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宿場町に着くなり、あたしたちは龍王たちが借りているらしい一軒家に案内された。
素直に従う必要はなかったけれど、クラーラが壊れている状況で龍王を三人も相手にまともにやり合えるとは思えなかったあたしは、とりあえず誘いに乗ってみることにした。
けっして、「着いて来るなら、飯くらいは馳走してやるぞ?」と、少年龍王に言われたからじゃない。
「えっと……。ねえ、クラリスちゃん。これってどういう状況?」
「それはあたしの方が聞きたいわ、ヤナギちゃん。でも、今は……」
「腹ごしらえが先とか言わないでよ? 八大龍王が三人もいるこの状況で、どうしてウナ重をそんなに豪快に掻き込めるの?」
「だって奢りだもん。奢りなら何杯食べても文句はないでしょ?」
「そりゃあ、ないけど……」
ヤナギちゃんは申し訳なさそうに、龍王たちを横目で見た。
あたしも新しいウナ重を受け取りながら見てみた。
人型になったワダツミのおっちゃんと似た身体的特徴があるだけで、顔立ちや服装、外見年齢もまったく違う。
真ん中で胡坐をかいている少年っぽい龍王はオオヤシマの民族衣装の一つ、ワフクの上からミノと呼ばれる藁製の上着を羽織り、何故か左目を閉じている。その両脇に立つ大人二人の内、何故かマタタビちゃんを興味深そうに見ている向かって右側の龍王は、ゴツイ体の左肩から右脇腹にかけて五本の傷跡 (どこかで見たような傷ね)が刻まれていて、オオヤシマ特有の下着、フンドシしか身に着けていない。向かって左側の龍王はオオヤシマ固有の冒険者スタイル、サムライに似た格好をしている。
「心配せずともよいぞ、幽霊の娘。べつに取って食ったりはせぬ。だからお前も食え。人体再現魔法で作ったその身体ならば食えるじゃろう? 魔猫の娘と白蛇の小僧も遠慮をするな。金髪娘のリクエストでウナ重にしたが、他の物が良ければ町の者に言って持ってこさせよう」
ようやく食べ始めたヤナギちゃんたちを横目で見ながら、「金髪娘って呼ばれ方は気に食わないけれど、お互いに自己紹介をしてないんだから仕方がないか」と、喉の奥にウナ重で不満を流し込んだ。
でも、疑問までは飲み込めなかった。
こいつら、あたしたちに何の用があるんだろう?
「ふぅ~……。満腹満腹。オオヤシマのウナギって美味しいわね。堪能させてもらったわ」
「町のウナギを食い尽くすとは恐れ入った。さすがは、アベノ・セイメイを子ども扱いした魔王殿じゃな」
少年龍王が呆れながら言った言葉を聞いて、あたしたちの間に緊張が走った。
あの時、あたしとクラーラは変装していた。
あたしとクラーラがクラリス・クラーラの中身だと知っているのは、タムマロだけのはず。
と、言うことは、情報源はタムマロ……。
「その顔、勘違いをしておるようじゃから正しておくが、ワシらはタムラマルから何か聞いたわけじゃあない」
「じゃあ、どうして知ってるの? もしかして、近くで見てた?」
「古代魔法が飛び交う戦場になんぞおったら、ワシですら命がいくつあっても足りんわい。じゃが、見ていたのは確かじゃ」
「どうやって?」
あたしの質問への答えのつもりなのか、少年龍王は右手の人差し指を天井へ向けた。
それにつられてあたしも、ヤナギちゃんたちも天井を見上げてしまったけれど、その意味がわからずすぐに視線を少年龍王へ戻した。
「この星の周りには今でも、旧世紀に打ち上げられた監視衛星や他諸々が多く残っておってな。ワシはそれらにアクセスできるんじゃよ。オオエ山の麓での戦闘はもちろん、お主らがアワジに流れ着くなり神話級魔法を使ったのも見ておった」
「何言ってるかさっぱりわかんないけど、要は空の上にある目みたいなもので、ずっとあたしたちを覗いてたってこと?」
「覗きとは心外じゃが……まあ、その通りじゃ」
クラーラが正気なら飛びついて根掘り葉掘り聞き出しそうだなぁ。と、頭の片隅で考えながら、いつ戦闘になっても良いように体の内側で魔力を巡らせ始めた。
ヤナギちゃんたちも戦闘になりそうな気配を察してくれたようで、マタタビちゃんのそばに移動してすぐに担げるような姿勢をとってるし、ハチロウくんはすでに植物で作った人形にクラーラを抱えさせて、いつでも逃げられるようにしている。
「そう警戒するな。取って食うつもりはないと言ったじゃろう?」
「あたしらが知られたくないことを知ってる龍王のあんたを、警戒するなって言う方が無理でしょ。何が目的? 人間のために、あたしらを退治するつもり?」
「お主がこの国の形が変わるほどの破壊をすると言うなら話は別じゃが、そうでないなら関知はせんよ。そもそも、ワシら龍王は国を護るために産み出されたんじゃ。人を守るために存在しておるわけじゃあない」
「そうなの? この町でもそうだったけど、かなり崇められてるじゃん。そういう人たちを守ってあげたいとか思ったりしないの?」
