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あたしはお姉さまほどではないけれど、美少女だと自負している。
男から言い寄られたことはないけれど、あたしは何の根拠も無しに美少女を自称している訳じゃない。
美の女神でも平伏させてしまいそうな……殴って無理矢理平伏させそうだけど、絶世の美女だったお姉さまを絶対の基準にした上で美少女だと自認しているの。
モテないのはあれね、単に胸が細やかだからね。
さらに言うなら、ハチロウくんが魔術で作った木製の馬車の中で相変わらず故障中の、デカいオッパイをこれ見よがしにゆっさゆっさと揺らすクラーラがそばにいるからよ。
と、タムマロがくれたヒントに従って、トウキョウへ向けてトーカイドーを進む道中の暇つぶしがてらにヤナギちゃんに愚痴ってたんだけど……。
「たしかに、クラリスちゃんって胸が無いよね。貧乳どころか無乳だよね。無さ過ぎてまっ平だもんね」
「ちょっと言い過ぎじゃない? たしかに小さいけど、無いってほどじゃないから。最近、ちょっと大きくなったんだから」
「どこが? タムマロさんに揉まれてるはずなのに、ちっとも大きくなってるように見えないけど?」
そりゃあ、自分でも前との差が辛うじてわかる程度だからね。
それでも確実に大きくはなっているんだから、無いは言い過ぎよ。と、言ったところでヤナギちゃんは信じてくれなさそうだから、話題は変えずに矛先を逸らすことにしよう。
「男ってさ、やっぱり胸は大きければ大きい方がいいの?」
「オオヤシマだと大きい方がモテるよ。わっちは大きくも小さくもない、所謂並乳だけど、それなりに需要はあったかな」
「クラーラくらいの大きさは? さすがにあそこまで大きいと、男は引いちゃうんじゃない?」
「いやいや、クラーラちゃんってモテモテじゃん。今もそうだけど、男の注目を集めまくってるじゃん」
「そりゃあ、クラーラって黙ってれば、服装のせいでお淑やかなシスターにしか見えないからね。しかも、胸当てをしててもオッパイがデカいとわかるほどデカい」
「たしかに、クラーラちゃんって大きいよね。初めて胸当てを外したところを見た時は、『なんでこの子、服の中にスイカを二つも入れてるんだろ』って、現実逃避しちゃったくらいだもん」
「やっぱり、あそこまで大きいのは珍しいの?」
「珍しいよ。しかも大きいだけじゃなくて張りがあって形も良いんだもん。あれはもう、巨乳じゃなくて奇乳だね。垂れてた方が現実味があるよ」
「食べてる量は、あたしの方が多いのになぁ……。あたしが摂った栄養、どこに行ってるんだろ」
まさか、本当に魔力に換わってるとか?
と、思いながら、下腹どころか股間までしっかりと確認できるほど平らな胸を見下ろすと同時に、溜息も出てしまった。
見ず知らずの男にモテたいわけじゃないけれど、あまりにも言い寄られないから、あたしには女としての魅力がないんじゃないかと不安になってしまうことがある。
タムマロがあたしを抱いてくれるのは好きだからではなく、あたしの欲求を満たして都合よく利用するためなんじゃないかと邪推してしまうことがある。
そんな事を考えていたら気分が落ち込んで雰囲気を悪くしてしまうと思ったあたしは、ガラリと話題を変えることにした。
「ねえ、ヤナギちゃん。次の宿場町は、何てところだっけ?」
「次? 次はえ~っと、ハマナ湖を過ぎたから……ハママツだね。ハマナ湖が近いから、ウナギを食べられるところも多いはずだよ」
「ウナギ? ウナギって何?」
「こう、何て言ったら良いのかな。蛇みたいに長い魚なんだけど、美味しくて体にも良いの。ブリタニカじゃ食べない?」
