 どんな考えがあってそうしているのかはわかりませんが、スサノオの答え次第では戦うつもりのようです。


「意地が悪いのぉ。何なら、ワシの首を持っていくか? お主がオオヤシマに害せぬと約束してくれるのなら、喜んでこの首を差し出そう」


 言いながらスサノオは、右手刀を自分の首の後ろに当てて、トントンと軽く叩きました。

 それで満足したのか、母は魔力の放出をやめました。


「あなたとは戦ってみたかったけれど、そこまで言われたら退かざるを得ないわね」

「それは大人しく帰ってくれと受け取って、よろしいか?」

「ええ、良いわ。用事さえ済まさせてくれたら、あたしはそれ以上何もせずにオオヤシマを出る。約束するわ。信じられないなら、腕一本くらいならあげるけど?」

「そこまでせんでも、お主の言葉は信じよう。そもそもお主は、腕じゃろうが足じゃろうが魔法で生やせるじゃろう? そんな物、証にはならん」

「それはそうね。だからあなたも、『首』と言ったんだものね」


 それ以上は言葉を交わす必要はないと言わんばかりに、母は右手を差し出しました。

 スサノオもそれに応えて、母の右手を握りました。

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