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8-4

 食欲と性欲を満たしつつ、百万円もの大金をたった一晩で手に入れたあたしは、かなり商売上手なのかもしれない。

 と、思って自信満々に収入と手段を娼館で借りた部屋で待っていた旅のお供たちに語ったら、何故かヤナギちゃんの逆鱗にふれてしまって、オオヤシマ人からしたら何の苦もないんだろうけど、ブリタニカ人のあたしからしたら拷問と言っても過言ではない正座をさせられる羽目になってしまった。

 ちなみに、マタタビちゃんとハチロウくんは怒ったヤナギちゃんに怯えて、故障中のクラーラに抱きついて震えてるわ。


「え、えっと、ヤナギちゃん。どうして怒ってるの?」 

「クラリスちゃんのお股が緩いから。ガバガバだから」

「い、いや、そんなことはないと思うよ? だって、タムマロは毎回……」

「直接的な意味じゃないの。わっちは貞操観念の話をしてるの」

「わっかんないよ! オオヤシマ語の……言い回し? って、遠回し過ぎてぜんっぜんわかんないのよ! 股が緩いとかガバガバって言われたら、普通は締まりの良し悪しだと思うじゃん!」

「ああ、ごめん。クラリスちゃんってオオヤシマ語が達者だから、通じたと思ってたよ。クラリスちゃんを過剰評価していたよ」

「あ! それはわかる! 呆れてるんでしょ? 落胆したんでしょ? 見損なったんでしょ!?」

「あれだけ直接的な言い方してわからなかったら、色々と諦めてたよ」


 逆ギレして煙に巻こうとしたけれど、ヤナギちゃんには通じなかったみたい。

 口には出さなくても、「そろそろ黙れ」と思っていそうな顔になって、あたしを睨んでいる。


「クラリスちゃんは、わっちが遊女をするって言ったとき、遠回しに駄目って言ったよね?」

「え? あ、うん。はい、言いました」

「それなのに、相手はタムマロさんとは言え当のクラリスちゃんが遊女の真似事をするとはどういう了見? しかも、値段が法外。クラリスちゃんはたしかに美少女だけど、ここらの相場に照らし合わせると精々、食事と宿代は別にしても1プレイ十万円くらいだよ?」

「え? ちょ、ちょっとまって。あたしって、そんなに安いの!?」

「いいえ、ここらの娼館の平均的な値段を考えても、そこいらで立ちんぼしてる子たちの相場を考えても、高い部類だよ。贔屓目に見てるよ。それでも、たった一晩で食事代プラス百万は法外だよ」


 これは、お金を受け取ったのは今回が初めてで、普段はご飯を奢ってもらっているだけだと弁明を兼ねて説明しておくべきかしら。と、頭の片隅で考えたけれど、腰に両手を当ててあたしを見下ろすヤナギちゃんの顔を見たら喉の奥に引っ込んだ。

 

「ちなみに、ちゃんと避妊はしてもらってるんだよね?」

「う、うん。男性器保護魔術(コン・ドーム)を毎回使ってるって言ってた」

「言ってた? 見て確認したわけじゃないの?」

「だ、だって、見たってわかんないし……」


 あたしが育った娼館では、コン・ドームは娼婦の必須技能だった。

 あたしのように魔術の才能がまったくない人以外は、女将さんから直々に指導されてたわ。

 でも、あたしは見たことがない。

 お姉さまがあたしと同じくらい魔術の才能がなかったから、その手の魔術を専門にしている娼館のお抱え魔術師から定期的に妊娠防止魔術(ミレーナ)を施されていたからよ。

 そのせいであたしは、娼館育ちでありながらコン・ドームをかけられた状態のナニを見たことがない。

 もちろん、感触だって知らないわ。


「妊娠したらどうするの? 旅に支障が出るよね?」

「そ、それは毎回、アイツにもちゃんと言ってるよ。だから、そこは気をつけてくれてるはずだけど……」

「甘い! ゲロ甘だよクラリスちゃん! いい? 男って生き物はチャンスさえあれば女を妊娠させたがる生き物なの! 責任を取るつもりもないくせに種付けしたがるんだよ! コン・ドームの有る無しで、感触ってぜんぜん違うんだよ? 無いほうが男も女も気持ちいいの! だから男は、コン・ドームを使われるのを嫌がるんだよ! 悪質な奴は、しれっと外そうとしやがるんだから!」