「蛇みたいに長い魚? もしかして、イーゥのこと? テームス川で捕れるから、イーゥ・ゼリーって料理があるけど……。あれ、見た目がキモいから好みじゃないんだよねぇ……」
「食欲魔人のクラリスちゃんが食べたがらないってどんだけ? 味も悪いの?」
「不味いよ。ハッキリ言って不味い。って言うかそもそも、ブリタニカ料理に美味しい物はないから。ブリタニカ人が、『不味い物を食いたければブリタニカ料理を食え』って自虐するレベルなんだよ?」
「いやいや、それはさすがに言い過ぎなんじゃ……」
ないんだな、これが。
と、言う代わりに、あたしはブリタニカ王国での食生活を思い出していた。
ブリタニカ料理の特徴でまず挙げられるのは、味のシンプルさ。ただし、素材の味を生かしてるわけじゃないの。ただただ、味が薄いだけなの。だから食卓の上に常備されている調味料で自分好みに味付けをするんだけど、そんなことをしたところで味に深みが出るわけじゃない。
そもそも、ブリタニカ料理はオオヤシマで言うところの、出汁を取るってことをしない。
それだけならまだしも、ブリタニカ料理では焼くにしても煮るにしても、食材が食感を失うまで徹底的に加熱するからそれも不味さを助長するわ。
「じゃあ、宿場町に着いてもウナギはやめといた方が良いね」
「いや、食べるけど? って言うか、どうしてホッとしたような顔してるの?」
「そりゃあ、ウナギは高いから……って、え? 食べるの? なんで!? ウナギは気持ち悪いんじゃないの!?」
「キモいのはあくまでイーゥ・ゼリーね。それに、高いって聞いたら余計にでも食べたくなったわ」
まあ、高くなくても食べるけどね。
その理由は単純。
オオヤシマ料理には不味い物がないからよ。
「オオヤシマ料理って家庭料理からお店の料理まで全部、本当に美味しいわよね。やっぱ出汁? 出汁が決め手なの?」
「さあ? わっち、料理できないから……じゃ、ない。クラリスちゃん。ウナギを食べたいときは、絶対にタムマロさんに奢ってもらってね。クラリスちゃんが満足するほど食べたら速攻で破産するから」
「そんな大袈裟な。たかがイーゥでしょ? 精々数百円じゃないの?」
「ウナギの代表的な料理でウナ重……丼ものだと思ってくれていいかな。ってのがあるんだけど、その相場は並で千円から二千円。高いところだと四千円から五千円。これが特上とかになると、一杯で万を超える」
「またまた大袈裟な。丼ものってあれでしょ? ご飯の上におかずが乗ってるやつでしょ? アイチでミソカツ丼を食べたけど、大盛でも千円いかなかったよ?」
「豚とウナギを一緒にしない! ブリタニカじゃどうだか知らないけど、オオヤシマでウナギは高級食材だから! 庶民が気軽に食べれるようなものじゃないから! それをお腹いっぱい食べようだなんて言語道断! 色んな意味で鼻血が出るから!」
「わ、わかった。わかったから落ち着いて? ね? ウナギを食べたくなったら、ちゃんとタムマロを呼ぶから」
呼び方なんて知らないけど。とは続けなかったけれど、それが功を奏したのか、ヤナギちゃんは矛を納めてくれた。
それからは本当に何てことない雑談をしながらトーカイドーを進んでいたんだけど、宿場町が近づくにつれて不安になってきた。
オオヤシマでは、ウナギは高級食材。
つまりお高い。
と、言うことは、イコール美味しいと解釈できる。
それを目の前にしてしまったとき、あたしは自分を抑えることができるだろうか。都合よくタムマロが来てくれるまで、待つことができるだろうか。
不安が心配に変わる頃には遠目に宿場町が見えて来たんだけど、町の看板よりも入り口の人だかりに目が奪われた。
いえ、正確に言うなら、旅人や町の人たちに遠巻きに囲まれて、崇められている三人の魔族……いや、ワダツミのおっちゃんと良く似た人たちに。




