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母の夢を見るに従って、人間に対する嫌悪感が増していきました。
人間と似た形をし、同じ言葉を話し、番えば子供も作れる魔族たちに対して、人間は動物以下の扱いをしていました。
奴隷ならまだ良い方で、酷いのになると玩具。いえ、玩具の方がマシだったかもしれませんね。
だって玩具なら、たった数時間で壊されるような扱いはされなかったでしょうから。
それよりも酷くなると、食料ですね。
食うに困っての所業ではなく、娯楽の一環として金持ちや権力者たちが、牛頭族の少女や羊角族の少年が生きたまま切り刻まれ、泣き叫ぶ様を談笑しながら鑑賞し、削ぎ落した肉を焼いて食べていました。
その肉を削がれた本人に食べさせているのを見た時は、「これほど残虐になれる生き物は人間くらいでしょうね」と、呆れを通り越して失望してしまいました。
ちなみに、わたしが母の目を通して目の当たりした行為の数々は、今では魔族が日常的に行っていたことだと伝わっています。
「魔王さま、今日もご飯はいらないのニャ?」
「ごめんね、シルバーバイン。今日も食欲がないから、代わりにあなたが食べて」
「でもでも、もう一週間もまともに食べてないニャ。このままじゃ魔王さま、倒れちゃうニャ」
「平気だから、心配しないで? ね?」
どこかの森、もしくは山での野営。
草と木で編まれたテントの奥でうずくまっていた母は、シルバーバインが差し出した石製の大皿に乗せた魚の丸焼きを申し訳なさそうに断りましたが……本数がおかしくないですか?
形状から推察するにサーモンですよね? その丸焼きですよね? 軽く30cmはあるサーモンの丸焼きを二十本って多すぎませんか? こんな量を一人前とか言って出されたら、普通の人なら出された瞬間に食欲が失せてしまいますよ。
「あらら。せっかくシルバーバインちゃんが川で捕って、一匹一匹丁寧に捌いて焼いたのに、また食べなかったの?」
「……あのさ、ウィロウ。壁をすり抜けて出てこないでって、前にお願いしなかったっけ?」
「いきなり背後に現れるな。じゃなかったっけ?」
「それも言った。どうしてそうやって、人を驚かせるような出方をするのよ」
「そりゃあ、わっちは幽霊だからね。幽霊は人を驚かせたり怖がらせたりするものだって、相場が決まってるんだよ」
「どこの相場よ。あなたがそうやって驚かすから、あの子は幽霊が苦手になったのよ? 憶えてる? 昼寝してたフローリストに重なってからス~……っと浮き出て『幽体離脱~』とか言ってあの子を驚かせた時のこと。あの時あの子、フローリストが死んじゃったと勘違いしてガチ泣きしたのよ?」
「いやぁ、あれは参ったよねぇ。わっち的には一発ギャグ的なノリで、驚かすつもりはまったくなかったんだけど……」
いいえ、あれはギャグじゃありませんでした。
シャレで済ませて良いような冗談ではありませんでした。
あの時ウィロウは恨めしそうな顔をして、背後から「ヒュ~ドロドロドロ……」と聞こえてきそうな雰囲気を纏ってフローリストから出て来たのです。
わたしのような純真無垢な心の持ち主があんな光景を何の脈絡もなく突然見せられたら、トラウマになって当然です。
「まあ、冗談はさて置き。ちゃんと食べた方が良いよ? シルバーバインちゃんも言ってたけど、ここ一週間ほどまともに食べてないんだから」
「愛娘のトラウマになってるかもしれない出来事を冗談で済ますな悪霊。昇天させるわよ?」
「それは性的なヤツ? それともガチなヤツ?」
「ガチなヤツ」
「い、いやいや、無理でしょ。だって魔王ちゃん、法術は使えないよね? え? 使えるようになってないよね?」
「あたしは使えないけど、少し前に魔王軍に加わってくれたエビオン神父に頼むから問題ないよ」
「エビオン!? エビオンって、『禁欲は美徳だ』とか言って、魔王軍に加わった今も乞食みたいな暮らしをしてるあのエビオン!? アイツ、わっちを除霊できるほどの神父だったの!?」
「そりゃあ、エビオンはイースラーでは有名な神父だったんだもん。本人曰く、ブリタニカ正教会基準で言うところの一級エクソシストよりも凄くて、神の声を直接聞けるらしいよ」
「それって、50年くらい前に処刑された聖女レベルじゃん! ガチの聖人じゃん! そのレベルならわっちを余裕で除霊できるよ! どうしてそんな人を魔王軍に入れちゃったの!? アイツ、人間だよね!?」
「いや、だってあの人とその一派、異端認定されて迫害されてたから……。それに、魔王軍のモットーは『NO差別。YES友愛。人類みな兄弟』だからね。人間だからと言って、差別はしないよ」
世界中の国家に対して喧嘩を売っていたわりに、モットーのノリが軽いですね。と、思うと同時に、背筋が冷たくなったような気がしました。
エビオン神父と言えば、既知の歴史でも聖人として扱われている人物です。
魔王軍に参加していながらも他の聖人、聖女と同列に列せられている理由は簡単。魔王軍の一翼だったウィロウ率いる魔幽軍を、一派を率いて壊滅させたからです。
詳細は伝えられていませんが、タムマロ様率いる欧州連合軍と魔王軍の一大決戦の折に、エビオンは一派を率いて突如裏切り、魔王軍で最も対処がし辛いと言われた魔幽軍を壊滅させて、連合軍の勝利に貢献したことになっています。
エビオンが母を裏切った理由は色々と考えられますが、最も有力なのは名誉欲、もしくは承認欲求でしょう。
今現在、エビオン本人が聖人に列せられ、その一派も恩恵を受けて欲望の限りを尽くしているので、それらが満たされることを条件に裏切ったのは明白です。
要は禁欲を尊んでいたのに、人間らしく欲に負けたのです。
「でもさ、エビオンも所詮は人間だよ? いつか、裏切るかもしれないよ? それでも良いの?」
そう、ウィロウの予想も不安も正しい。それは歪められた歴史が証明しています。
それでも、関係なかったのでしょう。
この時の母が知らなくても、わたしの仮説が正しければエビオン一派の裏切りすらも、既定路線だったはずなのですから。