「へ、へぇ、そうなんだ」


 と、ヤナギちゃんはキレ気味に熱弁してくれたけど、タムマロのしか知らないあたしには感触の違いがわからない。

 でも、興味は湧いた。

 ただでさえ毎回失神しかけるほど気持ちいいのにコン・ドーム無しでヤッたらどうなるんだろうと、少し怖いけど期待してしまう。


「その顔、まさか次はコン・ドーム無しで、とか考えてないよね?」

「か、考えてないよ……」

「信用できないなぁ。クラリスちゃんって、欲望に正直すぎるから……」

「じゃ、じゃあどうするのよ。まさか、今度から着いてくるとか言わないわよね?」

「それもありだけど……。人のプレイを見ても面白くないから、クラリスちゃんにミレーナをかけとくことにするよ」

「え? ヤナギちゃん、そんなことできるの?」

「クラーラちゃんやハチロウくんほどじゃないけど、わっちも魔術が使えるからできるよ」

「いや、そうじゃなくて、どうしてそんな魔術を知ってるの? ヤナギちゃんがいた娼館で覚えさせられたの?」

「わっちがいた店、避妊は遊女任せだったからさ。そのくせ妊娠すると容赦なく堕胎させられてから、必死で覚えたの。だからほら、仰向けになってお腹出して」

「あ、はい」


 すっかり痺れて言う事を聞かなくなった両足に四苦八苦しながら言われた通りにすると、ヤナギちゃんはあたしの横に腰をおろして下腹に両手をそえた。


「わっちが扱える程度の魔力じゃクラリスちゃんの魔力に弾かれちゃうから、肌に直接術式を書き込むよ。少しチクチクするけど、我慢してね」

「う、うん……」


 返事をするなり、肌がチクチクと小刻みに傷み始めた。

 クラーラに契約術式を書き込まれて以来だからか最初は純粋に痛かったけれど、五分ほど我慢していたら「あ、こういうもの良いかも」と、思えるほどには気持ち良くなってきた。


「はい、終わり。一か月後くらいに術式が壊れてないかチェックするから、覚えといてね」

「ええ~、もう終わりぃ~? もうちょっとだったのに……。もう一回やってくれない?」

「え? やだけど」

「なんでよ! これじゃあ生殺しじゃない!」

「はいはい。それより、これからどうするか決めない? まさか、クラーラちゃんが元に戻るまでここでお世話になるわけじゃないよね? わっちの姉さんを探してくれるって約束、忘れてないよね?」

「わ、忘れてないよ? でもさぁ……」


 クラーラじゃないと、行き先が決められない。

 ヤナギちゃんのお姉さんの行方の手がかりもない。

 この状況で行き先が決められそうなのは、あたしが知る限りタムマロくらいしかいない。

 でもあたしは、基本的にタムマロと連絡が取れない。

 いつも唐突に、都合の良いタイミングでアイツが来てくれるから今まで考えたことがなかったけれど、こんなことになるのなら連絡方法くらい決めとけばよかったと後悔……。


「話は聞かせてもらった。人類は滅亡する」

「後悔し始めた途端に出やがったよ。都合良いわね、アンタ」


 セリフの意味はまったくわからないけれど、ドアを勢いよく開いて何故かメガネをかけたタムマロが現れた。

 でも、タムマロのセリフがわからなかったのはあたしだけだったみたい。

 「ど、どこかで聞いたようなセリフニャ」とか言ってるマタタビちゃんに、ハチロウくんが「オオヤシマで有名な怪談のセリフだよ」って説明してるし、ヤナギちゃんはそれを捕捉するように「コバヤシだったかキバヤシだったか、世界とか人類が滅びる系の話をしてるとどこからともなくあらわれて恐怖を煽る妖怪だよね?」と、言っている。


「やあ、クラリス。昨日ぶりだね」

「そうね。で? 何の用?」

「いや、君に呼ばれた気がしたから来たんだけど?」

「呼んでない。でもせっかく来たんだから、ヒントの一つくらいは言ってくれても良いわよ」

「君、やっぱりツンデレを拗らせてるよね?」


 ツンデレって何よ。と、言ったら話が打線しそうだから、あたしは必死に我慢した。

 それを察してくれたのか、タムマロは微笑みながらため息をついて、行き先のヒントを残してどこかへ行ってしまった。

 

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