「まったく思わん。絶滅するようなら繁殖に最低限必要な人数は保護するが、人は勝手に増えるから基本はほったらかしじゃ。そもそも、ワシらは人を雄か雌かくらいでしか判別しとらんから思い入れもない」
「それ、崇めてくれてる人たちの前で絶対に言わない方が良いよ」
どうやら龍王って存在は、あたしが思っていたものとは違ったみたい。
生れも育ちもオオヤシマなヤナギちゃんたちはあたし以上に思うところがあったらしく、「え? ボク、龍王さまって人の味方だと思ってた……」とか、「うち、竜王さまを祀ってる神社で、お父ちゃんとお母ちゃんの仇を討ってってお願いしたことがあるんニャけど……」とか、「わっちもお祈りしたことあるなぁ……。無駄だったってわかっちゃったけど」とか言って絶望している。
その様子から龍王は、人間、魔族に関わらず信仰の対象になっている……いや、いたとわかる。
わかるけれど、腹もこなれて来たし、そろそろ話を進めるとしましょう。
「ねえ、いい加減、自己紹介しない?」
「ん? してなかったか?」
「してないよ。じゃあ、知ってるかもしれないけどこっちから名乗るね。あたしはクラリス。魔描族の子がマタタビちゃんで、白蛇族の子がハチロウくん。幽霊がヤナギちゃんで、絶賛故障中の見た目だけシスターが、あたしの相棒のクラーラ」
「これはご丁寧に。では、こちらも名乗らせて頂こう。ワシはスサノオ。知龍王スサノオじゃ。脇の二人じゃが、フンドシ一丁の変態が風龍王タケミナカタ。侍の真似事をしておる方が、雷龍王タケミカヅチじゃ」
「OK。これで自己紹介は終わり。じゃあ次は、目的を話してもらって良いかしら? 龍王さまともあろう上位存在が、何の目的もなく自称魔王のあたしに会いに来たわけがないよね?」
「もちろんじゃ。お主には、この二人と戦ってもらいたい」
「戦う? 龍王二人とあたしが?」
「そうじゃ。この二人は龍王の中でも弱い部類でな。ワダツミの片腕を奪うほどの実力者である現代の魔王殿に、一手ご教授願おうと思って連れて来た」
「い、いやぁ……。あたしはそんな大層な者じゃないんだけど……」
むしろ、あたしの方がご教授してもらう立場では? と、スサノオの両脇で起ったままの龍王を改めて見たら思ってしまった。
タケミナカタは相変わらずマタタビちゃんをじ~っと見て隙だらけに見えるけど、打ち込める気がしない。あたしを見つめるタケミカズチは、わかりやすく隙が無い。見事な自然体だわ。
仮にあたしが何かしようとしたら、動く前にボコボコにされそうな気がする。
「ねえ、本当にやるの? そちらの二人の方が、あたしよりも強いと思うよ?」
「そんなことはない。ワシの見立てではどっこい。良い勝負になるとはずじゃが……もしかして、見返りがないとやる気になれんか?」
「いやいや、そんなことは……」
すでにウナギをお腹いっぱい食べさせてもらったから、報酬としては十分すぎる。
戦うのもやぶさかじゃないし、やる気がないわけでもない。
あたしの体を這い回るタケミカズチの視線が妙に気になって、どうしようもなく落ち着かない。
「勝ったら、この二人を好きにしていいぞ」
「へ? 好きにって……どういうこと?」
「言葉通りじゃ。煮ても焼いてもいいし、子をなしてもいい」
「は? 子をなすって……つまり、結婚するってこと?」
「かまわんぞ。そもそも、相手にお主を選んだのはこの二人がお主に惚れたからじゃしなぁ。なんなら、先に求婚させるか?」
「球根が欲しいの? じゃあハチロウ君、球根出して」
「クラリスお姉ちゃん。球根じゃなくて求婚、字が違うよ」
「え? 違うの?」
「うん。ブリタニカ語だとたしか……プロポーズだったかな」
ハチロウくんに冷静にツッコマれ、さらにわかりやすく教えてもらったのに、あたしの頭は理解しようとしてくれない。
プロポーズって何? どうしてあたしがプロポーズされるの? 初めて会ったよね? 初対面よね? 龍王って人を性別でしか区別してないんでしょ? 魔族と人間が結婚して子供を作ったって話は聞いたことがあるれど、人間とドラゴンって子供を作れるの? と、疑問ばかりが次々に湧いて来て、あたしの頭じゃ理解が追いつかない。
「クラリスちゃん、モテモテだね~」
「え? あたし、モテてるの?」
「ダ、ダメニャ! モテてないニャ! クラリスお姉さまは、うちと結婚するんだニャ!」
あたしは自他共に認める美少女だけど、何故か男からモテたことがない。
自分から言い寄ったことしかないから、もちろん言い寄られた経験はない。プロポーズなんてもっとない。
「あのぉ、一応確認するんだけど、クラーラじゃなくてあたしと結婚したいん……だよね?」
「ああ、そうじゃ。間違いないぞ」
信じられないから恐る恐るの確認してみたら、二人の代わりにスサノオが答えてくれた。
タケミナカタは相変わらずあたしを見ようとしないけど、タケミカズチは頬を掻きながら照れ臭そうに首肯した。
それで身震いするほど気分が良くなったあたしはクラーラを振り返って…… 。
「やっぱあたし、モテるじゃん」
と、これでもかと勝ち誇った。




