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8-3

 感情が安定しない。

 10年かけて構築された今のわたしと幼かった頃のわたしがごちゃ混ぜになっているせいで、体が言うことをききません。

 見える景色も、聴こえる音も夢のように朧気で、詳細を把握することができません。

 その代わりと言わんばかりに、母の記憶は鮮明に映し出されています。

 寝ている訳ではないのに、ずっと夢を見続けています。

 今回の舞台は、おそらくは魔王城の一室。

 蝋燭の灯りだけなので薄暗いですが、それでも豪華だとわかる部屋のほぼ中央に据えられているのは直径十メートルほどの円卓。

 その向かって右側に黒いマントを羽織った陰気な男性と赤いドレスを着た仮面の女性が座り、左側には銀髪の魔描族と青い髪の女性が座っています。

 部屋が薄暗いせいで顔はハッキリと見えませんが、特徴から判断するに、黒マントの男性はエイトゥスで紅いドレスの女性はフローリスト。

 銀髪の魔描族がシルバーバインで、青い髪の女性はウィロウでしょう。


「魔王様。やはり打って出るべきだニャ。勝てるのにわざと負けるニャんて、従ってくれた者たちや支援してくれている者たちに申し訳が立ちませんニャ」

「あの子の居場所がハッキリとしない今、そんなことをしたら万が一がありかねないからそれはできないと、何度も話し合ったじゃないか。何回同じ問答を繰り返すつもりだ? シルバーバイン」

「だったら先に、あの子を探せば良いじゃニャい。ロンデニュウムに攻め込んで、探すついでに滅ぼしてしまえば良いニャ」

「この脳筋が……。戦闘にあの子が巻き込まれたらどうする! これも、何度も言っただろう!」

「路地の何処かにいるのはわかってるんニャろ? だったら、そこを避けてぶっ壊せばいいニャ」

「それもできないと……! 魔王様からも何か言ってやってください。この馬鹿猫、魔王様の説明を欠片も理解していません」

「あ! 今、うちのことを馬鹿って言ったニャ! うちは馬鹿じゃないニャ!」

「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い! お前は殴る蹴るしか能がないんだから黙っていろ!」


 今にもお互い飛び掛かりそうなほど円卓から身を乗り出して、エイトゥスとシルバーバインはにらみ合いを始めました。

 わたしが知っている二人はここまで険悪ではありませんでしたが、会話から推察できる夢の舞台はわたしが未来へ飛ばされたあと。さらに言うなら、孤児として路地裏を這い回っていた頃です。


「二人とも、そのへんにしておきなさい。じゃないと、二人ともお仕置きするわよ?」

「な……!? どうして僕まで!? 悪いのはこの馬鹿猫じゃないですか!」

「また言った! 魔王様! またエイトゥスが、うちのことを馬鹿って言ったニャ!」

「はぁ……」


 母はうんざりしたように溜息をつきながら、右手で両目を覆って天井をあおぎました。

 たぶん、二人の言い争いは毎度のことなのでしょう。

 それはともかく、シルバーバインが言ったことが気になります。

 わざと負けたのは、どの戦闘なのでしょう。

 いえ、そこは考えるまでもありませんね。

 タムマロ様を筆頭にした連合軍と、魔王軍との決戦でしょう。

 

「シルバーバイン。気持ちはわかるけれど、これは大切なことよ。あたいたちが負けないと、話が進まない」

「でも、でも……。フローリストはいいのニャ? フローリストだって人間は大嫌いニャろ? アイツらに勝ちたくないのニャ?」

「たしかに、勝とうと思えば勝てる。例え人間が何十万、何百万の大軍で攻めてこようと、魔王様かエイトゥスが神話級魔法を撃ち込めばそれで終わる。人間を滅ぼして、魔族だけの世界だって作れる。でも、それじゃあ駄目なのよ。もしそんなことをすれば……」

「わかってるニャ! うちは頭が悪いけど、それはくらいはわかってるニャ! でも、それじゃあうちは満足できないんニャ!」

「あなたは幼い頃に、あたい以上に人間から酷い目に遇わされたのものね。だから復讐したい気持ちを我慢させて申し訳ないと、みんな思ってるわ。エイトゥスもね。もちろん、他の魔族たちに申し訳ないとも思ってる。だけど、これは必要なことなの」

「わかってるって言ったニャ! だけど、それはうちらの事情ニャ! 他の魔族には関係ニャい!」

「そうね。関係ない。あたいたちは、何も知らない魔族たちを利用している。あたいたちが負ければ、迫害されていた時代に逆戻りさせてしまうかもしれない。それでもあたいたちは、未来のためにやらなきゃいけないのよ。そうしないと、百年かけてやってきたことが確実に無駄になるどころか、魔族が絶滅してしまうかもしれない」


 母が指の隙間からシルバーバインを覗き見ると、彼女は顔を伏せて円卓に涙を落としていました。

 作為的な敗北。

 母と四天王の事情。

 未来のため。

 母と四天王が百年かけてやったことが無駄になり、魔族が絶滅する。

 ここまでで気になったワードはこのくらいですが、それでわかったのは魔王軍の敗北が仕組まれた結果であったことだけ。

 その理由が知りたいのですが……。


「今日は、ここまでにしましょう。シルバーバインとエイトゥスは、次までに仲直りしておきなさい」


 そう言い残して、母は部屋を出てしまいました。

 そしてむかった先は、寝室と思われる部屋。

 光源発生魔術(ランタン)で照らし出された部屋は広いですが、物欲がないのか装飾品の類はなく、家具と呼べる物は大きいだけのシンプルなベッド。そして小さな丸テーブルと簡素な椅子が一脚。

 光源発生魔術(ランタン)の光量が控え目なので部屋の全貌はハッキリしませんが、見える範囲でそれ以外は見当たりません。

 タンスやクローゼットの類もない、本当に寝るだけの部屋です。


「まったく、あの子たちはいくつになっても、子供なんだから……」


 嬉しそうにつぶやくと、淡い光が母の体を包んでそれまで来ていた黒いドレスが弾けるように消えて、白いネグリジェへと変わりました。

 今のは、装備換装魔術(コス・プレ)でしょうか。

 ですがあれは、ワダツミがやったことを参考にしてわたしが独自に開発した魔術です。

 と、すると、母が使ったのは似ていても違う魔術。 

 解析したいですが、夢の中だからなのかギフトが機能していないのでそれは叶いません。


「ウィロウ、いるんでしょ? 出てきたら?」

「あら、バレちゃってた? さっすが魔王ちゃん。感が鋭いね」

「魔王『様』でしょ? ったく、エイトゥスに聞かれでもしたら、また説教されるわよ?」


 母は呆れたように言いながら、両開きのドアを開けずに現れたウィロウを横目で見つつベッドに腰かけました。

 咎められたウィロウはと言うと、「まあまあ、二人きりなんだからいいじゃない。かしこまった喋り方してると、肩が凝っちゃうんだよ」と、言いながらドアを開いて、料理が山盛りになった配膳ワゴンを引き入れました。

 ちなみに母は、ウィロウをジト目で見ながら「幽霊なんだから、肩なんて凝らないでしょ」と、ため息交じりに言っています。


「じゃじゃーん! 魔王ちゃんが大好きな、ウィロウちゃんの特製定食だよ! お腹、すいてるでしょ? 食べるでしょ?」

「……食べる」


 どうやらこの頃の母は、今のクラリス並に大食いだったようです。

 軽く二十人前はありそうな量の料理を、もの凄い勢いで平らげていきます。


「うん、うん。相変わらず良い食いっぷりだね。料理人冥利に尽きるってもんだよ」

「作ったのはシルバーバインでしょ? 味ですぐにバレるんだから、しょうもない嘘をつくんじゃない」

「じゃあ、メイド冥利に尽きる」

「メイドを騙るなら、メイドらしい恰好をしてくれない?」

「メイド服を着たら魔王ちゃんに襲われるからしない」

「それ、あたしが若い頃の話でしょ? さすがに百歳超えたあたりで、性欲なんてなくなっちゃったわ」

「昨日はシルバーバインちゃんとお楽しみだったのに? ニャンニャンしてたのに?」

「ニャンニャンって何よ。あたしはただ、甘えに来たあの子を撫でてただけよ」

「この部屋のベッドメイクしてるの、誰だと思ってるの? あれだけグチャグチャのドロドロにしといて、どの口が撫でてただけなんて言ってるのかな?」

「あ~、はいはい。ごめんなさいね。謝るから、さっさとメイド服に着替えて給仕をしてちょうだい。これ、命令だから」

「はぁ……。幽霊使いの荒いご主人様だなぁ……。あんまり我が儘ばかり言ってると、祟っちゃうぞ?」


 文句を言いながらも、ウィロウは母が使ったものと同じと思われる魔術でメイド服に着替えて、グラスにワインを注いだり口元を拭いたりと、甲斐甲斐しいお世話を始めました。

 ちなみにメイド服は、以前クラリスの注文に合わせてわたしが装備換装魔術(コス・プレ)で作った煽情的なメイド服とは違って、袖もスカートも長い正統派のメイド服です。

 そして母が食事を終えると、ウィロウはテーブルの上を片付けながらベッドに仰向けで寝転んだ母に話しかけました。


「まだ、迷ってるの?」

「何よ、急に。覚悟なら、とっくの昔にできてるわ」

「魔王ちゃん。わっちの前でだけは嘘をつかないって約束、忘れちゃった?」

「忘れてないし、嘘もついてない。みんなが殺されても我慢するし、予定通り勇者に討たれるわ。なんなら、虚言看破魔術(ライ・ディテクター)を使っても良いわよ?」

「そっちじゃないよ。わっちらが今、ここにいる。この時点で、魔王ちゃんが予定通りに動いたと証明されてるんだから、そこは疑ってない」

「じゃあ、何よ。もったいぶらないで、ハッキリと言ってちょうだい」

「気持ちを伝えるかどうかだよ。百年も拗らせ続けた気持ちを伝える覚悟は、できてないんでしょ?」

「お見通しか。ウィロウにはホント、敵わないわね」

「そりゃあ、わっちは魔王ちゃんのお姉さんだからね。魔王ちゃんのことは、何でもお見通しだよ」


 胸を張ってドヤっているウィロウの言葉が衝撃となって、わたしの体を駆け巡った気がしました。

 それのせいで、わたしの仮説は合っていると、認めたくないざるを得なくなってしまいました。




 

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